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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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ちっぽけな勇気


 王国、帝国、連合国。

 大陸の覇を競って互いの足を引っ張り合っている三大国家の首脳陣(一部)は、魔物たちと裏で通じている。

 魔物たちからしてみれば心理操作でどうとでもなるのだが、使わないに越したことはないからだ。バウマフ家の度重なる自白に隠ぺい工作が面倒くさくなったという説もある。あるいは……バウマフ家の度重なる自白に隠ぺい工作が面倒くさくなったのかもしれない。真相は闇の中だ。


 一部の人間たちは知っている。

 アイドル要素をぎゅっと詰め込んだ魔物たちに、決して人類は勝てはしないのだと。

 それゆえに真実を知るごく少数の人間たちは国家の枠組みを越えて協力することができた。


神父「…………」


子狸「…………」


 一人と一匹が、校庭の茂みに身をひそめて王立学校の登校風景を凝視している。


神父「いや〜、ちょっとこれ効率悪いなぁ……」


 そうぼやいたのは、連合国の司祭である。

 ノイ・ウーラ・エウロ・パウロ。連合国の子鼠。自称神父。名ばかり中隊長。ノっち。様々な異名を持つ、教会の偉いひとだ。

 このたびは、勇者さんの友達候補を聖別するために王国を訪れた。非公式な訪問だ。何しろ、まばたきしたら次の瞬間には王国の地を踏んでいた。魔物たちと裏で通じているということは、すなわち彼らの無茶ぶりを許容せねばならないということでもある。


 このノっちは、勇者信仰の敬虔なる教徒でもある。十代目勇者、アレイシアンさんに友達が居ないのは困る。それは、例えるとすれば、アップルパイの熱烈な信奉者がりんご抜きのアップルパイをうっかり絶賛してしまうことと似ていた。


 完璧であれとは言わない。勇者だって人間だ。うっかり寝過ごすこともあるだろう。あの勇者は見た目が少し可愛いので、ある程度は誤魔化せる。ドジっ娘路線だ。勝てる。そう思っていたのだが……そこに学校で孤立しているという要素が加わるのはマズイ。せめて愛されキャラでなくては。


 かくして利害が一致した連合国司祭と王国宰相は手を結んだ。

 今、宰相は緊急会議を発令し、勇者さんの友達、略して勇友を選抜するために動いている。

 ノっちと子狸さんは、ひと足先に現地入りし「これは」という人材をピックアップする役目を任されていた。


 不審者その一が、不審者その二に声をひそめて尋ねる。


神父「ノっち、目星とかつかない?」


 ノっちは子狸さんをノっちと呼ぶ。


子狸「ノっち、目星って?」


 子狸さんもノっちをノっちと呼ぶ。


神父「うーん……まず男子はないよね。女の子、で、美人。あとは……何か一芸が欲しい」


 あの勇者は意外と優秀なので、見劣りしない人材を刺客として送り込みたい。

 友達は選べという言葉もある。ならば、こちらで選ぶとしよう。


子狸「……見た目とか関係ないだろ」


神父「いや、関係あるって。取材とか、さ……色々とあるでしょ」


子狸「大切なのはハートだろ」


 子狸さんは見るからに不機嫌だ。

 こちらで友達を用意するという、それ自体に大きな疑問を感じている。

 しかしノっちは一歩も譲らなかった。


神父「いやいや。あの子、放っておいたら友達なんて作れないでしょ。たまに怖いこと言うし、独占欲が強すぎるよ……」


 戦後、ノっちは何回か勇者さんと会ったことがある。

 連合国の人間だからなのか何なのか、勇者さんはノっちへの当たりがキツイ。

 ノっちは、しみじみと言った。


神父「あれは束縛するタイプだね。しかも手段を選ばない。狂気じみてるよ……」


子狸「きのこは煮て食え、か……」


 子狸さんは反論しようとして失敗した。

 アリア家に潜入した際、迷わず馬小屋に直行したら勇者さんの機嫌を損ねたことがある。だが、子狸さんは過去を振りはらうようにその思い出を記憶の底に沈めた。結果として煮沸消毒の重要性を説くにとどまる。


神父「……ん?」


 途絶し、跳躍を成し遂げた会話にノっちは首を傾げ、あいまいに微笑んだ。

 子狸さんは思考の海に埋没している。粛々と独白した。


子狸「食べられるきのこと、食べられないきのこ。似て非なるもの……」


王都「だが、きのこであることは変わりない……」


 いつも子狸さんの横にいる青いのが適当なことを言った。

 子狸さんは深く頷く。


子狸「右脳」


王都「ちがう。さよう」


子狸「ふむ……」


 子狸さんは目を細め、勇友選抜の作業に戻った。

 ようは、どちらが正しく、どちらが間違っているかだ。

 ノっちが選んだ候補者に、こちらが選んだ候補者をぶつける。

 簡単な話だ。具体的なプランはとくにないが、きっと最後には愛が勝つ。


 子狸さんは飼育係さんを推している。

 彼女を煉獄のリングに立たせたとき、真の友情が試されるだろう。結果は自ずとついてくる筈だ。

 目をお皿のようにして、校門をくぐる生徒たちを見つめる。

 ふんふんと鼻を鳴らしながら、女子生徒を物色する子狸さん。


(居た)

 

 お目当ての匂いを嗅ぎあてた子狸さんが、にたりと相好を崩した。

 うまく隠れたつもりだろうが、自分の鼻は誤魔化せない。


飼育係「!」


 邪悪な気配を感じた飼育係さんが、ハッとして身構えた。さっと振り返ると、茂みから這い出してきたバウマフ先輩と目が合った。


 飼育係さんは、たちまち身を翻して逃走した。つい先日、子狸さんにおんぶされて怖い思いをしたのだ。


 幼い頃から魔物たちに鍛えられた子狸さんは、盾魔法の力場を蹴って移動する空中機動を難なくこなせる。しかし慣れないものからしてみれば、熟練者のジグザグ高所走りはサーカスの綱渡りと同じようなものだ。


子狸「ふん、無駄な足掻きを……」


 逃げられるとでも思っているのか? 子狸さんはあざ笑い、獲物を見つけた猟犬のように校庭を疾駆する。

 飼育係さんは校舎に逃げ込んだ。先生に言いつけるつもりだ。

 だが、子狸さんは自らの行動に確信があった。恥じ入ることなど何一つない。


神父「ノっち! ダメだっ、行くな!」


 女子生徒を追う子狸さんの姿が悲しいまでに不審者のそれだったから、ノっちは叫んだ。茂みから飛び出して追いかけるが、理想的なフォームを駆使して全力疾走する子狸さんは運動会で二等賞をとれるくらいには速い。リレーの選手にぎりぎりで選ばれない、それほどまでの速度だ。


飼育係「せんせー! バウマフ先輩が〜!」


 校舎に駆け込んだ飼育係さんが、教官に泣きついた。

 バウマフ先輩がまた何かやってるという通報を受けて、生徒玄関まで降りてきたのだ。


子狸「もう逃げないのか?」


 後ろ足を校舎に踏み入れた子狸さんが、にいっとしたたかに笑った。


教官「バウマフ……」


 教官は、子狸さんの元担任教師だ。

 ……きっと何か深い事情があるのだろう。そう思った。この子狸が女子生徒を泣かせるとき、いつだって本人に悪気はなかった。


 それなのに、発言がいちいち魔物じみているから、弁解の余地を与えることさえ困難になっていく。

 子狸さんは言った。


子狸「先生、その子を渡してくれませんか?」


 教官にしがみついて離れない飼育係さんを見て、大仰に肩をすくめる。


子狸「彼女にとっても悪い話じゃないんです。おれにはわかるんですよ。おれにはね……」


教官「バウマフ。わたしは教師だ」


子狸「でなければ、あなたでも良かった」


 すかさず言い返した子狸さんの瞳にさっと慚愧の念が走った。

 この子狸が、学校でいちばん信頼しているのは教官だ。

 もしも彼女が教師ではなく生徒だったなら……そこまで考えて、子狸さんは首を横に振った。


子狸「タラバガニ」


王都「たら、ればはない……」


 子狸さんが言わんとしていることを、王都のひとは正確に読み取った。この程度の問題は初級者向けの簡単なものであり、通訳の必要性すら疑わしかった。


子狸「リバー(川)」


王都「レバー(肝臓)」


 高度な連想ゲームを混じえながら、子狸さんが迫る。


教官「バウマフぅ……」


 悔しげに眉をしかめた教官が、飼育係さんを押しのけて前に出た。

 彼女は不器用な教師であり、打ちのめしてやる以外に生徒との接し方を知らなかった。


飼育係「えっ」


 師弟に走る一触即発の空気に、飼育係さんがぎょっとした。

 彼女はふつうの女の子だったから、誰かが殴ったり殴られたりしているのを見るのも怖いと感じる。


飼育係「ま、待って下さい。そんな、いきなり……。えっと、バウマフ先輩、わたしに何か用ですか?」


 いっそ冷静になって問う。

 無邪気な瞳を向けられて、子狸さんは毒気を抜かれたように肩を落とした。


子狸「……キョロ、ドゥドゥリアース。ッス〜、ドミヤス」


王都「……興が削がれた。また来る」


 厳しい戦いだったが、王都のひとはもはや語感でも心でもなくキョで理解した。興という単語が出てこなかったのだろう……。


 王都のひとはにゅっと触手を伸ばし、飼育係さんを指差した。


王都「だが、勘違いはするな。いつの日か、第二、第三のおれがお前の前に現れるだろう。そのときまで、首を洗って待っているがいい」


子狸「だな」


 ついに王都のひとの通訳が原文を追い抜いた。


 かくして子狸さんは去って行った。


 のこのこと校舎から出てきた子狸さんの肩を、ノっちはぽんと叩いた。


神父「いいのか?」


子狸「ああ。種は蒔いた」


 あとは勇者さんと飼育係さん、二人の問題だ。

 一抹の寂しさが胸をよぎったが、子狸さんは満足だった。

 伝えるべきことは伝えた。

 これでいい。


 教官に捕獲されながら、子狸さんは微笑んだ。ついでに捕獲されたノっちも微笑みを返す。


神父「相変わらず、お前は甘いな」


子狸「そんなんじゃないさ」



 〜fin〜



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