突然の訪問者
「わぁ~いい天気っ!ね、ミィ!」
窓から差し込む太陽の光に雫は目を細めながら、ミィの方を見る。
『ニャア~』
ミィもそれに答えるように雫の足元までやってきた。
「こんないい日は、先にお洗濯だわっ」
ご機嫌な鼻歌を歌いながら、洗濯に取り掛かる雫の足元をじゃれるように絡みつくミィ。
「こら~ミィ、危ないじゃないの」
と、言いながらも雫の顔は笑っていた。
プルルルル・・・
木原家の電話が鳴った。表示された番号を見ると清子からだった。
「はい、もしもし、お母さん、おはようございます」
「雫ちゃん、おはようさん。今日仕事休みやろ?」
「はい、休みです」
「近所の人に、いっぱい野菜もろたんやけど、食べるの手伝ってくれへんか?」
「わぁ、いただいていいんですか?」
「コーンとかキュウリ、ゴーヤ、トマト・・・なんかめちゃめちゃあるんよ」
「うわぁ~嬉しいです!後で取りに行きますね」
「あ、いや、私がそっちに行くわ。ミィちゃんも見たいし」
「わかりました。じゃあお昼一緒に食べましょうか」
「そやね、そうしよ。11時ぐらいにそっち行くからね」
「は~い、楽しみにしてます」
電話を切った雫は頭の中で早くも今夜のメニューを想像していた。お野菜たっぷりの美味しいご飯をタクに食べさせてあげたいなぁ。
洗濯機が止まるまで、部屋の掃除をしたり、バルコニーの家庭菜園で育てているトマトやバジルに水やりをしたり、時々テレビのワイドショーの内容に釘づけになったり、と、いろいろしながら時は過ぎて行った。ミィは、窓際の床に差し込む太陽の集まる場所を見つけ、そこで腰を落ち着け、ゆっくりと目を閉じてくつろいでいた。
そして、洗濯を干し終えて、時計を見ると、10時35分。まだお母さんが来るまで時間が少しある。
「あ、そうだわ。玄関も掃除しとかないと」
そんなに汚れているわけではないが、綺麗にしておかないと雫の気が済まない。玄関の辺りで、靴を揃えたり、靴箱の上の小物の位置を直したりしていると、ドアの前の通路に足音が聞こえてきた。あ、早いけど、お母さんかな?ばっ!と私が顔を出したら、びっくりするかしら。そんなことを考えて、雫はドアをばっ!と開けて外に顔を出した。
「あ、あれ!?雫ちゃん!」
顔を出した雫の顔が強張った。目の前に井上がいたからだ。
「井上さん・・・?どうしてこんなところに?」
と、雫がドアの前に出て来て、ドアの前に立ちはだかった。なんとなく、ドアを開けたまま話すのが嫌だったからだ。
「このマンションのこの階にね、僕の知り合いがいるんだよ。それでちょっと用事で来たんだけど、ここ、雫ちゃんの家だったのか。ああ、本当だ。木原って書いてるね」
と、井上がドアの上の表札を見て言った。
「はい。知り合いの方って何号室の方ですか」
井上が適当に言っているようにしか聞こえないので、一応聞いてみる。
「ああ、605号の人だけど、なんで?」
「いえ。6階の方ですか?ここ7階ですよ」
雫が言うと、井上はキョロキョロと周りを見渡し、木原家の表札をもう一度見て
「ああ・・・本当だ。ここは7階だね。703号室て書いてるね」
と、ハンカチでこめかみの汗を拭きながら言った。
「ダイエットのために階段上ってきたら行き過ぎて来ちゃったんだな」
「そうなんですか」
「1階分下りないとだ。・・・あ、そうだ!雫ちゃん!」
「・・・なんでしょう?」
「あの、仔猫を一目見させてくれないかな?ちょっとでいいから」
「え、でもご用はいいんですか?早く行かれた方が・・・」
「ああ、時間は決まってないんでね。大丈夫だから、お願い!」
「じゃあ、連れて来るので待ってて下さい」
雫が井上に背を向けて、部屋の中へ入ろうとした時だった。ドアを閉めようとする雫の手首を井上が掴んだのだ。
「あっ」
そして、井上が玄関の中まで入ってきた。
「あ、あの?外で待ってて下さい・・・」
「ミィちゃんが逃げ出したら困るから、ここで待ってるよ。大丈夫、これ以上入らないから」
そう言いながら、井上が雫の手首を掴む力がどんどん強くなる。
「あ、あの、離してください・・・痛いです・・・」
「僕は、変なことはしないから安心していいから!雫ちゃん!」
そう言いながら、井上は掴んでいる雫の手首を自分の方にぐいっと引き寄せる。強い力で引っ張られ、立っているバランスが崩れた雫は、井上の胸の中に倒れてしまった。
「ああ・・・雫ちゃん・・・」
雫は、そのまま強引に井上に抱きしめられてしまった。やっぱりこの人なんだかおかしい・・・怖い思いしかなかった。
「井上さん、やめて下さい」
井上の腕の中でもがくが、力が全然敵わなかった。井上は雫の声が聞こえないのか、夢中で雫の体を抱きしめ、背中や腰などを撫で回してきた。
「ああっ・・・雫ちゃん・・・ああ・・・」
「やめて・・・やめて下さいっ・・・」
どうにも強い力で抱きしめられて呼吸も苦しくなる。井上の荒い鼻息が、雫の耳元に届いて、雫は身震いをした。そして、井上の唇が雫の首筋に迫ってくる。
「や、やめて!いやっ・・・」
ピンポーン
その時、チャイムが鳴った。ああ!お母さん!
「出なくていい」
井上は、低い声で言い、雫を玄関から出させないように必死で抱きしめながら唇を雫の顔や首筋に這わせる。このままお母さんに気付いてもらえなかったら絶対危険だ。
「お母さん!!!!助けて!!!!!!」
雫は、井上の足の間から自分の足を思い切り出してドアにドンッと衝撃を与えた。外にいるお母さんに気付いてもらわなければ。
「雫ちゃん・・・?」
ドアを開けて入ってきた清子が、目の前の光景にビックリする。
「なんや!?あんた何してるねん!!!」
清子の声に井上はびっくりして、雫を離し、清子を突き飛ばして逃げて行った。その場にヘナヘナと座り込む雫。
「あいたたた・・・なんやねん、あの男は。雫ちゃん、大丈夫か」
井上に突き飛ばされて転んだ清子がどっこらしょ、と立ち上がり、雫の元へとやってきた。
「お母さん・・・怖かった・・・来てくれて良かった・・・」
雫は泣きながら清子に礼を言った。
「気持ち悪い男やな。怖かったやろ」
清子は雫の頭をポンポンと優しく撫で、そっと体を抱きかかえてリビングへと連れて行った。




