羽のない背中
いつまでも、喫茶店で話している場合じゃなかった。オカンに話をする前に、いろいろと頭の中を整理しないと。するどいオカンのことやから、俺が嘘を言ってるって突っ込んできそうやしな。
「よし、もうオカンもパートに出かけたやろ。俺の家、行こか」
拓斗は雫を連れ、喫茶店を出た。
家に着くと、雫は、軽快に階段を上りだした。そして、拓斗の部屋のドアを開ける。
「タクの部屋、なんだかすっごい久しぶりに感じるわ」
そうか。雫の中で、俺のことはわかってるし、俺の部屋も覚えてても不思議はないな。覚えてないのは自分が天使だったこと、どうやってここに来たかということだけで、俺とは昔から知り合いで、お互い好きあっていることには変わりはないな。
雫は、しばらく俺のベッドの上で、バイク雑誌をペラペラとめくって見ていたが、興味がなかったのかも知れない。今は静かに寝息を立てて眠っている。
横たわる雫の背中を見ていたら、ふと昨日の儀式のことが蘇る。俺が切ったシルクの羽はどこいったんやろ。確かあの後すごい風に囲まれて、危うくシルクの体を離しそうになったんやった。あの時離してしまってたら、今頃どうなってたんやろ・・・。
なんか、俺も眠くなってきた。ちょっとだけ寝るかな。拓斗はベッドの横で座りながら目を閉じた。
「拓斗!起きなさい!」
「なんやねん、オカン、耳元でうるさいな・・・」
「うるさいじゃなくて、勝手に彼女連れ込んで!なんなの!」
あ、しまった。寝てしまってる間にオカンが帰ってきてしもた。拓斗はベッドの上の雫を見る。どうやらまだ深い眠りについているようだ。
「オカン、ちょっとええか。話があるねん」
「なんなの?」
「彼女寝てるから、ちょっと下で話すわ」
拓斗は母親と一緒に部屋から出て行った。
一階のリビングで、拓斗は母親と向き合っていた。
「あの子、俺の彼女やねんけどな・・・」
「へえ。あんた、こないだ前の彼女にふられたばっかりとちゃうのん?」
オカン・・・なんで知ってるんや・・・あ、ナスか。シルクと初めて出会った時に、俺の携帯が繋がらんとかで家に電話してきよったもんな。いらんこと言いやがって。
「まぁとにかく彼女やねんけど、ちょっとかわいそうな子でな」
「かわいそうって、なに?頭?」
「ちゃうって。頭イタイとかの意味ちゃうがな。真面目に聞いてや!」
「はいはい、で、なんなの?」
「あの子、ついこないだ両親を事故で亡くしてな、一人暮らしの祖父の家で暮らしてたんやけど、そこも先日家事になってしもて、おじいちゃんも亡くなってしもて、家も焼けてしもてん」
「ええっえらいこっちゃな・・・」
「身寄りもなくなって、住むとこも着る服もお金も何もかもないみたいやねん」
俺は、思いつくだけ大変な理由を並べ立てた。
「で、ここ数日は友達の家を転々としてたみたいやけど、とうとう行くところもなくなって、俺のとこに昨日来たんや」
「あんた、昨日夜に出かけたんは、その子と会ってたんか」
「そうや。で、行くとこないし、いきなり連れてこれへんから空き地で一晩話しながら過ごしたんや」
まさか、天使の羽を切る儀式をした、とも言えず、口からでまかせで次々と話す拓斗。
「他に行くとこないの?」
「ないねん。それとな、オカン・・・こういう状況、ていうか、彼女が身寄りがなくなってしまったことで、俺、決めたんや」
「なにを・・・」
「俺、彼女と結婚しようと思ってる」
オカンはぽかんと口を開けたままだった。
「もちろん、今すぐじゃない。俺、まだ大学生やし、ちゃんと学校は卒業するつもりや」
「あ、デキちゃったんと違うんか」
「なんでやねん!」
「いや、もうおばあちゃんになってまうんかと思ってビックリしたんや」
「ないない。でな、オヤジにもちゃんと言うけど、俺、この家出るわ」
「どうするんよ」
「これもまたすぐやないけど、バイト増やしてお金作って、彼女と一緒に暮らすわ」
「あんた、この前やりたいことあるから勉強してたんちゃうの?」
ああ、あれはシルクと過ごすための嘘やったのに、まだ覚えてたんか・・・
「やりたいことはこの先でも出来るねん。けど、彼女を救えるのは今しかないねん」
俺の言葉に、オカンがマジマジと顔を見る。
「なんやねんっそんなに見んなや」
「いや・・・あんた、かっこええこと言うなぁ~思って。色は赤色か?」
「何の色や」
「ヒーローの色やがな。ああいうのは赤が主役やろ」
「なんでヒーローやねん」
「彼女を救うとか言うからやん。へええ、あんたがそんなこという年になったとはねぇ」
「茶化さんといてくれや。俺は本気やからな。例え、反対されても彼女と暮らす」
オカンは、鼻からフーッと息を吹きだして、口元だけでニッと笑った。
「決めたんなら、相談やなくて報告やね。まぁ、頑張り。お父さんには私から言うとくわ」
単身赴任中のオヤジには、オカンから話してくれることに決まった。
「でな、新しい家、お金も頑張って用意するから、しばらくだけ彼女をここに住まわせて」
「いいで。どうせ結婚したら娘になるんやし。別にかまへんよ」
「ほんまに?おおきに!あ、そや。一つ約束があるねん」
「約束て?」
「彼女と話すことがあっても、事故のこととか過去のこと聞かないでほしいねん。ショックで記憶喪失になってるようで、すごい頭が痛くなるらしいねん」
「そうかぁ・・・わかった。オカンは約束守るで。仲良くやりな」
「・・・おおきにな・・・」
俺は、涙が出そうになったのを隠すように大げさに土下座をした。
これで、堂々と雫と一緒にいられる。本当に良かった・・・。