うっかり勧誘編
子狸「見えるひとは食べるとフルーツの味がする」
骨「なん…….だと……?」
その日の気分によって味は変わる。
それは、例えるとすれば女子高生がイメチェンで髪型を変えることと似ていた。
豆知識のカウンターだ!
かくして、からくも骨のひとを突破した子狸さん。
数々のトラップを切り抜け、いや、それは言い過ぎだった。訂正しよう。トラップなどなかった。無事に洞窟の最奥部に到達する。
そこにあったのは「扉」だ。木製のドアが岩肌に張り付いている。
子狸「…………」
子狸さんは迷わずドアノブに前足を引っ掛けた。子狸さんの家にも巫女さんのハウスがあり、家と洞窟はセットなのだという思いがどこか捨て切れなかったからだ。
賢すぎるペットがそうするように、前足をひねってドアを開ける。
先手必勝。即座に室内へと後ろ足を踏み入れた子狸さんが、しかし二の足を踏んで立ち止まった。
どっと冷や汗が吹き出る。
子狸「……牛のひととそっくりだ」
避暑地の別荘みたいになっている部屋の中、床に布団が敷かれていた。
布団にくるまってお昼寝している魔物は牛のひとと似ていた。
見た目が同じなら、存在の形質に至るまで瓜二つだ。世間一般では、それを同一人物と言う。
王都「見掛け倒しだ。ひるむな」
王都のひとは嘘を吐いた。
保身のためと言えばそれまでだが、子狸さんのためにもここで自分が倒れるわけには行かなかった。
こと守備に関して、王都のひとは極めて優れた魔物だ。
だから、もっと自分を大切にしろとか、お前が居なくなったら悲しむものだって居るんだとか、わかりきったことを説教されるまでもなく保身に走る。
管理人の近衛はリスクを冒さない。子狸さんを生贄に差し出すことで自分の身の安全が保障されるなら、それが結果的に子狸さんを守ることにつながるのだ。
子狸「わかってる」
子狸さんはお昼寝中の牛のひとに視線を固定したまま、慎重に頷いた。
他国の魔物という話だったから、見た目は同じでも牛のひとほど強力な魔物ではない可能性も当然ある。
……しかし、そもそも他国とは何だ?
ここに来て子狸さんは素朴な疑問を抱いた。
まず、この国の人間はカラフルすぎる。髪の色、瞳の色がバリエーションに富んでいて目に鮮やかだ。
それはつまり大陸の人間とは異なる色素を持っているということ。遺伝子が異なるということだ。
だから何だと言うのだろう。子狸さんはすぐに考え直した。
この子狸がもっとも憎むものの一つが差別だった。
だから大きなミジンコみたいな人間が居てもいい。個性とはそういうことだ。
子狸さんは後ろ足を左右交互に動かし、ゆっくりと牛のひとの枕元に回り込む。
……何かを抱き締めている。あれは……
子狸「ぬいぐるみ、か?」
王都「いや、そうとも限らないぞ」
王都のひとは嘘を吐いた。
以前に子狸さんを大きなお友達向けのお店に連れて行ったことがバレて、ペナルティ月間が進行中なのだ。
ここで牛のひとのご機嫌を損ねるのは決して賢い選択ではない。
さらに王都のひとは子狸さんを焚きつけた。邪魔な勇者さんが居ないからやりたい放題だった。
王都「さらわれた子供かもしれない」
子狸「くっ……なんてことだ」
牛のひとが抱き枕にしているのは、どう見ても1/1スケールTANUKIぬいぐるみだったが、それすら子狸さんにとっては些細な問題に過ぎなかった。
子狸「待ってろ、いま……!」
魔法使いは他者の気配に敏感だが、それは互いの魔力が共鳴するからだ。
その共鳴を、子狸さんクラスの魔法使いは意図的に抑えることができる。魔物たちがとくに意識することなく自分の手足を動かしているのと一緒だ。
牛のひとの抱き枕は哀れにも変形していて、前足と後ろ足が変な方向に曲がっている。もはや一刻の猶予もない。
子狸さんは素早く接近すると、前回り受け身からローリングしてぬいぐるみの前足を掴んだ。負担にならないよう角度を調整しつつ、慎重に救出作業を行う。
牛「ん〜……」
牛のひとが寝言を漏らした。
不快そうに眉をひそめている。
これ以上は無理だ。子狸さんは決断を下し、一気にぬいぐるみを引っ張り上げた。
反射的に逃すまいとした牛のひとが両手をぎゅっと握り締める。
子狸「……!」
子狸さんはとっさにぬいぐるみを突き飛ばした。
その反動で倒れ込みそうになる子狸さんに、牛のひとのしっぽが巻き付く。
あらがうことさえ許されない大きな力の差があった。
たちまち布団に引きずり込まれた子狸さんが、はっとした。
牛のひとは眠り続けている。ほっとしたのも束の間、彼女の両腕がにゅっと子狸さんへと迫る。
潰される!
子狸さんは我を忘れて叫んだ。
子狸「ディレイィイィイッ!」
盾魔法だ。「ディ」は「否定」、「レイ」は「力」を意味する。
物理的な干渉をいっさい許さない不破の力場は、しかし牛のひとにとって砂糖細工のように脆い砂上の楼閣でしかない。
迫る魔の手を一瞬だけ阻んだ盾魔法だが、すぐに心が折れていびつに歪んだ。
魔物たちが触れた魔法は、彼らの支配下に落ちる。
それでも盾として機能したのは、魔物たちが自らに課した「設定」によるものだ。
牛のひとの開放レベルは3ということになっている。
つまり、本当は違う。
大陸の魔物たちの開放レベルは、最大値の「9」だ。
子狸さんの眼前で、盾魔法の力場にビキビキと亀裂が走る。
子狸「あぁあぁあああっ!」
悲鳴を上げる子狸さんを、王都のひとは固唾をのんで見守ることしかできない。
必要なのは「成長」することだ。
魔物たちは無敵の存在だが、物事に絶対ということはない。
もしも、万が一、天文学的な確率で、自分たちが居なくなったとき、子狸さんを守ってくれる「決め手」が欲しい。
王都のひとは焦っている。
幼獣の今だからこそ、子狸さんは今がもっとも危うい。
先の大戦で余計な注目を浴びてしまい、狙われる立場にある。
いざというとき、本当に頼りになるのは子狸さん本人の力のみ。そう思ってきた。
だが、もしもそうではないとしたら……
王都のひとはゆっくりと振り返った。
魔物たちの本当の切り札
擬似魔法回路は、人間たちの願望を力に変える仕組みになっている。
魔物たちが一千年という歳月を注ぎ、作り上げた勇者と魔王の対立構造は
魔物たちが動けなくなったとき、人々の願いを糧に「最強の勇者」を生み出すためにある。
王都のひとは強く
強く……願った。
(お前がもしもそうだというなら、おれは……)
振り返った王都のひとの視線の先。
そこには勇者さんが立っていた。
*
身体が軽い。
どこまでも飛んでいける。
そんなふうに思っていた時期が彼女にもあった。
勇者「っ……!」
もたれかかるようにドアを押し開けた勇者さんが、がくりと両ひざを折って床に突っ伏した。
滴る汗が長い髪を伝って床に落ちる。
戦いに臨んだとき、この勇者はいつも汗だくになる。
動く歩道だろうと何だろうと、疲れるものは疲れるということなのだろう。
つまりこうだ。
決戦を前にして、勇者さんの体力は尽きた。
誤算だった……。
いや、賭けに敗れたと言うべきなのだろう。
ほとんど毎日のように部屋でごろごろして過ごしていたから、旅をしていたときと比べて体力が落ちてしまっていたらしい。
勇者「はぁっ、はぁっ……!」
呼吸を整えることもままならない。
トレーニングを怠っていたことは認めざるを得ないだろう。だが、旅をしていたときもべつにトレーニングなどしていなかったので今更だった。
ぜえぜえ言っている勇者さんの登場に、危機的状況の子狸さんが強い反応を示した。
子狸「まさか、お嬢なのかっ……!?」
ハムスターでは、ない。
あれが勇者さんの真の姿なのか!?
わりとひんぱんに勇者さんの真の姿とやらを目にしている子狸さんであるが、それとこれとは話が別だった。
人体化した使い魔(仮)に驚きを隠せない子狸さん。
一方、王都のひとは冷たい目でじっと勇者さんを見つめていた。
王都「…………」
……聖剣の力を借りてなおあのザマなのか。ふだんまったくと言っていいほど表に出さないが、内心ひそかに勇者さんを高く買っていた王都のひとは失望を露わにした。
こきゅーとすを通じて端的に感想を述べた。
王都『使えねーなぁ……』
山腹『いいや、賭けに出るべき場面だった』
反論したのは山腹のひとだ。
勇者さんは賭けに敗れたに過ぎないと主張している。
王都『いっつもそれな。なんかもう、いっそ持ちネタみたいな貫禄あるわ。はぁ……』
山腹『ため息やめろ。子狸さんの危機に颯爽と駆けつけた、その心意気を評価して頂きたい』
山腹のひとは苦しい立場だ。
勇者さんは学習能力が高い。基本的に同じ失敗は繰り返さないのだが、じっさい賭けに出るべき場面というのはある。
ただ、彼女の場合、その割り切りが早い。早すぎる。
どうも相手を過大評価する癖のようなものがあり、自分が状況をコントロールできる内に動き出そうとする。
そして、今回も失敗するかもしれないという何の根拠もない不安を度外視できるから、そう分の悪い賭けではないと判断した瞬間には駆け抜けて行ってしまうのだ。
サイコロを十回転がすよりも、百回転がしたほうが一の出目は多くなるということだ。
さらに……。
床に突っ伏して四つん這いになった勇者さんは、消耗しきった手足でずりずりと床を這って子狸さんに近寄っていく。
盾魔法は破られる寸前だ。
力場を乗り越えてきた牛のひとの指先を、子狸さんは前足を器用に使って押しとどめようとしている。
子狸「だっ、ダメだっ! あぁああッ!」
子狸さんの苦悶に満ちた表情を、勇者さんは至近距離から覗き込んだ。
勇者「…………」
微妙に嬉しそうだった。
どうしてこんなことになってしまったのか。彼女の中でいったい何があったのかを知るすべはない。
だが、おそらくは友情ではなく、愛情でもなく、きっともっと崇高な「何か」だった。
がんばる子狸さんは、その姿を目にしたものに偉大な勇気を与えるだろう。
しかし近い。近すぎる。
この距離感の欠如はいったいどうしたことか。
汗だくの勇者さんが上からじっと見つめてくるものだから、彼女の汗がポタポタと滴り落ちてくる。
気になる女の子の汗を顔面に浴びて、子狸さんはどう反応したらいいのかわからない。
喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、怒るべきなのか。
わからないことだらけだ。この世の中は。
そして唐突に悟った。
誉め言葉だ。
子狸さんは言った。
子狸「おっ、お嬢!」
牛のひとの指先が迫る。
勇者「なに」
勇者さんは取り澄ました顔をしている。
子狸「おれはっ、おれはねっ。君と一緒にいると、期待をっ、したくなるんだっ!」
バウマフ家に綿々と受け継がれてきた悲願。
それは、裏を返せば誰一人として成し遂げることができなかったということでもある。
しかし、彼女は勇者だ。
自分たちにはできなかったことが、彼女にならできるかもしれない。
彼女の願いなら、きっと人々に届く。
だから。
子狸「だから、もしも、お嬢が、そうなら、おれは……!」
気持ちがあふれて、言葉にならなかった。
嬉しいのか、悲しいのか、よくわからない。
零れた涙が頬を伝って床に落ちた。
零れ落ちた一滴の涙が、きらきらと輝いている。
青と白。霊気のきらめきだ。
魔法を使えば使うほど、術者と魔法を隔てる境界はあいまいになっていく。
流した涙は、魔法の起点になりうる。
子狸さんにとって、勇者さんは「希望」だった。
……だが、その希望はバテている。
ふ〜、と吐息を漏らして、ぺたりと床に座り込んだ。
子狸さんが吠えた。
子狸「ハ、イ、パァァァアアアッ!」
足りない力は補うしかない。
ついに力場を打ち破った牛のひとの両手を、肉球完備の子狸さんの前足が掴んだ。
勇者「過属……」
勇者さんが至近距離から解説した。
ハイパー属性の別名は「過度属性」。
人の身には余る力。過ぎたる力だ。
何かを得れば何かを失う。
何かを代償に捧げたなら、より多くのものを手にすることができる。
高度な魔法環境において、肉体と精神は同列に扱われる。
だから過度属性は、術者の精神を蝕む禁呪とされている。
魔物の外殻を再現する魔法だ。
魔物に近付く魔法だ。
だから外法騎士たちは、子狸さんを守ろうとする。
これが魔物たちが構想に挙げる「バウマフの騎士」。彼らが身にまとう青い霊気は、ポンポコ王国のはじまりの火だ。
異形の外殻に身を包んだ子狸さんは、歩くひとに匹敵するほどのパワーを発揮する。
それでも足りない。
まったく足りていない。
歩くひとが人間の二倍の速度で走るとすれば、牛のひとは三倍だ。
牛「む〜……」
ほんの少し強まった抵抗に、依然として目を覚まさない牛のひとはだらしなく相好を崩した。くすぐったい。
くいっと手首を返すと、たったそれだけのことで子狸さんは押し切られそうになる。
子狸「ぐっ、あァァァアアアッ!」
なまじ触れ合っているだけに、牛のひとの力の厚みがじかに伝わってくる。
はっきり言おう。この牛さんはクマさんと正面から殴り合って終始圧倒できる。
さらわれた子供はもうだいじょうぶだ。
とことんまで追い詰められて、あとは自分だけの問題だったから、子狸さんはおのれの内面と向き合うことができた。
生きたい。
死にたくない。
それは、いつしか見失い掛けていた本能の叫びだ。
迫る、圧倒的な危機感に、子狸さんの中で何かが……
王都「いいぞ」
子狸さんに訪れつつある変化を、王都のひとは敏感に察した。
王都「そうだ、それでいいんだ。そうでなくてはならない。準備はすでに整っている」
王都のひとは、子狸さんの耳元で囁くように言った。
王都「お前は、おれたちと同じ、退魔性を奪う側に回れ。そのためのチェンジリングだ」
子狸さんの完全コピーは、オリジナルの余計な部分を削ぎ落とした存在だ。
つまり、退魔性を排除することに成功している。
だから
も
し
も
願 う な ら
……子狸さんは、魔物たちの「最後の子供」になれる。
子狸「おれは……」
子狸さんの瞳には迷いがある。
不完全、未成熟な管理人だからこその迷いだ。
最初からこうすれば良かったのだ。
王都のひとは勢いづいて言った。
王都「お前は、人間どもの良い面ばかりを見て育った。おれたちがそうしたからな。だが、もういいだろう? エルフとドワーフは争い続ける。和解はない。人間も同じだ。しょせん……」
似たようなことをバウマフさんちのひとに言い続けてきたが、首を縦に振ったものは居なかった。
しかしこの子狸は、管理人として例外的に幼い。先代、お屋形さまの完成度が高すぎたからだ。
これまでのバウマフ家にはなかった要素。特異点。結局のところ、あの親狸が居たからこそ今の子狸さんを取り巻く環境がある。
王都のひとは焦っている。
言った。
王都「しょせんニンゲンなんて魔力のエサなんだからなァァァアアアッ!」
じゃんっ
何の前触れもなく瞬間移動してきた海底のひとがギターを掻き鳴らした。
人魚さんも一緒だ。
彼女は祈るように両手を組み、情感たっぷりに歌い上げた。
人魚「エサなんだから〜♪」
じゃんっ
唐突に現れた二人は、やはり唐突に去って行った。
王都「…………」
王都のひとはコホンと咳払いして、じっと見つめてくる勇者さんに今しがた気が付いたような素振りをした。
気まずそうに身体をねじって、その場で小さく跳ねる。
王都「ぽよよんっ」
山腹のひとも続いた。
山腹「ぽよよんっ」
二人は身体をぶつけ合って押しくらまんじゅうをはじめる。
今年度のイメージキャラクター、ポーラ属さんたちの健気なコミュニケーションだ。
勇者「…………」
勇者さんは、やはり自分がしっかりしなくてはならないのだと再認識した。
少し考えてから、子狸さんに言う。
勇者「やっぱり女の子と一緒のほうが嬉しいでしょ?」
そう言って、にこりと微笑んだ。
〜fin〜




