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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり争乱編

 『方舟』



 力がなくては、何も守れない――


 激しい戦いだった……。


 ついに斃された王都のひとの身体が徐々に凍り付いていく。

 ブロック、と呼ばれるそれが魔物を封印しうる唯一の手段だった。

 矛盾の牢獄、原則を利用して意図的に不具合を引き起こす……。


 フリーズした王都のひとは、かき氷みたいになった。


子狸「王都のひと……」


 子狸さんの呼び声にも反応することはない。


 これで、きっと世界は救われた。


 それなのに、涙があふれて止まらなかった。



 *



 話はさかのぼる。


 よくわからない理由でバンドを立ち上げることになった人魚さんと海底のひと。


 承諾した覚えはなかったのだが、海底のひとは当然のようにメンバーに組み込まれた。

 人魚さんがボーカル、海底のひとがギターだ。

 あとはベースとドラムが揃えば本格的に活動できる。

 オーソドックスな形に拘るつもりはなかったから、ピアノ、ハーモニカ、サックスなんていうのもアリかもしれない。夢がひろがる。


 というわけで、さっそく人魚さんはバンドメンバーを募集した。

 諸事情あって千年ほど深海でのんびりと暮らしていた人魚&海底コンビは、情報戦のエキスパートだ。

 他にやることがなかったのでこきゅーとすを網羅している海底洞窟在住の青いのは「何でも知ってる海底のーん」とか呼ばれることもある。


 釣り、煽り、誘導、ステマ、鍛え上げられた数々のスキルを駆使し、情報戦を展開する海底のひと。

 その甲斐あって、応募は殺到。

 インスピレーションを求めて滝に打たれに行った人魚さんが戻ってきた頃には、アフィで荒稼ぎしていたことがバレて吊るされた海底のひとが何万、何億という履歴書と格闘していた。


 一次審査の書類選考は難航を極めた。

 ネタに走るもの、何か根本的に大きな勘違いをしているもの、様々だ。それらは魔法でパパッと片付けたのだが、どこで聞きつけたのか子狸さんが手伝いに来てくださったときは大変だった。

 何か誤解があったようで千羽鶴を折りはじめるし、子狸さんをバンドに参加させろと無言のプレッシャーを掛けてくる王都のひとが目障りだったのも今となっては良い思い出だ。


 そして、今日。

 人魚&海底コンビは、無事に二次審査の面接へとコマを進めたのである。



火口「火を司るおれ。ボーカル志望です」


かまくら「氷を司るおれ。ボーカル志望です」


庭園「風を司るおれ。ボーカル志望です」


山腹「大地を司るおれ。ボーカル志望です」



 なんか四天王みたいになっている。

 いや、それはいい。それはいいのだが……


人魚「くそが……」


 ボーカルの人魚さんが小さく悪態を吐いた。


 魔物たちはアナザーを含めれば世界に何十億といる。百億に届こうかという勢いだ。

 それなのに、一人として例外なくボーカル志望とは。


 これは技術がうんぬんという話ではない。魔物たちはやろうと思えばどんな楽器もひける。

 コイツらは単に目立ちたいからと、たったそれだけの理由でこの人魚さんをボーカルの座から引きずり下ろそうとしているのだ。


 きちっと椅子に腰掛けている四人の刺客と、現ボーカル人魚さんの視線が机越しに火花を散らした。


 おや、と首を傾げたのは海底のひとだ。


海底「ドラマーは居ないの?」


 書類審査の段階で把握していたことだが、その言葉には「意外な……」というニュアンスが込められていた。

 もちろんバンドの華はボーカルだが、魔物に備わる他と隔絶した身体能力と超絶技巧をもっとも活かせるのはドラマーだ。

 だが自分自身はドラムをやろうとは思わない海底のひとは、ドラマーの地位向上を図ることで譲歩を引き出そうと画策していた。


海底「まぁ、このあとも面接はあるからな。希望者が多すぎても困るか……」


 海底のひとの小芝居が光る。


 だが、魔物たちが互いに欺き合うのは日常茶飯事だった。

 本当に強力な魔物は際限なく強くなる。

 だから彼らは、いつしか気が付いた。


 魔物を斃せるとすれば――……それは同じ魔物だけだ。


 海底のひとの欺瞞を見破った火口のひとが言った。


火口「は? ドラマーなんて噛ませだろ」


海底「おい。全国のドラマーの皆さんに謝れ」


火口「全国のドラマーの皆さん、ごめんなさい」


 火口のひとは素直に謝罪した。

 しかし折れるつもりはないようだ。


 海底のひとは、次に山腹のひとを見た。

 山腹のひとは、ポーラ属の中でも穏やかな性格をしている。ブービートラップは言葉を発さない、だからひとの心を聴く……バランスと調和を重視するタイプの魔物だ。そんな山腹のひとならば、ボーカルに固執することはあるまいと期待してのことだ。


 山腹のひとが、海底のひとの視線に気付いた。ゆっくりと口を開く。


山腹「……本気で上を目指すなら、最高のメンバーで挑みたい。仲良しごっこじゃないんだ」


 様々な世界があり

 様々な人間がいて

 様々な魔法がある


 しかし三千世界に共通している要素もある。

 それは「歌」だ。

 より正確に言えば、「歌」がある世界に法典は落とされる。


 詠唱とイメージ。願望と喚声。求め訴える声に、魔法は応える。

 平坦な言葉の情報量を越える歌詞には聴衆の心を揺さぶる力があるから、歌がある世界は法典召喚の条件に合致しやすい。


 だから多くの世界では、「音楽性の違い」が「埋まらない溝」という意味で用いられる。


 山腹のひとは、人魚さんが最高のシンガーだとは思わない。

 なぜなら、高速詠唱技術の発展形……チェンジリング・ファイナルの開発を推し進めたのは、この自分だからだ。


 そのとき、黙して語らない人魚さんが出し抜けに口を開いた。


人魚「もういい。わかった」


 彼女は、とうに結論を下していた。


 最高のシンガーを決める。

 これはそう単純な話ではない。

 歌声やリズム感など、魔物たちにとってはどうにでもなることだからだ。子狸さんが混乱するから個体ごとに声を変えているに過ぎない。


 ならば、どうするか。

 答えは最初から一つしかなかった。


人魚「戦って生き残ったものが勝者。最強の戦士がボーカルだ。それでいいな?」


 強さとは我を通すためのものだ。

 過程は異なれど、結局は同じ結論に至るなら――

 戦い、そして勝てということだ。

 

 もはやこれ以上の議論に意味はない。席を立った人魚さんが、二本の足で面接会場を横断する。


かまくら「! お前、その足は……」


人魚「悪い魔女にお願いしたのさ」


 人魚さんは不敵に笑った。わきを通り抜けざま、言う。



人魚「日、場所は問わない。次に出会ったなら、そこが戦場だ」


 

 ――これが全世界を巻き込むことになる武闘大会の幕開けだった。



 ~fin~



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