疑惑
拓斗は仕事が始まっても頭の中はさっき見た写真のことで一杯だった。なんだよ、あれ・・・雫と相手は誰だ?ストーカーとか言ってた井上ってやつか?ストーカーとか言いながら、その割には濃厚なキスとかしてるやないか・・・ぐしゃぐしゃにした写真をもう一度直視する勇気もなく、拓斗はモヤモヤした気分で仕事をしていた。
「クニ、私よ。例の件、うまく行ってるようよ。ちゃんと確認してたわ」
仕事の合間に、川崎が井上に連絡をしていた。
「うん、オッケー、そのつもり。また連絡するわ」
エレベーターに仕掛けたカメラで撮影したキスシーンを拓斗に見せつけたことで、拓斗にダメージを与える作戦だったが、どうやらうまくいっているようだった。
井上と連絡を終えた後、川崎は拓斗のデスクに近付く。
「木原君?」
「・・・はい、なんでしょうか」
「どうかしたの?体調でも悪い?顔色悪いけど」
「いえ、なんもないです。顔色悪いですか???そうかな~顔は男前なんだけどな~」
拓斗はわざと明るく振る舞ってみる。
「もしかして・・・ストレス溜まってるんじゃない?」
「確かにそれはあるかもですね」
「じゃあさ、飲みに行こうよ!パーッとさ!」
「えっ?今日ですか?今日はちょっと・・・」
「明日はどう?今日はもう奥さんもご飯の支度してるだろうし。明日、職場の飲み会だ~とか言って2人で飲みに行こうよ!ねっ!私・・・」
「私、1人じゃ行けない~!がまた出るんですか」
「そそ!それそれ!だから、ね、行こ!明日!」
「わかりました。俺も思いっきり飲みたい気分なんで。明日パーッと行きましょう!」
「そうこなくっちゃ!じゃ、明日仕事帰りに直行ね」
「はい」
拓斗は、清子が捻挫して動けない今、雫を一人にしては危険だと思いつつも、頭のどこかで雫と井上の関係を疑っているのだった。疑って、自分で自分を追い込んで、とても苦しんでいた。そんな中、川崎からのお誘いでなんとなく救われた気がしたのだった。たまにはいいよな。ちょっとぐらい嘘ついて飲みに出かけても。変な写真を見せられて、俺は嫌な気分になってんだから。そんな風に拓斗は考えていた。
「もしもし、お母さん?雫です。仕事が済んだので買い物しますが何が必要ですか?」
喫茶店での仕事を終え、スーパーに着いた雫が清子に連絡していた。
「ごめんな~。あと2、3日もすればオカン治るから」
「えっ何言ってるんですか。まだ3日目ぐらいでしょ。ちゃんとゆっくりしてて下さいね!」
「あはは~バレたか。ほな、今日は雫ちゃんセレクトでカレーの材料買ってきてくれるか~」
「はぁい。任せて下さい。後で届けますね」
雫は電話を切り、買い物を始める。お母さんに、早く元気になってもらわなくっちゃ!
その後、買い物を済ませ、清子の家に着いた雫は、買い物袋からカレーの材料を取り出す。牛肉、じゃがいも、ナス、パプリカ、おくら・・・
「おっさすが雫ちゃん。夏野菜カレーやな」
「はい。夏野菜をたっぷりお母さんに食べてもらいたくって。作って帰りますね」
「わぁ~助かるわ。オカン座って見ててもええか」
「いいですよ。ゆっくりしてて下さい」
慣れた手際で料理を始める雫を清子は後ろから眺めていた。一緒に住んでいた頃、初めて料理を教えてあげたことなどを思い返していた。身寄りがない雫に寂しい思いをさせないために、本当の母子のように雫と接してきたつもりだ。雫も、全くの嫌味もなく、こうして清子の世話を焼いてくれている。本当にいい娘がお嫁に来てくれた・・・清子は心から喜んでいた。
しばらくカレーを煮込んでいる間に、サラダも作って雫の料理は終了した。
「後は、あっためて食べてくださいね。まだ食べるの早いですもんね」
「おおきにな。後でありがた~く味わって食べるわな。仕事で疲れてるのにすまんな」
「大丈夫ですよ。また明日来ますね」
「気をつけて帰ってな」
雫は、清子の家を出て、もう一度スーパーに寄った。一度に荷物を持ちきれなかったから、今度は自分の家の分の買い物をして帰らないと。今日はタクは何が食べたいかなぁ・・・そうだ、海鮮丼でもしようかな。揚げ物やしつこい味の物より、食べやすいかな。雫は鮮魚コーナーへ向かい、新鮮なお刺身を選び始めた。
雫が喫茶店から出てスーパーに行き、清子の家に行ったことも、その後またスーパーに行き、買い物をして木原家に帰ろうとしていることも、後を付けていた井上は全部わかっていた。だが、大事な作戦決行日の前日なので、今日は雫の前に姿を現さないつもりだった。こうして姿を見るだけでも充分楽しめる。もうすぐ、目の前の美しい女が自分のモノになる。井上の顔は自信に満ち溢れていた。
一方、仕事を終えた拓斗は、川崎といつも通りに一緒に電車に乗り、最寄り駅まで帰ってきたが、川崎と別れた途端、足取りが重くなっていた。あの写真のことを雫に聞くべきなのか・・・聞いてしまって、ストーカーじゃなく恋人だと認められたら俺はどうなるのか・・・考え出すとどうしてもまたあのキスシーンを頭に思い描いてしまう。とりあえず様子を伺うことにするか・・・拓斗は重い足取りでマンションへと帰って行った。




