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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり抗争編

 例えば洞窟の奥深く、「暗くて戦えませんでした」では話にならないので、気配り上手な魔物たちは照明を用意するなどして人間たちが戦いやすい環境を作ってあげたりもする。


 だが、大陸の人間にそうした気遣いは無用だ。一部の例外を除き、彼らはほとんどが魔法使いだから、発光魔法で視界を確保できる。


 広大な地下空間で、鬼のひとたちが怪しげな儀式を執り行っている。


鬼ズ「…………」


 無言のまま、一心不乱に地面にお絵描きをしている。

 少し見方を変えれば微笑ましい光景だったが、ひと筋の光も差さない暗所であるということ、そして人目の届かない地下深くというロケーションが、彼らの行いに邪悪なる奥行きを与えていた。


 彼らの儀式は、手順など多くの面で正統なものではない。しかし間違っているかどうかはさして重要ではなかった。

 招かれたならば、こちらの都合さえ合えばお呼ばれしても良いということだからだ。


 変化は徐々に訪れた。

 生ぬるく、湿った空気が地下に流れ込む。

 渦を巻くように、地面に黒い穴が穿たれた。


鬼ズ「おお……」


 手を止めた鬼のひとたちが感嘆の声を上げた。

 生まれながらにして退魔性を持たない魔物たちには、まず捧げるものがない。

 それでも、なお応えるということは、よほどの暇人ということだ。


 ぐっと伸び上がった巨腕が地を叩いた。

 這い上がるようにして姿を現したのは、戦隊級、獣人種の一人、鱗のひとだ。


 おーん……


 気だるそうに体躯を揺らして立ち上がった巨獣が、産声を上げるかのように遠吠えした。


 その勇姿に、鬼のひとたちが色めき立つ。

 思わぬ大物を引き当ててしまった。

 ここは王都の直下。戦隊級が暴れ回れば、子狸さんが留守の間に王国の首都を陥せる可能性は高い。


帝国「みなぎってきたぜ」


王国「おい。やめろよ」


 みなぎってきた帝国のひとに、王国のひとが苦言を呈した。

 とりあえず儀式には参加したが、自分の担当している国でやんちゃをされると困る。


連合「だが、ものは考えようだ」


 しかし連合のひとがバウマフ家に代々伝わる万能返答シリーズを以ってして王国のひとを奈落へといざなう。


連合「人間たちには試練が必要なのだ。お前っトコの勇者を見ろ。平和になった途端、あの体たらく……。彼女のためを思うなら、ここは心をディンっにすべきではないのか?」


 鬼のひとたちは人間たちから「メノゥ・ディン」とか呼ばれている。

 鬼とか悪魔とかそうした意味の言葉である。


王国「む。ディンっにか……」


 さいきん子狸さんが苦しんでいる姿を見ると微妙に嬉しそうな勇者さんを引き合いに出されると、王国のひとは何も言い返せなくなる。

 それを差し引いたとしても連合のひとの主張は受け入れられるものではなかったが、アクセントの持って行きかたが気に入った王国のひとは考え込む素振りを見せた。


 うんうんと小刻みに頷いていた帝国のひとが、はっとする。


帝国「誰だっ!?」


 人間たちの迷彩には限界がある。

 ただでさえ変態的な戦闘能力を持つ騎士たちが狙撃に不意打ち、騙し討ちとフル活用してくるものだから、当初は大目に見ていた魔物たちもさすがに黙っていられなくなったという悲しい背景がある。


 ふう……


 闇の中、小さなため息が漏れた。

 それをきっかけに、ぽつぽつと光が灯っていく。


 迷彩を破棄して姿を現したのは、痩躯の老人だった。

 姿勢が良い。穏やかな容貌をしていたが、放たれる言葉には刃を削ぎ落としたような冷たい響きがあった。


冷血「お前たちは、本当にどこにでもいるのだな」


 冷血さんだ。

 百名余りの部下を引き連れている。


 戦時においては千騎もの騎士を従える大隊長は、大陸では知らぬものがいないほどの有名人だ。ひょっとしたら、ぽっと出の勇者よりもよほど名が知れ渡っているかもしれない。


王国「カリウ・ネウシスだと……!」


 冷血さんは、鬼のひとたちの後ろでぼーっとしている鱗のひとをちらりと見上げてから、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


冷血「カリウスだ」


 冷淡な調子で訂正して、鬼のひとたちの目の前をさっと横切ると、壁の手前まで歩いていく。


冷血「お前たちはいつも私の名を間違うが、それはもしかしてわざとなのか?」


 わざとだ。

 冷血さんの本名は、カリウス・ネウシスと言う。語呂が悪いので、魔物たちは「カリウ」と呼ぶことにしている。

 だが、語呂が悪くなるのは仕方のないことだった。「ネウシス」というのは家名ではない。大隊長であることを示すための名称であり、これを称号名と言う。


 冷血さんに苗字はない。

 ほとんど例外なく魔法を使える大陸の人間は、資源としての価値が高い。

 だから家名を持たない、出自がよくわからない人間は少数にとどまるのだが、まったくいないわけではなかった。

 冷血さんは、その一人だ。


 問い掛けはしたものの、答えを期待したものではなかったらしい。

 冷血さんは壁を撫で回しながら言った。


冷血「これが地下通路か。条件を満たしたものだけが足を踏み入れることができる……なるほど。こういうことなのだな」


 地下通路の内装は見るものによって形を変える。

 その造形は目的に沿ったものとなり、つまりこの地下空間に偶然迷い込んだものは、ここがそうなのだとわからない構造になっている。

 迷子になっても、歩いているうちに自然と家に辿り着けるから、道端に転がる真実を目に留めることはない。


冷血「さて……」


 冷血さんがきびきびとした動作で振り返った。

 人間が魔物と出会ったなら、答えは一つだ。

 とつぜんの遭遇に動揺していた部下も、だいぶ落ち着いたようだし。


 王国騎士団大隊長、カリウス・ネウシスは言った。


冷血「準備はいいか、戦隊級? われわれ王国騎士団は、お前たちを克服したと……そう自負している」


 彼が率いる部隊は、とくべつな武装を身につけている。

 鎧のようにも見えるが、その本質は楽器だ。


 冷血のふたつ名を持つ大騎士が開幕を告げた。


冷血「チェンジリング・ファイナル……」


 騎士たちが一斉に鎧を鳴らした。

 それは、高速詠唱技術の発展形。

 楽譜に乗せた歌詞は、平坦な言葉よりも多くの情報量を持つ。


 王国騎士団は、効率や汎用性よりも、大きな力を欲した。

 都市級に対抗しうる力だ。


 詠唱置換では足りず、高速詠唱でも届かず。

 両者を合わせると、不具合が起こる。

 だから、より多くの代償を重ねた。


 力が欲しい。狂おしいほどに。

 そのためならば、人間を辞めてしまっても構わない。



 魔物たちとの戦いに人生を捧げた大騎士が

 百にも及ぶ騎士の退魔性を注ぐと言うならば

 輪を成す合唱が、詠唱だったということにしても良い



 冷血さんが踏み出すと、パキパキと割れる音がした。降り積もった霜を踏み砕いた音だ。

 ……すでに詠唱は終わっている。


鬼ズ「はわわ……」


 一目散に逃げ出した鬼のひとたちが、鱗のひとの足にしがみつく。

 あれはダメだ。自分たちの手に負えるモノではない。


 しかし鱗のひとは大胆不敵だった。

 退屈そうに欠伸をし、不遜な人間を遥か高みより見下す。


トカゲ「早くも都市級気取りかよ、ニンゲン……」

 

 老騎士の挽歌、チェンジリング・ファイナルは、著しくバランスを欠いた技術だ。

 脅威ではあるが、欠点が多すぎる。

 強大な獣人種の一角、鱗のひとからしてみれば、家庭の居場所を犠牲にしたチェンジリング・ハイパーほどの完成度はない。


 鱗のひとはあざ笑った。


トカゲ「いったいどれほどの代償を捧げた? カリウ……。お前の子飼いは、もうマトモに戦えもしないんじゃないか?」


 特殊な訓練が必要な筈だ。

 まず演奏技術は必須として、おそらくは一定以上の期間、人前でパフォーマンスをしなければならないだろう。

 騎士の訓練は過酷だ。吟遊詩人と二足のわらじで成り立つほど甘くはない。


 もはや戦闘者たりえない。


トカゲ「まだあるぞ。とくに致命的なのは……」


 舌なめずりをした鱗のひとが、言葉を継ぐ素振りを見せてから、瞬転。演奏を続ける騎士たちに襲い掛かる。


冷血「そう、そこが弱点だ」


 冷血さんは鱗のひとの着眼点を誉めた。

 演奏中の騎士は完全に無防備になる。参戦か認められない。

 そして最低でも百人規模の演奏団でなければならない。


 陣形は使えない。

 だから意思を統一するために、こうして無防備な脇腹を晒すのも一つの手だ。


 冷血さんが片手を持ち上げると、冷気が吹き荒れた。

 一瞬で根を張った氷柱が鱗のひとを絡め取り、身動きを封じる。

 鱗のひとは笑った。


トカゲ「読みの範疇か」


冷血「負けたがりめ」


 二人の眼差しが一瞬だけ通い合い、すぐに離れた。


 勝負は決した。

 吐き捨てた冷血さんが、氷の棺に沈んだ鱗のひとを見つめる。

 打ち破ったかつての強敵に向ける言葉はない。

 きびすを返し、ふと通路の向こうに視線を投じた。


冷血「……ジョンコネリか。なぜ私を追っている……?」


 同僚の気配を感じた。距離はそう遠くない。

 しかし何のために?

 昔からそうだ。あの男は、いったい何を考えているのか。まったく理解できない。


 いや……。冷血さんは首を傾げた。理解できないと言うより、わかり合えないのだ。

 確かに自分は学府と通じている。あの男はそれが気に入らないらしいと察してはいるのだが。

 ならば、何をどうしたらいいのだろうか。


 学府は有効な組織だ。

 それを、代案もなく捨てろと言われても困る。


 冷血さんは不敗さんと仲良くしたいと思っている。

 同じ国、同じ階級、同じ志なのだから。


 それなのに、どうしてこうまで自分たちは仲が悪いのだ。

 不思議である。


王国「…………」


 巻き添えで雪だるまみたいになった王国のひとが、じっと冷血さんを見つめている。


 王国騎士団は、第三世代チェンジリングに足を踏み入れた。

 それは邪法と呼ばれるもので。

 長らく王国の発展を見守ってきた王国のひとは、このまま放っておいても良いものなのか決めかねている。


 帝国っトコのチェンジリング・ダウンは数を揃えられるのが強いんだよなぁ、などと。


 内部抗争がはじまっているようだが、今日も王国は平和だった。



 〜fin〜




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