母の思い
男性客と雫のやりとりを目撃した京子は、やはり気になって、その日のうちに那須に電話で話したのだった。
「浮気?ちゃうやろ・・・そんなん・・・雫ちゃんに限ってないない!」
と、那須が言うので、京子もそれ以上は何も言わないことにした。
その日、拓斗が家に帰ると、リビングに大きなキャットタワーが置かれていた。その横にはたくさんの猫のエサと猫の砂やおもちゃなどの猫グッズが置かれている。
「えっ!?なにこれ、こんなにいっぱい」
「・・・いいって言ったのに、井上さんが買ってくれたの」
と、雫が困ったような顔をして言った。
「井上さんって、ミィの名前の候補考えてくれた人やな、なんでや?」
「なんかね、店の前で迷子になってた仔猫を自分が飼うことが出来なくて申し訳ないから、せめてこれぐらいはさせてくれ、って・・・」
「そうなんや。・・・ほな、ありがたく受け取っとこ。きっと猫が好きなんやで、その人」
「そうね。また、ちゃんとお礼言っておくね」
一方、那須も少し考えていた。京子には「ないない」とは言ったものの、男の人に手を掴まれてどこかへ連れて行かれた、というのが気になった。雫ちゃんに限って、その男の人とどうこうってわけじゃないだろうけど、どこに連れて行かれたのか。拓斗がこのことを知っているのか知らないのか。いきなり話して拓斗が知らなかった場合、拓斗と雫のラブラブな関係に亀裂が入ったらあかん・・・と思ったのだ。こういう話は電話じゃあかんな。那須は近いうちに拓斗の会社を訪れて、昼休みにでも話をしてみようと考えていた。
「いらっしゃいませ、あれ?お母さん!」
雫の喫茶店にやってきたのは、拓斗の母、清子だった。
「雫ちゃん、久しぶりに顔見に来たで~」
「なかなか顔見せに行けなくてごめんなさい」
「謝らんでええがな。とりあえず、オカンはミックスジュース頼むわ」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
清子がカウンターに座る。マスターが
「ご無沙汰してます。結婚式以来ですね」
と、挨拶を済ませ、ミックスジュースを作り始める。マスターと清子が顔を合わせたのは、あのサプライズ結婚式以来だった。
「そうですね。いつも雫ちゃんがお世話になってます」
と、清子も笑顔で静かに頭を下げた。
ガガガガッ・・・ガガッ・・・
店内にミキサーの音が響き渡る。
「雫ちゃん、今日は仕事何時までや?」
「今日は14時までです」
「予定なかったら家に行ってええか?猫、みたいねん」
どうやら、拓斗から黒猫の話を聞いたらしい。
「オカン、ほんまは猫大好きやねんけどな、お父さんが嫌いやから飼えへんかってな・・・」
「そうなんですね。お母さん14時まで待ってくれますか?一緒に帰りましょう」
「うんうん、そうするわ。あと15分やし、ミックスジュース飲んで待ってるわな」
「はい」
この日も、窓際の奥の席には、井上さんがノートパソコンを開いていた。今日はもうランチを食べ切っているようだ。食後のコーヒーを持って、井上さんの席に行くと、
「あの人は?」
と、カウンターに座っているお母さんのことを聞かれた。
「あ、主人のお母さんです」
「・・・そうなんだ」
井上さんは、それ以上何も言わなかった。雫は、井上さんの食べ終えたランチの食器を下げた。井上さんはコーヒーを飲みながら、お母さんの方をじっと見ているようだった。
その後、仕事を終えた雫と清子はミィが待つマンションへと向かっていた。
「雫ちゃん、喫茶店の仕事は楽しいか?」
「はい。落ち着いた空間だし、常連のお客さんが優しくしてくれるので働きやすいし、楽しいです」
「そうかそうか、ならよかった。オカンももうちょい若かったら雫ちゃんみたいな制服着ても似合うんやけどな~」
「お母さんはまだまだ若いですよ~」
「おおきにな。オカンもまだまだイケると思ってるねん、実は」
「あはは」
そんな話をしながら、マンションについて、部屋のドアを開ける。
「ただいま~、ミィ帰ったよ」
雫の声に反応したミィが玄関までやってきたが、清子の姿を見て立ちすくむ。
「ミィちゃ~~ん、オカンがきたでぇ~~」
と、清子が声をかけて近づこうとすると、ミィがピューッと逃げて行ったのだった。
「あらま」
「きっとビックリしてるだけですよ、さ、中にどうぞ」
雫に言われて、リビングに入った清子だったが、ミィは逃げ回り、ソファやテーブルの上を激しく走り回っていた。
ガシャン!
「あっ・・・」
逃げ回るミィの尻尾が棚の上に飾っていた、結婚式の写真を落としたのだ。その衝撃でガラスのフレームが割れてしまった。
「ああ・・・ごめん・・・オカンが来たせいで」
「いえ、私が悪いんです。高い位置に不安定に置いてあったから・・・」
急いで、割れたガラスを片付ける雫。清子はふと窓際のカーテンに目をやった。
「あ、雫ちゃん、このカーテン・・・」
「はい。前のアパートに引っ越す前にお母さんに教わって作ったカーテンです」
「そうか。拓斗も喜んでくれたかなぁ」
「はい。可愛いカーテンやな、て言ってくれました」
ガラスを片付け終えた雫が、清子にお茶を出す。ミィもやっと落ち着いたのか、清子から一番遠いところの床に座り込んでじっと様子を伺っている。
「ごめんな・・・フレーム弁償するわな」
「いえ、いいんです。ミィも最近よく走り回るし、写真はアルバムに貼って大事に置いておきます」
「そうかぁ・・・」
「本当に気にしないで下さいね」
そう言って雫はニッコリと笑う。
「雫ちゃん、拓斗と一緒になって幸せか?」
「はい!毎日タクのためにご飯作ったり、一緒に過ごしたり、楽しくて・・・幸せです」
「良かった。こんな可愛い娘も出来たし、オカンも幸せや~」
清子は本心からそう思っていた。拓斗に雫のことを『身寄りがない可哀想な子や』と紹介してもらってから、ずっと雫のことを気にかけていた。拓斗と一緒になって、笑顔で過ごしている雫を見て、本当に良かった・・・と嬉しく思うのだった。




