表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢、まぼろしか・あるいは新たな文学の確立(一夜限定スズナリの会)

芋虫


 小さな畑の片隅にあるキャベツの葉の裏に、卵があった。ある日、その卵の殻を破り、小さな小さなアオムシが生まれた。

 自らが破り出た卵の殻をむしゃむしゃやって、アオムシはうすらぼけた視界をあちらこちらと振ってみた。

 見えるのは、近く足元の何かと遠く頭の下の何かだけ。それさえ、しっかりと見えるわけではない。けれども、それでじゅうぶんだった。

 己の張り付いているこの場所が何であるか、わからない。それはどうでもいいことだ。とにかく、早くしなければ。

 何を急がねばならぬのか、アオムシにはわからない。ちっぽけなこの身で何ができるともわからない。わからないが、じっとはしていられない。

 アオムシは這い回った。勝手はわからないが、細長く柔らかい緑色の体をむずりむずりと動かしてみる。歩くたびに口から細い糸が出る。その糸に足とも手ともつかぬ腹側の突起でしがみつき、葉の表と言わず裏と言わず、あちらこちらを這い回った。

 少しも這わないうちに腹が減る。考えるまでもなく、かぶりつく。

 とにかく、食べる。食べてみて、硬い葉ならば場所を変える。柔らかい葉ならば、ひたすら食べる。

 葉を食べ、糞をり、場所を変える。また食べ、放り、動く。

 ふと、体が窮屈に感じて、足を止める。

 訳は分からないが、窮屈だ。どうにかならぬか、とむずむず体を動かせば、背中がぱかりと破れてもぞもぞと窮屈から出ることができた。

 そうすると、先よりも少し硬い葉であっても食べられるようになる。

 食べられるから、食べる。放る。動くを繰り返す。

 繰り返しながら何度か窮屈から抜け出したころ、アオムシは唐突に、もういいだろう、と感じた。

 何かはわからないが、もういいのだ。だから、アオムシは這った。

 これまでは葉の上ばかりを這い回った。しかし、もういいのだから、葉から降りる。降りて這い、さらに這い続け、何かにぶつかった。何かわからないから、見えぬ目で見ようと頭をふる。

 登れる。ふと、アオムシは気がついた。うすらぼけた視界では、何が見えたやらわからない。けれど、登れるならば、行こう。

 糸を吐き、足でつかんで登ってゆく。ずいぶん登ったのだろうか。アオムシにはよくわからない。わからないが、己の体は知っていた。ここでいい。

 動きを止めたアオムシは、どぼりと大量の糞を放る。体が軽くなったなら、糸を吐かねばならない。なぜか、そう思う。

 糸を吐きつけて体をぶら下げたアオムシは、さらに糸を吐いて己の身を覆いはじめる。

 しゅるしゅると糸を吐くごとに、ぼやけた視界は狭まっていく。

 すっかり自身を覆ってしまうと、アオムシは眠りについた。深く、己の全てが溶けるような眠り。

 どろどろに溶けた己を再び掻き集めて、己を作り上げるが、アオムシは己を見たことがない。わからないものは作れないから、ただ在るものがあるべき場所にいくように、作り上げる。そうして出来るものが何かはわからないが、作り続ける。

 やがて、己を作り終えたアオムシは身をよじる。

 窮屈だ。

 もがく。

 窮屈だ。

 身をよじる。

 窮屈な殻が割れて、そして……。





埼玉


 目を覚ました私は、パソコンに向かう。顔を洗う暇もなく、キーボードを叩く。


「どうしたの、今日はやけに早いのね」


「夢を見た。飛べたんだ。今なら掴めそうだ。書ける気がするんだ」


 声をかけてくる妻への返事もそこそこに、私は先ほどの夢を文字へと落としていく。

 今しがた身を以て感じたすべてを文字にできたならば、それは重大な道しるべとなるに違いない、という確信があった。永く試行錯誤を繰り返してきた機甲文学の確立に向けて、飛び立てるに違いない。

 ひと文字を打つごとに、私は胸が熱くなるのを抑えられなかった。

お題「夢のかよひ路」「埼玉」「錫さんと奥さま」


錫 蒔隆さんへ、感謝を込めて。

いつもお世話になっております。

伝わるか怪しいところですが、自分なりの尊敬の念を込めております。本当です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ああ、芋虫良いですね。淡々と事柄を述べているのが機甲文学に通じていて。美しいです。私の心を掴んで離さない機甲文学。exaさんの文章と相まって、とても優しく幻想的です。 「かき集めて、己を作…
[一言] 芋虫のくだりは、何度でも読みかえしたくなるほど好きです。 埼玉の「私」は、錫蒔隆のことでしょうか? うれし恥ずかしでございます。 中島敦の『光と風と夢』のようで、スティーブンソンにでもなっ…
[良い点] アオムシと私がリンクしたみたいに感じました。臨場感たっぷりなアオムシWORLDが面白かったです。最初はらぺこあおむしが頭の中に出て来たのですが、最後はジャポニカ学習帳の表紙みたいな立派な蝶…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ