2人の秘密
俺と雫の新しい生活が始まった。しばらくの間は、このまま実家で雫を住まわせてもらえることになったが、俺としてはいつまでも親に甘えるわけにはいかないので、少しでも早く家を出られるように、準備を始めた。
俺は、大学に通いながら、バイトを増やした。今までは、週末だけしか入っていなかった居酒屋のバイトを平日も週3で入るようにした。雫も俺が大学に行って家を留守にしている時間帯だけ、あの喫茶店でバイトを始めた。
二人で住むための物件を探してみたら、狭いながらも家賃3万前後で見つかりそうだった。俺と雫は二人で相談して、学生の間はそこで我慢して暮らして、俺が社会人になったらもっといい物件を探そう、と決めた。
そんなある日のこと。
「あれ、雫ちゃんと違うんかな?」
拓斗の母親、木原清子がパートの帰り道で、見かけた女の子。腰まで届く、長い黒髪の後姿が雫に似ている。雫らしき女の子は、本屋の中に消えて行った。清子も本屋を少し覗いて見た。
「やっぱり雫ちゃんや」
雫は、キョロキョロと店内を見渡し、あるコーナーで足を止めた。
「なんか探してるん?あ、料理の本?」
清子が近づいて、雫が見ている本を覗き込んだ。
「あ、タクのお母さん」
「雫ちゃん、料理とかしてみたいんや?」
清子が訊ねると、雫は恥ずかしそうに顔を赤らめて
「はい。タクに私の作ったお料理を食べてもらいたくて」と言った。
そんな雫が可愛らしいなぁ、と思った清子は、雫に提案した。
「そうやわ。雫ちゃん、今日から晩御飯作ってみる?」
「いいんですか?・・・でも私料理得意じゃないんですけど・・・」
「大丈夫や。教えてあげるから。そやけど、拓斗にはまだ秘密にしとこ」
「え?どういうことですか?」
「いずれ2人で暮らすことになるやろ。その時に雫ちゃんがご飯上手に作ったら、拓斗もびっくりしよるやろ。それが狙いや」
「わぁ、そういうの楽しみです」
「そやろ。じゃ、今日から秘密で特訓な。1冊ぐらいレシピも買っていこか」
「はい」
雫と清子は二人で料理の本を選んで、一緒に家に帰った。
そして、その日の晩御飯。バイトから帰った拓斗は食卓の上を見てビックリした。
「えっどしたん???こんなん見たことないわ」
テーブルの上には、今まで一度も食卓に並ぶことのなかった、お洒落な料理が並んでいた。
「あれやがな、雫ちゃんが来てから、まともな料理してなかったな~なんて思ってな」
「へええ~そうなんや。オカンもこんな洒落た料理作れるねんな」
食卓に並んだのは、いつものような揚げ物、煮物がメインの茶色一色の景色ではなかった。
「うまー!!どっかの店で食ってるみたいやな」
拓斗がミートローフを口に運び、大袈裟に感動する。
「こっちのも美味しいよ」
雫が取り分けて差し出してくれたのは、炙りホタテのカルパッチョだった。
「うお!なんやこれ!なんなん、今日めっちゃ豪華やん」
「今までな、家に男しかおらんかったからな、雫ちゃんのためにお洒落なんにしたんや」
「そうやったんか、でも、これがあってホッとするわ」
拓斗は大根の味噌汁をすすった。
「せやろ。スープにしたろか思ったけど、そこまですると木原家の食卓やなくなるしな」
「まぁそうやな」
「一応味噌汁も味噌スープ言うぐらいやし、ええやろ」
ガツガツと食べている拓斗は早くも完食しそうな勢いだった。男の子って食べるの早いんだなぁ・・・と、呆気にとられて拓斗を見ている雫。
「ごっそさん!毎日こんな豪華なんやったらびっくりするけど喜ぶなぁ・・・という期待(笑)」
「毎日こんな豪華なんやったら破産するがな・・・という予告(笑)」
「なんや、明日からはまたいつものご飯に戻るんかい!」
「まぁまた時々こんなんにしたるわ」
雫は、拓斗と清子のやりとりを見て微笑んでいた。タクも大好き、お母さんも大好き。今日はお洒落なお料理を一緒に作ったけど、明日はいつものお母さんの手料理を教えてもらおう。タクがホッとするような味をいっぱい教わっていこう。
こうして、この日以降、雫と清子の秘密の時間が増え、雫の料理のレパートリーもだんだんと増えていった。




