俺たちの結婚論
引っ越してからの俺と雫は、より一層お互いのことを想い合い、仲良く暮らしていた。学生の間は、贅沢は出来ないが、バイト代が入ったら外食したり、遊びに出かけたり、そういうささやかな楽しみがあるから、普段の日も頑張れる。そんな感じで過ごしていた。
共に、1月生まれの俺と雫は、もう22歳になっていた。大学も、バイトも、雫との生活も、全て問題なくうまくいき、第一志望の会社にも内定がもらえた。あとは卒業して、働き出したら生活も安定する。そしたら、すぐにでも雫と結婚式を挙げて、籍を入れるつもりでいた。
そして3月末―。
「もうあんまり日にちもないし、今度の休みにでも式場見に行こか」
無事に大学を卒業した俺は、入社の日を目前にしたある日、雫に言った。
「え?」
「え?って。俺たち、結婚するんやろ?」
「そうだけど、式とかしなくていいよ。タクと居れるだけで幸せだから」
贅沢できない暮らしが続いたから、雫は遠慮しているように見えた。
「そんなわけにいかんがな。俺、雫のドレス姿見たいし、記念やし、な」
「ありがと・・・」
休みの日。一緒に結婚式場を訪れた雫は何やら考え込んでいた。
「どういった挙式をお考えですか」
にこやかにスタッフが声をかけてくる。
「えっとですね・・・」
と、答えようとした俺の声を遮るように、雫が言った。
「あ、あの。今日はパンフレットだけもらいに来ただけですから」
「はい。では、まずお話をお聞かせ下さい。お客様のプランにあった・・・」
「あんまり時間ないんで、今日はこれで!すいません!」
雫が席を立つ。
「あ、おい、雫!」
「これ、いただいていきますね!」
机の上にあったパンフレットを握りしめ、俺の手を引っ張り、出口へ向かう雫。
「おいおい、どうしたんや」
式場の外に出て、俺は雫に問いかけた。
「ごめんね、タク。やっぱり挙式とかはいい」
「なんでや・・・」
「タクと一緒に過ごす、これからの時間にお金を置いておきたいし」
「でも、一生に一度の記念やん。同棲から結婚へのけじめでもあるし」
「・・・」
「雫に綺麗なドレス着せたいねん」
いつも、家事をして俺の帰りを待っていてくれる雫。今までも、これからも一緒に暮らしていくけど、一つのけじめというか区切りというか、とにかく「結婚」への気持ちの切り替えがしたいと俺は思っていた。最近は思うようにお洒落も出来ない雫に、結婚式でドレスを着せて着飾ってやりたいと思っていたのだ。きっと綺麗だ。雫の花嫁姿を俺はとても楽しみにしていた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。緊張せず、いつものタクでね」
家を出る前に、雫と軽くキスを交わす。今日は、入社式の日だ。結婚式場を訪れたあの日は、パンフレットをもらっただけで終わってしまっていた。俺が雫のドレス姿を見たいから、と何度も言って、雫はしばらくパンフレットに目を向けていたが、
「まずは入社式終えてからでいいよ」
ということになり、今日を迎えたのだった。思えば、雫はいつでも俺のことをまず優先してくれていた。
きっと、今日の入社式を無事に終え、家に帰ったら、いつもより豪華な食事を用意して待っていてくれるんだろう。それが雫という人間だから。だからこそ、雫に何かしてあげたい。俺は、一人では何も出来ないだろうと思い、助けてもらうことにした。
「あ、もしもし、ナスか?・・・ちょっと相談があるんやけど、近々会えるか?」
「おう、どしたんや?」
「雫のことで相談があるねん。今度、仕事の帰りに家に寄ってもええか」
「わかった。ほな、金曜日な」
俺の思っていた通り、今晩の食卓はいつもより豪華な料理が並んでいた。雫は、オカンに料理を教えてもらって以来、それをきっかけに自分でいろいろと研究しながら料理を楽しんでるようだった。何かの記念日の時には、決まって俺が食べたことのない料理を頑張って作ってくれていた。
この日も、まるでケーキのように飾られた豪華なちらし寿司と、豚肉のマーマレード煮、鯛の潮汁が並んでいた。
「今日も最高にうまいな!」
雫とお祝いの乾杯をしながら、俺は雫の手料理を味わっていた。
「あ、そうや。今度の金曜日、ちょっとナスん家に寄ってから帰るわ」
「どうしたの?」
「なんか、あいつが相談したいことがあるみたいや」
「そうなんだ。うん、わかった。晩御飯待ってるね」
「まぁいつもより30分ほど遅くなるだけやから、待っててな」
俺は、あえてナスの方から相談があるようにしておいた。ごめんな、雫。ちょっと嘘ついてしもた。
そして、金曜日。俺は仕事帰りにナスの家に寄っていた。
「相談ってなんや?・・・金か?」
「ちゃうがな。雫のことやって言うたやんか」
「雫ちゃんがどうしたんや」
「雫がな、挙式をせんでええ、って言い張るねん。俺は、やっぱりけじめもあるし、雫にドレスも着せてやりたい」
「ふ~む。なるほど・・・なんで嫌なん?」
「お金を置いておきたいらしいわ。今後の生活のために」
「そっか・・・そやけど普通の女の子やったら式したいやろになぁ」
「そやねん。多分、我慢してるんちゃうかな、て思うねん」
「あっ!!!」
突然、ナスが何かを思い出したように叫んだ。
「えっなんや?」
「お前、あいつ覚えてるか?高校の時一緒やった草野京子。京子に頼んでみよか?」
「草野・・・ああ、おったな。なんなん?あいつ今何やってるん?」
「京子な、今アパレルの会社でパタンナーとして働いてるねんけど、ドレスとかも作れるみたいやで」
「へえ!すごいな」
「ドレス作りは趣味でやってる程度らしいけど、姪っ子のピアノの発表会の衣装とか作ったりしてるみたいやし、大人のドレスでも頼めば格安で作ってくれるんちゃうか」
「おおお~、それなら雫も着てくれるかな。ナスから草野に言ってもらえるんか?俺、あんま知らん・・・」
「任せとけ。早速後で連絡しとくわ」
「おおきに」
「ドレスはそれでいけるとして、後はこうこうこうしたらええんちゃうか・・・」
ナスがいろいろ提案してくれる。俺が考えつかないようなアイデアが出てくる。
「すごいな。ぜひお願いするわ。おおきに!ああ~楽しみや」
「お前が動いたら雫ちゃんに知れてまうやろ?そやから俺らに任せとけ」
「ほんま、おおきに・・・」
家で雫が待ってるから、あんまり遅くなると心配をかける。俺はドレスやその他のことを全部、ナスに任せることにした。那須君の相談事って何だったの?って聞かれたら、なんて答えようかな・・・俺は、考えながら家路を急いだ。




