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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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予言

 仲良く生徒指導室に連行された子狸さんとノっち。魔王と司祭の異色のコンビだ。


教官「まず、お前は誰だ」


 とりあえず捕獲したものの、教官はノっちと面識がなかった。

 連合国の司祭は子狸さんと同い年だから、王立学校の敷地内に居たなら生徒の一人と勘違いするのも無理はなかった。制服でもあれば話は別だったのだろうが、大陸の学校に制服という概念はない。


 ノっちは自己紹介した。


神父「ノイ・パウロと言います。通りすがりの神父です」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 称号名は伏せた。ウーラは司祭の、エウロは中隊長の称号名だ。この自称神父は二つの称号名を持つレアキャラだった。

 勇者教の司祭であり、連合国騎士団の中隊長でもある。それは実力を認められてのことではなく、魔物たちと裏で通じている人間を一人くらいは騎士団に置いておきたいという上層部の方針による。


 非公式な訪問だったから、ノっちは身分を明かさなかった。


教官「神父だと……?」


 勇者を信奉する人間は多い。都市級の魔物に打ち勝てる人間がいるとすれば、それは勇者くらいしか居ないからだ。

 そして、この学校には、その勇者が在籍している。


教官「なるほど」


 身分証明書を差し出したノっちに、教官は頷いた。しかし身分証明書を偽造することは可能だ……疑念を心の隅にとどめておき、次の質問に移る。


教官「バウマフ。こいつはお前の知り合いなのか?」


 バウマフくんは嘘をつくのがあまり得意ではない。それを見越しての質問だったが、子狸さんは疑わしそうな眼差しでじっとノっちを見つめていた。


子狸「もっと長くなかった? 名前」


神父「長くないよ。ふつうだよ」


子狸「ふうん……。昨日の夜はどこに居た? 証明できる人間は?」


 アリバイを崩しに掛かる子狸さんに、ノっちはたまらず白状した。


神父「ノイ・ウーラ・エウロ・パウロです」


 二枚目の身分証明書を目にして、教官が息をのんだ。


教官「ウーラ・エウロ? 連合国の司祭か!?」


 司祭と中隊長を兼任する人間で、他に該当するものは居ない。

 とんでもない大物だ。ウーラ、司祭とは、すなわち勇者の認定を行う人間である。

 教官はうめいた。詐称の可能性は捨てきれないが、真偽のほどはどうあれ司祭を名乗る人間など教師の一存でどうにかできる相手ではない。


王都「…………」


 だが、今はもっと大事なことがある気がした。教官は平静を取り戻して言った。


教官「不審者は二人と聞いている。一人ではなく二人と」


神父「うっ……」


 ノっちは言葉を失った。

 人から隠れるという点において、子狸さんは達人の域に踏み込みつつある。なのに見つかったのは、たぶんノっちと一緒に居たからだ。……いや、そうとも限らないか? 本気を出すとき、出さないとき、子狸さんの判断基準はその場の流れによる。


子狸「言え。言うんだ。隠しごとはためにならないぞ」


 そして何故か子狸さんは教官の側に立っている。さながら四面楚歌だ。ちなみに四面楚歌とは、まわりに味方がおらず孤立しているさまを表す四字熟語だ……。


 絶体絶命のノっち。

 と……。

 生徒指導室のドアがさっと開き、一人の女子生徒が入室してきた。なんの躊躇いもない行動。勇者さんだ。


勇者「おはよう」


 ひとまず勇者さんは朝の挨拶をした。


教官「……アレイシアンさま。おはようございます」


子狸「はよざーす」


 他国の視察を繰り返すうち、子狸さんの言語はある種の昇華を遂げつつあった。

 それが気に入らなかったらしく、勇者さんは子狸さんの顔を覗き込んでもう一度挨拶した。


勇者「おはよう」


子狸「ッス〜」


 すかさず勇者さんは子狸さんの頭を両手で挟んで軽く揺すった。


勇者「おはよう」


子狸「おはようございます」


 よし、と満足げに頷いた勇者さんが、子狸さんのとなりに座っているノっちに目を向ける。冷たい目だ。


勇者「連合国の人間が、こんなところで何をしているの?」


 彼女は人類の希望であると同時に、王国の貴族でもある。他国の人間を見る眼差しは、はっきりと厳しいものになる。


神父「なにって言うか〜、その〜……」


 あなたに友達が居ないと聞いて飛んで来たのですよとは言いにくいノっちである。

 しかし見方によっては、これはチャンスかもしれない。ノっちは考えを改めた。

 この勇者はべつに悪い子ではない。やろうと思えば友達の一人や二人は作れるだろう。そうしないのは、けっきょく彼女自身が積極的に友人を作ろうとしていないからなのではないか?


 ノっちの予想は正しかった。

 勇者さんは、平民に対等な友人を求めていない。ただ、ちやほやして欲しい。たったそれだけの小さな願いを胸に秘めている。

 とはいえ、そんなことはノっちにとって知る由もないことであり、へ〜学校に行ってるんだ〜立派だな〜程度の情報しか持ち合わせていなかった。

 ノっちは意を決して言った。


神父「あの、ですね。勇者さまは、この子にけっこう構うじゃないですか」


 そう言って子狸さんの前足に手を添える。

 勇者さんは頷いた。


勇者「そうね。だから?」


 表沙汰にはなっていないが、子狸さんは勇者一行のパーティーメンバーだ。

 だから勇者さんはこの子狸をとくべつ扱いするし、当の子狸が自分をとくべつ扱いしないのは不公平だと感じている。

 家に遊びに来て、真っ先に馬小屋に直行するのは正直どうかと思っている。あまつさえ、厩舎番の通報を受けて現場に現れた姉と面識を持つなど許されざる行いだとすら思っている。

 まして他国の、連合国の人間など以てのほかだ。


 勇者さんの瞳が、霜でも降りるかのように冷たく冴え渡っていく。路傍の石ころを見つめるような目だ。


神父「いや、その……」


 ノっちはびびっている。

 アリア家の人間は、他者を排除するという面において何のしがらみも持たない一族だ。悪徳を滅ぼし、最後に残るものが正義であると信じている。

 だから魔物たちと裏で通じる大貴族の中、アリア家だけは除け者にされてきたことも不思議に思わなかった。


 無感動な瞳に打ち据えられて、ノっちは魔物たちの判断は正しかったと認めざるを得ない。精神構造が基盤から違う。まるで別の生きものが人間の皮をかぶっているかのようだ。


子狸「お嬢、お嬢」


勇者「なに」


子狸「またおれの部屋に変なの置いてったでしょ」


勇者「変なのじゃないわ」


 記入済みのサイン色紙だ。

 良かれと思ってのことである。勇者さんは、子狸さんに栄誉あるファン一号の座を与えようと思っている。苦楽を共にしたパーティーメンバーとして。


子狸「どんどん増えてるし、ひとことネタ尽きてきたのか? さいきん雑な気が」


 それでも、毎回ひとことを添えていれば書くことはなくなっていく。近頃は路線を変えて、穴埋め問題を書いたりもする。

 雑、と言われればそうかもしれない。勇者さんは反省した。でも正そうとは思わなかった。

 ところで、と。あっさり話題を変えて言う。


勇者「何かわたしに隠しごとしてるでしょ。言いなさい」


 ノっちとノっち。ダブルノっち。連合国の司祭と子狸さんの組み合わせに、勇者さんは何かあると直感した。こきゅーとすの履歴を見てもいいのだが、なるべくプライバシーを尊重してあげたかった。

 探るようにじっと見つめてくる勇者さんに、子狸さんは面白そうに「へえ……」と目を細める。


子狸「いつになく鋭いじゃないか」


 勇者さんは鈍感な女の子だ。少なくとも子狸さんはそう思っている。告白めいたことを何度かしたのだが、ちっともこちらの思いに気が付いた様子がない。例えるとすればギャルゲーの主人公のようであり、ため息の一つも吐きたくなる。やれやれだ。

 子狸さんは言った。


子狸「隠しごとね。一つや二つはあるよ。もっとかな? いつかは話す。それじゃダメかな」


勇者「ダメね」


 勇者さんはぴしゃりと言った。すでに隠しごととそうでないことの区別が付いていないようだから、この場で聞いておきたかった。

 まさか断られるとは思っていなかった子狸さんは動揺した。


子狸「……話したくなったら話すよ。それでも?」


勇者「ダメね」


 話さなくても済む流れを無視してぐいぐい来る。魔物たちとは違う。これが勇者。魔王の宿敵、その底力なのか……。しかし、あるいは彼女ならば……。

 子狸さんは戦慄し、小さな秘密を一つ打ち明ける決意をした。小さな、けれど大きなヒントだ。


子狸「完全な結界はない。おれから言えるのはそれだけだ」


 完全な状態の魔物を隔離するために作られたのが、法典を閉ざす扉だ。結界魔法はその扉を模したものだが、完璧ではなかった。

 不足している要素がある。

 それは、鍵だ。

 鍵と扉は二つで一つ。手元に鍵がないなら遠回りするしかないから、扉は堅牢なものになる。

 法典を閉ざしている扉は、扉のように見えるが、じつは別物だ。


子狸「四つの試練。魔物たちに伝わる予言だ。四つの魔法を見るだろう……そう言われている」


 もしも勇者さんが第一世界を目指すなら、四つの世界を突破しなければならない。


神父&教官「……?」


 ノっちと教官は、何の話をしているのかわかっていない。


王都「…………」


 王都のひとは腰回りを気にしている。さいきん少し食べすぎな気がしている。


勇者「…………」


 はたして勇者さんは、世界の謎を解き明かすことができるのか。

 


 〜fin〜




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