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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり訪問編

 ぺしぺしと頬を叩かれて、勇者さんがぱっと目を覚ました。

 最小限の動きでくりっと首をねじって枕元を見る。そこには黒い妖精がいた。


コアラ「アリア姫、起きなさい。もう朝ですよ」


 いいや、それは違う。勇者さんは掛け布団に潜ってイヤイヤをした。もう朝ではない、まだ朝なのだ。


 しかしコアラさんは納得しなかった。

 掛け布団の上からぼすぼすと聞き分けのない勇者を叩く。


コアラ「こらっ、起きなさい! 起きろっ。くっ、聞きしに勝る自堕落ぶり……。こんなのにわたしたちは負けたのか……」


 深く嘆いている黒妖精に、勇者さんは布団の中から反論した。


勇者「休むことも勇者の仕事です」


 いつ魔物が攻めてきてもいいように、常に万全のコンディションを保つよう心掛けているのだ。魔王軍に与した妖精に叱られる筋合いはない。睡眠は大事だ。


コアラ「寝るなっ。十時間も眠ればじゅうぶんでしょうっ……!」


 小さな手で懸命に布団を叩いてくる黒妖精に、勇者さんは舌打ちした。ひょっこりと布団から頭を出して、恨めしそうにコアラさんを見る。


勇者「なんなの、わたしのファンなの?」


 大貴族で、かつ勇者という世界に二人と居ないステイタスを持つ勇者さんには熱心なファンも多い。

 来年度には王立学校に転入することが内定しており、パニックにならないかと心配だ。

 昨夜も遅くまで教室にファンが詰めかけてきたときのクールな対処法を五人姉妹と一緒に協議していたのだ。もう少し寝かせてほしい。


コアラ「……無駄なことを。あなたは大貴族ですよ? 生徒たちには教師から関わり合いになるなと通達が行く筈です」


勇者「可能性が少しでもあるなら備えておくべきでしょ」


 当然のことだから、当然のようにする。

 恵まれた環境で生まれ育った勇者さんだから、歴代の勇者にはない考え方を持っていた。


 魔王の打倒を果たした勇者は、戻らない旅に出る。それは初代勇者ですら例外ではなかった。

 もう時効だろうから言ってしまうが、初代勇者が魔王を倒したというのは嘘だ。

 当時、「銀冠」と呼ばれていた魔王は、人間の手に負える存在ではなかった。そして、なぜか乳飲み子を抱えていた。

 勇者を圧倒した魔王は、赤ん坊のおしめを替えるために去って行ったに過ぎない。そのときに魔王が言い放った「いつかは戻る」という言葉を信じて、迎撃態勢を整えているうちに発展していったのが、王国の知られざる建国ストーリーだ。

 一向に戻ってこない魔王を討つために、初代国王は旅に出た。妻子を友らに託して。なんだか知らないうちに魔王を完膚なきまでに叩きのめしたことになっていたので、後戻りがきかなくなったのだ。お酒に酔った勢いで魔王なんてどうってことなかったとか言ったのが良くなかったのかもしれない。

 そうした経緯により、王さまに代わって政治を行う貴族という特権階級が生まれた。王国での暮らし方を引っ越してきた人たちにレクチャーしているうちに、自然とそうなったのだ。

 当初の目的、魔王の襲撃に備えるという名目があったから身体を鍛えていて、喧嘩に強かったことも貴族の台頭を後押しした要因の一つだったのかもしれない。


 時は流れ、そして現在。

 当初の目的などすっかり忘れて部屋でごろごろして過ごしている大貴族の勇者さんは、布団のぬくもりを手放すまいと奮闘していた。


 強硬手段に出たコアラさんが布団を引っぺがそうとし、そうはさせじと勇者さんが全身から聖剣を生やす。


コアラ「なっ!?」


 素早く飛び退いた黒き妖精に、ハリネズミみたいになった勇者さんは言った。


勇者「わたしの聖剣は、わたしが望まないものを傷付けはしない……」


 布団は無傷であるということだ。


 布団の中で身体を丸めた勇者さんが追撃を仕掛ける。間を置かず放たれた光の輪がコアラさんを捉え、彼女の小さな身体を締めつけた。

 破獄鱗ゾス。とめどもなく激しさを増していく魔王軍との戦いで、勇者さんが編み出した必殺技の一つだ。


コアラ「あぐッ」


 油断した。こうまで布団から出るのを嫌がるとは。堕ちた勇者め。窮地に立たされたコアラさんは、とっさに伝家の宝刀を繰り出した。


コアラ「こ、子狸さんに言いつけますよ!?」


勇者「…………」


 それは困る。勇者さんはクールビューティーなイメージを大切にしたい。

 ……だが、ここで退くわけには行かなかった。誰にだって譲れない一線というものはある。ならば。


勇者「こほっ、こほっ」


 勇者さんはわざとらしく咳をした。


勇者「少し風邪気味なの。そっとしておいて頂戴」


 理由は在ればいいのだ。


コアラ「仮病っ……!?」


 コアラさんは愕然とした。そこまでやるのか。そうまでして布団から出たくないのか……。


 いつも勇者さんの近くにいる青いのが言った。


山腹「用件があるなら、おれが聞こうか?」


コアラ「いや、でも、だって……」


 本人がそこに居るのに。

 山腹のひとの提案に、コアラさんはためらいを覚えた。


山腹「そう? まぁいいけど」


 山腹のひとは魔りんごをすりおろしている。

 病は気からという言葉もある。

 すりおろしりんごは胃に優しく、食物繊維も豊富だ。



 〜fin〜



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