うっかり開園編
連合国は、幾つもの小国が互いに困ったときは助け合いましょうと約束を交わして生まれた国だ。
その後、主導権をめぐって群雄割拠の戦国時代に突入したわけだが……まぁそれは置いておくとして。
その村は、連合国の片隅にあった。
小さな村だ。
魔物とのエンカウント率が跳ね上がる魔の三角地帯に近すぎるため、旅人が通ることもめったにない。
のどかな村だ。
村民たちは作物を植えるなどして自給自足の日々を送っている。
この村に生まれ育った若者たちは刺激を求め、都会に出ていくことが多いから、老人と子供が多い。
しかしある意味、この村こそが世界の謎にもっとも近い場所ということになる。
かつて「バウマフ村」と呼ばれたこの村には、奇妙な施設がある。
幼い魔物たちを引き取り、健全な生育を促すための場……
魔物幼稚園だ。
トカゲ「マッマ、マッマ~」
小さな鱗のひとがよちよち歩きで頼りげなく鳴いている。
子狸「おぉ、よしよし」
子狸さんが抱き上げてやると、鱗のひとは子狸さんの前足にひしっとしがみついた。
王都「…………」
ぼんやりとしながらも、子狸さんのそばを離れようとしないのが王都のひとだ。
透き通るような水色の、小さな身体をしている。
触手をくわえ、もう一本の触手で子狸さんの裾をしっかりと握っていた。
ひと口に魔物と言っても性格は様々だ。
空のひとと蛇のひとは一緒に遊んでいることが多い。
今日はそこに羽のひとも加わっているようだ。
妖精「回して、回してっ」
ひよこ「ぐるぐる~」
大きな串につかまった空のひとを、蛇のひとがぐるぐると回している。
羽のひと発案の焼き鳥ごっこだ。
蛇「回すの疲れたよぅ」
蛇のひとがぷうっと頬を膨らませた。
羽のひとがにぱっと笑う。
妖精「じゃあねっ、次は蒲焼ごっこねっ」
――本当にどうしようもなくなったとき、魔物たちは幼児化する。
バウマフさんちのひとが突拍子もないことをはじめたとき、着地点を探るのは魔物たちの仕事になる。
心理操作、分身魔法、瞬間移動、高度な魔法で身を固めた魔物たちは無敵の存在だ。
しかし、そんな彼らにも対処しきれない事態というものはある。
それは、多くの場合、二匹以上のバウマフ家が遭遇したときだ。
必然的に魔物同士で対立が起きる。これが良くない。
無双の矛は無比の盾を貫きうるか。そんな感じになる。
また、そうしたとき魔物たちは我を忘れる。
だんだん演技の自覚が薄れ、バウマフさんちのひとに言われるまま世界征服に乗り出してしまう。
この症状を「シナリオ・パニック」と言う。
だが、千年だ。千年という歳月が、魔物たちを強くした。
発症したら手遅れとさえ言われていたシナリオパニックを、魔物たちは克服したのだ。
――そう、幼児化という手段を以って。
うさぎ「マッマ、跳ねるのんもっ。跳ねるのんも抱っこ~」
幼児化した魔物たちは子狸さんをマッマと呼ぶ。
子狸「はいはい」
苦笑した子狸さんが小さな跳ねるひとを抱き上げた。
……きっと疲れているのだ。
すぐにいつもの魔物たちに戻ってくれるだろう。
子狸さんは鱗のひとと跳ねるひとを前足に抱えたまま、のこのこと庭に出た。
魔物幼稚園は、開けた作りになっている。
敷地内外を隔てる柵も、そう頑丈なものではない。子供の力で壊すのは難しいだろう。その程度だ。
柵越しに、畑で作業している古狸さんの姿が見えた。
子狸「おじいちゃーん」
子狸さんの声に、顔を上げた古狸さんがにっこりと笑って前足を振る。
子狸「ほら、手を振ってくれてるよ」
前足がふさがっている子狸さんが促すと、鱗のひとと跳ねるひとがおずおずと手を振った。
おだやかな風が頬をくすぐり、どんな厄介事もじつは簡単な問題だったような気がしてくる。心が洗われるとはこういうことを言うのだろう。
子狸さんは微笑んだ。
きっと、これで良かったのだ。
今はまだ小さな魔物たちも、すぐにすくすくと成長して巣立っていくことになる。
それが、少し寂しい。
子狸「あ、そうだ」
ふと思いついて、子狸さんは呟いた。
子狸「手紙を書こう」
遠く離れた異国の地で、自分を待っていてくれるひとがいる。
色々あって魔王を自分ごと封印した子狸さんだが、偶然にもこうして里帰りすることができた。
今は魔物たちのそばを離れることはできないが、せめて無事だけでも伝えたい。
子狸「何から書こうかな……」
かくして、子狸さんの武闘大会は何もかもがうやむやになって幕を閉じたのだ。
~fin~