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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり衝突編

巫女「た、大変なことになってしまった……」


 バウマフさん家の廊下で巫女さんがうずくまって頭を抱えている。

 足元には陶器の破片が散乱していた。


 ……今日は朝から色々とびしっと決まったから少し調子に乗った。

 テンションが高くなって家庭内レコードに挑戦した挙句がこれだ。

 廊下の曲がり角でコーナリングを攻めている場合ではなかった。


 正直、インパクトの瞬間は記憶があいまいだ。

 少し袖がかすめただけのような気もするが、自分に都合良く考えているだけかもしれない。

 ともあれバウマフさん家の壺は内部から破裂するように爆散し、粉々になってしまった。

 あきらかに不自然な割れ方であったが、そこは問題ではない。

 そもそもこんなところに壺なんてあっただろうか……。


 いや、ちがう。巫女さんは頭をぶんぶんと振った。そこではない。仮にこれが何者かの罠だったとしても、まんまとはまった自分が間抜けだったに過ぎない。何しろ、言い逃れができない状況であることには変わりないのだから。


 改めて、かつて壺だったものを見る。粉々だ。かろうじて壺の一部だったと判別できる破片が、こんもりと積もった粉末に埋れている。ごはんつぶで誤魔化せる領域を軽く超越していることはたしかだ。


巫女「あわわ……」


 惨劇の跡に、巫女さんはふるえる唇を袖で覆った。

 むろん接触事故による破損は治癒魔法の適用外である。


 どうする。どうすればいい。いや、それも逃げだ。素直に謝るしかない。

 先祖伝来の壺とかだったらどうしよう……。

 

 頭が真っ白になって考えがまとまらない。巫女さんは左右に身体をひねって怪しい踊りを披露した。


勇者「…………」


 闇の宝剣をぶら下げてゲートから浮上してきた勇者さんが、奇態を晒している巫女さんに背後から声を掛ける。


勇者「何してるの」


巫女「うおぁー!?」


 犯行現場を目撃された巫女さんが素っ頓狂な声を上げた。

 反射的に重心を落として両腕をひろげたのは、やはり逃げたいという気持ちを捨てきれなかったからだ。


勇者「…………」


 勇者さんは無言で視線を落とし、無残な姿を晒す陶器の破片を視界に収めた。

 巫女さんは無実を主張した。


巫女「わ、わたしはやってない……と思う……」


 ひょいとしゃがみ込んだ勇者さんが、破片の一つを指先で拾い上げてじっと見つめる。


勇者「……安物ね」


巫女「えっ」


 幼い頃から部屋で本ばかり読んでいた勇者さんの知識量はあなどれないものがあった。

 彼女の鑑定に救われたような気がした巫女さんだが、すぐに考え直した。歴史的な価値はあまり関係ない。居候の身でやらかしてしまったことが問題なのだ。


 観念した巫女さんはしゅんと肩を落としてぽつぽつと自供をはじめた。

 勇者さんはそれを無言で聞く。


 ちなみに勇者さんはわりと頻繁にこうしてバウマフさん家に不法侵入してくる。

 いや、大貴族を裁く法律は王国には存在しないから、厳密には違法ではない。

 巫女さんは放っておくと何をしでかすかわからないので、定期的に様子を見に来るようにしているのだ。

 一人でずっと家にこもっていると気も滅入るだろうし。


 廊下のコーナーで大きく膨らんだという巫女さんの行動原理は理解しがたくもあったが、とにかく事の顛末はわかった。


 こくりと頷いた勇者さんが、巫女さんを押しのけて砂丘に埋もれる神殿みたいになってしまった壺の前に立つ。


 くるりと手首を回して、闇の宝剣を廊下に突き立てた。

 ゲートが開き、かつて壺と呼ばれていたこともある物体がずぶずぶと沈んでいく。まるで底なし沼のようだ。


 唖然と見守る巫女さんに、証拠隠滅を終えた勇者さんがくるりと振り返って微笑みかけた。


勇者「それで、この前の話の続きなんだけど……」


巫女「えー!?」


 ぎょっとした巫女さんが床に這いつくばって痕跡を捜すが、すでに手遅れだった。


 勇者さんは推し進めた。


勇者「いまひとつ術理が理解できない部分があるの。とくに制御に関しては……エニグマ? 聞いてる?」


 勇者さんは、巫女さんと子狸さんの合体技について尋ねたいことがたくさんある。

 ところが巫女さんはそれどころではないようだ。


巫女「消えたっ。消したっ。なにゆえなのかっ……!」


勇者「……だって、どう考えてもおかしいでしょ」


 巫女さんの供述を信じるなら、至近距離で爆砕した壺の破片が彼女に当たらなかったのは妙だ。

 最初から仕組まれていたと見るべきだったし、だとすれば内部犯行としか思えない。

 子狸さんの線はないだろう。遣り口が陰険すぎる。

 父狸と母狸さんには動機がない。

 となると、おのずと真犯人は絞られてくる。


 しかし、そこから先が問題だ。はっきり言って、この事件は自分たちの手には余る。なかったことにするべきだ。


 勇者さんは言った。


勇者「破片の残し方がわざとらしい……。わたしたちを操ろうとする邪悪な意思を感じるわ」


 勇者さんには、あの壺がどういったもので、どこに行けば同じものが買えるのかわかる。

 巫女さんは着いてくると言うだろう。それが真犯人の目的かもしれない。あるいは自分を引き離すのが狙いなのか。


 いずれにせよ、ここはへたに動くべきではない。

 子狸に相談するべきか……。

 あの子狸が動けば、真犯人も何らかのアクションを起こすだろう。


 しかし巫女さんには、廊下の曲がり角でドリフトを決めた罪悪感があった。


巫女「お金なら少しあるよっ。昨日ね、この家に住んでるポーラを手伝ったらお小遣いをくれた……」


 どうやら真犯人ははっきりしたようだ。


巫女「高いところの荷物を取ろうとしてたんだけど、危なっかしく……お金なんてわたしはいいって言ったんだけど…….」


勇者「…………」


 勇者さんは少し考えてから、決めた。

 あの青いのとは、そろそろ決着をつけるべきなのかもしれない。


 ……いや、そうか。そういうことなのか。

 勇者さんは、唐突に真相に気が付いた。


 これは、自分に対する挑戦状だ。


勇者「やってくれるわね……」


 しかし目的は何だ?


 勇者さんは巫女さんに少し待つよう言ってから、まぶたを閉ざした。


 五人姉妹がそうするように、念波をひろげると、ちりちりと焼けつくような感触がある。

 その感触を足掛かりに意識をとがらせていくと、勇者さんの思念はエサを見つけた小犬みたいにするすると細い道を駆けていく。

 それは、遠い昔に子狸さんのご先祖さまが用意してくれた抜け道だった。


 バウマフ家は、人間たちと魔物たちが仲良く暮らせる世界の実現を悲願としてきた一族だ。

 

 だから、魔物たちの相互ネットワーク、こきゅーとすのセキュリティには小さな穴がある。


 セキュリティをすり抜ける条件は不明だが、勇者さんの異能は偶然にもその条件を偽装することができた。

 いや、きっと条件を満たしうる勇者さんだから、そうした異能が備わったのだろう。


 こきゅーとすにinした勇者さんは、子狸さんが常駐している本流を目指す。検索機能を使えば一発だ。

 もしかしたら貴重な証言を得られるかもしれない。


王都『巫女さんが張り切ってるから、ついでに学府を潰して貰おうかと思ってるんだよね』


子狸『学府か……』


海底『はたして、ついでに潰して良いものなのかどうか……?』


庭園『ちなみに学府とは、三大国家に巣食う得体の知れない秘密結社のことだ……』


山腹『勇者さんは関係ないだろ! いい加減にしろ!』


火口『いや、学府には異能持ちがいる。あの連中には勇者さんをぶつけるのがいちばんだ』


かまくら『え〜? でも、勇者さんにちょっかい出すと子狸さんが騒ぎそう……』


子狸『そうだ。このおれが黙っちゃいないぜ?』


海底『子狸さんもこう仰っていますし、異能持ちに関わるのはやめましょう』


王都『そうだねっ。……と言いたいところだが、無理に距離を置くと揺り戻しがあるんだよ』


帝国『子狸さんにツケが回ってきたもんな』


連合『だから適度に距離を置くべきだって言ったじゃん』


王国『それ言ったの、おれじゃん』


連合『誰が言ったとか、どうでもいいじゃん』


王国『どうでも良くないじゃん。おれの手柄じゃん』


帝国『でもけっきょくお前の意見は通らなかったじゃん』


王国『…………』


連合『…………』


帝国『…………』


王都『とにかく。勇者さんが壺を買いに来る予定だから、お前らうまく調整しろよ』


山腹『調整しろって、お前……。なんで肝心なところで投げるんだよ』


王都『あ? おれは子狸さんについてるんだから、当然だろ。おれは忙しいんだよ』


海底『ちょっといいですか?』


王都『あ?』


海底『やだ、もう……。このひと、ガラ悪すぎ……』


王都『なんだよ。さっさと言えよ』


海底『ちっ…….。あのね、勇者さんがじっとして動かないんだけど。これ、見られてませんか?」


王都『いま、舌打ちしたか?』


海底『え〜? そこに噛み付いてくるの……』


かまくら『王都のんの狂犬ぶりはとどまるところを知らないな』


子狸『お前ら、仲良くするんだ』


王都『おれたち、仲良しだよな!』


海底『うんっ。生まれてから一度も喧嘩なんてしたことないよっ』


子狸『……いいか、お前ら。三本の矢は簡単に折れるかもしれないが……』


山腹『折っちゃダメだろ。そこで話が終わっちゃうし』


子狸『四本、いや五本なら何とか。……厳しいか。六本……。六本か……多いな』


庭園『本日の子狸さんの教訓。六本の矢は多すぎる』


王都『七の矢は要らないということだな』


火口『おっ。いいね。なんか意味ありげ』


かまくら『レインボーシュート……』


子狸『!』


山腹『レインボーシュート!』


海底『レインボーシュートか!』


王都『レインボー! レインボー!』


子狸『レインボー! レインボー!』


 レインボー祭りがはじまった。


勇者「…………」


 勇者さんは静かに吐息をつくと、巫女さんの手をとって居間に連れて行った。

 窓の前に立って言う。


勇者「ご覧なさい」


巫女「あ、虹……」


 空の向こうに、大きな虹が架かっていた。


 勇者さんはにっこりと笑った。


勇者「あの壺の中には、きっと虹が入っていたのね」


巫女「きれいにまとめようとしている!?」


 虹の上を、青いのが滑っている。

 楽しそうに、はしゃいでいる。


 かくして、王都のひとの企みは未然に防がれたのであった。


 なお、けっきょく巫女さんは壺を割ってしまってごめんなさいした。


 お屋形さまは、にっこりと笑った。

 王都のひとも、にっこりと笑った。


 ふたりは笑顔を交わしたまま、しばらく微動だにしなかった。



〜fin〜




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