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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり鳴動編

 『白いひと』



 遠く離れた北海の国に暮らすエルフたちにとって、大陸の人間たちは精悍な狼のようなものだ。


 じつのところ、多くのエルフは攻性魔法を使えない。精霊魔法(誘導魔法とも言う)はそういう魔法ではないからだ。

 召喚した精霊は、魔物がそうであるように、人間よりも優秀な術者だ。それゆえに精霊を使役するエルフは、自分で魔法を使う必要がなかった。


 だから大陸を旅行するエルフは、現地の人間が魔法を使う姿を見て大いに満足する。

 連結魔法はあまりにも未完成でつたない魔法だが、完成した魔導配列を持つエルフにとっては、だからこそ驚きの連続だ。


 また、大陸の人間たちはほぼ例外なくエルフに対して好意的である。

 もちろん恋愛の対象にはならないが、不恰好な笑顔で真摯に接してくるさまは何ともいじらしいではないか。


エルフ「お兄さん、ちょっとそこの串焼き一つ下さいな」


 軽く手を振り、そんなことを言ってやると、笑っているのか怒っているのかよくわからない表情をぱっと浮かべて、愛想の良い返事をくれる。

 しかもだ。わざわざ自分の足で屋台を回り込んできて、小さな子供をそうやるみたいに両腕で抱きかかえて、「エルフのお嬢ちゃん、どれにする?」なんて低い声で呟いてくるわけだ。

 これがもう! 身の周りのことは何でも精霊がやってくれるエルフのお嬢さま方にとっては、ちょっとした大冒険なのである。


 この「も〜!」な体験が、さいきんエルフの上流層では大人気。

 大陸の殿方は〜なんて話を振ると、許嫁のエルフが面白くなさそうな顔をするのが、またちょっとした火遊び気分を盛り立ててくれるのだ。

 まあ、あちらはあちらで童心に返って大陸の騎士と一緒にダンジョン巡りなどしているらしい。その話はおいおいするとして……


 大冒険を終えたエルフさんは、蜘蛛型の上に無事に着陸して、おや、とひれをばたつかせた。

 護衛の人型がいない。どこへ行ったのだろうか……。


 蜘蛛型の精霊はコストが低く、陸上移動に重宝する。あまり動きは素早くないが、伸縮自在の尻尾をうまく使えば森の中を高速移動できる。

 それに対して、レベル2の人型は純粋な戦闘型だ。レベル3ほど強力ではないが、そのぶんコストは控えめで、しかも活動時間に応じて成長していく。

 魔物たちが出歩く大陸の都市部では、この人型を護衛につけるよう推奨されている。


 不安になってきょろきょろと辺りを見渡していると、蜘蛛型が長い尻尾をひょいと持ち上げて、ゆっくりと斜め後ろを指し示した。


 そこでは、人型が見えるひとと対峙していた。……なぜか子狸さんと共闘している。


エルフ「まあ!」


 ぽかんと空いた口を、エルフさんは上品に身体の下の蜘蛛型に押しつけた。そのまま上目遣いに趨勢を見守る。


 子狸さんはエルフたちの間では超が付くほどの有名人だ。

 1stLs……つまり最上位の魔法生物である大陸の魔物たちを率いる長であり、人々の記憶から忘れ去られた真の英雄でもある。

 その子狸さんが、どういうわけか人型と前足を携えて魔物に立ち向かっている。いったい何があったのか……。


 だが、理由など在ればいいのだ。

 正しいかどうかは大きな問題ではないから、ときとして魔物たちは因果律を超える。

 そして子狸さんもまた。

 因果律に縛られる存在ではないのだ。


 見えるひとの寒々しい笑い声が響く。


亡霊「はははは……」


 とめどもなく力が湧いてくるかのようだ。

 霧状に分散した見えるひとが、そよ風に吹かれて一瞬で距離を詰める。


子狸「なにっ……!」


 たちまち視界を覆われた子狸さん。瞬時の判断で突進して虎口を開こうとするが……


亡霊「やはりバウマフ家の魔力は素晴らしい」


 即座に結実した見えるひとが、子狸さんの身体を宙吊りにした。


亡霊「この瑞々しさ! みなぎるぞ……! 焼けつくように甘く……きらめくような火の味だ……」


 見えるひとは心から子狸さんの成長を喜んだ。

 この子狸は決して魔物を見捨てはしないから、ぼろぼろと剥がれ落ちていく退魔性がこく一刻と味を変えて、魔物たちの舌をうならせる。


 魔物たちの生命活動を脅かすのは退魔性だけだから、それが毒になる一方、この世で唯一の「捕食する価値があるもの」ということになる。

 自分たちに益があるから、ふるえるほどに美味しく感じるのだ。

 いや、美味しいという表現も十全ではない。生命が満たされる、満足すると表現したほうが近いかもしれない。


子狸「ぐあっ!」


 ぎゅっとのどを締められて、子狸さんが苦しげにうめいた。

 見えるひとはうっとりとした。

 この子狸は、自分たちのためとあらば簡単に命を投げ出せるのだ。こんなにひどいことをしても、謝れば許してくれるのだ。


 もしもこの世に真実の愛があるとすれば、それは失ってみなければわからない。

 どこまで許してくれるのかと、試すように両手に力を込めていく。

 これは本質的には、王都のひとがアイスをおねだりするのと同じ行いだった。

 魔物たちに飲食は必要ない。必要ないが、だからこそ、無意味な散財に確かなきずなを感じるのだ。


 その崇高な儀式を邪魔してきたのは、やはり精霊だ。

 純白の外郭に継ぎ目が走り、迫り上がった装甲が微細な振動を放っている。

 この状態の特装型は、実体を持たない見えるひとを殴り飛ばすことができる。障害物無視の特性を互いに潰し合った結果だ。


 気道が解放されて咳き込んでいる子狸さんの背中を、特装型が優しくさすった。

 殴り飛ばされた見えるひとが、不気味とさえ思える緩慢な動作で立ち上がった。

 まったく理解できないものを眺めるかのように、首を傾げる。


亡霊「なんでお前が子狸の味方みたいな顔してそこにいるんだ……?」


 おかしいなぁ、と見えるひとは言った。

 小さな子供みたいに平坦な口調だった。

 そこには狂気と呼べるものが宿っていた。


 一方その頃。

 巫女さんと子狸さんのクラスメイトは仲良くお喋りしていた。

 倒した魔物は仲間にできるので、街中で魔物が暴れていても何ら不思議ではない。


巫女「えっ。あのひと留年するんだ……」


女子「まーね。時間の問題だったらしいし」


女子「今年、進級できたのもゴリ押しだったみたい。他の先生も、コトちゃんが苦労してたの知ってるからね」


 コトちゃんというのは教官のことだ。

 王立学校では基本的にクラス替えはないから、小さな頃から面倒を見て貰っている担任教師への信望は厚い。


 その担任教師と子狸さんは今年でお別れになると聞いて、巫女さんはしんみりとした。


巫女「そっか。なんか切ないね」


 しかし子狸さんのクラスメイト(現)はあっけらかんとしたものだ。


女子「いや、どーかな。なんか、クラスが別になってもふつうに教室に居そう……」


女子「ていうか、よくわかってないんじゃない? 話、通じないからな〜」


 子狸さんは常に人類と魔物の未来に思いを馳せているから、話題を先取りしすぎて会話が成立しないことが多い。


巫女「いやいや、それには深い事情があってだね……」


 だが巫女さんは知っている。魔物たちに囲まれて育った子狸さんは、魔物たちの影響を強く受けている。

 話の途中だろうと何だろうと思いつきで動く。雰囲気で喋る。魔物たちがそうなのだ。子狸さんもそうなった。たったそれだけのことなのだ。


 子狸さんを弁護しようした巫女さんが、不意に空を見上げた。何か来る……。

 優れた魔法使いほど魔物の気配に敏感だ。頻繁に魔物たちが訪れるバウマフさんちで過ごした日々が、巫女さんに更なる成長を促していた。


 つられて上を向いた二人の女子が、わあっと目を輝かせた。

 はるか上空より滑るように下降してきたのは、小さな女の子だった。

 背に備わる二対の羽から光の鱗粉がこぼれる。羽のひとだ。


 巫女さんの肩に舞い降りた羽のひとが、小賢しくもバランスを崩したかのような素振りを見せて巫女さんの頬に寄り掛かる。

 ふい〜と窮地を脱したかのような小芝居を交えつつ、羽のひとはにこりと微笑んだ。


妖精「こんにちはっ」


 巫女さんの不在に気付いた母狸さんにお願いされて、追ってきたのだ。

 豊穣の巫女は騎士団にマークされている。それなのに当の本人は少し無防備なところがあるから心配したのだろう。


巫女「おぉ、リンカーちゃん。今日もめんこいねぇ」


 羽のひとのオリジナル個体は、現在「リンカー・ベル」と名乗っている。

 リンカーさんと巫女さんは、以前にばうまふベーカリーで開催された試食会(デスマーチ)を共に駆け抜けた戦友だ。


 妖精さんが人里に降りてくることは珍しい。冬眠から目覚めたくまさんが人里に降りてくることと、どちらが珍しいかと言われればかろうじて軍配が上がる程度だ。


妖精「そ、そんなことないですよぉ〜」


 巫女さんの賛辞に、羽のひとは頬を染めて小さな身体をねじった。

 そうすることで謙虚で恥ずかしがり屋な自分を演出しているのだ。

 このあざとくも可憐な生きものこそが、とある勇者の演技指導担当である。


巫女「あはは。ごめんね。冗談、冗談」


 巫女さんは軽く笑って、心の底から冗談であり真剣ではなかったことを自白した。

 家で、子狸さんを殴ったり蹴ったりしている姿を幾度となく目撃していたのだ。

 その妖精さんのこぶしが届く距離であることを自覚した巫女さんは、落ちつかなそうに目線を逸らし、自分の髪を指先に巻きつけた。


妖精「もう! いつもそうやってわたしをからかって〜」


 そのような事実はなかったが、羽のひとは迷うことなくねつ造した。


 ころころと表情を変える妖精さんに、女子二人は可愛い、可愛いと大はしゃぎだ。


 羽のひとは内心でほくそ笑んだ。この通り、人間の女なんてイチコロだぜ……。


 一方その頃。

 きゃっきゃしている女性陣から少し離れたところでは、子狸さんが絶体絶命の危機に瀕していた。


 消耗が激しい。地面に片ひざを屈し、苦しげにうめいた。


子狸「こんなっ……ここまでの、力の差が、あるのかよ……」


 特装型は地面に転がされ、仰向けになっている。両目を走る輝線が弱々しく明滅するばかりだ。


 見えるひとからしても意外だった。


亡霊「こんなものなのか?」


 見えるひとは終始において特装型を圧倒した。あらゆる面で少しずつ上回っていたから、ほとんど一方的な戦いになった。


 見えるひとは首を傾げた。

 弱すぎる。こんなものだったか?

 いや……。見えるひとは考えを改めた。


亡霊「おれが強くなったのか」


 そう言って虚しげにため息を吐く。

 打ち倒した特装型を足蹴にして、目を覗き込んだ。


亡霊「人間どもとトモダチごっこで、強くなったと勘違いしたか? 勇気だの友情だのと….…しょせんそんなもんだ」


 魔物と精霊は、魔法使いとのつながりが密接になるほど強くなる。

 魔物たちは人間たちから忌避と憎悪を。

 精霊たちは人間たちから友愛と感謝を。

 それぞれに、得た。

 異なる道を歩んだ結果、最後に勝ったのは……。


亡霊「お前たちは便利だから感謝されたが、それだけだったな。まあ、良かったじゃないか。楽しかっただろ?」


 見えるひとは、精霊たちに別れを告げた。


亡霊「お前たちは間違ったんだ」


子狸「ちがう!」


 子狸さんが吠えた。

 満身創痍の身体を、にじみ出る霊気が支えていた。

 子狸さんは言った。


子狸「愛に勝る感情はない」


 駆逐されるように溶け込んだ純白の霊気が、夜空に浮かぶ星々のようにきらめきを増していく。


亡霊「なんだ、その霊気は……?」


 かつて目にしたことのない作用に、見えるひとは後ずさった。

 次の瞬間、がしりと足を掴まれてぎょっとする。


 倒れ伏していた特装型の外郭が、仄かな輝きを発している。

 両目を走る輝線には、かつてないほどの勇猛な烈しさがあった。


 まるでそうなることがわかっていたかのように、子狸さんは太々しく笑った。


子狸「お前を否定して、抱き締めてやるよ。ぎゅっとな」


 新たなる境地に達した子狸はともかくとして、巫女さんがカッと目を見開いた。


巫女「ケーキ食べ放題!?」


 子狸さんのクラスメイト女子二名が、ぐっと静かに頷いた。

 巫女さんはわななく唇を手で覆った。


巫女「食べ放題だと……?」


 巫女さんの戦いがはじまろうとしている。

 それは、ほんのささいな耳寄り情報から幕を開けた……。



 〜fin〜



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