甘い時間
引っ越しの翌日。俺はいつも通りに大学からバイトに直行。帰って雫の顔を見れるのは、夜の22時ぐらいになりそうだ。雫は、今日はバイトも早めに切り上げて、引っ越しの片付けをすると言っていた。一人で全部しなくていいから、と念は押したけど、頑張り屋の雫のことだから、きっと無理してしまうんじゃないかな、と俺は心配していた。
その日の昼。バイトを午前中だけで終わらせて、雫はコンビニで自分のお昼ご飯におにぎりとカップ麺を買って、家に帰ってきた。
「さっさと食べて片付けちゃお」
まだ、キッチンにはポットぐらいしか出していなかった。今朝も拓斗と二人、ラーメン屋の帰り道に寄ったコンビニで菓子パンとコーヒーを飲んだだけの朝食だった。
「今夜からは、タクに美味しいもの食べさせてあげないと!」
カップ麺にお湯を注ぎながら、雫はあれこれ考えていた。今晩のおかずは、何にしようかな。引っ越して初めての私が作る晩御飯に、タクは驚いてくれるかな。びっくりするほど豪華なのがいいかな、とも思ったけど、今はまだまだ贅沢も出来ない。お母さんに、相談しようかな・・・いや、なんでも甘えてたらいつまでもしっかり出来ないよね。よし、自分で全部考えよう。
「あちっ」
急いで食べてしまおうとして、雫は舌を火傷してしまった。ジンジンする舌を我慢してラーメンを食べながら、こんなんじゃ、タクとキス出来ないなぁ、などと考えていた。
日も暮れてきて、雫は焦りだした。キッチンの片付けは済んだが、このままじゃ、落ち着いて晩御飯も食べられない。買い物も行かないと!やっぱり、一人で何でもするって大変だなぁ。もう少し、タクにも甘えちゃった方が良かったかなぁ。
「あ、今日は鶏肉が安いんだ」
買い物に来た雫は、今夜のメニューを考えながら買い物していた。トマトが赤くて美味しそうだったので、すでに1品は決まっていた。鶏肉も買っちゃおう。勉強して、働いて、疲れてるタクに、ボリュームのある食事を作ってあげよう。雫は、鶏肉もカゴに入れ、レジへと向かった。帰ったら、晩御飯の支度の合間に、片付けも同時進行しよう。雫は自然と早足になり、帰り道を急いだ。
「雫ってお酒飲めるっけ・・・」
帰り道、拓斗は考えていた。そういえば、もう20歳になっている俺と雫だったが、家では俺も飲まないし、雫にも飲ませたことがないような気がする。今日は雫が晩御飯を作るとか言ってたけど、料理したことあるのかな。天使だった頃みたいに、なんでもかんでも器用にこなす能力はもうないはずだけど・・・雫が俺のために頑張って作ってくれる料理だから、例え失敗作でも感謝しないとな。って、なんか失礼な言い方になってるなぁ。こんなんじゃ駄目だな。雫が人間になれたことを喜んでたはずなのに。あ、そうだ!お酒だ。コンビニに寄って、ちょっと軽いやつ買って帰ろう。
「ただいま~」
家の中はシーンとしている。玄関から見える窓には、淡いピンク色のカーテンが付けられている。
「ピンク色好きだもんな」
微笑ましくなって、靴を脱ぎ、部屋に入る。
「ただいま、あれ・・・」
テーブルに伏せるようにして、雫は眠っていた。きっと、一人で引っ越しの片付けをしてクタクタになったのだろう。俺は雫を起こさないように、そっと荷物を置いた。
「・・・!タク、おかえりなさい」
「あ、ごめん。起こしてしまったか」
「寝てしまってたわ・・・今すぐご飯にするね」
慌てて雫が起き上がる。
「無理しなくていいで、ご飯なかったらなんか買ってくるし」
「ううん、もう支度は出来てるから。待ってて」
「うん。あ、俺もお酒買ってきたんや。ちょっと飲んでみよか」
俺はコンビニの袋から、レモンと白桃のチューハイを取り出した。
「お待たせ」
先にお風呂に入ってる間に、テーブルの上には料理が並んでいた。
「おお、すげえ」
一体どんな料理が出てくるのだろうと、さっきまで軽く心配していたが、俺は正直びっくりした。
「これ、全部雫が作ったの?買ったんじゃなくて?」
我ながら、失礼な質問をしているとは思っていたけど、聞かずにいられなかったのだ。
「そうだよ。私が作ったのよ。あんまり贅沢は出来ないから、これだけだけど」
テーブルには、トマトとツナの冷製パスタと、タンドリーチキンが並んでいる。
「いやいやいや!めっちゃ豪華やんか!うまそうや!」
今日は、蒸し暑い夜で、ちょうど冷たい料理が食べたいと思っていたところだった。
「まずはお酒で乾杯や」
雫の好みがまだわからないので、2本買ったお酒を半分ずつに分けて、両方飲ませることにした。
「乾杯~」
「お疲れ様~」
雫が白桃のチューハイを口にする。
「ん~!甘い、美味しい」
どうやら、気に入ったようだ。俺は、雫の幸せそうな顔を見ながら、パスタを一口食べてみた。
「なんやこれ!めっちゃ美味しいやん!」
まさに、感動だった。新鮮なトマトとツナの風味がしっかり絡まって、和風な味付けに仕上がっていた。タンドリーチキンも文句のつけどころのないほど、美味しい。
「すごいな!初めて料理してこれだけのもんが作れるなんて、さすが元・・・」
思わず、元天使や!と言いそうになり、慌てて口をつぐむ。しまった、変な風に思われてないかな、と心配する俺に向かって、雫は言った。
「タクにご飯作るの、初めてじゃないのよ」
「ええ?どういうことや?」
「あの日・・・覚えてるかな?ミートローフが食卓に出た日。あの日が、タクに初めてご飯を作った日なのよ」
「えっ!?」
「実は、タクにご飯を作ってあげたいな、て思ってて、本屋さんで料理の本を探してる時に、お母さんが通りがかってね、その日、私にお料理の仕方教えてくれたの。その日以来、毎晩教えてもらいながら私が作ってたのよ」
「なんやて???マジか・・・やられたわ~。全然気付かんかった!」
「うふふ。お母さんの味を受け継げてるかしら」
「うわ~そうなんや・・・味噌汁飲んでも気付かんかった・・・オカンにも騙されてたか~」
俺はビックリしながらも、オカンと雫がそんなに仲良くなっていたことにとても嬉しく感じていた。
「あ、そうだ」
突然雫が思い出したように俺に話してくる。
「どしたんや?」
「今日ね、お昼に慌ててカップ麺食べたら熱すぎて・・・」
「もしかして、舌火傷したんか?」
「そうなの!見て、ここ赤いでしょ。まだちょっとヒリヒリするの」
と、雫が可愛い舌先を俺に見せてくる。たまらず、雫を抱き寄せてキスをする。
「あ、タク、舌痛いの・・・」
「うん、わかってる。ちょっとだけ、な」
わかってる、と言いながらも俺はどうにも自分を止めることが出来ず、そのまま雫と甘い甘い時間を過ごしたのだった。




