愛妻弁当
俺と雫は、無事に結婚式を済ませ、少し広いマンションへ引っ越しを終えた。
リビングには、サプライズ結婚式の時の【天使のような雫と俺の写真】が飾られている。
「おはよう」
「おはよ、タク」
朝の日差しが差し込むダイニングで2人で一緒に朝食を摂る。俺の希望で週に4回はご飯と味噌汁、残りの3回はパン食でお願いしていた。
「雫のお味噌汁が一番うまいな」
「そう?ありがと」
「二番目はオカンやろ、三番目は定食屋」
「定食屋って?」
「あの、弁当忘れた日に先輩に連れてってもらった定食屋や」
「そんなに美味しかったのね」
「そうそう、今度雫も連れてったるわ」
「うん、楽しみにしてるね」
「あ、やば!急ぐわ」
俺は慌てて朝ご飯を食べ、玄関へと急ぐ。
「タク~~!お弁当!」
雫がお弁当を持って駆け寄ってくる。
「あ、また忘れてしまうとこやった」
「もう~、定食屋さんに行きたいんじゃないの?」
「あはは、いってきます」
俺はお弁当を受け取って、雫のおでこにチュッとして玄関を出た。
電車で揺られながら、拓斗は考えていた。
『毎日、お弁当だったら定食屋でなかなか食べられないな』
たまには定食屋で食べたいからと言えば、雫はお弁当を作らない日を考えてくれるかも知れない。けど、新婚早々、そういうのも気が引けた。でも、思い出すのは川崎さんと食べたサバ煮込み定食だった。
「あれ、美味しかったよなぁ・・・」
「何が美味しかったの?」
「えっ」
いつの間にか、声に出してしまってたらしい。背後から聞こえた声に振り返ると、川崎さんが立っていた。
「あ、おはようございます。同じ電車だったんですね」
「そうよ。私いつもこの時間に乗るの。この次のだと走らないとギリギリでしょ」
「そうですよね」
「で、何が美味しかったの?食いしん坊の私には聞き捨てならないわ」
「ああ、こないだ連れてってもらった定食屋のことですよ」
「な~んだ。ふふっ、あのお店気に入ってくれたのね」
「はい。なんかめっちゃ食べたくなって」
「じゃあ、今日お昼休みに行こうよ」
「え、でもお弁当・・・」
「木原君、若いんだし、お弁当あっても食べれるでしょ。持ち込んだらいいわよ」
「え・・・」
「ね、行こう!私、今日行きたい気分になっちゃったの!」
電車を降りて、会社まで話しながら歩く。その間も定食屋の他のおすすめメニューの話など聞きながら、俺の頭の中は定食屋で一杯になっていた。
「じゃ、昼休みにエレベーターのとこで待ってて」
結局、川崎さんに誘われて、断りきれずに、俺は弁当持参で定食屋に行くことにしたのだった。相変わらず、先輩のペースにまた飲まれてしまった。
そして、昼休み。弁当を持参した俺と川崎さんはあの定食屋にいた。
「今日は、カレイの煮付け定食がおすすめみたい。これも美味しいのよ」
「じゃあ、俺、それにします。・・・食べきれるかな」
俺は手に持ったお弁当を見つめる。
「大丈夫よ。すいませ~ん、カレイの煮付け定食1つ!ご飯大盛りで!」
「え、大盛りって・・・」
そう言った川崎さんの手に取ったおかずを見ると、小松菜のお浸しとお味噌汁だけだった。
「あれ?川崎さん、それだけですか?」
「うん。今日はこれと・・・それ!」
と、俺のお弁当を指さした。
「えっ?」
「私がお弁当食べるの手伝ってあげる!そしたら木原君定食美味しく食べれるでしょ!」
「ええ、でもさすがにそれは雫に・・・」
「奥さんに悪いとか言うわけ?黙ってればわかんないじゃん。2人の秘密にしとけばいいよ」
そう言って、川崎さんは俺のお弁当をさっと奪う。
「あっ」
「ふう~ん、すごい手の込んだお弁当作ってもらってるんだ~うらやましいね」
と、言って、俺が呆気に取られてる間に、俺のお箸でお弁当を食べ始めた。
「ん、美味しいじゃない。奥さん、料理上手なのね」
「あ、ありがとうございます。言っときます・・・あ」
「あはは、言ったらバレちゃうじゃん。しっかりしてよ~木原君」
「ああ・・・そうですね」
「あ、早くカレイ食べちゃいなよ、すっごい美味しいんだから」
「はい、いただきます・・・あ、うまっ!」
俺は、心の隅の方で『雫、ごめん』と思いながらも、先輩おすすめのカレイの煮付け定食をペロリと平らげたのだった。
結局、雫の作ったお弁当は、川崎さんがほとんど食べてしまった。そして、定食屋を出て、川崎さんが言った。
「また定食屋に行きたくなったら、この作戦で、ね」
「は、はい。また、そのうち・・・」
その日は、雫に空になったお弁当を渡す時に、雫の顔がまともに見れなかった。
「ごちそうさま。明日もよろしくな」
「はい。任せといて」
雫がお弁当箱を受け取る。
「・・・あれ?」
「ん?どした?」
「ううん、何でもない。さ、片付けちゃお」
雫がキッチンにお弁当箱を持って行く後ろ姿を見つめながら、俺は一瞬バレたのかと思ったが、雫がそれ以上何も言わないのでホッとした。
「・・・」
雫は、拓斗のお弁当箱を洗いながら、なんとなく”腑に落ちない”感覚に包まれていた。さっき、タクがお弁当渡してきた時の、ちょっと微妙な空気。それと、お弁当包みの結び目がいつもと違うように思えたから・・・。
「・・・気のせいかな」
雫は、一瞬でも変に思ってしまった自分に反省しながら、洗い物を続けた。




