其の男、溶岩ミント味
求められている。
子狸さんは求められている――。
頂上決戦。
ここ王宮で、かつて勇者と魔王が雌雄を決したように。
種の頂点、王種と王種がついに対峙した。
緑のひとが大きいひとに飛び掛ったのと、飛燕のごとく力場を駆ける騎士が現場に辿り着いたのはほぼ同時だった。
騎士「ちぃっ!」
騎士は舌打ちした。
近衛兵たちは全滅だ。砂で拘束され、意識を失っている。彼女らが守るべき第一王女は庭に尻もちをついている。
倒れ伏した子狸さん。こちらも気絶しているようで、ぴくりとも動かない。
予想以上に面倒な状況だ。やはり想像を超えて厄介な状況だった。
力場を蹴って左右ジグザグに接近し、素早く子狸さんを回収する。即座に飛び退き、交戦中の小さな緑に声を掛けた。
騎士「ディンゴの子よっ、加勢は必要か!」
人間たちは、緑のひとをディンゴと呼ぶ。
緑のひとの本名はアイオと言うのだが。本名とは別に、人間たちから通称で呼ばれる魔物も居る。緑のひとの場合は、本名を名乗るよりも早く目撃証言が相次ぎ、勝手に呼称を決められたケースだ。
取り巻く砂を噛み砕き、大きいひとの本体に尾を叩きつけた緑のひとが足手まといは要らないと吠えた。
緑「不要!」
騎士「よしっ、勝て!」
戦場に身を置く騎士は、それゆえに簡潔な言葉を好む。
騎士「殿下、お逃げ下さい!」
殿下「し、しかし……」
殿下さんは拘束されている近衛兵さんたちを気にしている。
ふらふらと目線がさまよっている彼女に、騎士は強い言葉で退避を促した。
騎士「彼女たちは勇敢だった。力及ばず倒れたとしても、殿下が撤退する時間を稼げたならば、それは近衛の誉れですぞ!」
正しい。彼の言っていることは正しい。
しかし、せっかく揃えた綺麗どころを見捨てたくないと考える程度には殿下さんは頑固だった。
殿下「い、イヤじゃ〜!」
騎士「でしょうなっ」
そして彼女は、この国でいちばん偉い人の娘だ。ワガママを通す権利があった。
騎士は即決した。一瞬を惜しむあまり、ファジーな交流を好まない。妻に無神経と罵られる、鋼の戦場を生きる男だ。
説得は一度でじゅうぶんだと考える。それでダメなら次善の策に出る。
騎士「団長!」
騎士の呼び声に、しなやかなストライドで中庭に舞い降りたのは子狸アナザーだった。
子狸「めっじゅ〜!」
浄化の光が放たれ、近衛兵さんたちを拘束していた砂が弾け飛んだ。
大「ぬうっ……!」
身体が重い。大きいひとはうめいた。
光がおさまったとき、殿下さんの親衛隊は一人残らず小さなお人形さんになっていた。
本人ベースの変化魔法。進化の系譜にはない、見た目だけを切り出した高度なそれを、しかも他者に。王種にも難しいであろうことを、子狸さんは容易くやってのけた。
オリジナルの余計な部分を排除した子狸アナザーは、本気を出した魔物にも匹敵する存在だ。希望を象徴する獣……。
つまり本気を出した子狸さんなら、これくらいのことはできるということだ。いや、それは言い過ぎかもしれない。できないかもしれないし、できるかもしれない。可能性はゼロではない。しかしあえて言おう、できないと。
空間を折り畳んだ子狸さんが目にも止まらない速さでお人形さんたちを回収した。ぴょんと飛び跳ね、殿下さんの両腕におさまる。
子狸「めじゅっ」
殿下「バウマフの……!」
殿下さんが目を見張った。
この子狸……優秀……!
いつもなら見ているだけでイライラしてくるのに、今日の子狸さんはひと味違う。
浄化の光をまともに浴びた大きいひとは一時的に権能の一部が麻痺しているようだ。勝機を見出した緑のひとが、有無を言わせない強さで吠えた。
緑「行け!」
単純な力比べなら、緑のひとの右に出る魔物は居ない。猛獣のしなやかさと鱗獣の強靭さを合わせ待ち、にゃんこ代表の魔ひよこに幾度となく警告を受けている。
べつだんそんなつもりないのだが……鋭く地を蹴った緑のひとが、アルティメット猫パンチを繰り出した。
後退を余儀なくされた大きいひとが歯噛みする。子狸アナザーを味方につける人間だと……?
大「バウマフの騎士かっ」
ハイパー属性に魂を売り渡した騎士を、バウマフの騎士と言う。しかし何事にも例外はある。
先の大戦において、唯一魔物たちの予想を越えた人間たち。あるいは、本当の意味での……。それがポンポコ騎士団のメンバーだ。
大「危険だ! やはり、お前たちは!」
大きいひとは標的を変えた。
子狸さんをつなぎとめる人間は、魔物たちの予定を狂わせる。それが、たとえ良い方向に働いたとしても、確実にそうなるという保証がないなら排除しておくべきだった。
騎士「撃てっ!」
……彼らが異能持ちでなければ。
くるりと反転して走り抜けざま、殿下さんを肩に担いだ騎士が、潜伏している部下たちに狙撃を命じた。
虚空を灼いて走った光線が大きいひとを串刺しにする。
地に縫い止められながらも、大きいひとは呪詛を吐いた。
大「忌まわしい力だ。呪われし血筋だ。イドぉーっ!」
突き出された緑のひとの前足が、大きいひとのお腹にトンネルを掘った。
だが、王種は決して滅びない。
百獣を身に宿す魔竜
真理を持たない巨像
輪廻を体現する赤鳥
永遠の血を受く髪魚
星に根を下ろす木霊
五人の王種は、不死の性質を色濃く宿した魔物だ。
振り返ることなく駆け去っていくバウマフの騎士は、途切れゆく破壊者の声を背に聞いた。
大「イドっ、聞け! 扉が開くぞっ、午後三時から、おでんパーティーだぁーっ! 待ってる」
王都「あ、不参加で」
大「ざっけんなテメー! お前が来ねーと子狸さんも来ねーだろうがよーッ!」
王都のひとを召喚すれば、もれなく子狸さんもセットでついてくる。
大きいひとは子狸さんと一緒におでんを食べたい。
感情の赴くまま叫び声を上げると、ぱっと紫電の華が咲いた。
遠ざかっていく緑のひとに、殿下さんが片腕を伸ばして涙を散らした。
殿下「エリザベス〜!」
紫電の牙に晒され、むしろなんだかつやっとした緑のひとが、力なく笑う。
緑「こんぶ出汁……」
今日のおやつはインスタント食品ではない。カップラーメンでは……ない。
がんばろう、と思った。
*
そも、そも。
子狸さんが王宮をうろついていたのは、呼び出しを受けてのことだ。
騎士「閣下」
途中で殿下さんを降ろし、身軽になった騎士は、とある上司の執務室にひょいと子狸さんを放り込んで部屋を出た。
放り込まれる前に「活!」とかやられた子狸さんは背中が痛い。痛みを紛らわすように背中を前足でトントンと叩いていると、執務室の住人に声を掛けられた。
宰相「耳を疑ったよ。まさか、とね……」
窓の手前、子狸さんに背を向けて立っている。
四十代半ばくらいの男性だ。
片手に杖をついている。元々は騎士を志望していたのだが、若い頃にひざを痛めて断念したらしい。
王国宰相。
一国を代表する政治家としては、異例の若さだ。
窓から差し込む日の光に、子狸さんは眩しげに前足をかざした。
子狸「あなたは……」
宰相「改めて名乗ろう」
子狸さんの誰何を制し、振り返った宰相が言った。
宰相「私は、エム・オットー。王国の宰相を陛下より賜っている。エム・オットーだ…… 」
幾度となく繰り返されてきた自己紹介に、子狸さんは瞠目した。
宰相「宰相とは」
なかなか名前を覚えてくれない子狸さんに、宰相は先手を打った。
宰相「君の十分の一くらい偉い人間のことだ。ようこそ、ノロさん。また会えて嬉しいよ。魔物たちの管理人……」
ついに姿を現した王国宰相が、にこりと笑った。
〜fin〜




