対策
「うんまっ・・・」
サバの味噌煮を食べながら、拓斗はご機嫌な声を出していた。そんな拓斗の膝の上にはミィが乗っかって、しきりに拓斗の箸の動きを見上げている。
「ミィも食べたいのね」
「オカンのとこに来たらあげるでぇ~」
『ミャア』
清子の「あげる」という言葉に反応したのか、ミィが清子の元へと駆け寄った。
「かしこいなぁ~あんた、ほれ」
清子は味噌のついていない身を少しミィに食べさせた。よほど美味しかったのか、ミィは清子にべったりとくっついて離れない。
「もうそんなにあげられへんよ~かわいいなぁ、もう」
清子は目を細めてミィを見つめていた。
晩御飯を食べ終わって、コーヒーを飲みながら、拓斗が言った。
「そういや、オカンなんでおるんやっけ?なんか話があるとか」
「雫ちゃんのことやねんけどな、言いにくいやろからオカンから話すわな」
清子が雫の方を見て言う。雫が小さくうなづく。
「なんやなんや?もしかして赤ちゃん出来たんか?」
「そんなめでたい話やったら自分で言えるやろが。ええか、よう聞きや」
清子は、喫茶店の常連客が実は雫のストーカーで、今朝マンションにまでやってきて、無理やり部屋に入ろうとしたことや、雫に迫っていたことなどを話した。
「え・・・なんやねん、それ・・・」
「たまたま私が雫ちゃんと約束しててここに来たから未遂で済んだけど、思い出してもゾッとするわ」
「なんていう奴や?警察に連絡せな!」
「それがな、喫茶店のマスターにも聞いたけど、よう知らんねんて。フリーライターの井上とか名乗ってたらしいけど、そんな人物は実在せんらしいわ」
「偽名か。職業もでたらめか・・・どうすればええねん」
「安易に警察に言うのも返って危ないしな。とりあえずは、雫ちゃんを一人にせんことやな」
「仕事はどないするんや?喫茶店でまだ働くんか?」
「オカンも仕事あるしな・・・でも、家にずっとおるのも危険やから、マスターに事情説明して、仕事中はマスターに守ってもらうわ。きっと、相手もアホやないから喫茶店にはもう来えへんやろ」
「ほな、行き帰りはどうするねん」
「オカンが朝ここに迎えに来て、帰りもここに送り届けて拓斗が帰るまでおることにするわ」
「そんなん・・・オカン大変やろ」
「何言うてんねん。娘が大変な時に。ええから、オカンに任せとき。拓斗もなるべく残業は控えて帰ってきたりや」
「わかった・・・」
「お母さん、ごめんなさい。私のために・・・」
ずっとうつむいていた雫がやっと顔を上げた。清子は雫の肩をポンッと優しく叩く。
「大丈夫や。相手もそのうち諦めよる」
「はい・・・」
「と、いうわけや。ほな、明日の朝迎えに来るわな。今日は帰るわ」
「すまんな・・・送って行くわ」
「あほか。雫ちゃんを一人にしたらあかんねんから、送らんでええわ。オカンは大丈夫や。相手もオカンが狙いやないからな」
「そうか。ほな、明日からよろしく頼むわ」
「任せとき。おやすみ、雫ちゃん」
「お母さんありがとう。おやすみなさい」
清子は木原家を出て行った。念のため、自分の身にも何か起こるかも知れない。清子は警戒しながら家路を急いだ。
「雫、気が付かずにごめんな」
「ううん。私も全然そんなことだと思わなかったから・・・」
「猫好きのいい人やと思ってたのにな」
「うん・・・」
雫の顔が暗くなる。もう、こんな話はやめた方がいい。
「そや、サバの味噌煮うまかったで。明日は何が食べたいかな~。久々にリクエストとかするかな」
「何か食べたい物あるの?」
「そやな~、まずは雫を食べてからやな」
拓斗はいつものように雫に抱きついたが、一瞬雫の体がビクッとなるのを感じた。井上のことを思い出したのだろう。こんな日に、雫とラブラブとか出来るわけないか。
「な~んちゃって」
と、拓斗は雫から体を離し、大きな声でおどけてみせた。
「そや!明日はハンバーグが食べたいな」
雫は、拓斗に抱きつかれて一瞬でも怖いと思ってしまったことを拓斗に知られたくなかった。
「わかった。明日の夜はハンバーグにするね!」
無理に笑顔を作り、拓斗に微笑みかける。なんとも言えず、重い空気が流れる。
「お腹いっぱいで眠いわ。風呂入って寝よか」
「そうね」
嫌な事件で始まった雫の長い一日が終わろうとしていた。拓斗は、ストーカーの存在も気になったが、それ以上に、さっき抱きついた時の雫の反応を思い出していた。怖い思いをしたとはいえ、明らかに俺を嫌がっている反応だった。あんな風にされたら、今後、どうやって雫を抱きしめればいいのか・・・考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだった。
翌朝。朝の6時過ぎにチャイムが鳴った。
「誰や、こんな朝早くに・・・」
拓斗はもう起きる頃だったが、まだ布団の中にいた。
その後、ガチャガチャと鍵の開く音がして、清子の元気な声が響いた。
「おっはようさ~ん!」
「あ、お母さん!おはようございます」
キッチンで朝ごはんを作っていた雫の声がする。拓斗は寝ぐせのついたまま、リビングへ向かった。
「オカン、早いな」
「そらそうやろ。拓斗は7時前に家出るやろ?それまでに来とかな意味ないやん」
「そうか。悪いな」
「あ、オカンは朝ごはん食べたから気にせんと食べてな」
「はい」
と、言いながらも、ダイニングで朝ごはんを食べる拓斗と雫の顔をじっと見る清子の姿は、拓斗にはどうにも落ち着かない。
「オカン、あっちでミィと遊んどってくれや」
「はいはい。そうしましょ。ミィちゃんや~」
『ニャア~』
やれやれ。雫のためと言っても、毎日オカンがこんな朝早くから来て夜にもいるのか・・・拓斗はちょっと憂鬱だった。




