見えない何か
拓斗は、那須が会社まで来た昼休みに、川崎さんと話した内容を思い出していた。雫の働く喫茶店の前で、常連客が仔猫を保護したこと、その仔猫を木原家で飼っていること、仔猫のエサやグッズなどを常連客が大量に買ってくれたことなどを話したのだった。拓斗は、ただ『すごい猫好きの人』として、井上さんのことを話したつもりだったが、川崎さんの反応は違った。
「怪しいわね」
そう言ったのだ。
「え?怪しいって?」
その日のおすすめのサバの塩焼き定食を食べながら、俺は川崎さんに聞いた。
「その常連客の人と、木原君の奥さん、何か関係があるわよ」
「・・・どういう意味ですか?」
「普通、喫茶店のお客様が店員にそんなに物を買ってくれると思う?」
「仔猫を自分で飼えないから、て言ってたらしいですよ」
俺が言うと、川崎さんは声をあげて笑い出したのだ。
「木原君、甘いわね。そんなの、奥さんが勝手に言ってるだけじゃない」
「え???」
「なぁに?わかんないの?・・・奥さんが木原君に嘘ついてるってことよ」
「ええ?それはないでしょ」
「猫好きだからって、いくらなんでもキャットタワーまで買ってあげないでしょ」
「そ、そうでしょうか」
「値段もピンキリだけど1万円以上するだろうし、それプラス、おもちゃやエサもでしょ?」
「はい。結構な量です」
「3万ぐらい使ってるんじゃない?そんな額を喫茶店の店員に使う?」
「どうでしょうか」
「じゃあ、木原君。例えば、いつも通ってるコンビニの店員にいきなり3万円相当の品物渡す?」
「・・・渡さないです」
「じゃあ・・・もし、木原君がそのコンビニの店員と恋仲にあったとしたら、どう?」
「・・・」
川崎さんの言い方は、雫と井上さんに何か特別な関係があるかのように聞こえる。
「そうよ。キャットタワーなんて大きさもあるんだし、部屋の間取りや置いてある家具も知らないと、買ってあげることなんて出来なくない?」
「ええ?」
今度は何を言い出すのか。その口振りだと、井上さんがうちの部屋の大きさや間取りを知ってることになる。そんなあほな話はないやろ。
「そのお客様が木原君の家に入ったことあるかもだし、ないとしても、奥さんに部屋の間取りやら何やら聞いてることになるでしょ。ただの客と店員で、そこまでの話をするかしら」
ただ、猫好きの人が『自分が飼えないから、せめて』と聞いた話をしただけで、こんなふうに返事が返ってくるなんて、俺は考えもしなかった。先輩の言い方には断言する部分もあって、なんだか本当のことのように思えてくる。雫は俺のいない昼間にその常連客と何かをしているのか。
その夜、家に帰った拓斗は、リビングにどーんと置かれたキャットタワーで遊ぶミィの姿を見て、また川崎さんが言ってきた内容を思い出した。そうだ。こんなに気になるなら、雫に聞いてみればいい。
「なぁ、雫」
「なぁに?」
「このキャットタワーって高そうだよな。10万ぐらいするんとちゃうか」
俺は、わざと高い値段を言ってみた。すると、
「10万もしないわよ。1万7千円だったかしら」
と、雫が値段を言ったのだ。
「値段、知ってるの?もらったんやろ?」
と、俺が突っ込むと、雫は一瞬目を丸く見開いて『しまった』というような顔をしたように見えた。
「確か、それぐらいだから、って井上さんが言ってたから」
と、付け加えて言ってきたから
「そっか。1万円以上するだけで高価やんな。もらって気が引けるよな」
と、だけ言っておいて、それ以上は何も言わなかった。
「そうね・・・」
そう答えた雫も何か頭の中で考えてる様子だった。俺はそんな雫の様子を見ながら、心の中で考えていた。プレゼントしてもらった物の値段をはっきり知ってるって何や?普通、プレゼントなら値段言わんやろ。はっきりわからんけど、雫は俺に何かを隠してる。
雫も、洗い物をしながら考えていた。さっき、タクにキャットタワーの値段聞かれて、思わずポロッと言っちゃったけど、変に思われてないかな・・・。
雫は、井上さんに、断ったのに強引に手を引っ張られて、ペットショップに連れて行かれたことや、そこで2人で一緒におもちゃなどを選んで、それらを買ってもらったことを言えずにいた。あまりにも強引で、井上さんのいうことを聞かないとなんとなく怖かったから付いて行っただけなのだが、『一緒に品物を選んだ』ということで、拓斗に誤解されるのが怖かったのだ。だから、あえて井上さんが勝手に買ってきてくれたということにしていたのだ。
「あ、そうや、雫」
拓斗が雫を呼ぶが、雫は何か考えているのか、振り向きもしない。拓斗は、キッチンに立つ雫の背後に回って、耳元で
「しーずーくー!」
と、ふざけて呼んでみた。
「きゃっ」
びっくりした雫が手に持っていたグラスを落とす。
ガシャン!!!!!
シンクの中だったが、下に置いていた器に当たって、グラスは割れた。
「ああ・・・」
「・・・ごめん。呼んでも気付いてくれなかったから、びっくりさせてもたな」
「・・・ううん。私もぼーっとしてたからだね。ごめんなさい」
割れたグラスを片付け始めた雫。こないだから、何かしら物がよく壊れる。ミィに結婚式の時の写真のフレームを壊されたし、今日はグラスが割れた。ガラスの片付けにも手馴れてしまいそうだ。
「呼んだのは、何か用事だったのかな?」
と、片付けを終えた雫がいつもの可愛い顔で聞いてきた。
「そうや、そうそう。近々、ナスがうちに来るけどええか?」
「那須君?いいけど、どうかしたの?」
「なんか今日、昼休みに会社に顔出してな、とうとう結婚考え出したみたいで」
「ええ~そうなの?」
「そうそう、それで、俺らに聞きたいらしいねん。いろいろ」
「そっかぁ、わかった。じゃあ日にち決まったら言って。ご馳走作るから」
「おう。また言うわな」
さっきは、少し空気がおかしくなったような気がしたが、もう元に戻ったようだ。俺もあんまり深く考えないようにしよう。




