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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり会議編

 王国騎士団の兵数はおよそ一万二千騎。

 これは人口に比してかなり少ない数字であり、職場に蔓延するブラックな一面をさらなる深い闇に沈めるなどして増員を図っているものの、なかなかうまく行っていないというのが現状だ。


 大きな課題の一つとして挙げられるのが、新兵の脱落者が多いということ。

 騎士の訓練は過酷である。

 いっそひと思いに殺してほしいと願い出るものが過半数を占める程度には出る、と言えば何となく想像もつくだろう。


 しかし練度が低い兵士は使いものにならない。

 本来、夢と希望の結晶である魔法を無理に複数人で運用しようとするのは、やはり無理があるのだ。


 だが一人より二人、二人より三人である。

 無理に無理を重ねて高速詠唱技術を習得した騎士たちの戦速は、他を圧倒する。

 開放レベルが上位の魔法は下位のそれに勝るという原則があるから、コンマ数秒で範囲殲滅魔法を撃ち込んでくる騎士団に対し、そうではない人間は何もできない。


 だから国防を司る騎士団に、明るく楽しい職場を目指すという選択肢はなかった。

 弱ければ負ける。それだけのことでしかなく、そしてそれこそが全てだった。


 他にも課題はある。

 意思決定機関が実質的に稼働していない、というものだ。

 致命的な問題であるかのようにも思えるが、王国の首脳陣はとりあえず戦場に放り込めば何とかなると考えている。

 じっさいに何とかしてきたという実績が騎士団の首を絞めていた。


 騎士団の最高位は元帥。

 元帥には最大で十名の大隊長がつく。

 大隊長の下には十名の中隊長がつき、中隊長の下には十名の小隊長がつく。


 騎士団の構造は単純だ。

 騎士は例外なく魔法使いだから、複雑にする必要がなかった。

 いや、より正確に言えば、複雑化する必要はあっても人手が足りなかった。


 人手が足りないから個人の負担がとめどもなく増大していく。

 負担が増すから脱落者が出る。

 脱落者が出るから人手が足りなくなる。


 今日も騎士団ではひと知れず負の連鎖がはじまり、闇に葬られていく。

 負債は未来へと転送され、いつしか記憶の底に淀んでいく。

 ひとは、時間さえ支配できるのだ。



 『大隊長会議』



 ちっ……


 無駄にひろい会議室に、舌打ちの音が響き渡る。

 それに呼応するかのように、各所で舌打ちが鳴る。


 ちっ……

  ちっ……!

 ちっ!


 たまにガラの悪い声が出る。


「あ?」


 ――ちっ!


 会議室の雰囲気は最悪だ。


 しかしいつものことなので、壁際で待機している護衛の騎士たちも慣れたものだ。

 お茶を淹れるなどして興を削ぐ。


 元帥以下、最大定員十名の大隊長は定期的に集まって会議を行う。

 じっさいのところ定期的というのはスケジュールの面から言ってまず無理なので、中隊長たちで相談し合ってイケると判断したときに間隙を突くようにねじ込むことになる。

 とにかく集まってもらう。それ自体が至難のわざなので、議題はとくにない。


 クソ忙しいさなか、とりあえず会議室に押し込まれた大隊長たちの機嫌はすこぶる悪い。

 話し合うことが決まってねーんなら、このクソッタレな会議なんぞやらなくてもいいじゃねーかとか考えている。

 しかし、それを許してしまったらコイツらは一生バラバラに動く。


 大隊長に選出される騎士の最低条件は出撃回数三千回以上。

 これは日帰り計算で十年近く毎日出撃してようやく成し遂げることができる偉業だ。

 とはいえ、じっさいにそんなことをしたら過労死は不可避。よって最短でも三十年ほどの歳月を費やしてようやく大隊長の資格を満たすことになる。


 したがって若輩の大隊長という存在はあり得ない。

 いや、書類をねつ造するなりすればあり得ないこともないのだろうが、そのような手段を用いたところで騎士団の弱体化を招くだけでしかない。

 多くの騎士が名前を聞いただけでふるえ上がるような、歴史に名だたる戦果を挙げた人物が指揮をとることに価値がある。


 大隊長は中隊長に死ねと命じることができる権限を持つ。

 だから大隊長が率いる大隊は強い。

 十個中隊と一個大隊では、数の上では互角でも実質的な戦力はまったく異なるのだ。


 数えきれないほどの死線を潜り抜け、息を吸って吐くように魔物たちに絡まれてきた英雄たちが一堂に会している――。

 その奇跡に値する光景を目の当たりにした騎士たちの感慨は深い。

 想定されてしかるべき乱闘を未然に防止するために設けられた長机の上座に腰掛けているのが王国騎士団の頂点に君臨する元帥閣下だ。


 この日の元帥閣下は、机の上に両肘をつき、組んだ両手に兜を預けるという威厳たっぷりのポーズだ。

 微動だにしない閣下の姿を不慣れなものが目にすれば置き物ではないかと疑うかもしれない。


 閣下の手前ということもあり、全員集合した大隊長たちはこれでも乱闘騒ぎは避けようと自重していた。

 しかしこの不毛な会議にいったい何の意味があるのかと、疑いを捨て去ることは困難を極めた。

 喋ったら負けというルールでもあるのか、誰一人として口を開こうとしない。

 貴重な時間だけがこく一刻と過ぎ去っていく。


 一人の大隊長が苛立ち紛れにコツコツと指先で長机を叩くと、それが耳障りであったらしく別の大隊長が机を乱暴にガンと蹴った。

 整然と組んだ長机がずれ、机と机の間に隙間が空く。

 神経質な大隊長はそれが気に入らなかった。机の端に手を掛けると、老いてなお常人の域にはとどまらない筋力にものを言わせてテーブルを引っくり返した。


 会議室の雰囲気は最悪を通り越して乱闘寸前だ。

 護衛の騎士たちがいそいそと机を並べ戻す。大隊長たちの癇に触らぬよう、最大限に個性を押し殺した一糸乱れぬ動きだった。


 強烈な我を持つことで知られる王国の宿将たちであったが、そんな彼らにも健気に働く部下を可愛いと思う人間らしい感情は残っていたらしい。


不敗「ちっ!」


 せめてもの抵抗に盛大な舌打ちをしてから口火を切ったのは、「不敗」のふたつ名を持つ将軍だ。


不敗「つい先日、おれの部下が一週間ほど行方不明になったんだが……」


冷血「貴様は部下の管理もろくにできないのか」


 不敗さんの管理能力にケチをつけたのは冷血さんだ。

 この二人は、ただでさえ円満とは言い難い大隊長たちの中にあって輪を掛けて仲が悪い組み合わせだった。

 

 不敗さんはぎろりと冷血さんを睨みつけた。


不敗「誰にやられたのか? どうあっても口を割らねえ。……もっとも、それも時間の問題だろうがな」


 騎士団でもっとも過酷とされるのが治癒魔法の訓練である。

 あまりにも過酷であるため、適性がないものに対しては限定的な実施にとどまる訓練だ。

 その訓練を受けているとき、人間はとても素直になるという驚きの副作用に騎士団は着目していた。


王国「トンちゃんが可哀相だろ! いい加減にしろ!」


 倒した魔物は仲間にできるので、騎士団の会議に魔物が参加していてもまったくおかしなことではない。

 そうだ! と同意を示したのは鬼のひとと戯れていた小さな緑のひとである。

 王国でいちばん偉い人の娘さんに飼われている緑のひとであるが、待遇に不満があるらしく、たびたびこうして脱走を繰り返している。


緑「どうしてお前らはそうやってトンちゃんをいじめるんだ! 暴走したら大変なことになるんだぞ!」


 王国最強の騎士、アトン・エウロは極めて強力な異能を持つ。

 たちが悪いことに異能は暴走を前提とした構造になっているので、真価を発揮するためには暴走させるしかない。

 そしてトンちゃんの異能は、暴走すると周囲一帯の物体をサイコロ状に分解してしまう凶悪さを持っていた。

 物体と物体の「つながり」を捕食し、自分に近しい下位の異能を生み出すのだ。

 異能は質量保存の法則にしたがう。魔法ではないからだ。何かを生み出すためには犠牲を要する。


 きゃんきゃんと喚く魔物たちに、不敗さんは振り返らずに言った。


不敗「あいつは、念力の暴走に誰かを巻き込んだりはしねえよ」


王国「えっ。馬のひとは巻き込んだじゃん……」


不敗「魔物は別だろうがよ! 黙ってろ!」


 唾を飛ばして怒鳴る不敗さんに、冷血さんは薄く笑った。


冷血「……そう、魔物は別だ。どうやらはっきりしたようだな」


不敗「あ?」


冷血「貴様は正しいと言っているのだ、ジョンコネリ」


 不敗さんの名前はジョン・ネウシス・ジョンコネリと言う。

 冷血さんは言った。


冷血「あの男は、防衛には向かない。あの男の本分は殲滅にこそある。生まれながらにして、そう定められている……」


 そんなことは言われるまでもなく知っている。

 だから不敗さんは、先の大戦においてトンちゃんを突撃部隊長に命じたのだ。


 しかし不敗さんは、とにかくこの冷血さんが気に入らなかった。


不敗「てめえは昔っからそうな。あのばか弟子が王都にいると何か都合が悪いんかよ?」


 すると冷血さんは意外そうな顔をした。


冷血「私がか? どうかな……考えたこともなかったが」


 適材適所の話をしているのに、自分の都合を問い質されるとは思わなかった。

 ジョン・ネウシス・ジョンコネリは、ときとして意外なことを訊いてくる。だから冷血さんにとっては苦手な相手だった。


 アトン・エウロが王都を去ったとして……。冷血さんは考える。

 自分にとって都合が良いかと問われれば、その答えは「良い」だ。

 なぜならアトン・エウロは、勇者の味方をするだろうからだ。


 今代の勇者は面倒な存在だ。とくにアリア家の人間というのがまずい。

 あの少女は、あらゆる適応者を上回る可能性がある。そうした危惧がある。


 冷血さんは少し考えてから言った。


冷血「そうだな……。直接的な関わりはないが、それを試案しているところだ。忙しくてな……今しばらくは結論が出ないだろう」


不敗「なにを企んでんだ、てめえはァ!」


 不敗さんが吠えた。

 椅子を蹴って立ち上がると、元帥閣下に駆け寄って直談判する。


不敗「閣下! あいつはクビにしましょう! え? 自分もちょうどそう思っていたところですって!?」


 閣下はうんともすんとも言わない。


冷血「ジョンコネリ。閣下はそのようなことを口にはしない」


不敗「そんなことねーよ! ですよね、閣下!」


 そう言って不敗さんが親しげに肩を叩くと、閣下の兜がぽろりと取れた。


不敗「あっ、いっけね」


 不敗さんは慌てて閣下の頭を拾い、肩の上に乗せた。角度を調整しようとして、失敗する。

 バランスを失って崩れ落ちる閣下に、イラッとした不敗さんが兜を蹴飛ばして元帥の席を占領した。


 不敗さんは物真似をした。


不敗「苦しゅうない。ジョンコネリの言う通りにせよ」


 すると冷血さんは静かな怒りを露わにした。


冷血「それは、もしかして殿下の真似事ではないだろうな……?」


 不敗さんは、こきっと首を傾げた。


不敗「苦しゅうないぞ」


冷血「…………」


 ゆっくりと立ち上がった冷血さんが、護衛の騎士たちに命じた。


冷血「鎧を持て。あの男だけは生かして帰すわけにはいかない……」


 何かを企んでいる冷血さんは、それでもこの国を愛していた。


 ひとは愛ゆえに戦うのだ。


 不敗さんが声を張り上げて笑った。


不敗「はっは! 気が合うじゃねえか……。おい、おれの鎧も持って来い」


 大隊長たちが殴り合いの喧嘩をはじめるのはいつものことだった。


 他の大隊長も「やれ、やれ!」だの「好きにやらせろ!」だのと無責任にはやし立てる。


 不敗の将軍、ジョン・ネウシス・ジョンコネリが雄叫びを上げた。



不敗「掛かって来いやぁーっ!」



 水面下では何か良からぬ企みが進行しているようだが、今日も王国は平和だった。



 ~fin~



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