三章
それから気が向くたびに俺たちは凉佳に"いたずら"をした。
あの時のように靴を泥まみれにしたり、その泥まみれの靴をゴミ箱に捨てたり。
中に画鋲を入れたこともあったが、それで怪我をして問題になりそうになったのでそれはその一回きりだった。
他にも筆箱を拓也が盗んできて、みんなで中にダンゴムシやらを沢山入れたこともあったかな。
俺と遼は別のクラスだったから拓也から聞いた限りなのだが、消しカスを投げつけたりノートに落書きしたりといったこともしていたらしい。
この頃の俺たちに思い浮かんだのはそれくらいが限界だったので、何か別のことはないかと考えてるうちに時間がなくなったりした。
思いついても年上の生徒が邪魔で実行できないこともあった。
1年が経ち、2年生になってもそれは続いた。
いやただ続いたというよりは酷くなったといった方が正しいだろう。
それは拓也がどこから手に入れたのか、"ミミズを靴の中に入れる""ノートを水浸しにする"などの方法を自慢げに語ったことが原因だ。
俺には「そんなことを思いつくなんてすごい、さすが拓也だ」と言った感想しか出てこなかった。
2度も俺のことを助けてくれた拓也に心酔していたと言ってもいいかもしれない。
それくらい拓也の、いや俺たちの行動は間違ってないと思っていた。
自覚はなかったが、たぶん胸の中がスッとする感覚にも酔いしれていたんだと思う。
夏休み明けに『ある女子生徒が男子生徒にからかわれて嫌な思いをしているらしい』という話を教師から聞いた時、凉佳と俺たちの姿が思い浮かんだ。
凉佳と同じクラスの拓也達は疑われていないか大丈夫か心配だったが、放課後に話を聞くと問題なかったらしい。
そこで"男子生徒"というのは自分たちのことではないと結論付けた。
それからしばらくして、2月頃だったと思う。
凉佳が悲しい顔を浮かべながらもどこかこれまでと違った雰囲気を帯びているように思えたのは。
それに含まれる感情は困惑と言えばいいのか戸惑いと言えばいいのかわからないが、俺は確かに違和感を感じていた。
さらに1年が経ち、3年生になってクラス替えがあった。
今度は俺と拓也、和成と遼という組み合わせに別れることになった。
凉佳は俺と同じクラスだった。
「タクヤ、あいつ同じクラスになったな」
「そうだな、たのしみだ」
2年間の間、聞くだけだった教室での"いたずら"をついに自分もできるのだと俺は喜んだ。
そこで俺は今まで考えていた幾つかの"いたずら"を拓也に教え、それをやるかどうかの判断を仰いだ。
「セミをランドセルに入れたり、イスを水でぬらしたりか…おもしろそうだな!」
拓也なら既に思いついてやっているかもしれない、面白くないと一蹴されるかもしれないと内心不安だったのだが、賛同を得られたため俺は喜んだ。
「ホントか!? じゃ、じゃあどれからやる?」
「そうあせんなよ、リュウヤ」
「…そうだな、わるい」
「う〜ん…しばらくはオレとカズナリがやってたのでようすみだな」
「わかった」
そのあと、セミは夏休みのうちに4人で捕まえておいて俺と拓也が夏休み明けに実行ということや椅子を水で濡らすのは水泳の授業が始まってからということなどを決めていった。
何時どのようにしてといった細かいことは考えず、ただどうしたいか何をやったら面白そうかといったことしか考えていなかった俺は、自分の考えていたものが具体的になっていくことに感動を覚えた。
それが凉佳にとっての災難だった。
それから俺は、"机の中にミミズの入った泥団子を入れる""ノリを机と椅子に撒く"といったようなものを次々と考え出し、拓也に持ちかけていった。
採用されるたびに俺は喜び、それが次の案を考えるための原動力になっていた。
休み時間に和成や遼も一緒にやるというのは少なくなっていった。
俺が次々と新しい案を出していくのでやる時間が減ったというのもあるし、和成達が興味を無くし始めていたというのもある。
いつの間にか…いや、3年生になってペアが変わってからそうなり始めていた。
俺と拓也、和成と遼の間で、もともと熱意みたいなものが違ったんだろう。
仲が悪くなったとか一緒に遊ばなくなったということはないのだが、凉佳の話題になると上の空で聞いているというのが伝わってきた。
それを感じた俺たちは和成達を誘う回数をだんだん減らしていき、特に不満を言われることもなかったので和成や遼と一緒にやるのが少なくなった。
そして、10月頃だったと思う。
凉佳の見せる反応や表情が変わったのは。
悲しそうな表情では無く、明らかに困ったような笑顔を浮かべるようになっていた。
拓也は気づいていないみたいだった。
もしかしたら凉佳の反応というよりも、凉佳に"いたずら"をしてやったということの方が大切だと考えていたのかもしれない。
俺はそのことを相談しようか迷ったが、求めているものが違う拓也に相談しても無駄だろうと察してやめた。
変わったのはそれだけじゃなかった。
授業中…いや学校にいるとき、ふと視線を感じるようになった。
しかし周りを見渡しても俺を見ているような人物は見当たらなかった。
拓也に相談しても「いたずらしてるところを見られてないか心配しすぎてそうなったんだろ」というような意見しか得られず、俺はどこか腑に落ちないながらもそれを信じて無視するように努めた。
4月に入学してきた優佳が、この学校にいる生徒の中で一番付き合いの長い俺のことを見ているのかという考えも浮かんだのだが、それでは授業中の視線はなんなのかということで否定された。
翌年の4月、俺たちは4年生になった。
俺と拓也は和成と遼を誘うのをやめていた。
和成が「…なぁ、これってなにが楽しいんだ?」と言い、遼がそれに「俺もなんかつまんねえ」と同意を示したのがきっかけだった。
俺は二人との間に差を感じていたから何も言わなかったが、拓也は違ったようで「はあ? おもしれぇだろ!?」と怒ったように言った。
それに対して遼が「俺にはわからねぇ。お前ら2人でやってれば?」と言って去って行き、それに和成がついて行ったことが決め手となった。
そのあと怒りが収まらない様子の拓也に「俺は拓也と同じ意見だから」「アイツらは放っておいて俺たちだけで楽しもうぜ」と声をかけ宥めた。
7月になり、夏休みについての話をし始めるクラスメイトが増えてきた頃だった。
去年と同じようにセミを捕まえるにしても和成と遼が使えない分をどうするかなどを相談しようと拓也に声をかける。
「拓也、夏休みなんだけど……拓也?」
「ん、どうした?」
俺が"夏休み"と言ったとき、拓也が何か悩んでいるような表情をしたように見えた。
「いや、今年の夏休みは和成達は手伝ってくれないだろうしどうしようかって相談しようと思ったんだけど……なんかあったのか?」
「………」
真剣な顔で考え込む拓也。
初めて見る拓也の様子に一抹の不安を覚えた。
数秒数十秒と時間が経つにつれて不安が増していく。
「た、たく--」
「リュウヤ、実は俺転校するんだ」
「……え?」
「夏休みになったら引っ越しして、9月から別の学校に行くんだ」
「え、でも…じゃあ…」
「だからもう一緒にできないんだ…ごめんな」
「……」
拓也の話によると父親の仕事の関係で引っ越すことになるかもしれないという話が4月の…というより4年生になる直前あたりからあったらしい。
和成達に対して怒ったような態度を取ってしまったのも、引っ越しの話で悩んでいたからだそうだ。
6月の終わりには引っ越すことに決まり、それを俺にどう説明しようか悩んでいた。
そこまで聞いて俺は体から何かが抜け落ちたような、そんな気がした。
「…そう、か」
「ああ、今まで話せなくてごめん」
「いや、話しにくいことだっていうのは分かるから…大丈夫」
「…ありがとう」
「じゃあ……いや、なんでもない。和成達は知ってんのか?」
「アイツらにもさっき話してきた」
「そうか。……今日から拓也が引っ越すまで毎日、放課後みんなで遊ばないか?」
「引っ越しの準備もあるから…今週の日曜までなら…」
「わかった。じゃあ和成達も誘いに行こーぜ!」
「…おう!」
いつものようにとまではいかないまでも元気を取り戻した拓也と共に和成達を誘い、日曜まで毎日4人で遊んだ。
そして夏休みが始まるのと同時に拓也は引っ越していった。
"いたずら"の内容に関しては色々とご意見があるかとは思いますが、これくらいが妥協点かなと判断しての結果です