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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり出場編


 使い魔とはごく弱い単純な作りをした魔物である。


 だから当然、閃光さんの使い魔が子狸さんの元に現れることはなかった。

 子狸さんの横にはいつも青いのが居て、この青いのと使い魔では位階が違いすぎたのだ。

 それでも使い魔は命令されたことしかできないから、子狸さんの巣穴の上空をくるくると旋回し続ける。


 健気な使い魔に、王都のひとが不平を漏らした。


王都「うぜえ……」


 子狸さんの布団みたいになっている王都のひとがイラッとした。

 健気と評される存在は、この自分だけでいいのだ……。他には要らない。


 繰り返すが、この青いのと使い魔では位階が違いすぎた。


 王都のひとに意識を向けられた――

 たったそれだけのことで、閃光さんの使い魔は浸食されてしまう。

 膨大な魔力が逆流し、あふれ出る力を持て余したかのように全身の筋肉が膨張した。


 閃光さんの使い魔は鳩と似ている。

 着陸し、うやうやしくひざまずいた使い魔さんは筋骨たくましい怪人へと変貌を遂げていた。

 身の丈2メートルは下るまい、半鳥半人の怪人が、くるる……と鳴いた。


王都「ちっ……!」


 王都のひとが舌打ちした。


 ――弱すぎる。


 あまりにも脆弱だったから、退魔性の影響を避けられなかった。

 この程度の存在が本当に魔物と言えるのか。

 

王都「……まぁいい。言伝を預かっているな? 寄越せ」


 鳩さんは従順に手紙を差し出した。


 奪い取るように触手で巻き取った王都のひとがほんの少し力を込めると、手紙は瞬時に腐敗し崩れ落ちる。

 王都のひとは言った。


王都「これでいい。お前はあの男の元へ戻り、確かに渡したと伝えろ。おっと、その姿のままではマズイな……」


 人間の記憶や意識など王都のひとからしてみればどうにでもなるものだったが、事が露見すれば子狸さんに怒られてしまう。


王都「都市級程度の力はある筈だが……姿を変えることはできるか?」


 簡単に言うと、魔物たちの姿かたちは「映像」のようなものだ。そして高度に発達した映像と実体を見分けるすべはない。


 鳩さんは「くるる……」と鳴いた。王都のひとが肯く。


王都「そうか。だが安心しろ……お前は運がいい」


 そう言って、王都のひとは子狸さんの前足を持ち上げた。


王都「見えるか? これがバウマフ家の魔力だ。美しいだろう……」


 魔法を使えば使うほど、魔物に近しければ近しいほど、退魔性は劣化していく。

 それは魔力の侵食を一定の域にとどめるためのルールだ。

 魔法には術者となる種族の保護を目的とした決まりがある――


 王都のひとは魅入られたようにうっとりしている。鳩さんとは目線を合わさぬまま言った。


王都「お前はそれ以上は成長できない。だが力の使い方を学べば王種くらいにはなれるだろう。……修行しろと言っているわけではないぞ? ピントが合ってないんだ。この子狸の魔力があれば……」


 優れた魔法使いは、有力な魔力の供給源だ。

 とりわけバウマフ家のそれは、魔物たちに強大な力を与える。

 信じているからだ。魔物たちを。強く。


 確固たる信頼が、育まれた深いきずなが、夢と希望の象徴たる魔物たちを際限なく強くする。


 鳩さんは見た。


 くるり

  くるりと

 回る

  黒い

   黒い結晶体が――


 声が

  声が――

 歌が

  聴こえ

    る……



王都「世界は点で出来ている。半概念物質リサ……。基礎理論を提唱した研究者、か? おめでたいことだな……」



 魔法の根幹を成す魔導素子あるいは半概念物質を「リサ」と言う。

 リサというのは、魔導技術の基礎理論を提唱した研究者の名前だ。

 だが、現実は人間たちの想像力を試すかのように非情だ。


 魔法は時間に縛られない。

 人間たちが納得する理屈であれば何でも良かった。


 元の姿になった鳩さんが飛び立つ。

 子狸さんが眠る森の中、王都のひとの哄笑が響き渡った――



 *



 

子狸「武闘大会?」


 王都のひとが完全にラスボスみたいなことをやっていた、その日の午後の出来事である。


 冒険者ギルドで本日のクエストを吟味していた子狸さんが、耳慣れない単語に首を傾げた。


 子狸さんに余計なことを教えた烈火さんは、巨躯を縮めて窮屈そうに椅子に座っている。


烈火「ああ。なんだ、知らねえのか? 武闘大会ってのはな、あ~っと……」


 説明しようとした烈火さんが不意に言葉を切って周囲を見回した。

 よく考えてみたら、自分もそれほど詳しくないことに気が付いたのだ。


 ダブルアックスの二人と子狸さんは、ふだんこうして冒険者ギルドで待機していることが多い。

 冒険者を志してギルドの門を叩いた新人に絡むためだ。

 新人にいちゃもんをつけるのは、冒険者たちに脈々と受け継がれてきた伝統である。これは当然ながら冒険者歴が浅いダブルアックスの仕事だった。


 子狸さんのときは魔物襲撃というトラブルに見舞われてうまく行かなかったが……

 たいていの人間は、安定した環境では底を見せない。

 だから積極的に絡んで、本質をさらけ出す機会を与えるのだ。

 中には萎縮してしまう新人もいるが、そこは頼りになる先輩たちが「そこまでにしておけ」とか優しくフォローすることでスムーズに事が運ぶ仕組みになっている。


 烈火さんは大きな目をぎょろぎょろと動かして、受付嬢さんを口説いている相棒を見つけた。


烈火「レイジ! こっちだ」


 疾風さんの名前はレイジと言う。

 自由気ままに吹く風の疾風さんは、美人はとりあえず口説くという信念を持つ男だ。

 受付嬢さんに軽くあしらわれた伊達男が、烈火さんに呼ばれて振り返る。


疾風「ひゅう!」


 軽く口笛を吹いた疾風さんが、ニヒルな笑みを浮かべて近寄ってくる。

 歩く姿にもどこか華がある。ポケットに両手を突っ込み、すぐに出した。壁を背に直立不動の姿勢をとり、席を立った先輩冒険者たちの道を空ける。直角に腰を折り曲げ、いっそ誇らしげに叫んだ。


疾風「疲れッしたー!」


 それを合図に、烈火さんと子狸さんも一斉に起立してお辞儀した。


烈火「疲れッした!」


子狸「ッしたぁー!」


 冒険者たちは年功序列という不文律に従って行動する。

 単純に戦闘能力を比較したならダブルアックスの上を行くパーティーは数えるほどしか居ないが、腕っぷしだけでやって行けるほど甘い世界ではないのだ。

 長い経験に裏打ちされた自信と知識。それらを持つ先輩たちの指揮なくして、生還など望めよう筈もない。

 

 きっちりと頭を下げたまま先輩たちの旅出を見送った二人と一匹は、ほどなく着席して話の続きをする。


疾風「武闘大会ねぇ……」


 疾風さんは博識だ。これは烈火さんとコンビで行動していた頃からの習慣で、面倒なことは自分がやるという意識による。

 ちらりと子狸さんを見た。


疾風「ま、観戦するぶんにはいいんじゃないか? 参加は……まぁ表向きには自由ということになってるが……」


 一対一、限られた空間での戦いということであれば、勝敗を決するのは多くの場合、度胸と腕力だ。技量で補うというのは、あまり現実的ではない。

 もしも、仮にダブルアックスが出場すれば、優勝も狙えるだろう。

 だから二人は出場する気がなかった。


 優勝して、ハイさよならというわけには行かないからだ。

 それだけではない。疾風さんは気まずそうに言った。


疾風「騎士に当たると面倒だしなぁ……」


 この国の騎士は、一部の例外を除いて貴族の出身だ。

 大陸の貴族とは違って、この国の貴族は叙勲されるなどしてあとから増える。

 増えたぶん、働き口を用意せねばならない。

 軍隊の士官、つまり騎士がその働き口なのだ。


 騎士の仕事は指揮官なのに、どういうわけか部下は上司に超人的な個体戦力を期待する。

 包み隠さずに言えば、武闘大会は悲しき中間管理職たちのアピールの場だ。

 決勝戦では偉い騎士が「超人的な技量」を以ってして屈強な中間管理職を完封し、喝采を浴びながら幕を閉じるのが恒例だった。


 疾風さんはべつに武闘大会の裏を知り尽くした過去に傷を持つ男というわけではない。

 はっきり言って、遠目に剣を振り回している姿を見ても実力などわからないのだ。

 ただ、冒険者としての経験上、体格の差を覆すのはとても難しいことを知っていた。

 大きな身体の魔物を倒すには、数で圧倒するしかない。巨大な、となれば、これはもう無理だ。ちらほらと逸話を耳にする竜人族ならばあるいは……といったところだろう。


 しかし子狸さんはハッとした。

 ずっと気になっていたのだ。閃光さんはこのことを言っていたのではないか? そう思った。


 子狸さんの無意識下では、小さな子狸さんたちがせっせとトロッコを運んで本体に情報を届けるという仕組みになっている。

 退魔性を失うというのは、そういうことだ。

 過去、現在に至るまでの足跡は、すべて魔法に変換されている。


 トロッコに乗っているひとつひとつの石くれが、宝石みたいにきらめく思い出だ。

 トロッコに飛び乗った小さな子狸さんたちを、様々な障害が阻むだろう。

 脱線することもあるし、過酷な労働に力尽きることもある。


 このとき――

 子狸さんの無意識下では、新たに線路を走るトロッコと、過去に横転したトロッコが奇跡的な邂逅を果たしていた。

 群がってきた小さな子狸さんたちが、古いほうのトロッコの車輪を点検する。……小さな子狸さんの首が無情にも横に振られた。このトロッコはもうダメだ。使い物にならない。


 時間はこく一刻と迫っている。


 うなだれる小さな子狸さんたちに、あとから追ってきた小さな子狸さんたちが「乗って行きなよ」と自分たちのトロッコを前足で指し示した。

 小さな子狸さんたちは、子狸さん本体がそうであるように仲間を大切にする。決して見捨てはしないのだ。

 かくして過去と現在は奇跡的な融合を遂げ――


 子狸さん(本体)は、電撃に打たれたかのような衝撃を受けた。

 どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。

 そうだ。あの日――

 閃光さんが何を言っていたのかはさっぱりわからなかったが……

 あれは「決勝で待つ」的な、そういうシチュエーションではなかったか。


 ならば、自分のやるべきことは一つだ。


 子狸さんは言った。


子狸「事情があるんです。おれは、その武闘大会にどうしても出なくちゃならない……」


 事情などなかったが、子狸さんの決意は固かった。


 もちろん閃光さんが武闘大会にエントリーするという保証はない。九分九厘、出場はしないだろう。

 だが、ほんの少しでも可能性が残されているのなら、賭けてみるのも悪くない。

 だから王都のひとは子狸さんを止めなかった。

 武闘大会の開催当日が、閃光さんが指定してきた決闘の日時と丸かぶりだったからだ。



 ~fin~



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