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愛ゆえに  作者: 森の人
アイユエニ
9/25

六章

 入学式当日、俺は新しい制服と入学祝いとして両親に買ってもらった鞄と言った格好で今日から通うことになる星迅高校へと向かっている。

 自分のクラスは事前に知らされているのだが、クラスメイトが誰なのかは入学式の日に教室に入ってからのお楽しみということになっている。

 俺と同じ中学から星迅高校に入学したのはいなかったし、東木見月駅から星迅高校へと向かう道を歩いている今まで知り合いに会うことはなかったのだから、おそらくは初対面の相手ばかりだろう。

 ちなみに、入学試験の日や合格発表の日も知り合いがいないか軽く探してみたのだが見つからなかった。


 星迅高校まで近いのか、俺と同じ制服を着た生徒の姿が増えてきた。

 2mほど先を歩く男子生徒2人組が「まさかまた一緒になるとはなぁ…」「小3からだっけか?」「たぶんそうだな。どうせなら可愛い女の子の方がよかったわ〜」「こっちのセリフだ!」などと会話をしていた。

 その2人のやり取りをぼんやりと眺めながらついていき、星迅高校に入った。


 下駄箱で新品の上履きに履き替え教室に向かう。

 廊下で楽しそうに話している集団を避けながら廊下を進み、そのままの勢いで教室に入る。

 他のクラスを横目で覗きながら歩いてきたので、黒板にクラスメイトの名前と出席番号が書かれた紙と座席順が書かれた紙が貼られていることは知っていた。

 先に登校していたクラスメイトに一切目を向けることなく自分の席を確認し、ついでに知っている名前がないか探してみる。


「う〜ん……あ、和成…だけど名字が違うな…」


「ねえ」


「うん?」


 7割くらいに目を通して"藤原 和成"という名前を見つけた時に、横から声をかけられた。

 声のした方を向くと出会った中でもなかなか可愛い、というよりも綺麗な女子生徒がいた。


「私も自分の席を確認したいのだけど」


「あ、ああ、すまん。いま退くよ」


 そう言って軽く頭を下げてから退き、クラス中央付近にある自分の席に座って入学式に関する指示を待つ。

 数分後、男性教師が入ってきて入学式での席順や入場、退場の仕方について軽く説明をした。

 その後、廊下にならばされ体育館に向かい俺は…俺たちは星迅高校の生徒として迎え入れられた。


 入学式が無事に終わり、明日以降の予定をクラス担任から聞きその日は下校となった。

 部活動の勧誘は登校4日目からと決まっているので、それより前に勧誘をされることがあったら報告をするようにとの指示があったのだが、入学式から戻ってきたら机の中に入っていた大量の部活勧誘のチラシはどうすればいいのだろうか……。

 全員の机に入っていたようで机の上にチラシを出してさりげなく担任にアピールしている生徒もいたのだが、特に何も言われなかったということはそういうことなのだろう。


 結局、クラスメイトの中に知り合いがいなかったので荷物を素早くまとめ下駄箱に向かった。

 靴に履き替え校舎を出た時、後ろから「…劉也だよな?」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、驚きながら振り返る。


「…誰だ? 俺の知り合いか?」


「え…俺だよ俺!」


「いや、"俺だよ"って言われてもな……ん?」


 声をかけてきた男子生徒が俺のことを知っているような様子だったので何かヒントになりそうなものはないかとじっと見つめていると、ふと懐かしい人物の面影が重なった。


「…もしかして、拓也なのか?」


「そうそう! 小4まで一緒だった市原 拓也だよ」


 知り合いがいないと思っていた高校での思わぬ再会に気持ちが高まった俺は拓也に抱きついた。


「久しぶりだな、拓也!」


「うわっ! ちょ、抱きつきなよ! 離れろ!」


「お、おおすまん。嬉しくてつい…」


「いや、俺もまさか劉也と会えるとは思わなかったから、見つけた時は嬉しかったけどさ……。さすがに抱きつかれるとは思わなかったな」


「俺も知り合いに、それも拓也に会えるとは思わなかったよ」


 苦笑する拓也と、俺はまだ少し興奮した様子で話す。


「他に知り合いいないのか?」


「ああ、俺の通ってた中学でここを受けたのは俺だけだし、登校する時にも会わなかったからな」


「そっか…遼たちも別の学校行ったのか」


「遼は中学までは同じだったんだけど、高校は別のとこ行ったよ。和成は小学校卒業してから会ってないし…ってことは、小学生の時の知り合いはもしかしたら居るのかもな」


「特に、俺と劉也の共通の知り合いっていうと小4までの奴だな」


「そうなると他のクラスに居る可能性はあるな」


「明日、学年の生徒一覧みたいなの配られるみたいだから探してみようぜ」


「…そうなのか?」


「え、担任が言ってなかったのか?」


「……俺のクラスの担任は言ってなかった」


「…言い忘れたのかもな」


「まあ俺のクラスで配られなくても拓也のを使って一緒に探せば良いだけだしな」


「そうだな」


 大事なことを話し忘れていたらしい担任教師に少し不安を覚えながらも、拓也と話を続ける。


「そういえば、拓也の家ってここの近くなのか?」


「おう、チャリで20分くらいのとこだ」


「近いな…」


 1時間近い時間をかけながら電車で通学することになる俺は羨ましげな視線を向ける。


「いいだろ〜。ま、たまに遊びに来いよ」


「おう」


「じゃあ、そろそろ帰るか」


「そうだな、遅くなると昼飯がなくなってそうだし…」


「ははは、じゃあ早く帰らないとな。劉也、また明日な」


「また明日」


 拓也は俺に背を向け駐輪場へと向かい、俺は駅に近い方の校門へと歩き始めた。


 こうして俺と拓也は約6年ぶりに再会したのだった。



 翌日、拓也の言うとおり学年の生徒全員の名前が書かれた紙が配られ、「あ〜、この紙を今日配るっていう話を昨日しなきゃいけなかったんだが、忘れてた。他の先生には内緒な」と俺たちの担任が言った。

 ちょうどその話をした時、教室のドアを開けた他の先生にも聞こえていたらしく、説教されていた。


 そして放課後、俺は拓也に誘われて市原家にいた。

 昨日話したように知り合いの名前がないか探すためだ。


「な、なあ劉也」


「ん、どうしたんだ?」


 焦っている、もしくは動揺している様子の拓也。

 HRが終わってすぐに拓也のクラスに行き、まだ席に座っていた拓也に声をかけようとした時からどこか様子がおかしかった。

 俺が「…拓也?」と声をかけたら体をビクッとさせた後に俺の顔を見て安心したような表情を浮かべて「劉也か…よかった」と呟くように言ってた。

 さらに、「早く他のクラスの奴の名前みてみようぜ」と提案したら、「劉也、俺んちでやろうぜ!」と言いながら俺の応えを聞かずに移動を開始した。

 その移動中も少し早足になっている印象があった。


「劉也はもう誰かの名前見つけたか?」


「いや、見つけてない。っていうか、まだ見てないけど……拓也はもう見つけたのか?」


「い、いや、配られた時にチラッと見たんだけど見当たらなかったよ。でも俺が覚えてないだけの奴もいるかもしれないし、てことで聞いたんだよ」


「そうか。今から見てみるからちょっと待っててくれ……いや一緒に見るか」


「そうだな、俺もまだチラッとしか見てないしな」


 どこか言い訳しているような印象を与える拓也の様子に首を傾げながらも鞄から例の紙を取り出して広げる。

 1学年A〜Fの6組で1クラスはだいたい35人となっているため、およそ200人の名前が載っている。

 俺がB組で拓也がE組なので、確認するのはACDFの4クラスで良い。


「俺はAから確認してくけど、拓也はどうする?」


「俺は……俺もAから見てくよ」


「わかった。じゃあお互いにそれっぽい名前を見つけたら確認していこう」


「そうだな…いや……そうだな」


 拓也が何を言いかけて止めたのか気になったが、きっと教えてくれないだろうと思い諦めた。


 出席番号1番から順に見ていき最後まできたら、念のために出席番号の最後から先頭に向けて確認していくというようにして進めていく。

 A組が見終わり、C組に移る前に拓也に確認を取ることにした。


「拓也、A組見終わったんだけど見知った名前あったか?」


「なかった。いや、ちょっと待った……う〜ん…うん、ない」


「だよな、俺もなかった。じゃあ次はC組だな」


「そう…だな……」


「…大丈夫か? 俺が教室に迎えに行った時からずっと変だと思ってたんだけど…もしかして具合悪いのか?」


「い、いや大丈夫だ。気にしないでいい」


「そうか…じゃあやるか」


 拓也は頷き、作業に戻った。

 無理をしていないか拓也の顔をじっと見つめるが、拓也に「俺の顔ばっか見てないでC組の確認しろよ」と苦笑されたので俺も作業に戻る。


 A組と同様に上から下へ、下から上へと1往復したのだが、やはり知らない名前ばかりだった。

 拓也に確認するも、俺と同じく知った名前はないとのことだった。


「次はD組か。まだ半分だけど…やっぱいないのかもな」


「……」


「…拓也?」


「……ん? あ、ああそうだな。いないかもしれないな」


「…まあ見るだけ見てみるか」


 拓也が目を瞑って眉を寄せ数秒ほど考え込んだ後、俺に何か言おうとして…結局何も言わずにD組の欄に目を向けた。

 それを見た俺もD組の名前をチェックしていく。


「……ん?」


「りゅ、劉也、どうかしたのか?」


「いや、何か見たことありそうな名前があったんだけど…どこで見たのか思い出せないんだよなぁ」


「……どの名前なんだ?」


「えっと、この"花崎 凉佳"って名前なんだけど、拓也わかるか?」


「そうだな……」


 両肘を膝に乗せ、軽く握った右手を左手で覆い、その両手で口元を隠すようにしながら考え込む拓也。

 眉を寄せながら目の前にある紙と俺を交互に見てから目を閉じた。


「…拓也、無理に思い出そうとしなくても会いに行ってみればわかるかもしれないし…」


 だからもういい、と続けようとした時、拓也が目を開け真剣な顔で俺を見つめてきた。

 あまりにも真面目な雰囲気を纏っていたので、思わず唾を飲む。


「………」


「劉也…」


「……どうだった?」


「少なくとも俺は見たことが名前だ…と思う」


「……お、おう? そ、そうか」


「他には気になる名前は無かったよな?」


「ああ、無かった」


「じゃあ最後にFを確認して終わりだな」


 すごく悩んだうえに真剣な顔と真面目な雰囲気を纏って告げられた答えが"該当なし"というもので拍子抜けしてしまった。

 ではなぜこの名前が気になったのだろうかと少し悩んだものの、拓也がF組の確認を半分近く終えている様子だったので考えるのをやめて慌ててF組の欄に目を向けた。


 やはりF組にも知り合いの名前は見当たらなかった。


「…他の知り合いはいなかったな」


「そうだな。まあこんなもんだろうな」


「…拓也の中学の時の友達とかも、やっぱいないのか?」


「ああ、ウチの中学から星迅高校に入ったのは俺だけだからな」


「ふ〜ん…ま、クラスは違うけど改めてよろしくな、拓也」


「こっちこそよろしく、劉也」


 この後、お互いの中学の時の話をしていたらいつの間にか日が暮れていた。


「やばっ! じゃ、じゃあまた明日学校で」


「気をつけて帰れよ」


 拓也の家を後にした俺は、そこから東木見月駅まで行く道がわからず、学校を経由して帰ることになった。

 その時にはもう"花崎 凉佳"の名前に覚えた既視感は頭の中から消えていた。



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