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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり決裂編


 戦いは、驚くほど静かに幕を開けた。


火口「…………」


火口「…………」


 バウマフさんちの居間。

 テーブルを挟んで向かい合わせに座る青いの二人が、威風堂々とした佇まいでつまみ食いを働いている。

 二人は視線を交わすでもなく、台所で朝ごはんを作っている母狸さんをじっと見つめていた。


 大きな目玉焼きをお皿に乗せて運んできた母狸さんが、つまみ食いの現場を目の当たりにしてきょとんとした。


母狸「えっと……海底のひと?」


火口「ふっ、外れだ」


 母狸さんは見た目がまったく同じなポーラ属を見分けることができない。それができるのはバウマフ家の血を引くものだけだった。


 火口のひとはニヒルに言った。


火口「まぁ気にするな。おれ自身にも、完全コピーの見分けはつかないからな」


 どちらかと言えば、見分けがつくバウマフ家のほうがおかしいのだ。


母狸「そう?」


 母狸さんは小さく首を傾げてあいまいに微笑んだ。その拍子に、ひもで括った髪が肩に掛かる。


母狸「今日はおとなしいのね。何かあった?」


 こなれた様子で配膳をしながら、母狸さんが気軽に尋ねる。


 火口のひとたちは大きな目玉焼きを平らげながら、母狸さんの質問を吟味した。

 何かあったと問われたなら、まぁあった。

 今、三千世界に散った同胞たちがボーカルの座をめぐって超新星みたいな争いを繰り広げている。

 自分たちも、また。


 救いがあるとすれば、子狸さんに怒られてしまいそうなので世界を滅ぼすような真似は自重しているという点だろう。


 半概念物質リサの結晶体、すなわち「魔力」で肉体を構築している魔物たちは、光を超える速さで動くこともできる。

 世界は点で出来ている。魔法というルールにおいて、「目にも止まらない速さ」という概念は、魔力の集合体の一つだ。それは、まったく大したことではない。例えるならば、水素と酸素が結びついて水の分子になることと一緒だ。


 いっそ清々しいまでに堂々とつまみ食いを敢行する青いのに、母狸さんが小さな子供を叱るように「こらっ」と指先でちょんと突つく。

 母狸さんは優しいひとだ。その優しさを、人によっては「甘さ」と評するだろう。

 だから彼女は、騎士に囲まれて育ちながらも、魔物たちと敵対し打ち滅ぼす生き方を選ばなかった。


火口「……君は料理が上手になったな」


 魔物たちは母狸さんと接するときキャラがぶれる。

 それは、父狸に見初められた彼女への同情から来るものかもしれないし、母狸さんが幼い頃に何回か「ばかめ!」とか言って泣かせた気まずさから来るもの、あるいはどちらでもなかった。


火口「あぁ。最初の頃は食えたものじゃなかったからな」


母狸「もうっ、またそうやって昔のことを……」


 母狸さんは拗ねたように口をとがらすと、何の脈絡もなく火口のひとの身体を優しく撫でた。ふと零れた小さな笑みには、魔物たちへの慈しみがあった。

 ずっと家族として暮らしてきた。それでも彼女には魔物たちを恐れ、逃げ惑った過去があったから、子狸さんや父狸のようには行かないのだ。


 なんだか照れ臭くなって笑って誤魔化した母狸さんが、台所に引っ込んで朝餉の支度に戻る。


 火口のひとが言った。


火口「言った筈だ。お前たちオリジナルは、コピーには勝てない」


 ぞっとするような酷薄な声だった。


 完全コピー。座標起点ベースの分身魔法で生み出されたアナザーは、オリジナルに取って代わろうとする気概がある。

 だからハングリー精神に欠けるオリジナルが、同じ条件でアナザーとぶつかったなら、これを打ち負かすことは容易ではない。


 しかし火口のひとは言った。


火口「いいや、どうやらおれは賭けに勝ったらしい」


 二人は椅子の上からまったく動いていないように見えるが、その水面下では超光速で繰り出された無数の触手が激しく火花を散らし、ついには……


火口「そうか。お前は、おれを生み出したあと、強敵に恵まれたんだな。油断していたのは、このおれか……」


火口「あぁ。……お前は、まさしく強敵だった」


 火口のひとをさらなる高みに導いたのは、皮肉にもオリジナルを超えんとする彼自身だった。


 二人は、はじめて視線を交わした。

 どちらからともなく苦笑が漏れた。


火口「ふっ、相打ちか。上出来、かも、な……」


 母狸さんの鼻歌が聴こえてくる。

 きっと幸せな光景というのは、こういうことを言うのだろう。

 それなのに、薄れ行く意識の中、最後に思い浮かぶのは、母と慕った女性の笑顔だった。

 その面影が、子狸さんと重なる。


 ママン……。


 小さな呟きは泡と消え、あとにはかき氷みたいなのが二つ、ぽつんと椅子に残されるばかりだった。


 静かなる死闘の決着に、母狸さんは気付かない。

 粉をまぶしたトリ肉を、菜箸で摘み、熱した油にそっと沈めた……



 *



ひよこ「ケェェェエエエッ!」


 はるか上空より迫り来るは、魔鳥ヒュペス。本人は獅子と鷹のハイブリッドと言い張る魔なるひよこ、空のひとだ。


 飽くなき執念でセンターに立とうとする魔物たちの中には、少しでも勝率を上げるために共闘を選んだものも居た。

 鬼のひとたちがそうだ。

 彼らは驚くべきことに、自分たちは仲が良いと大きな勘違いしていた。


帝国「来るぞっ!」


 一心に上空を見据え、注意を喚起した帝国のひとを、背後に立つ王国のひとが不穏な眼差しで見つめている。


王国「…………」


 何かを得れば何かを失う。

 代償は大きければ大きいほど良い。

 そんなことを考えている目だ。


 空のひとを相手に、空中戦は分が悪い。

 だが、鬼のひとたちには切り札があった。これまでに作り上げてきた数々の小道具だ。


 そして、切り札は隠しておくに越したことはない。

 秘密を知るものは少ないに越したことはない……。


 魔が差したと言えばそれまでだ。

 こうも言い換えることができるだろう。

 最初からそれが目的だったのだと。


 カッと目を見開いた王国のひとが、そろりそろりと帝国のひとに忍び寄る。


 基本的なスペックが同じだから、魔物同士の戦いは一進一退の様相を呈することが多い。

 しかし三対一だ。確実に勝てると踏んでいたのだが、実情はこの苦戦だ。


 魔法に数量の制限はない。圧縮弾が盾魔法を貫くことはないように、究極域の戦いでは数の利が意味を為さない。

 それはつまり、仲間同士で足の引っ張り合いが生じることを意味していた。


 王国のひとが「コイツら邪魔くせえな」と思いはじめたように、帝国のひとも似たような感想を抱いているに違いない。

 であれば、やられる前にやるしかない。


 王国のひとは、魅入られたかのように帝国のひとの背中をドンっと……


 ……押す前に、連合のひとに手首を掴まれた。

 王国のひとは、信じられないといった面持ちで連合のひとを見つめる。


連合「…………」


 連合のひとはかぶりを振った。……まだだ。まだ早い。

 むろん、いずれは二人まとめてほうむり去るつもりでいたが、まだコイツらには利用価値がある。

 極論すれば……。連合のひとは思った。べつに自分はバンドになど興味はない。いい機会だから研究成果を独り占めしたいというのが隠さざる本音だった。


 それなのに、コイツらはこの期に及んで隠し持った切り札を出そうとする素振りすら見せようとしない。いったい仲間を何だと思っているのか……理解に苦しむ。


帝国「…………」


 見ろ、この目だ。猜疑心にまみれた、この目と来たら!

 仕方ない……。連合のひとはため息を漏らし、どうでもいい順で後ろから数えたほうが早い手札を切った。


連合「成層圏外に押し出すぞ。それしかない」


王国「だいじょうぶか!? それもうやったぞっ……!」


 魔法は成層圏内でしか作動しない。これは魔法の原則の一つだ。

 この原則を利用することで、先の大戦において魔物たちは勝利を収めた。


連合「流れだ。流れを掴む。雰囲気さえそれっぽくなれば……」


帝国「しかし手段は。手段はあるのか!?」


 食い付きが凄い。


 連合のひとは、渋々と懐から少し大きめのフルーツを取り出した。


 王国のひとと帝国のひとがぎょっとした。


 魔さくらんぼだ。

 現存しない筈の、まぼろしの魔改造の実だった。


王国「お前……」


連合「まあ、ちょっとな」


 連合のひとは「ちょっと」で済ませた。


 魔改造の実は、人間たちの願望を糧に育つ魔法の果実である。

 もう少し具体的に言うと、実現して貰っては困る概念を封じたものだ。

 とりわけ魔さくらんぼは、法力や神通力といった「超能力」の顕現を抑制していた……言葉は悪いが「天使の卵」ということになる。


 魔法の果実は、不思議な力を持っている。

 それは、封印された概念の一部が漏れ出したものだ。


 魔改造の実シリーズで、もっともポピュラーなのは、魔どんぐり。

 魔どんぐりには、「神」が宿っている。


 理不尽を叫ぶとき、人は神に縋るしかないから、魔どんぐりの生産力は群を抜いているのだ。


 連合のひとはにっこりと笑った。


連合「おれたちの友情が試される日がやって来たようだな……? 真の友情が」



 *



 鱗のひとが自宅の沼地で体育座りしている。


うさぎ「鱗の〜ん」


 鱗のひとを見つけた跳ねるひとが、おーいおーいと大きな前足を振った。


 この二人は盟友だったが、趣味に関しては決して埋まることがない溝を抱えていた。

 跳ねるひとは、自慢の毛皮が泥で汚れることを嫌う。


 スッと立ち上がった鱗のひとが、長い尾をくねらせて近寄ってくる。


トカゲ「……どうした?」


 平坦な声だった。


 跳ねるひとは気圧されながらも、不吉な想像を振りはらうように、つとめて明るい声で用件を告げた。


うさぎ「鱗のんっ、一緒に戦おうぜ! 牛のんにも声を掛けたんだけど、あのひと子狸さんが参加しないとやる気出さないから……」


 言葉が尻つぼみになったのは、鱗のひとの眼差しがひどく静かだったからだ。


 鱗のひとは、少し考えてから言った。


トカゲ「……ボーカルは一人だ。勝ち残ったら、どうなる? おれか、お前か……」


うさぎ「いや、でも。最後まで残れば、どっちかがボーカルになれるわけだし……」


トカゲ「そうだな。……いや、違うな。そうじゃない……」


 鱗のひとは悩んでいた。


 この先、戦隊級の魔物は……自分たちは何をすればいいのかと。

 討伐戦争は、その目的を完遂した。

 もう二度と起きることはないだろう。


 三大国家の騎士団は高速詠唱技術の発展形に辿り着き、おそらくは……自分たちを越えた。

 王国騎士団の挽歌を以ってしても都市級には届かないだろうが、踏みとどまることくらいはできるかもしれない。


 自分たちに残されているのは、魔物ランドの建設くらいだ。

 だから……

 鱗のひとは言った。


トカゲ「シマ。お前は気にならないのか?」


 シマというのは跳ねるひとの本名だ。


トカゲ「おれとお前、どっちが上なのか……」


 鱗のひとは、ずっと気になっていたのだ。


 獣人、獣人と言うが……どうも多くの国では、は虫類は「獣」というカテゴリーに入らない。


 いや、それはいい。ここ大陸では緑のひとが「百獣の王」とか呼ばれているように、トカゲさんもアニマルの仲間だ。

 まず大陸の人間たちは、喋るアニマルを「魔物」と見なした……。それ以外の、寡黙なアニマルを「動物」と分類したから、その内訳はかなりあいまいだ。

 それはいい。


 鱗のひとは……ずっと気になっていたのだ。


トカゲ「遊園地には、マスコットキャラクターが必要だ」


 いつかは決めなければならないことだ。


 一番星に輝くのは、はたしてどちらか。



 〜fin〜



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