うっかり決戦編
傷つき、志も半ばに倒れていく魔物たち……。
三千世界を舞台に、数えきれないほどの人間たちに迷惑を掛けた武闘大会も、ついに佳境だ。
最後に笑ったのは……
王都「…………」
庭園「お、お前は応募すらしてなかっただろ……」
荒れ果てた荒野で、ふたりの青いのが対峙していた。
応募すらしていない王都のひとだから、他の魔物たちから標的にされることはなかった。
……警戒を怠った。それは甘えだ。
王都のひとは言った。
王都「勘違いするな。おれはボーカルになるつもりはない」
王都のひとは子狸さんの近衛だ。バンド活動に身命を賭している場合ではない。
王都「だが、だからと言ってお前たちのボーカルを認める理由にはならないな……」
一人はみんなのために。みんなは一人のために。
魔物たちは仲間を大切にする。
だから自分がボーカルになれないなら、全員が道連れになるべきなのだ。
それが真の仲間というものだ。
庭園「くそがっ……!」
王都のひとの主張に、庭園のひとが吐き捨てた。
王都「おっと、動くなよ?」
王都のひとが触手をちらつかせた。
庭園のひとは最強の魔物だ。正面からやり合う気はない。
王都「この子狸の命が惜しくば、じっとしていろ」
子狸「庭園のひと……」
王都のひとは子狸さんの近衛だ。
それはつまり、やろうと思えば子狸さんを人質にできるということでもある。
庭園のひとは目に見えて動揺していた。
庭園「は、はったりだ!」
王都「はったり……?」
王都のひとは心外そうに言った。
王都「もちろんそうだとも。では、お前はボーカルになりたいからなどという下らない理由で子狸さんを見捨てるのだな……?」
庭園「ぐっ、ぬぅ……!」
庭園のひとは動けなかった。
王都のひとの言う通りだ。はったりかどうかは大きな問題ではない。子狸さんを盾に迫られたならば、魔物たちは要求を呑むべきなのだ。
子狸「庭園のひとっ、おれに構うな! おれごとやるんだっ」
そんなことを子狸さんに言われては、ますます動きにくくなるばかりだ。
庭園「き、汚ぇーぞっ、王都のん!」
王都「ふっ、負け犬の遠吠えよ。何とでも言うがいい。ようは勝てばいいのだ」
王都のひとの触手がゆっくりと庭園のひとに迫る。
王都「呆気なかったな」
子狸「て、庭園のひと~!」
あえなくブロックされた庭園のひとが、かき氷みたいになった。
早々に庭園のひとから興味を失った王都のひとが、虚空を見上げる。
王都「残るは海のひとか。だが……」
海のひと。人魚さんは、魔物たちの中でもっとも戦闘経験が少ない個体だ。
正面からぶつかり合えば、王都のひとの勝ちは揺るがないだろう。
王都「来たな」
しかし転移してきた人魚さんは一人ではなかった。
王都「何のつもりだ……!」
人魚「助っ人はダメなんて、おれはひとことも言っちゃいないぜ?」
彼女が連れてきたのは、美しい少女だった。
くっきりとした二重まぶたの
透き通るような白い肌には染みひとつない。
紅も差していないのに薔薇色の唇が
勝気に吊り上がっている。
外見など魔物たちにとってはどうでにでもなるものだ。
本当に強力な魔物は退魔性に縛られないから、例えば「大きな身体の生きものは強い」という単純なルールも無視できる。
そして、それは精霊たちにも同じことが言えた。
精霊「久しぶりだねっ、お兄ちゃん!」
王都「くそがぁっ……!」
歌の精霊さんだ。
彼女は王都のひとを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
歌の精霊、ハロゥ。
王種に匹敵すると言われる精霊王の中でも、最強と謳われるのが彼女だ。
王都のひとは目に見えて動揺していた。
王都「き、汚ぇーぞっ、海のひと!」
たしかに助っ人禁止のルールはなかったが、それでも譲ってはならない一線というものはある筈だ。
明確な線引きがないからこそ、良心を捨て去ってはならないのだと王都のひとは声高に主張した。
人魚さんに代わり、歌の精霊さんがずいっと前に出た。
精霊「負け犬の遠吠えだね。あはっ」
王都「ぐっ、ぬぅ……! だ、だが」
王都のひとは子狸さんの首に触手を巻き付けた。
王都「動くな! この子狸の命が惜しくば……!」
精霊「はぁ?」
歌の精霊さんは首を傾げた。
たしかに子狸さんが居なくなるのは困る。
しかしもっと困るのは魔物たちのほうだ。
精霊「やめなよ、見てて恥ずかしくなる。プライドとかないの?」
歌の精霊さんは無造作に近寄っていくと、腰を屈めて王都のひとに顔を寄せた。
精霊「あなたと狸くんのコンビには手を焼かされたな~。今回はどうなるかな……?」
彼女は、お屋形さまのことを「狸くん」と呼ぶ。
お屋形さまは、こと戦闘能力においては史上最強のバウマフだ。
歴代のバウマフ家とはあきらかにモノが違ったから、魔物たちは精霊たちとの決戦に踏み切った。
魔物たちが決戦に踏み切るとわかっていたから、そうはさせじと最強の精霊が生み出された。
最後の討伐戦争は、お屋形さまの物語だった。
裏でちょろちょろと動き回る親狸を、精霊たちはついに仕留めきることができなかった。
あの親狸がまだ未熟だった頃、魔物たちが付きっきりでガードしていたからだ。
とくに歌の精霊さんの活動時期は、親狸が管理人の座を受け継いだあと、王都のひとが近衛についていた時期とかぶさっている。
有機生物が精霊に勝ることはないと楽観視していたから初動が遅れた。
魔物に迫るほどの力を手にしつつあった親狸との戦いを、たぶん歌の精霊さんは楽しんでいた。
しょせんは哺乳類とあなどっていた相手が、戦いを重ねるごとに成長していき……
ついには、この自分を手こずらせるほどの戦士になった。
はじめて手傷を負わされたときの、叫び出したくなるような興奮を、他の誰にも譲りたくないと思うくらい。
子狸「おれじゃ役不足だって言いたいのか?」
子狸さんは、あまりお屋形さまと似ていない。
精霊「そうは言ってないけど……」
ちらりと子狸さんを見た歌の精霊さんが、冷たく笑った。
精霊「試してみる? わたしに一度でも攻撃を当てたら、いい子いい子してあげる」
すると、簡易プールにつかって早くも観戦モードの人魚さんが口を挟んだ。
人魚「おい。約束は守れ。子狸さんにあまり手荒なことは……」
精霊「わかってるよぅ。わたしだってマスターに怒られたくないしぃ」
子狸「……マスターだと?」
子狸さんの問い掛けに、歌の精霊さんはにこりと笑った。
精霊「いつか、会えるよ。わたしのマスターは人見知りするけど、あなたは別だから。……とくべつなマリア」
その言葉に王都のひとが強い反応を示した。
王都「魔王に降ったかッ、ハロゥ!」
至近距離から繰り出された無数の触手を、最強の精霊は長い髪で絡め取った。
ひとりでに浮き上がった髪の中から、幾つもの黒い玉が飛び出してくる。手のひらにすっぽりと収まる大きさの、「核」と呼ばれる黒球だ。
強力な精霊は、この「核」を体外に射出し自在に操ることができる。
黒はドワーフを象徴する色だ。
長年、彼らと争い続けてきたエルフたちだからこそ、ドワーフの武装が有用であることは認めざるを得なかった。
所持者の意思に従って飛翔する黒球。その真骨頂は、失敗した衛星みたいに飛び交う黒球のひとつひとつが魔法の詠唱を分担できる「術者の一部」という点だ。
三大国家の騎士団が用いる高速詠唱技術は、かつてエルフたちが通った道の一つに過ぎない。
精霊「降るも何も、わたしは最初からそっち側だもん」
ハロゥさんは拗ねたように言った。
絡め取った触手をひねると、そのまま王都のひとを上空へと投げ飛ばす。
追撃に移る。跳躍した少女の声には、どこまでも余裕がある。
精霊「ふつうのエルフが、わたしを作れるわけ、ないでしょ?」
*
戦いに敗れブロックされた王都のひとに、子狸さんがさめざめと涙を流している。
ついに積年の恨みを果たしたハロゥさんが、万歳して歓喜に吠えた。
精霊「やったよ。やった……! ハロゥちゃん大勝利ぃー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女を、祝福するかのように黒球が取り巻いている。
しかし簡易プールにつかって勝負の行く末を見守る人魚さんの眼差しにはひとかけらの慢心もなかった。
人魚「まだだ! はじまるぞっ……!」
精霊「へ?」
何を言っているのだろう……。ハロゥさんは首を傾げた。魔物が自力でブロックを打ち破るのは、理屈から言って無理だ。魔法には原則という大きな壁がある。
ぴんと来ていない様子のハロゥさんに、人魚さんは言った。
人魚「知らないのか? ラスボスには第二形態があるんだ」
その言葉を証明するかのように、かき氷みたいになった王都のひとの頭上に銀色の輪っかが浮かんだ。
――力がなくては、何も守れない。
精霊「ば、ばかな……」
王都のひとに起こりつつある異変を、ハロゥさんは指をくわえて眺めていることしかできない。
冷凍パックされた魔物に手出しをしても、解凍のきっかけを与える結果にしかならないのだ。
王都のひとは魔法の原則を打ち破りつつある。
ならば――。
ハロゥさんは、子狸さんを人質にとることにした。ようは勝てばいいのだ。
即座に転移し、無防備な子狸さんへと伸ばした手を
がしっと。銀色の触手が阻んだ。
精霊「わわっ」
ハロゥさんは慌てて腕を引っ込める。そして、見た。
王都「下らないプライドは……捨てた」
ついに封印を打ち破った王都のひとが、子狸さんを抱き寄せて佇んでいる。
子狸「王都のひと……?」
全身を銀色に染めた王都のひとが、照れくさそうに言った。
王都「超合金おれ……ってトコかな」
メタル王都のんだ!
なお、超合金王都のんDXは、エルフの里で近日中に販売予定だ。
絶賛予約受付中だが、生産数を越えた時点でいったん予約は打ち切りとなる。おもちゃ屋さんへ急げ。
精霊「嘘だっ……そんな……!」
ハロゥさんは目の前の現実を信じられずにいる。
魔法の原則は絶対のルールだ。
すでにアルティメット子狸さんという例外は居るわけだが、それはそれ、これはこれだった。
王都のひとは子狸さんを触手で抱き上げ、高い高いしている。
キッとハロゥさんを睨みつけ、言った。
王都「聞きたいか?」
精霊「な、なにを……」
王都「“安心”の先の話さ。……精霊の身で、よくぞここまで練り上げた。お前には褒美を与えようと思う……」
ぐっとハロゥさんは言葉に詰まった。
超合金だか何だか知らないが、はったりだ。法典の契約者、子狸さんが何かしたと考えたほうが理屈としては正しい。
王都のひと自身、何かが変わったということではない……筈だ。
精霊「……そう? 貰えるものは貰っておこうかな~。どうしようかな~」
ハロゥさんは気のない素振りを見せてから、瞬時に距離を詰めて王都のひとを蹴り上げた。
(よしっ。通じる。やっぱり――)
はったりだ、と考えるよりも早く、王都のひとの言葉が降ってきた。
王都「そうか。ならば教えよう。“安心”の先にあるもの……それは“当然”だ」
精霊「ッ!」
耳元で囁かれた声に、ハロゥさんは瞬転してバックブローを浴びせるが、そこには「当然」誰も居なかった。
いや、小細工だ。動揺の隙を突かれたに過ぎない。落ちつけ。ハロゥさんはそう自分に言い聞かせて、はるか上空に舞い上がった王都のひとを追う。
追いついてきた腹違いの妹に、王都のひとは続ける。
王都「この世界から退魔性を排除する。方法論はとうに確立してあるんだ。すると、どうなるか……」
精霊「行けっ」
ハロゥさんは、王都のひとが語るこの世界の末路に無関心では居られなかったが、今はもっと他に試すべきことがある気がしていた。
解き放たれた黒球と銀色の触手が空中で衝突し、進路を変えては幾度となくぶつかり合う。
精霊「押されるっ!?」
王都「魔法は、あって当然の現象になるんだ。いや、魔法と呼ばれることもなくなる。それが“正常”なんだ……。当然はッ、安心に勝るッ!」
穏やかな口調で語り掛けていた王都のひとが、まどろみから覚めたかのようにとつじょとして牙を剥き出しにした。
降り落ちる触手の雨が激しさを増していく。
気付けばハロゥさんは防戦一方に追い込まれていた。
勝てない……! ハロゥさんは唐突に悟った。地力が違う。王都のひとに何か大きな変革があったことは明白だ。それは、もしかしたらほんの小さな「気付き」かもしれないし、そうではないかもしれない。しかし……
精霊「だったらわたしも成長してやる……! 魔物に出来て、わたしに出来ないことはないんだっ」
この二人は会話する気がまったくなかった。
それでも構わなかった。
黒球の対処能力を上回った触手が、ハロゥさんをピンボールみたいに弾き飛ばす。
怒涛の猛攻を繰り出しながら、王都のひとは叫んだ。
王都「熟したりんごがァーッ!」
精霊「あぐッ」
身体を丸めて耐えるハロゥさんが、かろうじて触手の一本を掴みとる。
ぐいっと触手ごと王都のひとを引き寄せ、銀色のボディにひざを叩き込んだ。
王都「地にィーッ!」
しかし王都のひとは構わず触手をハロゥさんに叩き付けた。
ガードの上から重くのしかかった触手が、まるで鋼鉄のかたまりのようだった。
王都「堕ちるようにィーッ!」
とても踏みとどまれるような一撃ではなかった。
地表に叩き付けられたハロゥさんが、ふらつきながらも立ち上がろうとして失敗した。
足に力が入らない。全身に気だるさを感じて、ぎょっとした。
精霊「違う? わたしが弱くなってる……?」
王都のひとは、地に這いつくばる妹を傲然と見下している。
小脇に抱えられた子狸さんは、魔物と精霊の高速戦闘についていけず、きょろきょろと辺りを見回していた。
だが、声は届いた筈だ。そのためのこきゅーとすである。
王都「とても素晴らしいことなのだ」
野心を露わにした王都のひとは、甘えるように子狸さんに同意を促した。
王都「ねっ、子狸さん」
子狸「……?」
しかし子狸さんは過去に囚われなかった。
王都のひとは一行にまとめた。
王都「――おれは木綿豆腐派なんだ」
勇者さんでは無理だろう。
巫女さんであっても難しい。
しかし王都のひとには出来る。
王都のひとにはそれが出来るのだ。
子狸さんがハッとした。
子狸「っ! 王都のひと……」
ハロゥさんも合わせた。
魔物たちの野望をくじけるとすれば、それはバウマフ家しかいない。
説得するとすれば、それは魔物たちではなく子狸さんのほうだった。
精霊「っ……絹ごし豆腐が好きなひとだって――」
上空の王都のひとへと人差し指を突きつける。
ジョイントした黒球が数珠みたいになって腕のまわりを高速回転した。
精霊「居るんだぁぁぁーっ!」
無形、無音の砲弾が放たれる。
それは王都のひとの触手を貫き、体幹を削った。
食べかけのプリンみたいになった王都のひとが、「ほう」と感嘆の声を上げた。
王都「これは? 圧縮弾なのか。なるほど……これが誘導魔法の……」
木綿豆腐と絹ごし豆腐。
同じ豆腐だからこそ、相容れないものもあるということだ。
子狸「揚げ出し豆腐だと……?」
どちらが正しく、どちらが間違っているのか。
世界は、選択の刻を迎えようとしていた――
~fin~




