白い小鳥
清子からの電話に拓斗が出ている頃、川崎は自分の席を立ってエレベーターで1階まで下りていた。
「アン」
「クニ。そっちはどうだったの?」
1階で待っていたのは井上だった。拓斗の家の合鍵を作成した後、川崎に渡しに来たのだ。
「こっちはしくじったよ。部屋に彼女がいなくてね」
「そっかぁ~私はバッチリだったわよ。合鍵作ったんでしょ。またチャンス作ってあげるよ」
「よろしく頼むよ。じゃあ、行くよ」
「また連絡するわ」
井上と別れた後、川崎は自分のスーツのポケットにそっと木原家の鍵を入れ、エレベーターに乗り込んだ。
フロアに戻ると、川崎は拓斗の席へ近付いた。誰かと電話をしていた拓斗が用件が終わったのか、受話器を戻すのが見えた。
「木原君、ちょっと」
「あ、なんですか・・・?」
拓斗が答えると、川崎は声を小さくして拓斗に言った。
「もしかして、これ、木原君のじゃない?なんか私のカバンに入ってたんだけど・・・」
と、拓斗の鍵をそっと机の上に置いた。
「ああ、俺のです。すいません、ありがとうございます」
拓斗は自分が酔っぱらって、間違って鍵を出したり先輩の鞄に入れたりしてしまったんだろう、と思い、あまり深く考えずに川崎から鍵を受け取った。
「そうだわ、今日お弁当ないでしょ?定食屋に行く?」
いつもなら、定食屋と聞いただけで食いしん坊の拓斗は喜んでついていくのだが、この日はそれどころではなかった。夢のことと、清子からの電話と、羽切りの儀式の全てが繋がってしまったからだ。
「今日は定食屋はやめときます・・・体調悪くて午前中で帰ります」
「ええ?どうしたの・・・?二日酔い?」
「・・・そんなんじゃないです。すいません。午前中で出来るだけ仕事して帰ります」
「そ、そう。気をつけてね」
今となっては、もう仕事どころではなかった。でも、何もかも投げ出して帰るわけにもいかないので、拓斗は今だけは何も考えずに、出来るだけ仕事に集中した。
「ただいま~小鳥さん、おるか~?」
拓斗のマンションから一旦戻った清子が、玄関を入るなり声をかけてみる。あの迷い込んできた綺麗な白い小鳥はまだいるのだろうか。すると、部屋の奥から白い小鳥が飛んで、清子の肩にちょこんと止まった。
「待っててくれたんやね~。ただいま~」
清子は肩の上に小鳥を乗せたまま、買ってきた袋を開ける。飼い主が見つかるまで小鳥を保護するつもりだったので、帰りにペットショップで鳥の餌を買って帰ってきたのだ。
「お口に合うかわからんけど、お食べ~」
可愛いピンク色のお皿に鳥の餌を少し入れてみた。白い小鳥は清子の肩からお皿までパタパタッと軽く飛び移り、静かに餌を食べ始めた。
「よかった。食べてくれてるわ」
小鳥が餌を食べている姿を見ながら、清子はカバンに入れて持って帰ってきた白い羽根を取り出した。そして、その羽根を小鳥にそっと当てて見比べてみる。
「やっぱり・・・この羽根はこの子の羽根と思うんやけどなぁ・・・」
この持って帰ってきた羽根は拓斗のマンションに落ちていたものだ。電話口で、拓斗は『全て話す』と言っていたが、この小鳥さんも関係あるんやろか・・・清子は指先で羽根をくるくる回しながら、そんなことを考えていた。
昼になり、拓斗は会社を早退して、まっすぐに清子の家へと向かった。拓斗の携帯には、雫からの返信はなく、代わりに何件も清子からの着信履歴が残っていた。着信履歴を見て、拓斗が電話に出ないから会社にまで電話してきたということもわかった。実家へ向かいながら、拓斗の中にいろんな思いが込み上げてきた。
俺が・・・俺が全て悪いんや・・・。いくら酔った勢いとはいえ、雫を忘れ、先輩を抱いてしまったことで、全てが台無しになったんや。天界の王女は、忘れていた俺に思い出させるために、あんな夢を見させたんや。俺は・・・天使だったシルクをずっと変わらずに愛すると誓って、あの羽切りの儀式でシルクの羽を切り、雫という人間に生まれ変わらせて、ずっと守って幸せにしてあげなければならなかったのに・・・雫が人間になったことで、舞い上がって、毎日幸せで、楽しくて・・・でも、それがそのうち、当たり前になって・・・先輩と仲良くなってきた頃には、俺は雫が天使シルクだったことでさえ、忘れてしまっていたんや。
ふと遠い記憶が蘇り、儀式の前にシルクが俺に言った言葉を思い出した。
「タクには、天使の私の記憶はそのまま残るの。人間は、忘却の生き物だから、わざわざ記憶を消さなくてもいいんだって」
人間は忘却の生き物・・・本当だ。あの時、俺はこう言い返していたのに。
「んなもん、シルクが天使だったことを忘れるわけないやん。あんなに衝撃的な出会いと魅力的なシルクやのに」
あの時はこんなに偉そうに言い返していたのに、このザマだ。 俺は本当に、何をしていたのだろうか。もう、雫は・・・いや、シルクは・・・俺の元から消え去ってしまった・・・
拓斗は、涙を流しながら、実家のドアを開け、中に入った。




