うっかり狂騒編
子狸さんが前足を器用に使って素振りしている。
子狸「せいっ、せいっ」
きらめくガンブレード、光る汗。
すぐそこまで迫った武闘大会に向けて猛特訓中だ。
なお、ボーカルを決めるほうの武闘大会ではない。殴り合って誰がいちばん強いのかを決めるほうの武闘大会だ。
子狸さんが素振りをしている横では、王都のひとがタブレット端末を触手ですいすいとフリックしている。
王都「大会はトーナメント形式だ。対戦者は会場の様子を見て決めるようだな……」
当日は、国の偉い人も観戦に足を運ぶ。だから当然ながら、ブロックの組み分けが公平ということはない。
人気のある選手が序盤で潰し合い、残りの試合が盛り上がりに欠けたなんてことになった日には、責任者が大変なことになってしまう。
なるほど、と子狸さんは頷いた。
子狸「対戦者は会場の様子を見て決めるということか……」
うん、と王都のひとは頷いた。
王都「相手はその場で決まるということだな」
すると子狸さんは不敵に笑った。
子狸「ふっ。わかりやすくていいじゃないか」
ようは勝てばいいのだ。
ちなみに勇者さんは居ない。言うまでもなく昼まで寝ていることだろう。
勇者『なってないわね』
ところが今日の彼女はひと味違った。
子狸「!?」
王都「出たな……!」
勇者『ふふん……』
バッと振り返った一匹と一人に、勇者さんは見くびって貰っては困ると鼻を鳴らした。
彼女がいつも昼頃まで寝ているのは、一緒に寝ている五人姉妹に絡み付かれて身動きが取れないからだ。
だが、そうとわかれば対策も打てる。前日のうちに携帯ゲーム機を枕元に置いて眠ればいいのだ。
本当は大会に飛び入り参加して優勝をかっさらい子狸さんの尊敬の眼差しを独り占めする予定だったのだが、寝起きで髪がぼさぼさなのでやめた。
今日はアドバイザーに徹するつもりだ。
勇者『わたしのことはいいわ。それよりも……どうして素振りなんてしてるの?』
子狸さんは、この国では希少とされる魔法使いだ。
魔法使いが他に参加してくるとは考えにくいから、圧縮弾だけで勝ち上がれる可能性はじゅうぶんにあると勇者さんは見ていた。
大陸では誰でも使える初心者用の投射魔法だが、それゆえに完成度は高い。初見ではまず避けられないし、対策を練られたとしても付け焼き刃でどうにかなるほど甘くはない。
攻性魔法の中では非力なほうだが、それでも圧縮弾には猛獣をひるませる程度の威力はある。
目には見えないライオンと、同じ檻の中に閉じ込められるようなものだ。
この国の人間たちは、表向きはどうあれ、魔法への憧れがあるから、意識的に退魔性を使うということを知らない。
魔法の発展がゆるやかだから、異能持ちもごく少ない。魔力測定器などという誤解がまかり通っているのは、そのためだ。
勇者さんは、子狸さんの肩によいしょよいしょとよじ登りながら言った。
勇者『いつもみたいにチクタクディグーってやればいいでしょ』
王都『おい。ばかのひとつ覚えみたいに言うな』
初手の圧縮弾は、子狸さんの必勝パターンだ。しかし勝負は時の運。最善手が最良の結果につながるとは限らない。十回中、九回負けたとしても、それは仕方のないことなのだ。
子狸さんは一心に素振りを繰り返している。言った。
子狸「おれの力がどこまで通用するのか、試してみたいんだ」
勇者『……あなたがそうまで言うなら、わたしもとやかくは言わないけれど……』
勇者さんは、子狸さんの武闘大会参加に肯定的だった。
このまま事が順調に進めば、この子狸は魔族扱いされて街を追われることになる。
つまりダブルアックスともお別れだ。
王都のひとの策略に乗っかるのは癪だが……こうして利害が一致している以上は取り立てて口を挟むつもりはなかった。
敵ながら天晴れといったところか。こちらの心理を見抜き、絶妙の手を打ってくる。
そう、全ては子狸さんのためを思えばの苦渋の決断なのだ。
勇者さんは素早く計算した。
優勝も夢ではないと考えていたが、魔法を使わないというなら話は違ってくる。
けっきょく閃光さんの使い魔は届かなかった、いや、王都のひとが握り潰したと見るべきだろう……なので、閃光さんとの決闘の日時はあきらかになっていない。
だが、あの男はそこそこ頭が回るようだ。街中の警備が手薄になる大会当日に決着をつけようと考えるのは、そうおかしな話ではない。そして何よりも、
王都「子狸さん、ファイトっ。まずは初戦突破を目指そうね!」
子狸「おう!」
王都のひとの、この態度だ。
初戦突破というキーワードまで暗に提示するという大盤振る舞いに、どす黒い意思を感じた。
子狸さんの意思を無視し、自分にとって都合の良いほうへ動かそうとする邪悪なる意思だ。
つまりこの場合、子狸さんが初戦突破したほうが勇者さんにとっても都合が良いということになる。
ぽっと出のダブルアックスなんかに負けてなるものか。
勇者さんは言った。
勇者『あまり時間がないわ。突きに絞りましょう』
ずっと考えていたことだ。
このガンブレードとかいう変てこな剣は、へたに当てると手首を痛める。
だから刺突に絞る。
子狸さんの野生動物ならではの高い持久力は、突進技との相性が良い。
しかし子狸さんは難色を示した。
子狸「おれ、順突きはあまり得意じゃないんだよなぁ」
勇者『その突きじゃないわ』
ちなみに順突きとは、前足と後ろ足を同一線上に揃えて殴る技のことだ。
子狸さんのフィニッシュブローはフックである。
勇者『剣で突くの。やってみて』
子狸さんはハッとした。
そういえば、勇者さんは剣士だ。
退魔性がだらしなくなって使い物にならなくなったあとも、おおやけの場に出るときは未練がましく腰に剣をぶら下げている。
ろくに素振りをしないものだから、剣を振ったあとは手が赤くなって痛いのだと、自分に氷を手渡しながら話してくれたことがある。
その勇者さんのアドバイスだ。聞いておいて損はない。
子狸「よ、よぉし……」
すっかりその気になった子狸さんは、ぎりぎりと上半身をねじって渾身の突きを繰り出した。
勇者『待って。目の前でぼーっとしている相手を突いてどうするの? そうじゃなくて、踏み込んでから突くの。はい、もう一度』
子狸「おろかな人間どもめぇっ!」
勇者『それ言わなくちゃダメなの? 要らないでしょ。ほら、タイミングが合ってない。1、2。1、2。……なんなの、その目。わたしの手拍子に合わせなさい』
勇者さんは意外とまともな教師だった。
同じ年頃に剣術使いの知り合いがいて、少し手ほどきをしたことがあるのだ。
間に合うだろうか……。
突きと言うよりは短距離ダッシュを繰り返す子狸さんを見つめながら、勇者さんは不安を覚えた。
大会当日までには仕上げておきたいところだが、何しろ時間がない。
いかんせん大会当日というのは、今日だ。
兵士「ポン=ポコ選手。闘技場へ」
そして数分後には試合がはじまる。
控え室に入ってきた兵士が、無愛想な声で退去を告げた。
勇者『くっ……』
ぎりぎりだ。
勇者さんは、この困難な状況に遣る瀬ない気持ちになった。
もっと早くに鍛えておけば良かったと後悔したが、なにぶん忙しくて構ってやれなかった。
いや、厳密にはひまを持て余していたのだが、部屋でごろごろしているのも飽きて巣穴を訪問すると、たいていこの子狸は留守なのだ。
豊穣の巫女が認めるだけのことはある。言われるまでもなくアウトドア生活だ。むしろ都市部に生息しているのはアナザーであることのほうが多い。たまに野生化して戻って来なくなるという話も頷けようというものだ。
突き出したガンブレードをゆっくりと引き戻し、くるりと回して鞘に収めようとして失敗した子狸さんが、取り落としたガンブレードを拾って慎重に鞘に収める。どうしてもうまく入らなかったらしく、ついには鞘を床に置いて納刀した子狸さんが、颯爽と立ち上がった。
子狸「ありがとう、お嬢。なんとなくコツが掴めた気がするよ」
それはまったくの気のせいだったが、これ以上してやれることはない。勇者さんは力強く頷き、これから戦いへと臨む子狸さんを激励した。
勇者『練習の成果を発揮すれば、きっと勝てるわ』
勇者さんの無理難題に、子狸さんはにっこりと笑った。
子狸「行ってくる。勝ってくるよ。待たせているひとが居るんだ」
*
これから試合を行う選手は、闘技場の手前でいったん待機することになる。
薄暗いテントみたいなところで待たされるのは、運営側の事情で直前になって組み分けが変更になることも珍しくないからだ。
武闘大会に参加するのは大半が騎士で、騎士の大半は貴族出身である。
偉い貴族の子息がごねたら当然ながら配慮しなければならない。
大きな太鼓が鳴ったら、それが合図だ。
一人ずつ順番にテントを飛び出してステージに上がる。
選手登場は盛り上がるので、二回に分けているのだ。
ステージの上には、いざとなったとき八百長を実行に移すための審判が立っている。
場外で待機しているのは、選手の武器に刃引きの魔法を掛ける魔法使いだ。
さすがに白昼堂々の刃傷沙汰はマズイらしい。グロいのはイヤという偉い人の意向に沿った形だ。
テントの中で後ろ足を器用に折り畳み、子狸さんはそのときを待つ。
太鼓が鳴った。
カッと目を見開いた子狸さんが、テントを飛び出した。
わあっ、と歓声が上がった。
観客席はサクラも含めて超満員だ。
観客たちも心得ており、貴族と平民では歓声の質が変わる。
庶民代表の子狸さんを出迎えたのは、ほとんど暴徒と化しつつある観客たちの熱烈な野次と、鼻持ちならない貴族をぶっ倒してくれという口に出しては言えない期待がこもった大きな声援だ。
子狸さんはステージに飛び上がると、近寄って来ようとする刃引き担当の魔法使いを前足で制し、鞘ごと引っ張り上げたガンブレードを放り捨てた。
子狸さんクラスの魔法使いにとって武器は邪魔にしかならない。
両の前足だけが信頼に値する得物だ。
さも当然のような顔をして子狸さんに同伴した勇者さんが、それでいいのだと頷いた。
生兵法は怪我の元だ。
では、控え室での遣り取りは何だったのかという話になるが、そこは隙あらば子狸さんを飼い慣らそうとする勇者さんのやることだ。彼女の希望が色濃く反映したものとしか答えようがなかった。
王都『っ……ばかな……!』
いつも通り子狸さんの横にいる王都のひとの様子がおかしい。
ふだんの二割り増しでぷるぷる震えている。
どうしたのと、子狸さんが発した声は、太鼓の音に紛れて消えた。
王都『げえっ!?』
テントから飛び出してきた人物を目にして、王都のひとが洗練されたリアクションを披露した。
子狸さんの対戦者は、とても騎士には見えなかった。
ちらりと覗いて見えたテントの中、屈強な男たちが倒れ伏している姿が目に焼き付いて離れない。
覆面「選手交代じゃァッ!」
謎の覆面戦士だ!
子狸「なっ!?」
ステージに降り立った敵手を前にして、子狸さんは自身の思い上がりを知った。
どこまで通用するのか試したいだって? とんでもない! 試せるほどの力なんて、ない癖にっ……。
子狸「うおぉっ!」
ゴングを待つような性質の戦いではなかった。
子狸さんは即座に突進し、前足を突き出した。
子狸「チク・タク・ディグ!」
覆面「甘いわっ、グノー!」
子狸さんが放った圧縮弾は、一瞬だけ赤く輝き相殺された。
放射魔法だ。
全身から魔法を撃つ放射魔法は、投射魔法の上位版であると言われている。
やや寄り道を好む傾向はあれど、爆発力はある…….という扱いだ。
しかし、そうではない。大陸の連結魔法は、本質的には魔物を生み出す魔法だ。
魔法は不完全な魔物であると言っても良い。
人類発祥の地、連合国の古い言葉で「グノ」あるいは「グノー」は「遺伝情報」を意味する。
放射魔法の正体は、卵を産みつける魔法だ。
なんだ、何をしたと観客たちは大騒ぎしている。
圧縮弾が通用しないことは織り込み済みだ。子狸さんは一直線に彼我の距離を詰め、正体不明の敵に前足を叩き付けた。
子狸「アバドン!」
覆面「いいぞっ、力比べだ!」
前足と前足が正面からぶつかり合った。
がっぷり四つ、組み合い押し合う。
子狸「ぐあッ!」
崩落魔法が機能していない。
いや、相殺されたのか? 子狸さんには判別ができなかった。判別ができないほどの明確な差があった。
王都『魔力のケタが違いすぎる……!』
これまでに培ってきた全てを真っ向から否定されているかのようだった。
覆面戦士が笑う。
覆面「どうした! 本気を出せっ。こんなものではない筈だっ。なぜなら、お前は……」
子狸さんがハッとした。覆面戦士の顔面を覆っていた布がするすると落ちていく。結び目がゆるかったから? いや、違う!
勇者『…………』
勇者さんが布の端を引っ張っている!
思わぬ援護なのか何なのか、とにかく子狸さんは勇気付けられた。
ぐっと後ろ足を踏ん張り、盛り返そうとして、びくりとした。
子狸「お、お前は……」
古狸「フフッ!」
ついに白日の下に晒された覆面戦士の素顔をッ、子狸さんは知っていた……!
古狸「まだまだァ!」
覆面戦士の正体を、仮に……古狸さんとしよう……。
呆然とした子狸さんを、古狸さんの前足から伝った紫電が襲い、責め立てる。
全身を貫くような衝撃に子狸さんが仰け反った。
子狸「ぐあぁぁぁああ!」
絶叫。痛苦。困惑。
それらが絡み合い、奏でられる魔力が甘くとろけるかのようだ。
古狸さんは舌なめずりをして、責め苦に耐える子狸さんへと顔を寄せた。
古狸「人前だからと遠慮しなくていいんだぞ? 力を解き放て……。お前になら、それができる筈だ。なぜなら、お前は……」
子狸「!」
古狸さんが言わんとしていることを察して、子狸さんははっきりとおびえた。
勇者さんが、じっとこちらを見つめている。
子狸「や、やめろーッ!」
子狸さんの目線を辿った古狸さんが、とても嬉しそうな顔をした。
ぎらついた目で、狂ったように笑う。笑い、この場にいる全員に言い聞かせるように叫んだ。
古狸「お前は! このおれの血をひくッ、魔王のッ、孫なんだからなァァァアアアッ!」
じゃんっ
人魚「孫なんだから〜♪」
じゃんっ
ギターを掻き鳴らした海底のひとが、こほんと咳払いしてマイクを手にした。
海底「ついに明かされた衝撃の事実……」
人魚「子狸さんに宿る、呪われし魔王の血筋……」
海底「はたしておれたちの子狸さんは、狂える闇の衝動に打ち勝てるのか……次回へ続く」
〜fin〜




