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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり決意編

巫女「くそッ、やられた!」


 子狸さんの勉強机に両手を叩きつけた巫女さんが吠えた。


 つい昨日の出来事だ。きたるカタストロフィに向けて街へ偵察に出掛けた巫女さんは、そこで偶然にも子狸さんのクラスメイトと遭遇した。

 そして彼女たちに誘われるままケーキフェスティバルへの参戦を余儀なくされ、あれもこれもと手出しをした結果、食べ過ぎた。

 そうして至福の気持ちを抱えて寝床につき、翌朝になって目を覚ました巫女さんの胸中にひろがったのが後悔だ。


 椅子の背もたれに身体を預けた巫女さんが苛立たしげに腕を組む。

 ……ケーキ食べ放題。

 一定の料金を支払い、バイキング形式で小さめにカットされたケーキを自由に食べて良いというシステムだ。


 巫女さんは独りごちた。


巫女「わたしは食べ過ぎさえしなければ問題ないとばかり思っていたが……」


 なけなしのお小遣いを叩いて参戦したのだ。元を取らなければならないという気持ちが働くし、綺麗にデコレーションされたケーキを全種制覇しなければならないという義務感にも似た強迫観念に駆られてしまった。


巫女「食べ残し禁止というルール。あれは女の子に対する攻撃であると同時に、かなり有効な防御でもある」


 そう言って巫女さんは、脱帽したと言わんばかりに片手をひらひらと振った。


巫女「……やられたよ。いい手だ」


子狸「…………」


 朝っぱらから叩き起こされて、甘味がいかに女の子に対して魅力的な存在であるかを滔々と聞かされた子狸さんは、ベッドに腰掛けたままこくりこくりと舟を漕いでいる。


 椅子から降りた巫女さんが、瞑目している子狸さんにぐいっと顔を近付けて言った。


巫女「市民、聞いてる?」


子狸「! あ、ああ。聞いてるよ」


 ようは巫女さんの自制心が足りていなかったという話だろう。

 この日の子狸さんは、いつもにも増して冴えていた。


子狸「……だが、やってしまったことを嘆いても仕方ない。どう立ち向かうかなんじゃないか?」


 そう言って、巫女さんのお腹をじっと見つめる。

 子狸さんの視線に、巫女さんはひるまなかった。受けて立つとばかりに両腕を組んで、深々と頷いた。


巫女「あなたの言いたいこともわかる。だが、人間ひとりの力なんてたかが知れているのさ。大切なのは支え合うことだ」


 巫女さんはダイエットしたい。しかし一人では不安なので、子狸さんも連れて行きたいと考えていた。

 ……面倒くさい巫女だ。子狸さんと親交が深い女子は、みんな面倒くさい。


 はっきり言って自業自得なので付き合う義理はなかったが、子狸さんは面倒くさいからと言ってこの巫女を野放しにするつもりはなかった。


子狸「お前の敵は、おれの敵でもある。いつもそうだった。これからもそうなんだろう……」


巫女「市民……。すまない」


 巫女さんは感動して子狸さんの前足をぎゅっと握った。


 まずはランニングだ。



 *



 豊穣の巫女、ユニ・クマーは、環境保護団体のシンボルのような存在である。

 大自然と共に生きようと声高らかに主張する彼女だから、ふだんは森の中でハンモックに揺られるような生活を送っている。

 サバイバルはお手の物だったし、体力に関しては自信がある。どこぞのマンガン電池とはワケが違うのだ。


 しかし、そんな彼女からしても子狸さんの持久力は異常としか思えないほどだった。


子狸「どうした。もうバテたのか?」


巫女「…………」


 息ひとつ切らさずにランニングを終えた子狸さんに、巫女さんは答える気力すらない。


 無理もないことだった。

 幼少時より魔物たちと追いかけっこして遊んでいた子狸さんは、あらゆる環境、あらゆる戦況で一定のパフォーマンスを発揮できるよう鍛えられている。

 こと長距離走に関しては校内一どころか世界に通用するかもしれない器だ。濡れた路面、荒れた土壌を物ともしない一級品の悪路耐性は、本職の軍人すら置き去りにしうる。


 それでも王国最強の騎士、アトン・エウロには及ばないだろう。

 巫女さんが挑もうとしている相手は、あまりにも高すぎる壁だ。こんなところでつまずいている場合ではない。カロリーを消費せねば。


巫女「……!」


 不屈の闘志を瞳に宿した巫女さんが、公園でシャドーボクシングをはじめる。


子狸「よし……」


 満足そうに頷いた子狸さんが、公園のベンチを見て、次に王都のひとをじっと見つめた。

 通い合う二人の眼差し。


 察した王都のひとが、こくりと頷いた。

 頷き返した子狸さんが小さく呟く。


子狸「転送」


 するとどうだ。子狸さんの影から、子狸さんをひと回り大きくしたようなシルエットが飛び出したではないか。


 ポンポコスーツだ!

 D.M.P.S採用の本機は、鬼のひとたちが手掛けた世界の鎧シリーズの最終号機とさえ言われる、子狸さんの専用機である…….。


 のこのことポンポコスーツに搭乗した子狸さんは、愛機の前足と後ろ足を器用に動かしてベンチに寝そべった。


 子狸さんは、ほとんど毎日のように深夜の猛特訓を受けている。

 メニューは日によって異なるが、昨夜は白色霊気の使い方を遅くまで練習した。

 コツを掴んだような、そうでもないような。


 しかし、はっきりしたこともある。

 子狸さんが他者の霊気に干渉することができるのは、白色霊気による作用だ。

 青と白。魔物と精霊、両者に認められた世界で唯一の魔法使い。それが子狸さんだ。

 だから相反する二色の霊気を使いこなし、自と他に祝福を与えることができる。


 だが、今は……ひとときの眠りに身を預けたかった。

 ポンポコスーツの中、静かにまぶたを閉ざして大きく深呼吸をひとつ。

 全てを見届け、きっと未来は明るいと確信した傷だらけの賢者のように、がくりと脱力し、寝た。


 巣穴に潜った子狸さんを、巫女さんは咎めなかった。

 同じ屋根の下で暮らしているのだ。深夜にゴソゴソと何かをやっていたのは知っていたし、かねてより子狸さんが魔物たちと仲良くしていたことも聞き及んでいる。今になって思えば、はじめて出会った頃から割とストレートに自白していた。


 巫女さんは寂しいような悲しいような不思議な心持ちになって、ベンチの上で寝転がっている子狸さんの毛皮を優しく撫でた。


 子狸さんの正体は魔王だ。

 本人は隠しているつもりなのだろうが、身近で接していれば何となくわかる。ときどき思い出したかのように自白するのだ。


 なんと皮肉なことだろう。

 巫女さんは、友達と言ってもいいだろう勇者の少女を思った。

 今頃、彼女はどうしているだろうか。魔物に苦しめられている人々のために剣を振るっているのだろうか。

 いや、それはないな……。巫女さんは考え直した。彼女のことだ。きっと昼まで寝ている。


 巫女さんが、勇者さんと共に過ごした時間はそう長くない。

 はじめて出会ったときはクールでカッコいい女の子だと思ったのだが、そのイメージが長続きすることはなかった。

 戦後の勇者さんは、ふと気が付けばバウマフ家でタダ飯を食べていたり、勇者参上みたいなノリで子狸さんの巣穴に記入済みサイン色紙を置いて行ったり、なんか無駄に高価そうな自画像を子狸さんの巣穴に無断で飾って角度を調整したりしている。

 もはや子狸さんの巣穴は、かなりコアな勇者さんのファンみたいな感じになっている。

 それに対抗した魔物たちが自分の肖像画と彫刻を無断で設置するものだから、討伐戦争を克明に再現したジオラマみたいな感じになった。

 これに激怒したのが王都のひとだ。


 逆算魔法を取り戻した王都のひとは、ついに手中にした永続魔法を以ってして子狸さんの巣穴を拡張し、そこに「1/1スケールおれ」を展示した。近頃は鬼のひとたちと結託し、数々の王都のんグッズを鋭意製作中とのことだ。


 まるで、誰しもが認める本当の正解など、はじめからないかのようだ……。


 容赦なく撤去していく母狸さんだけが、子狸さんの巣穴に秩序をもたらしてくれる存在だった。

 だが、そんな母狸さんも勇者さんの自画像にだけは手出しできない。あの勇者は、それを見越した上で魔物たちに戦いを挑んだのだろう。強制退去された魔物グッズを尻目に、「キレイになったわね」と述べたときのしたり顔ときたら、まるで自分こそがこの部屋の正統なあるじなのだと言わんばかりだった。


 かように我がもの顔でバウマフ家に上がり込んでは低次元な争いを繰り広げる勇者さんは、巫女さんの中で順調にイメージの幼児化が進んでいる。

 きっと、あの少女は子狸さんの正体に気が付いていないだろう、と推測する程度には。


 だから巫女さんは、こう思うのだ。

 子狸さんの正体が勇者さんにバレるようなことがあってはならない。

 この自分が、勇者と魔王の「今」を守護るのだ。


 ここに、ひそかなる子狸&巫女連合が締結された。


 はたして勇者さんが子狸さんの真実を知る日はやって来るのか。


 勇者と魔王は、その手と前足を携えて、同じ道を歩めるか。


 運命のときは、こく一刻と迫っていた……。



 〜fin〜



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