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続・汀線(みぎわせん)〜land side〜

作者: 鈴木 一加

 今俺は、裏の仕事を遂行中だ。彼女には、2・3日主張に行くと伝えてある。



 「気を付けて行って来て下さい。

お土産、期待してますね」



 彼女は笑顔でそう言った。



 こんな状況でも、事務所でのそのやり取りを思い出すと、「お土産に何を買って帰ろうか」なんて楽観的なことを考えることができた。



 だが、そろそろ意識が朦朧としてきた。



 先程、メモとUSBを入れた封筒をポストに投函し、最後の力を振り絞り、今は人気のない場所を目指している。



 こんな日がくるかもしれないと覚悟はしていた。その時がとうとう来てしまったのだ。








松崎さんが主張に出掛けて四日後。



 まだ松崎さんは戻ってきていない。予定が延びることは以前もあったが、連絡がないのは初めてだった。嫌な予感がする。



 連絡しようと思ったが、もし取り込み中なら逆に邪魔になるかもしれないと思い、もう一日は様子をみようと考えた。



 ひとまずは、郵便物のチェックをすることにした。そこに差出人不明の封筒があった。でも、字には見覚えがあった。松崎さんの字だ。



 急いで封を開けた。メモとUSBが入っていて、メモにはある日時と場所だけが書かれていた。



 松崎さんが今どういう状況なのかは分からない。ただ、このUSBをメモの通りに、届けなければいけないことは分かった。



 書かれていた日時と場所に従って行くと、酔っぱらいのおじさんが現れて絡まれた。



 困っていると、おじさんが「あみちゃんか?」と言ってきた。



 私は察知し、この人の胸ぐらを掴んで「この酔っぱらい」と言って、突き飛ばした。その際、服のポケットにUSBを忍ばせた。



 数日後、松崎さんが死体で発見された。一日待って、松崎さんの携帯に電話をした時、「現在は使われていません」というアナウンス声が聞こえて、悪い考えしか浮かばなかったが、その通りになってしまった。



 あのUSBにどんな秘密があったのかは知らない。怖くて、中身を見ることはしなかった。あのおじさんの正体が、一体何者なのかも気になるけど、あまり顔も思い出したくなかった。



 晃君に連絡をとり、松崎さんのことを伝えた。既に知っていたようで、数時間後に事務所へやってきた。



 晃君のところには、警察は来てないようだった。晃君は事務所への出入りも少なかったし、来るときはいつもメッセンジャーに扮して現れていたし、警察に存在を知られていないのだろう。



 少し話した後、晃君から手紙を渡された。



 「ボスが、もし自分に万が一のことがあったら開けるようにって、箱の鍵預かってて、中に入ってた。亜美ちゃん宛のと俺宛のと」



 晃君の顔をしっかり見るのは今日が初めてだったけど、松崎さんによく似ていた。松崎さんを10歳くらい若くした感じだ。



 本当に晃君は松崎さんの子供なのかな!?だとしたら、松下さんが16歳の時の…。



ぼぉーとしていたのだろう。「手紙読まないの?」と晃君に言われ、我に返った。



 「今から読むよ。心の準備してただけ」



 誤魔化すように、そう言った。



 手紙には、松崎さんの真摯な気持ちが書かれていた。きっと晃君のにも…。



 松崎さんは、本当は凄く実直な人だったのかもしれない。もっと、もっと、知っていきたかった。



 「俺、ボスを殺した奴を見つけて復讐してやりたい。何か知らない?」



 私も松崎さんを殺した人間は許せない。でも足を踏み入れちゃいけない危険な領域というのも感じていた。晃君に松崎さんのようなことにはなって欲しくなかったから「ダメだよ」と言いたかった。



 だけど、この時の晃君の勢いにやられて、あの日届いた封筒のこととおじさんのことについて話してしまった。



 そして、晃君の手伝いをすることになった。手掛かりはほとんどなかったが、一ヶ月以内に、おじさんの正体を突き止めることが出来た。



 いや、突き止めたといえたものではないか。



 何度か事情聴衆で警察署に訪れた際、偶然あのおじさんを見つけたのだ。どうやら、山榁(やまむろ)という捜査一課の刑事らしかった。



 これは吉とでるのか凶とでるのか。晃君と話して、接触を試みることにした。



 私は警察署を訪れ、山榁刑事に直接会いに行った。



 刑事は私を見るなり、近所のおじさんを装って、



 「おっ、あみちゃん!?前に会った時、松が調子が悪いって言ってたけど、最近どう?」



 物悲しそうに聞いてきた。



 「はい…。

一ヶ月半くらい前に、死にました」



 「そうか…。

生前、松には世話になってる。何かあるなら私を頼りなさい」



 この刑事がどういう意図でそう言ったのか分からなかったが、聞きたいことはたくさんあった。



 「あの、少しお話出来ますか?」



 「ああ。だけど今はちょっとマズイから、後で連絡してってことで良いかな?」



 刑事は、手帳に携帯番号を書き、そのページをちぎって渡してきた。



 「それが私の番号だ。電話してくれたら、都合が空いた時に折り返し電話をするよ」



 私は、警察署を出てすぐに、その刑事の携帯に履歴を残した。



 一時間もしない内に、刑事から電話がかかってきた。私は晃君と目を合わせて、電話に出た。



 「山榁さんですか?」



 「ああ」



 さっきと声のトーンが違うが、確かにさっき会った刑事の声だった。



 「松崎のことはすまなかった。私の責任だ」



 いきなり謝られて、あっけにとられてしまった。



 「あの、会って詳しく話すことは可能ですか?」



 「君のしたいことはだいたい想像がつく。

だが、決して手を出すな!

と言っても、納得はしないだろうな。とりあえず私の指示にしたがって、会って話そう」



 刑事の指示に従い、私と晃君は国道沿いのラブホ『リビア』の402号室に入った。



 刑事は、適当に引っ掻けた女の子と403号室に入り、彼女だけ部屋に残して、私達の部屋にやって来た。



 刑事は、煙草に火を点けながら、話し始めた。



 「その男の子は?」



 「探偵事務所のアルバイトです」



 「そうか。まぁいい、私とあいつの関係は知ってるのかな?」



 二人の関係…。その言い方に、一瞬『ゲイ』という文字が過ったが、想像もしたくなかった。



 「知りません」



 「だろうな。松崎には、私の仕事を手伝ってもらっていた。その代わり、色々と情報を提供してやった。いわゆるgive&takeの関係ということだ」



 「警察の手伝い!?」



 「あまり詳しくは話せないんだが、あの時、あいつに頼んだ仕事は、まあまあヤバイ筋のことだった。

でも松崎は、危険を承知で協力してくれた。」



 「なんでそんな仕事を松崎さんが!!」



 「松崎とは十数年らいの仲でな。私はあいつを頼りにしていたし、ヤツにしか頼めなかった」



 「ボスは、表沙汰にはできないような仕事もしてたってことか」



 それまで静かに聞いていた晃君が、口を開いた。



 「松崎をやった奴等の目星はついてる。こっちでも追ってるが、迂闊には踏み込めないでいる。しかし、証拠を掴んでみせる。ここは警察に任せて欲しい」



 やっぱり私達なんかじゃ太刀打ちできる相手じゃなかったんだと落胆した。



 「本当に任せて良いんだな」



 「ああ、必ず仇はとる」



 「分かった。あんたを信じる」



 晃君は、念を押すように力強く言った。



 私はしょんぼりと事務所に帰った。



 すると、晃君がソファーに座るなり、私を見つめてきた。



 「亜美ちゃん、あの刑事の言うこと信じられる?」



 「えっ、それって警察の捜査能力を疑ってるってこと?」



 「山榁個人をだよ」



 「まさか」



 晃君がそんなことを考えながら、あの場にいたなんて思ってもいなかった。私はあの刑事の言うことを鵜呑みにしていた。



 「ごめん!亜美ちゃん。亜美ちゃんに隠してることがある」



 「な、何?」



 「なんとなく、ボスが危険な仕事をしてるんじゃないかってのは気づいてたんだ。あいつと話してみて、そう感じた」



 晃君の言ってることは分からないでもないけど、一つの疑問だった。



 「どうしてあの人が松崎さんを?」



 「ボスは、色々とあいつの裏の顔を知りすぎたから、口封じの為に殺られたんだと思う。

わざと危険な仕事をさせて狙わせたんだよ。直接自分の手は汚さずに」



 晃君が悔しそうに話した。私に何が出来るのだろう。



 「そんな。

だとしたら、私達はどうしたらいいの?」



 「どうしようもない。でもこのまま終わらせはしない。必ずしっぽを捕まえてやる。

今まで亜美ちゃんには付き合わせてしまって、ごめんね。これからは俺一人でやるよ!初めからそうすれば良かった」



 ここまできて、私も引き下がれなかった。どうにか、晃君を引き留めなければならない。頭を降る回転させた。



 「晃君…。

かなり危険だけど、私に考えがあるの。条件をのんでくれるなら、教えてあげる」



 「条件って?」



 「私も付き合わせて」



 これは譲れなかった。晃君を一人にはさせられない。



 「これ以上はダメだ。たぶんボスもそう望んでる」



 「それはあなたにも言えることでしょ!松崎さんはあなたを危険な目には合わせたくないはずよ!!」



 「亜美ちゃんもしかして…。



 「晃君…!?」



 「亜美ちゃんって、肝が座ってるよね。分かったよ、条件をのむ。

だから教えて」



 晃君は何か言おうとして、飲み込んだようだった。


 「うん。

この作戦は、一人じゃ無駄死にする可能性が高いわ。だから二人でした方が良いの。

まず、どちらかがあの刑事と松崎さんのような間柄になる。そして、もう一人はその関係を知らない体を通す。

けど、実は刑事とのやり取りは把握していて、いざとなれば何らかの手段で刑事の違法の証拠を警察に突き出す。

そうすれば、松崎さんに関してのことも何か出るもしれない」



 「亜美ちゃん!」



 「ダメかな…。

そんな都合良くいかないよね」



 「いや、いけるかも!山榁に近づくのは、俺の役目ね」



 引きこもりだった晃君が、ここ数ヶ月で逞しく成長していた。それに目に生気がある。



 そんな晃君は、ますます松崎さんに似てきていて、それがなんだか切なくもあった。



 もし晃君まで何かあったらと思うと、余計といたたまれない気持ちになった。引き返すなら今かもしれない。



 「晃君、絶対死なないよね!?」



 「亜美ちゃん、もしこの件が解決したら、俺と付き合ってくれない?」



 晃君の突然の告白に、どう返して良いか分からなかった。



 「きゅ、急に何?」



 「ほら、ご褒美がある方が頑張れるでしょ」



 にこっと笑った晃君の笑顔を、守りたいと強く思った。



 私は、「いいよ」と素直に応えた。





 ここ数日は、山榁にどう自然に関係を築かせるかを二人で考えていた。



 昨日、山榁を尾行した時、怪しげなクラブハウスで若者と、親しそうに何やらやり取りしているのを見て、やっぱり山榁はまともな刑事じゃないと思った。



 そんな矢先、事件は予想だにしない結果で終止符がうたれた。



 犯人として『椎名裕貴』という男が捕まったのだ。その名は、私のよく知っている人間、長い間片想いをしていた相手の名前だった。



 信じられなかった。



 松崎さんの死に、山榁は関係なかったということか。晃君とのここ何ヵ月かの頑張りは全て無駄となった。



 それより、犯人が裕とはどういうことだろう。



 確かに、しばらく前から裕とは連絡をとっていなかった。けど、その間に何があったというのだろう。



 私の知る限り、松崎さんと裕が連絡を取り合ってるような事はなかったと思う。





 後日、新聞で事の顛末を知ることとなった。



 裕は、ずっと松崎さんを忘れられないでいたようだ。忘れるために、何人かの男性と関係を持った。その中の一人に最低な人間がいて、裕をボロボロにした。



 そして、裕はその怨みを全て、松崎さんに向けたのだ。



 もしかして、宇喜都宛てに書かれた手紙の『誰も恨むな、警察にも何も話すな』は、私に向けて書かれたメッセージだったのかもしれない。



 松崎さんが裕の殺意に気づいていたのだとしたら、それもありえる話だ。



 いや、私の考え過ぎかな!?



 それにしても、松崎さんを殺した裕よりも、裕を貶めた男を恨めしく思う。



 でも、もう追うことはしない。もし裕を貶めた男と、山榁が繋がっていたのだとしても。



 今の私には、宇喜都という大切なパートナーがいるのだから。



 どうすることもできない過去の真実を解き明かすより、地に足のついた有意義な現実を生きる方が、私には大切だ。



 宇喜都のペットのミケを撫でながら、私は彼に微笑みかけた。



「そろそろ、ご飯にしよっか」



*補足*


有馬 丞(ARIMA TASUKU)と松崎 或(MATUSAKI ARU),有馬 宇喜都(ARIMA UKITO)と熱海 晃李(ATAMI KOURI)は、ローマ字表記のアナグラムになってます。


松崎の崎の呼び方が、『ざき』ではなく『さき』の理由です。


松崎は、親子としての繋がりを持たせるために、宇喜都の探偵名に自分と同じやり方で名付けました。



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