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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり叱責編

庭園「来たな……」


 温泉につかってくつろぐ庭園のひとであるが、ここに来た目的は忘れていなかった。

 この国の竜人族と交渉して、大きなミジンコみたいな生きものが来たら追い出すよう説得するのだ。

 しかしこの国の竜人族とはいったいどのような……。


 いや、それも会ってみればわかることだ。

 湯煙越しに浮かぶ異形の影に庭園のひとは気を引きしめる。

 腰を上げ掛けるが、すぐに肩まで湯につかり直した。


 魔物たちの視力は人間のそれとは比較にならないほど精度が高い。

 湯煙を掻き分けるように歩いてきた人物が内包している生命力はケタ違いだった。

 世界広しといえど、純粋な肉弾戦で西湖の竜人族を上回る人間はいない。


 どこかの国には巨大な身体を持つ人間もいるらしいが、生まれ持った細胞を鍛えることはできないのだ。

 西湖の国には、体内で病原菌を培養し化学的に合成するような動物もいる。

 生きるために敵対種族を根絶しうる生態を身につけた生物がざらにいるから、あの国の人間たちはとてもユニークな存在に仕上がっていた。


竜人「おや、先客とは珍しい」


 色々な国があり、色々な人間がいる。

 西湖の国で暮らす人間たちは、ミジンコとよく似ている。身の丈ほどもある、大きなミジンコだ。

 竜人と名乗る強靭な肉体を持つ霊長類スポットワーム科だ。


 現れた竜人は、議長ではなかった。

 外見はほとんど同じだったが、微細な違いを見分ける目を庭園のひとは持っていた。


庭園「…………」


 だから総勢八名もの団体客を目にして、そこに議長はいないと断言することができた。


竜人「貸し切りじゃないのか?」


竜人「いいじゃないか。旅は道連れ、世は情けさ」


竜人「そうだな。旅先の出会いは良いものだ」


 この温泉はふつうに有毒であったが、そんなことは竜人族にとって些末な問題だった。

 

 些細なすれ違いから庭園のひとは誤解しているようだが、この国の竜人族などというものははじめから居ない。

 たまに目撃される大きなミジンコみたいな未確認生物が「竜人」と、そう呼ばれている。それだけのことだった。


 庭園のひとは、無言で隅っこに移動した。

 竜人たちは、追ってきた。

 庭園のひとは、竜人たちに囲まれた。

 肩が触れ合うほどの至近距離だ。


庭園「……あの。ちょっと、近い……」


 庭園のひとはおびえている。強い弱いという問題ではなかった。

 魔物たちは自我を獲得した魔法だ。そのベースになったのは人間の心だったから、根本的な精神構造に大きな隔たりを抱える竜人族に対してどのように接すれば良いのかわからなかった。

 

竜人「そうかな?」


 竜人たちは、はぐらかすように口の先端をしゅっと伸ばした。

 縮こまる庭園のひとを見つめる眼差しが熱い。


竜人「君、もしかして庭園のひとじゃないか?」


庭園「……いえ、僕……ひと違いじゃ……」


 とっさに詐称しようとする庭園のひとの言葉を、竜人たちの喝采が遮った。


竜人「やっぱり!」


竜人「そうじゃないかと思ったんだ! 見たよ、あの地下通路の戦い……一発でファンになったんだ」


 庭園のひとは、かつて地下通路において相対した百機を越える精霊を撃破したことがある。


 竜人族に性別という概念はない。あるとすれば「性別:寄生」ということになる。

 彼らの故郷では、掃いて捨てるほど敵には事欠かなかったから、奇跡的に男女が揃うよりも襲い掛かってくる適性種族を苗床にするほうが確実だった。

 

竜人「凄かったよ。まさか精霊を上回るとは思わなかった」


竜人「ああ、凄かったな。触手が雷みたいに走って……」


竜人「そう、とても電撃的だったよ……」


 苗床にするのは強敵であればあるほど良い。

 だから竜人族にとって、最強の魔物とは人間で言うところの絶世に美女に他ならなかった。


 電撃的という単語を強調してくる竜人たちに、庭園のひとは謙遜した。


庭園「いえ、そんな……たまたまです……」


竜人「そう? 謙虚なんだね……」


 魔物たちは有機生物ではないから、苗床にすることはできない。

 しかし子を成せないからと言って、世界一の美女を前にして理性を保てるかと問われれば……。


 竜人たちは、このチャンスを逃す気にはなれなかった。


竜人「アリスって、呼んでいいかな……?」


 アリスというのは庭園のひとの本名だ。


庭園「いえ、そんな……僕たち初対面ですし……」


竜人「どんな出会いにも、はじめてはあるさ」


竜人「そうだな。この出会いは運命かもしれない」


竜人「そうじゃないという保証はないんだ。誰だって。もちろん僕らも。そうだろ?」


竜人「だったら踏み出そうよ、勇気を出して」


 竜人族は愛に生きる種族だ。ぐいぐい来る。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したかったが、庭園のひとは魔物である前に一人の芸人だった。


 魔物たちの相互ネットワークこきゅーとすは、諸事情あって旅に出ていた木のひとへと贈るメッセージという側面を持っていた。

 笑顔を忘れまいと心に決めていたから、いつしか魔物たちの根底には不屈の芸人魂が根付いていた。

 だから、ここで逃げ出すのは「ちがう」。


 バウマフ家と共に過ごした一千年という歳月が、庭園のひとの退路を閉ざしていた。



 *



 予想以上に可哀相だった。


 モニター越しに庭園のひとの孤軍奮闘を見守る魔物たちは、上品に微笑んでいる。


 魔物たちは人の心を持つから、大多数の人間がそうであるように他人の不幸を喜ぶ。

 幸福を実感するためには、比較対象が必要だ。

 安全なところから他人の不幸を眺める。これに勝る愉悦はあるまい。


 幸せになりたい――。

 その純粋な気持ちが、魔物たちの口元をいびつに吊り上げていた。


 メインモニターを見れば、交際を迫る八人の竜人に庭園のひとがしどろもどろに受け答えをしている。

 サブモニターに映る議長が、ドッキリのプラカードを片手に物陰から竜人たちの指揮をとっていた。


議長『違う! どうしてそこで引くんだ。押せっ。もっとだ!』


 その様子を肴に、魔物たちは宴会モードに突入した。


火口「おい! 酒が足りねーぞ!」


しかばね「はい! ただいま~」


 アシスタントの歩くひとがスタジオ内を忙しげに走り回っている。

 むんずと海底のひとを掴み、舞台の裏に引っ込むと、


海底「あぁっ……!」


 心なしやつれた海底のひとを観客席に戻して、グラスに並々と注がれた青い液体を提供する。


かまくら「おかわり!」


しかばね「は~い!」


 つまみを平らげたかまくらのひとが満面の笑顔でお茶碗を突き出した。


 今日もごはんがおいしい。



 *



 竜人族は魔法使いとしての適性が低い。

 強靭な肉体は、しかし盾魔法に阻まれては進むことは叶わず、浸食魔法を受ければひとたまりもないだろう。

 総合的に見れば、竜人族はそれほど強い種族ではない。

 だが、そんなことは関係なかった。


 埋めがたい価値観の相違が、竜人族とそうではない人間たちを隔てる大きな壁だ。

 竜人の里は非常に高い話題性を持つ国であり、多くの人間が関心を寄せているが、じっさいに現地へ行こうとする旅行者は極めて少ない。


 勇者と呼ばれるものは二種類いる。

 魔王を打ち倒したものと、竜人の里に突撃したものの二種類だ。

 

 しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。

 多彩な感情表現を見せる竜人たちに、庭園のひとは泣きたくなる。


 ミジンコと酷似した竜人たちは、横から見るとひよこに似ている。

 しかし正面から見ると、ほとんどラスボスだ。

 そして中身はボーイ・ミーツ・ガール。


 節くれだった腕が肩に回され、庭園のひとはびくりとふるえた。


 竜人さんは、口では強がるけど本当は初心な少女の不安を紛らわすように口の先端をしゅっと伸ばした。


竜人「僕らは、一対一には拘らないんだ」


 庭園のひとはしくしくと泣いた。

 これが竜人族……。なんという気持ち悪い生きものだろう……。

 

 はっとした庭園のひとが顔を上げる。


 湯煙の中、鋭い眼光が走る。


子狸「そこまでにしておくんだ」


 ガンブレードを足場に子狸さんが竜人たちを見据えていた。


庭園「子狸さんっ……!」


 庭園のひとは竜人たちを振りはらって子狸さんに飛びついた。


庭園「怖かったよぉ、怖かった……!」


 泣きじゃくる庭園のひとを慰めたのは、転移して来た仲間たちだ。


火口「泣くな。お前は一人じゃない」


かまくら「おれたちがついてるぞ」


海底「ふっ……こういうのは苦手なんだがな」


 微妙に酒くさかったが、魔物たちは決して仲間を見捨てはしないのだ。


庭園「お、お前ら……!」


 庭園のひとは打たれたように仲間たちを見る。

 そうだ。自分は一人ではない。仲間がいる。血を分けた兄弟たちが……。

 これほど幸せなことはない……。


 わんわんと声を上げて泣く庭園のひとを、三人の青いのがきつく抱きしめた。


 面白くないのは竜人たちである。

 のこのこと現れた子狸さんへと怒号を放つ。


竜人「非難される覚えはない。恋愛は自由だ!」


 そうだ! と他の竜人たちも一斉に唱和した。


 子狸さんは頷いた。その通りだ。彼らの言っていることは正しい。恋愛は自由であるべきだ。

 だが、庭園のひとが泣いている。ならば、自分は間違っていてもいい。


子狸「お前たちに……」


 子狸さんは前足を腰だめに構えると、お腹の底から声を張り上げた。



子狸「お前たちにお義父さんと呼ばれる筋合いはないと言っているんだァーッ!」



 その怒りに呼応するかのように、子狸さんの全身を紫電が駆けめぐった。

 

 竜人たちは目を丸くした。

 たいていの人間は自分たちと関わり合いになることを避けようとする。

 本気で叱ってくれる他国の生きものと、彼らははじめて出会った。


 気まずそうに目線を交わした竜人たちは、旗色悪しと見てとってか退散することに決めたようだ。

 去り際に、一度だけ立ち止まって子狸さんを見た。


竜人「……名前」


子狸「ん?」


竜人「名前は?」


 目が合うと、竜人さんは素早くぷいっとそっぽを向いた。


 首を傾げた子狸さんが言う。


子狸「ポン=ポコ。しがない冒険者さ」


竜人「……変な名前。でも、そうか。ポン=ポコね……」


王都「…………」


 王都のひとは何故か戦慄した眼差しで子狸さんを見つめている。


 かくして竜人たちは去って行った。


 輪になって踊る青いひとたちを、子狸さんは優しい眼差しで見つめている。


 物陰に隠れている議長が、苦笑した。



議長「敵わないな……」



 ~fin~



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