ダンボールに囲まれて
俺と雫が頑張ってバイトをしたおかげで、ようやく引っ越しのメドがついてきた。
「タクのお父さん、単身赴任からまだ戻らないし、家を出るなら実家の近くにいた方が、お母さんも安心するんじゃないかなぁ」
と、雫が言うので、しばらくの仮住まいの物件は、実家の近くで探すことにした。週末ごとに2人で気になる物件を見に行ったりしていた。
俺は、雫がオカンのことを気にかけてくれるのがとても嬉しかった。オカンも、女の子が欲しかったのか、雫を娘のように可愛がってくれている。俺は改めて思うのだった。シルクを天使から人間にして、本当に良かった。あのまま、シルクを救うことも出来ずにいたら、今の俺は何を思っているのだろうか。
「どうしたの?タク」
以前のように、俺の心の中を読むことは出来ない雫がここにいる。
「なんもないよ。家の中は雫の好きなようにしていいからな」
「わぁ、どうしよっかなぁ~ピンク一色にしちゃったらタク怒るかなぁ」
俺の脳裏にピンク色の部屋が浮かぶ。ラブラブな感じでいいかも知れないけど、なんかいつでもラブラブしちゃいそうで・・・体が持つかなぁ。
「また何か考えてる?」
「いやいや、ピンク色って女の子の部屋みたいやなぁ、てちょっと思っただけ」
「そうだよねぇ、2人で暮らす部屋だものね。ピンクだらけにならないように考えるわ」
「ピンク好きなんやな。ピンクピンクにならんかったらええねんから、雫の好きなピンク使いや」
「うん。ありがと。なんでもかんでも買うわけにもいかないし、今ある物と組み合わせていろいろ考えてみるね」
「へえ、しっかりしてるやん。楽しみにしとくわ」
そして、実家から徒歩で10分ほどの物件を見つけ、俺と雫はそこで新しい暮らしを始めることになった。俺は大学とバイトの合間に、雫もバイトの合間に、少しずつ荷物をまとめ始めた。
「お母さん、ちょっといいですか」
引っ越しが近づいたある日、雫は清子に声をかけた。
「雫ちゃん、どないしたんや?」
洗濯物を畳んでいた清子が振り向く。
「実は・・・タクにはまだ内緒なんですけど・・・」
雫が、自分の考えてることを清子に話すと、
「うんうん、わかった。じゃあ、明日から頑張ろな」
と、雫の応援をしてくれた。この家を出ていくのは少し寂しいけど、タクと2人で幸せになるために選んだ道なんだから、頑張ろう、と雫も思えたのだった。
数日経った日曜日。この日は、タクと雫の引っ越しの日だ。
「しかしお前が結婚とはなー」
「どこで知り合ったんや?全然知らんかったぞ」
引っ越しの手伝いに、ナスと健二も来てくれた。
「悪いな、日曜なのに」
「ええがな。で、式はいつや?」
「まだ結婚せんよ。とりあえず一緒に住むだけや」
「ええ~デキちゃったんやないのか?」
「違うわ。いろいろ事情があるねん」
まさか、天使だった女の子を人間にした、とも言えない。
「まぁ、そのうち結婚するんやし、ええこっちゃな」
「俺も同棲したいな~」
「あんたたち、手伝いに来てくれたんか喋りに来たんかどっちや~」
清子の一言で、バッと3人の男が一斉に動き出す。そんな様子を雫は微笑みながら見ていた。
「意外と早く済んだな」
「みんな手伝ってくれたからだね」
「そやな。でも、このダンボールを全部片付けるのに時間がかかるんやと思うで」
「明日から私が合間に片付けるね」
「おおきにな。俺も出来るだけ手伝うから、無理すんなや」
「うん」
その時、雫のお腹がキュルル・・・と鳴った。
「わっ・・・」
雫が恥ずかしそうに俺を見る。なんともいえない表情をして、とても可愛い。
「そういえば、腹減ったな。晩御飯どうしよっか」
俺と雫は狭いワンルームの部屋に置かれたダンボールに囲まれて考えていた。安い家賃の部屋を探したから、本当に狭い。ダンボールを片付けないと寝る場所もないほどだ。
「今日はまだ道具も出せないし、外で食うか」
「じゃあ、ラーメン食べたい」
「引っ越し中華そばか。ええな、いこか」
俺は雫を自転車の後ろに乗っけて近くのラーメン屋に向かった。雫を乗せた自転車の重みが、人間になったことを実感させる。天使だった頃は、ふわりとしたイメージで、実際すごく軽かったのだ。
「・・・タク、聞いてる??」
どうやら、雫に話しかけられていたようだ。考え事をしていて、ちゃんと聞いてなかった。
「ごめん、なんて言うてたん?聞こえてなかったわ」
「もう~、夜の風が気持ちいいね、て言ったの~」
「そうやな。今が一番過ごしやすいかもな」
今は5月。これから鬱陶しい梅雨の時期が来て、そのあとは暑い暑い夏がやってくる。
「雫、夏になったら海に行こな」
「気が早いなぁ、タクは。そうね、バイトのお金入ったら水着買おうっと」
「一緒に買いに行こな。俺が選んだる」
そんな話をしながら、ラーメン屋に着いて、俺と雫はお腹を満たした。
「ふぅ。引っ越し中華そば美味しかったな」
「うん!お腹いっぱいになった」
アパートに帰ってきた俺と雫はダンボールに囲まれた畳の上に寝転がる。
「疲れた~」
「疲れたな~」
2人同時に同じ言葉を口にしていた。本当に疲れた。長い長い一日だった。どっと疲れがきて、横になったまま、思わず寝てしまいそうになる・・・けれど、ダンボールが当たって足が伸ばせないことに気付いた。
「う、ちょい狭いな。足に当たるわ」
俺が起き上がると、雫も起き上がった。
「あ、雫は寝転んでていいで。ちょっとダンボール動かして広くするだけやから」
「うん。でも、着替えとタオルぐらいは出さないと。お風呂は入って寝るでしょ」
「ああ、そやな。じゃあダンボール動かすついでに、探そう」
「先にお風呂沸かす準備してくるね」
「おう。頼む」
こうして、お風呂が沸くまでの間に、ダンボールの中からタオルや着替えを出し、雫を先に風呂に入らせた。なんか、新婚さんみたいでいいなぁ、と俺は思っていた。そのうち一緒にお風呂入ったりとかするんだろうなぁ。今日は疲れてるから早く寝かせてあげないとな。
「おやすみ、雫」
「おやすみ、タク」
寝る場所を確保するため、広げられたダンボールに囲まれて、俺と雫は横になり、薄いかけ布団を2人一緒にかけた。引っ越しの疲れで、横になるとすぐに睡魔がやってきた。重くなって今にも閉じそうな瞼で雫を見ると、雫ももう寝入ったようだった。俺はその寝顔を見届けて、安心して眠りについた。




