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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり衝突編

 豊穣の巫女ことユニ・クマーは、王都を去る前に大きな花火を上げてみたい。

 怪人ひしめくこの魔都に、自分からわざわざ飛び込む気にはなれないからだ。

 不幸な偶然が重なって置いてけぼりにされたこの機を逃してしまえば、二度とこの地を踏むことはあるまい。いや、踏みたくないのだ。逮捕されてしまうから……。


 逮捕は嫌だ。人類史上屈指の魔法使いと称される少女はそう思っている。捕まったが最後、人類の礎にされそうな「凄み」が三大国家にはある。

 それでも豊穣の巫女は屈さない。彼女には崇高な理念と確固たる信念があった。

 そのためにはどうすればいいか。具体的なプランはまだないが、はっきりしていることが一つある。

 王国最強の騎士をどうにかしなければならないということだ。


 それは、俊足のランナーに誰も追いつけないことと似ている。

 王国最強の騎士、アトン・エウロの二つ名は「黒炎」。

 原種を打ち倒しただの、戦隊級の魔物と互角に渡り合っただの……人間がやってはいけないレベルの戦果を挙げた騎士である。

 

 この豊穣の巫女は――

 アトン・エウロを恐れている。戦う前から勝てないと諦めていた。

 いや、それはおそらく事実だ。まともに戦えば勝負にならない。一蹴されるだろう。

 だから、この「運命」を「克服」しなければならない。

 無敵の人間などいる筈がないのだから。


 というわけで、巫女さんは偵察に出ることに決めた。

 有利な地形で勝負を仕掛ける。これは絶対の条件だ。

 とある子狸から聞き出した情報を鵜呑みにすると、王都は九層から成る広大な地下迷宮のほんの一部ということになる。あの子狸は当てにならない。

 けっきょくは自分の目で見て確かめるしかない。


 しかし自分の容姿は手配書を通して騎士団に知れ渡っている。

 真っ先に思い付いたのはフードで顔を隠すという案だが、冷静になって考えてみれば不審者以外の何ものでもない。

 ここは男装するのがいちばんだろう。

 となれば、子狸さんの服を借りるのが手っ取り早い。

 ついでにこの子狸も連れて行くことにしよう。一人で外に出るのは不安だ。

 

子狸「なるほど……」


 巫女さんから事情を説明された子狸さんは深く頷いた。


子狸「お前の気持ちはわかった」


巫女「あ、もう一回説明する?」


 気遣う巫女さんを子狸さんは前足で制した。


子狸「いいや、その必要はない」


巫女「ごめんね……。三行にまとめるの難しくて……」


 巫女さんはおのれの力不足を悔やんだ。

 しゅんとする彼女の肩に子狸さんがぽんと前足を置く。


子狸「気に病むことはないさ。ひとには向き不向きがある。だから支え合うんだ」


 子狸さんの励ましに内心イラッとした巫女さんだが、彼女は前向きだった。


巫女「そうだねっ」


 にこっと笑うと、子狸さんもにこりと微笑した。


子狸「つまり、どういうことなんだ?」


巫女「とりあえず服を借して下さい」


 言い置いてタンスを漁りはじめる巫女さんを、子狸さんはじっと見つめる。

 とにかく「凄み」とか「運命」とか「克服」といった耳触りの良い言葉だけが印象に残っていた。

 過去を振り返って悔やむよりも明日を見据えて生きたい――。


 明日……未来……。

 はっとした子狸さんが言った。


子狸「似合うよ」


巫女「まだ着替えてないし、それもどうかと……」


 巫女さんはいぶし銀のノールックツッコミを放った。

 ひとまず自分でも着れそうな服を引っ張り出してひろげてみる。

 ドクロをあしらった黒いマントとかもあったがそこはスルーした。


 子狸さんは意外とお洒落に関心がある。

 ただしファッションセンスには恵まれていないようだ。

 どうしても嫌がるペットに無理やり服を着せたような感じになる。


 そして巫女さんもあまりひとのことは言えないようだ。

 自分の巣穴で着替えてきた巫女さんは、控えめに言っても男装が成功しているとは言い難かった。


巫女「どう?」


子狸「その服、おれも持ってるよ」


巫女「あらら。かぶっちゃったか」


 巫女さんはもう訂正するのが面倒くさかったので話を合わせた。

 身体をひねって裾を正してから、子狸さんの前足をとって立たせる。


巫女「よし、行こう!」 


子狸「一人じゃ心配だな。おれもついていくとしよう……」


巫女「ありがとう!」


 同行を申し出る子狸さんに、巫女さんはツッコミを放棄して破顔した。



 *



 この頃、すでに王都はかつての姿を取り戻しつつあった。

 一部、魔物たちの趣味が反映してはいたが、白亜の都と謳われた美しい城砦の数々に感嘆の吐息を禁じ得ない。


巫女「凄い。これが精霊たちの……」


 王都の復元に大きく貢献したのが精霊たちだ。


 治癒魔法を使えば魔法によるダメージ判定を覆すことはできる。

 しかし人間の開放レベルは3だから、レベル4の都市級、レベル5の王種による破壊をなかったことにはできない。


 大戦の終盤、王都の直上で王種と都市級が衝突した。

 その際、王種が放った広域殲滅魔法は王都に深い爪跡を残していた。

 決定打になったのが魔王による王種召喚だ。

 王種と王種の激突は、傷つき疲弊した王都にとって致命打に等しかった。


 どうして王種と都市級が争ったのか、魔王が何を目的としていたのかはわかっていない。

 召喚された王種の正体は精霊王だったという噂もある。

 けっきょく真相は闇の中だ。


 珍しいことではなかった。非力な人間たちは、絶大な力を持つ魔物たちの気まぐれに付き合わされる。いつも。


 王都は一度は滅びた。

 そしてよみがえったのだ。人の手と精霊の手によって。


 めったに外出しない巫女さんだから、この奇跡的な復活劇に違和感を覚えた。


巫女「精霊は、魔物と似ている……」


 大陸の人間たちは長らく魔王軍に苦しめられてきたから、魔物たちをよく研究している。

 どれくらいの力があるのか、どれくらいの速さをしているのか。

 もしも魔物たちを支配下に置くことができたなら、どれだけの利益となるのかも……試算している。


 それを、精霊たちは実証してみせた。

 彼らは魔物に匹敵する存在だ。しかし、それは偶然なのだろうか?

 比較していくと、精霊と魔物は随所に似通った特徴を持つ。

 だが、こじつけと言われれば納得せざるを得ない。その程度の共通点でもあった。


 現に、子狸さんは巫女さんの主張に否定的な立場をとった。


子狸「そうかなぁ? あんまり似てない気もするけど……」


巫女「まぁね。見た目はぜんぜん違うけどさぁ」


子狸「いや、魔力の話。もう精霊じゃあいつらには勝てないよ」


巫女「ん?」


 何の話だと巫女さんが首を傾げる。

 魔力と言えば、都市級の魔物たちが放つ心身に影響を及ぼす威圧のことだ。

 いや、そうではないのか? 巫女さんははっとした。以前、魔力は魔物たちの生命活動の根幹を成すものだと聞いたことがある。

 人間で言うなら「血液」ということになる。失えば生きていけない「血」を攻撃手段に用いるのか? それは、ちぐはぐではないのか?

 いや、でも……


 ああでもないこうでもないと考え込む巫女さんを、いつも子狸さんの横にいる青いのがじっと見つめている。


王都「…………」


 ちらりと子狸さんを見る。

 この子狸は巫女さんと仲良しだ。

 巫女さん自身も、同年代の人間たちと比べれば順調に退魔性が損傷している。


 退魔性は失えば失うほど上質な味になる。

 それは、生きものが本能的に重要な器官を守ろうとすることと似ている。


 王都のひとは、親しげに巫女さんに声を掛けた。


王都「何か思いついたか?」


 巫女さんは、いつも子狸さんの横にいる王都のひとを愛嬌のあるペットみたいなものだと思っている。


巫女「あ。いや、上級の魔物が自分たちの力を“魔力”って呼ぶのは何でなのかな~って。何か知ってる?」


王都「知ってるよ」


 王都のひとはあっさりと答えた。


王都「お前たち人間は魔力のエサなんだ」


巫女「エサ……?」


 剣呑な響きに巫女さんが不快そうに眉をひそめる。

 だが――


 魔法の「距離」は「似ているもの」ほど近い。

 空間的な距離は本来であれば意味を為さない。

 そして今、巫女さんは魔物と同じ言葉を発した。


 王都のひとの頭上に銀色に輝く光の輪っかが出現した。

 放たれた光が巫女さんの網膜を焼く。


巫女「きれい……」


 虚ろな目でうっとりと呟いた巫女さんが、何事もなかったかのように歩き出した。


子狸「…………」


 子狸さんがじっと王都のひとを見つめている。


子狸「いま、何か……」


王都「ふふ……心理操作は使っていないぞ……」


 王都のひとは上機嫌だ。


王都「認めるのも癪だが……精霊どもはうまく取り入ったようだな……クオンが戻り……」


 クオンと言うのは木のひとのことだ。


王都「逆算魔法も戻ってきた……お前が望むなら何でも叶えてやる……気が向いたら言え……」


子狸「何でも、か……」


 子狸さんは険しい面持ちで前足を口に当てる。

 はっとして王都のひとを見た。


子狸「お昼ごはん何を食べたい?」


王都「アイスが食べたいっ」


 王都のひとはぱっと花開くように笑った。


子狸「ははっ。アイスはごはんじゃないよ」


 先を行く巫女さんが「お~い、お~い」と手を振っている。

 

子狸「よしっ、あそこまで競争だ!」


王都「あっ、ずるい。負けないぞ~」


 宣言するなり駆け出した子狸さんを、王都のひとがぽよよんぽよよんと追いかける。


子狸「ディレイ!」


 子狸さんが唐突に本気を出した。

 力場を駆け上がり、高く跳躍する。


王都「無駄だ……」


 しかし王都のひとはぴったりと張りついて離れない。


子狸「ぬぅっ……!」


 空中で器用に身をひねった子狸さんが着地すると同時に地を蹴る。


子狸「シエル!」


 減速魔法のスペルだ。

 減速魔法とは名ばかりで、本来は魔物たちの皮膚を作る魔法である。

 スペルは魔法の本名だから、現代に伝わっている「~魔法」という呼び名は仮初のものでしかない。

 例えば、投射魔法の正体は探索魔法だったりする。

 びゅんびゅんと飛んでいく魔法がどうして探索魔法なのかを説明しようとすると、もうそれだけで色々と面倒くさかったので投射魔法としたのだ。


 減速魔法の場合は、正しくは「殻魔法」ということになる。より正確に言えば「羽化外殻」だ。

 魔法において「速度」と「硬度」の間には密接なつながりがある。そして、それは反比例の関係に近い。


 子狸さんは速度を取った。後ろ足がきしむ。だが堪えられないほどではない。

 子狸さんが日々の走り込みを欠かさないのは、腕力よりも速度を重視しているからだ。幼い頃からそうあるよう魔物たちに鍛えられている。


王都「無駄だと言った!」


 それでも王都のひとを引き離すことはできない。

 生まれ持ったものが違いすぎる。やはり自分ではダメなのか?

 悔しそうに歯ぎしりした子狸さんが吠えた。


子狸「このままじゃダメだっ……! 力が欲しいっ……! 王都のひとに負けないくらいの力が!」


王都「それはダメだ」


 


巫女「…………」


 いきなり本気すぎる鬼ごっこをはじめた二人に、巫女さんは嘆息した。こそっと詠唱する。


巫女「チク・タク・ディグ」


 街中で攻撃魔法を使うのは良くないのだが、そんなことは言ってられない。あまり目立ちたくないのだ。

 投射魔法は低速で撃つこともできる。

 静かに忍び寄る圧縮弾に子狸さんが超反応した。


子狸「甘いっ」


巫女「エリア」


 巫女さんは淡々と変化魔法を連結した。

 術者のイメージをリアルタイムで反映する魔法だ。


子狸「何ィーッ!?」


 圧縮弾にしがみつかれた子狸さんが驚愕した。

 自分の意思を無視して前足が動いている。後ろ足もだ。

 操っているのか? 圧縮弾で……!


子狸「っ……!」


 叫んだ隙に口の中にも潜り込まれたようだ。声が出ない。

 つまり子狸さんは完全に無力化された。


 巫女さんが言った。


巫女「必殺、巫女ロック……」


 微妙なネーミングセンスだ。やはり天は二物を与えないのか。


王都「こ、子狸さんを放せ~!」


 王都のひとが繰り出した触手を、巫女さんは紙一重でかわした。


巫女「見えるぞ……」


王都「なにっ」


 王都のひとが驚愕する。魔法くらいしか取り柄がない居候のくせに、俊敏な動きだった。

 巫女さん本人も自分の成長に戸惑っているようだ。


巫女「これは……? 不思議な感覚だ……」


王都「豊穣の、巫女……!」


子狸「ふぉふっ!」


 劇団ポンポコみたいになっている。

 そうして三人でぎゃあぎゃあと騒いでいると、不意に子狸さんの肩にぽんと手が置かれた。

 反射的に振り返った子狸さんの頬にエグい角度で指先がめり込む。


 そこに居たのは、二人の女子。子狸さんのクラスメイトだった。


女子「あ、やっぱりバウマフくんだ。こんなところで何してるの?」


女子「バウマフ、街中であまり騒ぐなよ……。また捕まっても知らないかんね」


 バウマフくんと牢屋には密接なつながりがある。

 ふだんなら他人の振りをするのだが、見慣れない女の子を連れているので気になって声を掛けたのだ。


子狸「ふぉふっ!」


 圧縮弾を頬張った子狸さんは、ひとの言葉をどこか遠くに置き忘れてきたかのようであった。

 クラスメイトの女子二人は、子狸さんへの興味を早々に失って巫女さんをまじまじと見つめる。


女子「バウマフくんのお友達?」


女子「学校じゃ見たことないけど……」


 値踏みするような視線に、巫女さんがびくっとした。

 どうやらこの二人は子狸の知り合いであるらしい。


 まずい。巫女さんは狼狽した。知り合いと遭遇するとは思わなかった……。

 いや、より正確に言えば、何も考えていなかった。勢いに任せてとりあえず飛び出してきてしまった。

 こういう詰めの甘さが自分にはある。

 

 どうしよう。焦る。巫女さんはとっさに身分を詐称した。


巫女「あの、遠い親戚っていうか……」


女子「親戚? 故郷にお祖父さんとお祖母さんが居るだけって前に聞いたことあるんだけど……」


 いきなりボロが出た。


巫女「あわわわわ……」


 巫女さんは視線で子狸さんに助けを求めるが、子狸さんはまったく別のことに気を取られていた。


 往来をふわふわと歩いていた見えるひとが、よそ見をしながら歩いていた精霊にショルダータックルを敢行した。


亡霊「きゃあ!」


 弾き飛ばされ、派手に転倒した見えるひとが片腕を押さえて悶絶する。


亡霊「腕が~おれの腕が~!」


子狸「あ、兄貴~!」


 子狸さんは迷わず加担した。


 おろおろとしゃがみ込んだ精霊は、人型という分類に入る。

 人型の精霊とは、すなわちレベル2の精霊だ。


 レベル2の精霊は、軽装型と重装型、特装型の三種。

 今回、見えるひとに絡まれた精霊は特装型だった。

 その姿は、ひとことで言い表すならローブを身にまとった魔法使いと似ている。


 大陸の魔法使いは最終的に肉弾戦に行き着くことが多いため、ひらひらした服装を好まないのだが……

 とにかく。人型の精霊は、かなり恰好良い。洗練されたフォルムと露出した管がメカ好きにはたまらない感じになっている。


 特装型は障害物無視という特性を持つ精霊だ。

 シックな外見と近未来的な雰囲気が奇跡的に融合している。

 つまり見えるひとと完全にキャラがかぶっていた。


亡霊「腕が~!」


子狸「兄貴っ……!」


 のたうち回る見えるひとを子狸さんが介抱する。

 見えるひとの腕を見つめ、はっとした。霧状の腕がいつにも増してふわっとしている。粉砕骨折かもしれない……。

 怒りに燃える子狸さんが精霊に絡みはじめた。


子狸「おぅおぅ! この始末、どうつけてくれるんだコラぁ!」


 無防備な背中を晒す子狸さんに、見えるひとが背後から襲い掛かった。


亡霊「ばかめ!」


 魔が差したのだ。


子狸「バリエ!」


 超反応した子狸さんが白熱化した前足を見えるひとに突き入れた。


亡霊「ぐあ~!」


 霧散した見えるひとから、子狸さんは素早く距離をとった。おろおろしている精霊へと叫ぶ。


子狸「まだだ! 下がれ!」


亡霊「ふははは……」


 ふたたび結実した見えるひとが、ゆっくりと歩み寄ってくる。


子狸「っ……!」


 融解魔法が通用しない――!


(どうする?)


 子狸さんのこめかみを、冷や汗が、つ、としたたった……



 ~fin~


 

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