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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり参上編

骨「じつは貝殻は骨の一種でな……」


子狸「なにっ……!」


 深い闇の中、突き込まれんとした子狸さんの前足がぴたりと止まった。

 随所に豆知識を放り込んでくる骨のひとを攻めきれずにいる。


 強敵だ。素早く飛び退いた子狸さんが重心を低く保ち次撃に備える。

 骨のひとは高い技量を持つ魔物だ。開放レベルは2ということになっているから、殲滅魔法で押し切ることはできる。

 だが……。

 これまでずっと隠してきたが、この子狸、じつは上級魔法を使えない。


 魔法には社会の存続を前提としたルールがある。

 有機生物の開放レベルは3だが、街中で連発されては困るから、幾つかの制限が課されている。

 危険視されて技術を秘匿されるよりも、回数制限や使用制限を設けるなどして「欠点」を残したほうが実入りは良いということだ。

 それでも無理に連発するような人間があとを絶たないから、やむを得ずゴッソリと退魔性を頂戴し、強制的に意識を落とす処置をとっている。仕方のないことなのだ。

 より正確に言えば、魔力の浸食に肉体が適応しきれずに意識が飛ぶのだが……それは置いておくとして。


 子狸さんの手札に範囲殲滅魔法はない。

 さらに平行して、勇者さんがお昼休みから戻ってくるまでに誉め言葉を考えなくてならないという、この状況……。

 苦しい戦いになる。


 一緒に旅をしていたときから何かとリーダーぶっていた勇者さんは、ときどき子狸さんに試練を課してくる。

 いつの頃からか、この子狸をしつけるのは自分の役目なのだと思うようになっていたからだ。


 もちろんそのような思い上がりを許したままにする王都のひとではない。


子狸「……貝なら仕方ないな」


王都「そうだねっ」


 何かに納得した子狸さんを、王都のひとは全肯定した。

 焦ってはならない。まずは長所を伸ばすという教育方針なのだ。

 厳しく叱ることが、必ずしも正しいとは限らないのだから。……諦めではない。


 苦境に立たされる子狸さん。

 豆知識と誉め言葉。両面からの怒涛の攻めに、もはや自分が何のためにここに居るのかすら定かではない。

 それでも誰かのために戦っているのだと、そう信じるしかなかった。


 一方その頃、ダブルアックスの二人は雲霞のごとく湧き出る骨のひとに絡まれ、先へ進めずにいた。


烈火「くそっ、キリがねえっ……!」


疾風「……多少の無茶をしてでも突破するしかないねぇっ!」


 疾風さんが決断を下した。

 この洞窟がどれほどの深さを持つのかわからないから、強行は賭けになる。

 人間の体力には限りがあり、しかし先行した子狸さんには助けが必要だった。

 これ以上は追いつけなくなると判断してのことだ。あるいはすでに手遅れの可能性すらあった。


 しかし骨のひとたちの勢いは一向に衰えない。まるで、ここを通すなと怖い上司に厳命されたサラリーマンのようだ。

 群がる死兵に、休息もおぼつかない。


 もう二度と手放してはならないという、奇妙な強迫観念があった。

 止まることが許されない突撃を、いざ実行に移そうとした、まさにそのときである。


??「どきなさい!」


 凛とした少女の声がした。


 ぎょっとしたダブルアックスが振り返る。二メートル近い巨躯は、四方を魔物に囲まれていても頭一つ半は飛び出していた。


 女性の冒険者はいない。仮に実力があったとしても、万が一があったとき、責任を問われるのはギルド側だからだ。

 それは男尊女卑と言うよりは、貴族の意向に沿ったものである。


 では、あの少女は何者なのだ?


 何ものにも囚われない気まぐれな風の疾風さんですら、この場では声を荒げることしかできなかった。


疾風「来るな! 見てわからないのか!? 取り込み中だ!」


 それでも何か予感するものがあった。

 いや、予感という表現は正しくない。

 現状を打破する何かを、疾風さんは欲していた。その何かを、魔物の群れに突っ込んでくる少女という、信じられない出来事に期待したのだ。


 ほのかな期待が、疾風さんの口を軽くした。


疾風「悪いが、ここは満員でね! あとにしてくれないか!?」


 女性の冒険者はいないが、腕の立つ女性がまったく居ないわけではない。例えば、女性騎士だ。

 身分の高い姫君の近衛兵は、同じ女性であるほうが望ましい。そうしたケースもある。


??「この程度の魔物に苦戦するようでは」


 上から目線で放たれた返事に、疾風さんの期待は高まる。


 彼我の距離は、すでに容貌の影を判別できるところまで迫っている。

 少女は、にやりと口元を歪めた。

 背丈は子狸さんとそう大きくは違わないだろう。身体は細く、髪は長い。


 彼女が髪を長く伸ばしているのは、退魔性を有効に使うためだ。その名残りということになる。


勇者「話にならないわね! ダブルアックス!」


 勇者さんだ!


 彼女は骨のひとたちの群れに突っ込むと、彼らを一斉に串刺しにした。


烈火&疾風「!?」


 ダブルアックスの二人には、一瞬だけ光が走ったようにしか見えなかった。それほどまでの早業だ。


 勇者さんは、光の剣を身体から生やせるという特技を持つ。

 降魔の剣、退魔の宝剣という異名で知られる、これが大陸の聖剣だ。


 都市級の魔物とガチンコでやり合える反則的な「武器」という扱いだったから、すっかり調子に乗った勇者さんにとって骨のひとは手ぬるい相手だった。


 一瞬の交錯で魔物の群れを切り刻み、間隙を縫うようにダブルアックスを追い抜いた。


勇者「後続を断ちなさい!」


 空白の刹那に、ダブルアックスは乗り遅れる。

 短く簡潔な指示に従ったと言うよりは、期待を大きく上回る戦果に対応できなかった。


 勇者さんは、わざと骨のひとを残した。

 理由は二つある。

 自分の手の内をダブルアックスに晒したくなかったというのが一つ。

 もう一つは、子狸さんのパーティーメンバーは自分なのだという強い自負心だ。


 ぽっと出のダブルアックスを置き去りに、勇者さんは先を急ぐ。

 いつも近くにいる山腹のひとが、洞窟内を機敏に跳ね回って勇者さんに追いつく。


山腹「ここから走るのか!? 間に合わんぞ!(体力が)」


 山腹のひとは、あえて直接的な表現を避け、待ち受けるオチを勇者さんにお伝えした。


 超世界会議の席上で、勇者さんをこの国に投下してはどうかという意見が出たのは少し前の出来事だ。

 彼らはリアル勇者なアレイシアンさんに高い興味を寄せており、それは部屋でごろごろして過ごす少女の代わり映えしない毎日をずっと眺めていたいというわけでは決してなかった。


 だから勇者さんはここにいる。

 大気成分がうんぬん、病原菌がうんぬん、言語が〜だの、何だのと長ったらしい説明を受けたが、さっぱり意味はわからなかった。

 とにかく、近くに青いのがいるから問題ないらしい。

 なお、この国の言語はだいたい覚えた。

 勇者さんは、目には見えない不思議な力で意識的に特定の記憶を強化し補佐することができる。


 どうしてわざわざ遠回りをしたのかと問われたなら、勇者さんの答えは一つだ。


勇者「もののついでよ。苦戦しているようだから、助けてあげたの」


 勇者さんは、ついさっきの自分の活躍を頭の中で再現してご満悦だ。

 変域統合。勇者さんに生まれつき備わっていた異種権能は、意識的に特定の記憶を強化し補佐することができる。


 言外に自己満足が目的だったと聞かされて、山腹のひとが悲鳴を上げた。


山腹「ばかな……! 持たんぞ!(体力が)」


 一歩踏み込んだ発言に、しかし勇者さんは不敵に笑う。


勇者「だいじょうぶ。もう、コツは掴んだから」


 言うが早いか、勇者さんは一気に加速した。


 光輝く羽毛が舞い散るかのようだった。

 二対の翼は、勇者さんの演技指導を担当している妖精さんをモデルとしたものだ。


 精霊の至宝、勇者の聖剣には幾つかの最終形態がある。

 魔王討伐の旅の途中、妖精さんとの友情イベントをこなしフラグを立てた勇者さんは、スピード特化型の最終形態に至っていた。


 領域干渉の最終形態、フェアリーテイル。

 光で紡ぐ幻想の翼剣だ。

 光は勇者の力になる……。


 体力面に大きな不安を抱える勇者さんであるが、この進化した聖剣には、空港とかにあるエスカレーター、いわゆる動く歩道みたいな効果がある。

 体力の損耗を抑え、かつ素早く移動できるのだ。


 勇者さんは言った。


勇者「以前のわたしとは違うわ」


 彼女は驚くべきスピードで成長していた。


 この調子で子狸さんの危機に颯爽と駆けつけ、やっぱりダブルアックスなんかよりもずっと頼れる存在であることをアピールするのだ。


 勇者さんの名前はアレイシアン・アジェステ・アリアと言う。

 アジェステというのは、かなり特殊な称号名であり、またの名を「聖騎士位」もしくは「英雄号」と言う。


 生まれながらに英雄の資質を備えた少女は、常に一手先、二手先を見据える。

 ひれ伏した子狸さんの賞賛の声を予測し、あらかじめどう答えるかを決めておくことに彼女の非凡さはあった。


 今からもうニヤニヤが止まらない。


 勇者さんは言った。


勇者「……あの子が全てを救うと言うなら、わたしはあの子を救ってあげる」


 もしも救世主がこの世にいると言うならば

 その救世主を救ってあげるものが必要だ。


 そうでなければ、何かを取り零してしまう。誰かが不幸になる結末を、勇者さんは望まない。


 光の翼を生やした勇者さんは、ちょっと近寄り難い存在だったが、きっと「希望」とはそういうものなのだ。

 公園で小さな子供たちがおもちゃの翼を括り付けているのを見て、悲しい気持ちになるのなら、それは少し大人になったということなのだ。

 子供と大人の境目にあり、何かと不安定な時期の勇者さんだから、いまは光の翼をひろげて跳ねるように駆ける。


 勇者さんは視界を覆い隠さんとする濃い闇を見据え、キリッとした。


 戦いはすぐそこまで迫っている。



 〜fin〜



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