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泰平のマギア(旧作)  作者: 嘉實
6/13

「罪と償い」

 食事を終えた三人は、再び街を歩いていた。先ほどではないものの、やはり人が多い。そんな中で、セスはグッタリと脱力している。

「どうしましたセスさん。浮かない顔をして」

 キアラの問いかけにとりあえず口では「別に」と返すセス。その内心は複雑だった。原因はキアラとヘルシャにあった。彼女たちの、ほっそりとした体型に見合わない見事な食べっぷりを思い出すと、それだけで胸焼けがした。

 二人はわずか1時間ほどのうちに次々と注文を重ね、気が付けば請求書の金額は4桁を軽く突破していた。腹の中に魔物でも飼っているんじゃないだろうか、と思った。

「あの~実は寄りたいところがあるんですが」

 セスの隣で、キアラが思い出したように言った。

「寄るってどこに?」

「んーまあすぐに分かりますよ」

 キアラは意味深に踵を返す。着くまでの秘密にしておきたいのか、それともただ説明するのが億劫なのか。セスは黙って、彼女の後ろをついて歩いていった。

 ある建物の前で、キアラははたと足を止める。そしてなぜか妙に緊張した面持ちで、ドアの取手を握った。深呼吸をして覚悟を決めたようにドアを引き、足を踏み入れる。

「うっわーー!!」

 入るなりの、キアラの第一声はそれだった。セスは軽く中の様子を見回した。

「ここは武器屋か?」

「はい。ここは主に魔法術師が使う杖を扱っているお店でして。先輩たちが通っているのをずぅっと側で見てて、一度入ってみたかったんです!」

 キアラの目がキラキラと輝きを放っている。その様子から、彼女がどれだけここに入ることを夢見ていたのかがよく分かった。

「入れば、良かったんじゃないのか?」

「……魔法を使えないのに杖を見に来たなんて、恥ずかしいじゃないですか。でもそれもこれまでです。ついに私は魔導騎士の仲間入りを果たしたんですからね!」

 セスの問いに、キアラは胸を張って答えた。どうやら魔法が使えるようになり、軽く調子に乗っているらしい。キアラが覚えた魔法は基礎の中の基礎の内の一つに過ぎないというのに。

 そうこうしていると、店の奥から20代後半くらいの女性が姿を現した。

「あら~いつも窓の外から店を覗いてた子じゃない」

 セスが声のした方をちらりと見る。口振りからして、彼女はここの店員のようだった。

「おい、知られてるみたいだぞ」

 そう言って振り返るセス。しかしそこにキアラの姿はなく、その代わりにヘルシャが立っていた。そしてキアラはと言うとヘルシャの後ろで、膝を抱えてプルプルと震えている。

「ままま、まさか見つかっていたなんて……」

 自分の奇行を見られていたと知れば誰だってそうなるだろう、とセスはため息をついた。

「まあ、良かったじゃないか。事前に顔見知りになれてて」

 彼の皮肉がキアラに突き刺さる。

「お嬢ちゃんは騎士? なら遠慮せず入ってくれれば良かったのに」

「……色々と事情があるらしいですよ」

 キアラの代わりに、セスが答えた。

「おいキアラ。いつまでうずくまってるつもりだ? 杖、買いに来たんだろ?」

「そうでした!」

 すると急に元気を取り戻したようになって、キアラは立ち上がる。そして店員の方に一歩進み出して、尋ねた。

「私に合った杖、ありませんか!?」

 女性は顔をひきつらせながら軽く身を引いていた。

「合った杖かは分からないけど、オススメの商品ならあるわ」

 そう言うと、再び奥へ引っ込んでしまう。しばらく待っているとまた彼女はこちらへやってきて、その時は右手に一本の杖を持っていた。

「騎士様の間ではこれが一番の人気商品。魔力を込めれば一瞬で剣に早変わりよ」

 店員の持ってきた杖は、二人にとって見覚えのあるものだった。なにせそれはリザがキアラの家に持参した杖と同じ形状、そして柄をしていたのである。

「これって、リザさんが持ってる杖と同じですよね」

「確かに。ただ色は違うみたいだけど」

(あの女、人の家に来るのにそんなおっかないものを持ってきてたのか……)

 考えれば恐ろしい話だ、とセスは思った。

「先輩と同じタイプかぁ……でも私剣術にはどうも自信がないんですよねー」

 キアラは顎に手を当てて悩む。様子からして、しばらく考える時間が必要なようだった。手持ちぶさたになったセスは、店の中を少し見て回ることにした。

 見たところ、ここはどうやら杖の専門店というわけでもないらしい。剣や盾、鎧、あらゆるものが揃っている。街中にそんな店があるという事実を知り、セスは驚いた。が、実のところ驚きより好奇心の方が強かった。

 各々の装備にある微妙な性能の違い。かつて魔法を学んでいたこともあるセスにとって、それはなかなか興味深いことだった。近年次々とマギアの効率や安定性を高めるための研究が進んでいるとは聞いていたものの、今や多種多様な装備があるというのは彼の知らないことだった。もっとも、中には眉唾物も混じっていたが。

(俺が個人で欲しいようなものもあるな…この少しずつ魔力を蓄積できる指輪なんか、俺にも使えるんじゃーー)

 というように目的が色々とすりかわりかけていた時、セスはとある杖を見つけた。何となくキアラに合いそうな杖だと感じて、思わず手に取る。

「おーいキアラ。これなんか良いんじゃないか?魔力伝導率の高い素材を使ってるらしいぞ」

 キアラはセスの手に握られた杖を見て、愕然とした。

「なな、何ですかその禍々しいステッキは。こんないたいけな女の子が持つ杖じゃありませんよ!」

「なるほど……機能性よりも見た目を重視したいのか。一理あるな」

 冷静にそんなことを言ってのけるセスに、キアラはうんざりしていた。キアラもキアラだが、どうもセスもセスで少し抜けているところがあるらしい。

 セスは杖を元の場所に戻しながら、ふと口を開いた。

「そういえばキアラ。どうして杖なんか買おうと思ったんだ?」

「杖なんか(・・・)?」

 代わりに反応したのは店員だった。セスは後ろから漂ってくる殺気に、背筋を伸ばす。振り返るとこの世の地獄を見てしまうような気がした。

「いや、杖なんかっていうのは別に杖が悪いとか、そういうんじゃ泣けてですね。無くても魔法は使えるし、焦って買う必要もないと思いまして」

「……どうして急に敬語?」

 セスは笑ってごまかす。「ふんっ」と鼻を鳴らす音がすると同時に、店員からの威圧感が消えた。勿論キアラはそんな二人の剣呑なやり取りに気付いているような素振りはなく、ごく平然と言葉を続ける。

「マギアが使えるっていう実感が欲しいのもありますが、まずは形から入りたいんです。マギアを発動する時、術名を叫ぶみたいなものですよ。それ自体が意味をなす行為ではなくても、私には必要なことです」

 キアラの言いたいことは、セスにも理解できた。

「杖を持っていることは私の、騎士としての誇りです。その誇りを胸に刻んでおきたいんです」

「誇り、か。何か格好いいな」

「そんなこと面と向かって言わないでくださいよ……照れるじゃないですか」

 あまりに直球なセスの賞美に、キアラの目線は行き場なく彷徨ってしまうのだった。


 結局、キアラが買うことを決めたのはセスが選んだ杖(勿論、初めに選んだ悪趣味な杖ではない)だった。ベースはピンクで、細かい花柄が入っている。余計な装飾はあまりないものの、可愛らしく女の子らしい杖と言えた。

 彼女が最終的にそれを選んだのは見た目を気に入ったのも確かに理由の一つではあった。しかし一番の理由はセスが商品を見比べて選んでくれたから、ということだった。

「袋はいるかい?」

「いえ、このまま持っていって行きます」

「そ。じゃあまたおいでね。今度はそちらの彼氏さんも、何か買ってよ?」

 店員は、ぱちんと星の出そうなウインクをした。

「か、彼氏ーーッ!?」

 キアラの顔に、みるみる血液が集まっていく。

「違いますよ。そういうあれじゃないです」

 笑いながら、否定を口にするセス。

「そう?私はお似合いだと思うけどなぁ~」

「からかわないでくだちゃい!」

 動揺のあまり舌を噛んでしまったことも重なり、キアラの顔はますます赤くなっていた。


 店を出た二人の間には、若干微妙な空気が流れていた。しかしその空気を感じていたのはあくまでキアラだけであり、セスは平然とキアラの横を歩いているわけだが。

「どうも年長の女性って苦手なんだよな」

 苦笑しながら、セスは頭の後ろで手を組む。キアラは特に反応を示さず、相変わらず頭から湯気が出ていた。

「おーいキアラ?おいってば」

 セスは名前を呼び掛けてみた。またヘルシャも彼女の様子を案じたのか、キアラの袖をくいっと引っ張る。それでもやはり、キアラはこちらに戻ってこなかった。

「聞こえているのかキアラ」

 痺れを切らしたセスは、キアラの目の前に顔を出す。

「ふぇ!? そりゃあセスさんは親切な人ですけど? 今日出会ったばかりで彼氏とかそういうのはーー」

「壁、ぶつかるぞ」

 その言葉と同時に、キアラは「ふぎゃ!」と尻尾を踏んづけられた猫のような声を上げた。「言わんこっちゃない」と笑う彼の姿をボーッと眺めて…キアラはぶんぶんと首を振った。

「次! 次はセスさんがどこかに連れていってください!」

 色々と重なった羞恥をかき消すように、叫ぶ。

「まあいいけど、何か大丈夫か?」

「大丈夫です! 気にしないでください」

「でも鼻血も出ちゃってるしーーあ、そうだ」

 鼻をつまむキアラを見ながら、セスが呟いた。




 つい一昨日の出来事なのに、色々なことが立て続けに起きたせいで、かなり時間が経ったような気がする。そう思いながら、セスは扉をノックした。しばらくして、ガチャリとドアが開く。

「誰だ裏口から」

 機嫌の悪そうな一人の男が、顔を覗かせた。彼はミスティの命を助けてくれた医者だった。

「何だお前さんか。ミスティの見舞いか?」

「そんなところです」

「で、そちらの嬢ちゃんは?」

「初めまして、キアラと言います。一応、騎士をやっています」

「騎士。君みたいな子供が?」

「子供じゃありません! 証拠だってあるんですから……ほら、このバッジを見てください」

「こりゃ間違いねぇーーあんた本当に」

 男の加えていたタバコがポロリと落ち、彼の表情が一変した。

「失礼しました騎士様。ささ、どうぞお入りください。そこに段差がありますので、ご注意を」

 男は慌ててタバコの火を踏み消すと、今までの仏頂面の代わりに、迎合するような笑みを構えた。

 自分の時とは随分と態度が違うものだ。そんな煮え切らない思いを抱えながら、セスは病院へ足を踏み入れた。


「あっ。セスお兄ちゃん!」

 彼らが病室に入るなり、セスたちに気が付いたミスティが反応を示してきた。

「何立ち歩いてんだクソガキ。傷口が開くだろうが、大人しくしてろ!」

「お兄ちゃん、このおじさん怖い」

 走ってきたミスティがセスの影に隠れる。それに対して男は無愛想に「怖くて結構」と吐き捨てた。ただその頃には、ミスティの興味は別のものへ移っていたのだが。

「ねーそっちの子誰?」

 彼女はヘルシャの顔や身体をまるで品定めでもするようにまじまじと眺めながら、セスに尋ねる。

「ミスティとは初めましてになるな。この子はヘルシャ。今日からみんなで一緒に暮らすぞ」

「一緒? やったーー!!」

 満面の笑みで万歳をするミスティの様子は、セスの頬も緩ませる。が、彼はそこで気付いた。ヘルシャは自分の妹だという設定を、すっかり忘れていたということに。

 キアラに怪しまれるかもしれない。そんな懸念が、セスの頭を過る。しかし幸運にもキアラはそんなこと全く気にしていないらしく、

「ミスティちゃん、私はキアラ。よろしくね」

 と、ミスティの方に歩み寄っていた。

「んー? 何この人」

「俺のお友達だよ。ミスティと仲良くなりたいんだって」

「そっかー。いいよキアラ! よろしくね!」

「よ、呼び捨て!? お姉ちゃんとか付けてよ!」

「キアラ! キアラ!」

 自分より8歳くらいは年下でありそうな少女にキアラコールをされ、ついに我慢できなくなったのだろう。キアラは「この~!」と頬を膨らませた。

「もう怒りました! 大人の恐ろしさを思い知らせますからねー!」

 そう口にすると杖を投げ捨てて、ミスティを追いかけ始める。しかしミスティが持ち前のすばしっこさを存分に使って病室中を逃げ回るので、なかなか捕まらなかった。

 次第にキアラの息が切れてくると、

「病室であんまり暴れないでくださいよ」

 医者はひきつった笑顔を浮かべながら、キアラを諌めた。

「あ、はい……」

「キアラ怒られたーー!」

 そんなミスティの挑発が、鎮火しかけたキアラの心に火をつける。

「うー! うるさいですっ!」

 そしてまたまた二人は、今しがた言われたばかりの忠告を忘れてしまったように騒ぎ出すのだった。

「チッ……あんなガキが騎士とは、世も末だな」

 医者は顔をしかめた。

「全く、そう思います」

 こればかりは、セスも頷くしかなかった。

「それで。金、どうするつもりだ?」

 周りに聞こえないよう配慮したのだろうか。男がセスに少し小さな声で尋ねてくる。

「もしかして、あの嬢ちゃんに払わせるつもりか?」

 それは決して咎めるような口振りではなかった。彼にとっては、治療費さえ回収できれば他のことはどうでも良かったのかもしれない。

 そんな男にとって、セスが首を振って否定したことは少し意外とも言えた。

「いえ……俺が払います」

「へぇ、そりゃまた何で」

 男が特に興味も無さそうに、タバコに火をつける。

「やっぱり人に払ってもらうのって、何か違う気がしたんです。俺が決めたことは、俺自身の手で何とかしないとって」

「ふん。青臭い理論だな」

 男はそう言って灰色の煙を吐く。病室でタバコを吸うのはどうだろうか? とも思ったが、次に男の放った言葉がセスにその追及を許さなかった。

「何年でもかけろ。気長に待ってやるよ」

 セスは耳を疑った。

「言っておくが、お前さんのためじゃねぇぞ。あくまで俺のためだ。もしも貴重な払い手が金欲しさの犯罪に手を染めて捕まられたりしたら、こっちも大損だからな」

 何気ない医者の言葉がセスの胸を抉る。彼は無意識に忘れようとしていた事実を、改めて思い出したのだった。

 仲間を二人も殺された。セス自身も大怪我を負った。ひょっとすると彼は十分な罰を受けたと言えるのかもしれない。

 だが彼が罪を犯したという事実とその罪悪感は、未だ彼の胸に色濃く刻まれている。

「ーーセスか?」

 すると不意に後ろから、聞きなれた男の声がした。

「ジャック……どうしてここに」

「ミスティが怪我したって聞いてな。見舞いに来たんだ。お前こそ昨日はどうしてたんだ。てっきり死んだのかと思ったぜ」

 セスは何も言い返さない。なぜキアラのことを知っているのかなど、聞きたいことは山ほどあったが、言葉が出てこなかったのだ。

「ランスとキースの野郎が行方不明になってることと、何か関係あるのか?」

「ーーッ!?」

「図星って顔だな。一体何があった」

 やはりジャックに隠し事は無理だ、とセスは思った。


 二人はこっそり部屋を抜け出し、そこでセスは昨日何があったのかを全てジャックに伝えた。

「なるほど、そういうことか」

 ジャックは舌打ちをしながら、セスを睨み付ける。

「怒っているのか?」

「ったりめーだボケ! もし捕まったら、スラムのガキたちはどうするつもりだったんだよ!」

 ジャックの手が、セスの胸ぐらを掴んだ。

「……すまない。俺にはこれくらいしか思いつかなくて」

「だからお前はバカなんだよ。前に言ったよな? いつでも頼れって。一人で悩み抱えるのがそんなに楽しいかよ!」

「いつでも……頼れか。でも、お前の家族はどうする? 何も失うものがなかった昔とは違うんだ。お前には、守るべきものがある」

 そして、自分にはない。セスは口に出さなかったものの、内心そう思っていた。

「確かに、今の俺には大事なモンがあるさ。俺の命の何倍も大切って言っても過言じゃねぇ。だがみくびるなよセス! 俺の愛した女は困った奴を見て見ぬ振りするようなちっぽけな女じゃねぇんだよ。そして忘れるな。俺たちの仲間は、お前が思ってる以上に最高な奴らだってことをよ!」

 ジャックはポケットから出した袋を、壁に叩きつけた。その衝撃で破れてしまった箇所から、金貨や銀貨がジャラジャラと溢れる。

「10万リベルタ・オーロある。ミスティのことを知った飲み屋の常連が、ちょっとずつ出してくれたんだ。アイツら何も言ってねぇのによ…お前を、ミスティを助けようとしてたんだぞ。それを、お前自身がが踏みにじってどうすんだよ!!」

 ジャックは泣きそうな顔で怒っていた。自分のためではなく、セスのために。昔からジャックというのはそういう男だった。

「勝手に何もかも終わった気になってんじゃねぇぞ! セス!」

 セスは胸を打たれたように目を見開く。

 実のところ、セスはずっとどこか諦めているところがあった。軽い気持ちでランスたちの誘いに乗ったのも、自分がもうどうしようもない状態に追い込まれていると、絶望していたからだった。

 しかしジャックは違った。共にこの困難を乗り切ろうと、可能な限りセスの力になろうとしている。

(なぜみんなを信じられなかったんだろうか。何が誰も助けてくれないだ! 自分を支えてくれる人から目を背けていたのは俺自身じゃないか……!)

 転職しようが結婚しようが、ジャックはジャックのままだ。身勝手な遠慮をしていたのはセスの方だけだった。

「互いに迷惑をかけず一緒に笑っていられる、行儀の良いお友だちなんかになった覚えはねぇぞーーセス」

 ジャックの最後の台詞が、セスの中に巣くっていた虚栄心という魔物の息の音を止めた。

「俺が、間違ってた。本当に…本当にごめん!」

 頭を下げるのと同時に、セスの想いが涙となって溢れた。

「泣くな気色悪い。まあ俺が本当に頭にきてるのはナイジェルとかいう野郎だがな。あいつらは確かにどうしようもねぇクズだったが……殺されるほど悪い奴らでもなかったのによ」

「ジャック……」

「でもお前が生きてて良かったぜ、セス」

「……お前こそ気色悪いぞ」

「うるせぇよ」

 ジャックはポケットに手を入れながら、鼻を鳴らす。

「ところでセスよぉ、そのヘルシャって子どうするんだ? お前が世話するのか?」

「そのつもりだが、お前はポルドー家に返すべきだと思うか?」

「んなことしてどうすんだよ。また虐待されちまうだろう」

「じゃあどうすれば」

「お前が、責任もって育てろ。以上」

「そんな投げ槍な!」

「これも償いだと思って諦めるんだな。まっ、どうせお前のことだから、初めからそうするつもりだったんだろうけどよ」

「……まあな」

 セスは笑った。ジャックも笑っていた。

「んじゃ、そろそろ病室に戻ろうぜ」

「そうだな。ところでこの金をあの医者に渡さなくちゃいけないわけだが…どうするんだこれ」

 二人の目の前には床に転がった大量の貨幣があった。その数なんと数百枚。

「んじゃセス、後は頼んだぜ!」

「おいどこへ行くつもりだジャック。お前がぶちまけたんだ。責任もって手伝えよ?」

「何だ、俺が悪ぃのか!? 元はと言えばお前がーー」

 といった具合に、ここからしばらく二人はどちらが悪いかの醜い言い争いを始めることになるのだが、彼らにとってはむしろこのように喧嘩している時こそが、最も自然な状態なのかもしれなかった。

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