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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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王都のひとは子狸さんとずっと一緒にいたい

 『級友』


 放課後の教室。

 ゴミ捨てから戻ってきた女子生徒が、待っていてくれた友達に声を掛けた。


女子「ごめん、お待たせ~」


女子「遅い」


 この二人は子狸さんの(現)クラスメイトだ。


 ごめんごめんと反省した素振りもなく帰り支度をはじめる女子は、頼まれたら嫌とは言えない性格をしていて、今日も担任教師旗下のもと子狸捕獲に乗り出した男子生徒にゴミ捨てを押し付けられたのだ。

 長らく友人をやっている身としては、彼女のそうした面に不満があった。


女子「バウマフかよ……」


女子「バフマフくんじゃないよ!」


 頼まれたら嫌と言えないのはバウマフくんも一緒だが、あの子狸はそもそも何を頼まれているのかわかっていない癖に引き受けるし、請け負ったものの何をしていいのかわからないから、とりあえず戦って打ち倒せば先に進めると考える新感覚の武闘派だ。

 あんなのと一緒にされたくはない。


 しかし、あんなのとも来年でお別れになるのかと思うと少し寂しい面もある。


 この時点で、子狸さんの留年は確定事項だった。


 表向きはそうではないが、三大国家の「学校」は騎士の土台を整えるための場だ。

 じつのところ、生徒の成績などどうでもいい。

 だからどんなに成績が悪くても、出席さえしていれば卒業はできる。

 義務教育とはそういうことだ。


 だが、年間を通しての子狸さんの出席日数は百を切っていた。

 遅かれ早かれ、こうなることはわかっていたのだ。

 お人好しの女子生徒がため息をついた。


女子「お別れ会したいな……」


女子「誘っても来ないんじゃない?」


 日時を指定するタイプの集まりと子狸さんは相性が悪い。子狸さんは過去に囚われないのだ。


 その事実を指摘されて、子狸さんに優しいほうの女子はもう一度ため息をついた。


女子「……やっぱり縛って連れて行くしかないのかなぁ」


 戦って得たものではなくては意味などないのだ。



 ――その三日後の出来事である。


 のこのこと登校してきた子狸さんが、光で編まれた縄に拘束されて教室の床に転がされていた。


子狸「くっ……殺せ」


 子狸さんは敗北を認めた。

 油断していた。登校するなりクラスメイトに襲撃され身柄を拘束されることなどないという油断だ。

 戦場では一瞬の油断が死を招く。


 もぞもぞと身じろぎをする子狸さんに、進み出た男子生徒の一人が人差し指を突きつけた。


男子「余計な真似はするな。少しでも怪しい動きをしたら、撃つ」


子狸「マサりん……!」


 原則として、王立学校にクラス替えはない。

 クラスメイトは未来の小隊メンバーだからだ。


 子狸さんを包囲し、見下ろしてくる男子生徒たちは感情を失ったマシーンのようだった。


男子「マサりん……? いいや、違うな。おれは、No.8だ。名は、捨てた」


 これが子狸さんのクラスメイトだ。

 コトちゃん先生(教官のことだ)の手によって鍛え上げられたマシーンソルジャー。それが彼らだ。


 教官が新米時代、クラスに受け入れられるイベントをひと通りこなしたあと、彼女はもじもじしながら「わたしは先生なんてやったことないし、至らない点もあると思うが、よろしく頼む……お前たち」などと言っていたのだが、それは冗談でも何でもなく事実で、彼女は自分の教え子たちを一個の「部隊」と見なして教育を施した。

 こう言っては何だが、コトちゃん先生は教師になるべき人間ではなかった。


 しかし男子とは違い、女子生徒たちはまともに育った。

 万年人手不足の騎士団だが、希望者の少なさから女性の騎士は小隊を構成しにくい。

 たったそれだけの、しかし歴然とした事実が、教官の指導の手をゆるめたのだ。


子狸「目を覚ませ! お前には、お前の夢があった筈だっ……!」


男子「だまれ……!」


 マサりんにも葛藤はある。

 教官はべつに騎士団の偉い人というわけではないから、教育課程には綻びがあって、環境にはそぐわない中間工程まで推し進めてしまった。

 立派な騎士を育てるためには、監視の目が要る。教官一人では無理があるのだ。


 その綻びを突かれて、マサりんは感情を逆なでされた。

 この子狸は、本当ならば「No.0」……自分たちの隊長になることを期待されていた逸材だ。

 幼少時より今とそう変わらないほどの魔法技量を持ち、上級生にも屈さない胆力を備えていた。


 それが、今となってはこの体たらくだ。


 あっさりと捕獲した、された子狸への「怒り」がマサりんにはある。

 子狸さんの前足をひねり上げて言った。


男子「おれは、もう簡単な捕縛術なら使える……。バウマフっ、こんなものじゃない筈だ……お前の本当の力を見せてみろっ」


子狸「ぬぅっ……!」


 夢を見失ったクラスメイトに、子狸さんの瞳がきらめき、熱く燃え盛るかのようだ。


女子「…………」


 しかし暑苦しい男子の遣り取りに、女子生徒らは辟易している。

 とても口出しできる雰囲気ではない。

 やっぱり男子に頼むべきじゃなかったかな……と後悔していた。


 失敗した。



 *



 魔法の「距離」は近似の関係で決まる。

 似ているものは近く、そうでないものは遠い。

 そうすることで魔法は感染経路を絞り、人から人へと渡り歩く性質を獲得した。


 人間と動物の区別がつかなかったから、最初に「これは」と目を付けたのは「時計」だ。

 人間は時間を気にする。

 時計があるということは、そこには人間がいるということになる。


 もっと簡単に特定する方法もあったのだろうが、そのとき退魔性に浸食されつつあった魔法には「時間」がなかったのだ。

 そこから発想を得た。


 似ているものは近い。

 このルールは法典を落とされた国、全てに適用される。

 落とされていない国は「関係がないから」絵本の国と一緒だ。

 事実、存在していて、そこに暮らす人々が泣いたり笑ったりしていたとしても、フィクションの域を出ることはない。

 異なる国が存在しないのではなく、絵本の国も存在していると考える。これが魔導技術の基礎理論だ。


 散らばったパズルのピースは、ひとつひとつが物語の小さな破片だ。

 子狸さんの通常運転がそうであるように。



 *



一、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 ちょっと失敗したわね



二、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 そうだね。ちょっと失敗しちゃったね



三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 失敗は誰にだってあるさ

 次に活かせばいいんだ



四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 そうだな

 失敗を繰り返さないこと

 それが肝心なんだ



五、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん


 勇者さんに優しいこきゅーとすはここですか?



六、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん


 特定したぜ……

 でかした、海底のひと



七、草原在住の平穏に暮らしたいうさぎさん


 今日は反省会だな


 勇者さん、どうして子狸さんのところに直行しなかったの……

 途中で余計なコトしてるからバテたんでしょ

 今日という今日は徹底的に問い詰めるんだからねっ!


 

八、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 仕方ないでしょ

 最初が肝心なんだから


 ダブルアックスにわたしの存在感を示しておかないと

 彼らは少し調子に乗りすぎている……



九、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 勇者さんの言う通りだよ


 今回のことではっきりしたよね

 子狸さんのパーティーメンバーを務めるには

 ダブルアックスじゃ力不足なんだ


 彼らは彼らなりにがんばっているとは思うけどね

 これは歴然とした事実なんだよ



一〇、方舟在住の世界をめぐる不定形生物さん


 でも勇者ちゃんバテたよね

 何の助けにもなれなかったよね



一一、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 いいや、ものは考えようだ

 勇者さんが駆けつけてくれた……

 たったそれだけのことが子狸さんにとって大きな励みになるんだ



一二、方舟在住の世界をめぐる不定形生物さん


 そしてあなたはアナザーだよね

 オリジナルはどこで何をしてるの?



一三、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 お前っとこの魔王(候補)が子狸さんのまわりをうろついてんだよ!

 そのせいで王都のんイライラしてるんだぞっ

 何とかしろよ! してくださいお願いします!



一四、方舟在住の世界をめぐる不定形生物さん(出張中


 知らないよ!

 元を正せば、あなたたちの管理人が原因でしょ!?


 中途半端に歴史を変えようとするから、こんなことになるんだよ!

 二つの歴史を一つにつなげる力が働いてるんだ

 減衰特赦……

 逆算魔法は、自分の子供を守ろうとしたんだね……


 しんみり



一五、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 しんみり



一六、北国在住の名無しのエルフさん


 だが、逆算魔法が崩れたことでイドは全てを取り戻したようだな


 

一七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 登場人物紹介


・イド


 いつも子狸さんの横にいる青いのんの本名

 現在はのうのうと王都で暮らしているが、元々は古代遺跡在住のいと古きポーラである

 まずラスボスに違いないと目されている諸悪の根源だ



 注釈


・逆算魔法


 治癒魔法の基盤となっていた大魔法

 時間を支配下に置き、過去、未来への干渉を制限していた

 この逆算魔法にアクセスし、一時的に時間への干渉をしていたのが治癒魔法である


 しかし諸事情あって逆算魔法は崩壊

 そのまま失われるかと思っていた治癒魔法は、人間たちの固有魔法として再生した


 バウマフ家の固有魔法、減衰特赦は、治癒魔法の変形である

 逆算魔法を設置する際、精霊が余計な手出しをしてきたせいでアクセス権がゆがんだ



一八、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 王都のひとは何を企んでるの?



一九、湖畔在住の今をときめくしかばねさん


 いや、出たトコ勝負だよ


 準備はとうに終わってるんだ

 ただ、おれたちの子狸さん……と言うかバウマフ家のひとたちね

 おれらの言うことまったく聞かないから……

 

 もう何をどうすればいいのかわからなくなってるんだよ



二〇、管理人だよ(出張中


 ふっ

 難儀なことだな



二一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ふっ

 お互いさまだろ?



二二、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 王都のひとっ

 がんばって!

 応援してるよっ



二三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ふっ

 任せておけ

 いまにわかる……


 生まれるぞ……

 おれたちの最後の子……

 最強の魔物がな……


 約束の刻は、もうすぐそこまで迫っている



二四、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん


 そんなこと言いはじめて

 もう彼これ千年近く経つんですが、それは……



二五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 時間という概念は

 おれたちにはないのだ



二六、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん


 王都のんの口から早くも敗北宣言が飛び出したもようです



二七、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん


 早かったな

 今回は早かった……


 王都のんどうした?

 いつもぎりぎりまで粘るじゃないか



二八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 いや、ちょっと……

 お屋形さまが怖い


 あの親狸、なんか修行みたいなことしてるんよ

 この前、何か掴んだみたいな顔してたし……



二九、北国在住の名無しのエルフさん


 治癒魔法の新たな可能性か……

 あの男ならば、自力で辿りつくかもしれないな

 楽しみだ……



三〇、草原在住の平穏に暮らしたいうさぎさん


 固有魔法になるのか


 だとしたら、たぶんグランドさんのがいちばんひどくなるぞ



三一、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん


 ここ三代でいちばん血が濃いからな


 ちなみに固有魔法になるかどうかは確定してない

 性質が希望になるんじゃないかと、そこのエルフが言ってる



三二、北国在住の名無しのエルフさん


 そうだな。おそらくはそうなるだろう

 似たようなケースがあった

 夢。希望。最初はそうなる


 世代が進むとな

 いつしか、ゆがんでいくのさ

 それが必ずしも間違っていたとは言わないが……


 バウマフ家はどの道を選び、歩むか……

 できることなら、見届けたいものだ



三三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 あの親狸はおれが育てたんだ


 きっと美しい魔法になるだろうな


 輝かしい未来を象徴するような魔法だ


 そう、おれたちのようにな……



 *



 ぽよよんと跳ねた青いひとたちが陽光を浴びてきらきらと輝くように

 美しい未来へと歩んでいくのだ。


 未来を閉ざすものは許さない。


 白と黒。招かざる巨兵が二機。この地を踏んだとき――


 お屋形さまは、最愛の妻を抱き寄せて屋根の上に飛び上がった。

 母狸さんは腕の中でおとなしくしている。もうすっかり非常事態に慣れている。慣れさせてしまったことを、お屋形さまは申し訳なく思う。

 だが、自分には成し遂げたいことがあった。


 その夢を半ばで諦めるわけにはいかない。


 希望の魔法。自分ひとりの力で成し遂げることはできない。

 分身魔法によって完全コピーを生み出し、補佐に置く。

 突き出された三つの前足が重なる。叫んだ。



父狸「アイリン・パンデミクス!」


 

 希望。それは焼き立てのパンのようにふっくらしている。

 ひとを幸せな気持ちにしてくれる魔法だ。


 ひとはパンにはなれない。

 だが、本当にそうなのかと疑うことから、この魔法は生まれた――


 愛と勇気の発酵魔法だ!


  

 ~fin~



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