うっかり忠告編
ドワーフの里について。
央樹が法典を落とした四つの国は、もっとも古い歴史を持つ列強国として知られている。
偶然とか努力が実ったとかそういうことではない。
法典を落とす国を央樹は自由に選べる立場にあり、もっとも条件に合致していたのが現在の列強国なのだ。
ドワーフの里を正しくは「南砂」と言う。央樹国の南にあるから「南」砂国だ。じっさいはまったく違うのだが、そういうふうにイメージするとわかりやすい。
さて、この南砂国は情報統制が徹底された国である。
ドワーフたちの召喚魔法は扱いが難しく、また危険な魔法だ。そのため、あらゆる意味でハードなお国柄だった。
つまり何が言いたいのかというと、大多数のドワーフは世界的に有名な子狸さんのことを知らなかったのである。
だが、古今東西、スターにはオーラがある。
知名度になど左右されない真のスターとしてのオーラだ。
鯉「よし、入れ。おとなしくしてるんだぞ。いいな」
子狸「…………」
まぁ結論から言うとダメだったわけだが、それは見方を変えれば子狸さんの器を量りかねたとも解釈できるだろう。
悲しそうな目をした子狸さんが白い部屋に取り残され、厳重にドアが閉ざされた。
謎の未確認生物に異国の地は優しくなかったのである。
子狸さんは泣いた。世間の風は冷たかった。
*
遠い異国の地で子狸さんが安定の穴倉ライフをスタートした一方その頃。
むずがっていた勇者さんは、あっさりと布団から出てきてすりおろしりんごを食べていた。
昼まで寝ているのは良くても、寝っ転がりなから食事をするのはダメらしい。
山腹「よくわかんないな、この子も……」
図らずも勇者さんと布団の分離に成功した山腹のひとを、コアラさんはうっかり尊敬してしまいそうだ。これが悪意なき罠、大地を司るポーラ属の底力なのか……。
食事を終えた勇者さんが、ふ〜と薄く吐息をついた。少し風邪気味だと言ったが、それは気のせいだったと認めざるを得ない。黒の妖精を怜悧な眼差しで射抜き、言った。
勇者「魔軍元帥の遣いが、このわたしに何の用?」
先の大戦において、勇者さんに光の妖精が付き従ったように、魔軍元帥つの付きには闇の妖精が寄り添っていた。
コアラさんは魔軍元帥のパートナーだ。よもや世間話をしに来たわけではあるまい。
アレイシアンさんは時間差で勇者としての使命に目覚めた。
なぜ時間差を要したのか、そこをツッコむとまたおへそを曲げてしまいそうだったので、コアラさんは簡潔に用件を述べた。
コアラ「……釘を刺しに来たのです。わたしたちが、精霊と敵対しているのはご存知でしょう?」
妖精属は反精霊派閥の急先鋒だ。
我がもの顏で大陸をうろついている精霊たちは、多くの面で妖精たちとキャラがかぶっていた。新キャラの台頭を許してはならないという強い危機感がある。
もはや争いは不可避。どちらかが滅びるよりほかに決着はない。
勇者「…………」
しかし勇者さんは、今ひとつぴんと来なかった。
仲良くすればいいではないか。そう思う。魔物たちはよく人気、人気と口にするが、強制してどうなるものでもあるまい。
のちに自作自演に手を染めることとなる勇者さんは、このとき輝かしい未来が自分を待っていると信じて疑わなかったから、票割れを危惧している妖精たちを憐れんだ。
勇者「あなたたちには、あなたたちの良さがあると思うの。無理に争わなくても……」
事あるごとにダブルアックスを排除しようとする勇者さんであるが、彼女には自分の行いを棚上げして間違っていることを間違っていると言える意思の強さがあった。
こきゅーとすを通じて勇者さんの行状を把握しているコアラさんは内心イラッとしたが、へたに指摘してふて寝されても面倒だ。ここは軽やかにスルーして自分の意見を述べるにとどめた。
コアラ「アリア姫。あなたは本当に強くなった……。宝剣の力を引き出し、魔王を圧倒し……もはや戦隊級ではあなたを止めることはできないでしょう」
聖剣は、所持者の激しい感情に呼応して成長する。少なくとも旅立って間もない頃の勇者さんであれば、間違っても布団から出るのを嫌がってハリネズミみたいになることはなかっただろう。
また精神面における成長も目覚ましい。一人で何でもできると息巻いていた世間知らずな貴族の少女が、仲間たちと共に苦難を乗り越え、やがて信じることの大切さを学び、ついには誰かに起こされないと起きれないようにまでなった。
黒い妖精の要求は一つだ。
コアラ「遠からず、精霊たちがあなたに接触してくるでしょう。しかし耳を貸してはならない。信用してはならない。だってあれメカじゃん!」
メカじゃん。ついにコアラさんは核心に迫る発言をした。精霊、精霊と言うが、だいぶイメージと違うぞと。
勇者「…………」
勇者さんは瞑目した。
自身に宿る聖剣の別名を、精霊の宝剣と言う。誰もツッコまなかったのでここまで来てしまったが、じつはエルフが使役する精霊とはまったくの無関係であるという悲しい事実があった。
しかし……。勇者さんの懊悩は深い。ご年配の方々の荷物を運んであげる精霊たちと、少し目を離した隙に小さな子供を泣かせて大喜びする魔物たち、どちらの側に立つのかと問われれば……。
難しい問題だ。魔物と精霊、正面からぶつかり合えば、おそらく勝つのは魔物たちだ。
勝てば官軍という言葉もある。勇者さんは勝ち馬に乗りたい。
答えは出ない。いや、出す必要がない。
しょせん口約束だ。どうにでもなる。
勇者さんは言った。
勇者「話はそれだけ?」
コアラ「ええ。言ったでしょう、釘を刺しに来たと」
コアラさんは意外にもあっさりと引き下がった。
コアラ「決断は、あなたに委ねます。ただ、あとになって騒がれても面倒ですから……」
含みのある言い方だった。
きびすを返したコアラさんがふわりと舞い上がって、ふと思い出したかのように振り返った。
コアラ「ヒュペスは、たまにここに?」
勇者「いいえ、わりとひんぱんに出入りしているみたい。それがどうかしたの?」
コアラ「そうですか。いいえ、わたしの口からは何も。リンカーは……ああ、あの子は知らないものね……」
勇者さんと親しくしている妖精さんはリンカー・ベルと言う。
黒い妖精ユーリカ・ベルは、部屋を去る前に、最後にこう言い残した。
コアラ「アリア姫。あなたは、精霊の味方をするべきではない。忠告はしましたよ」
何か確信めいた口振りだった。
いったいなんなのだろう……。勇者さんは首を傾げてコアラさんの言葉を吟味するが、とくに思い当たるふしはなかった。
しかし運命の足音は、着実に勇者さんへと忍び寄ろうとしていた。
〜fin〜




