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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり収録編

『鼓動』


庭園「ふい〜」


 温泉につかった庭園のひとが気の抜けるような声を漏らした。

 ちょうどいい湯加減だ。温泉の成分はふつうに有毒だったが、魔物には関係ない。


 ここは竜人族がひいきにしているという旅籠屋である。

 山腹のひとの話によれば、この国の竜人たちは定住することなく各地を旅しているらしい。


 正直、またろくでもない目に遭うのかなと半ば諦めていたのだが、いざやって来てみれば旅館は綺麗だし、露天風呂から眺める景色もばっちりだ。

 山腹のひとを信じた自分の決断は正しかったと言えよう。

 やはり信じるものは救われるのだ。

 

 庭園のひとは岩肌に身体を預け、ふんぬと胸を張った。


庭園「日頃の行いだなっ」


 庭園のひとは山腹のひとを疑っていたようだが、罠が得意だからと言って性格までねじ曲がるなどということはありえない。

 と言いたいところだが、もちろんそんなことはなかった。



 ✳︎



山腹「ハイ、ということでね。はじまりました、わたくし山腹のーんが司会を務めますドッキリ番組『さしたまっ』。記念すべき第一回目の放送です。アナザーぁっ……!」


 ぽよよんっと跳ねた山腹のひとが、さりげなく自己主張をした。


 魔法の属性とは、すなわち他の魔法との相性であり、これを「魔法の性質」と言う。

 高度な魔法環境では肉体と精神は同列に扱われるから、魔物たちの性格は属性に準じる。

 穏やかな性格をしている山腹のひとは争いを好まないが、ふとした瞬間に魔が差したかのように罠を仕掛ける。そこに悪意はない。


 きらびやかなスタジオで、微妙に投げやりな山腹のひとを、となりに立っている歩くひとが「まあまあ」となだめた。


しかばね「アシスタントの歩くのんです」


 青いのがひしめき合う観客席に向かってぺこりとお辞儀した。

 頭を上げて、山腹のひとに尋ねる。


しかばね「それで山腹さん、本日の趣旨はどういった?」


 山腹のひとはでろっとしている。半液状化した、だらしない姿勢だ。


山腹「どうもこうも、お前ら本当に仲が悪いからさ。何かっつうとギスギスするよね。ギスギスギスギス……よくもまあ飽きずに」


 観客席から野次が飛んだ。


火口「そんなことねーよ!」


かまくら「司会者、態度悪いぞ!」


山腹「だまれっ。とくにお前らを指して言ってるんだよ!」


 こんなときだけ結託してステージに上がってこようとする火口のひととかまくらのひとを、山腹のひとはボディプレスで追いはらった。


 前に前に出ようとする二人を尻目に、われ関せずとばかりに海底のひとが簡易プールにつかっている。

 訳あって千年ほど深海で暮らしていた海底のひとは、決してそんなことはないのだが水の中にいないと生命活動に支障をきたしてしまうのだ。


 ネイルアートした女子校生みたいに自分の触手の先端を見つめている海底のひとに、山腹のひとが怒鳴り声を上げた。


山腹「お前もっ! すぐにそうやって他人事みたいな顔するよねっ」


海底「ん? ああ……うん。ラーメンはわりと好き」


山腹「誰もお前の好物なんざ聞いてねーよ! 子狸か!」


海底「子狸じゃねーよ!」


 魔物たちは子狸さんと同列視されることを嫌う。はるか高みにいる子狸さんの域にはとうてい及ばないと自覚しているのだ。

 魔物たちは奥ゆかしい。


 観客席にダイブした山腹のひとと、これを迎え撃つ海底のひと。

 互いに繰り出した触手が空中で交差して激しく火花を散らした。


しかばね「まあまあ」


 割って入った歩くひとが二人を引き離して、威嚇する山腹のひとを「めっ」と叱る。

 それでも興奮冷めやらない様子の山腹のひとが、歩くひとの制止を振りきって海底のひとに飛び掛かった。


山腹「シャーッ!」


海底「フーッ!」


 やむを得ず、歩くひとは跳躍した山腹のひとに回し蹴りを叩き込んだ。


山腹「かはぁっ……」


 どてっ腹にイイのを貰った山腹のひとが弾丸ライナーみたいに吹き飛ぶ。

 ちなみにこの日、歩くひとはスカートを着用していたが、青いのに下着を晒して恥ずかしがるような感性など持ち合わせてはいない。

 ためらうことなく実力行使に走った歩くひとは、機材に埋もれてぐったりしている山腹のひとにわざとらしく「大変!」と血相を変えて駆け寄る。


しかばね「山腹のひとっ。いったい誰がこんなひどいことを……」


山腹「お前です……」


 ひとまずオチがついたところで、山腹のひとは何事もなかったかのように司会業に復帰した。


山腹「ま、そういうわけでね。この番組ではお前らを絶望のどん底に叩き落として、じつはドッキリでした〜みたいな……そんな感じでお前らに結束を促したいと思っています」


火口「……促せるか、それ?」


 火口のひとの素朴な疑問に、山腹のひとは素っ気なく答えた。


山腹「弱った心につけ込むんだよ。最後はみんなで輪になって踊るんだ。そうでもしないとお前らはいつまで経っても仲良くしねーからな」


 せっかく今年度のイメージキャラクターに選ばれたのに、何かあるたびに互いの足を引っ張り合う同胞たちの姿に、山腹のひとは兼ねてより強い危機感を抱いていた。

 この際、多少強引でも構わない。全員で幸せになれないなら、全員で這い上がるしかない。


 イメージキャラクターの座に固執する山腹のひとに、アシスタントの歩くひとは面白くなさそうな顔をしている。


しかばね「……そのイメージキャラクターに関しては、完全に出来レースだったわけですが」


 ポーラ属さんたちのオリジナルは六人いる。その六人がひと括りにされていたこともさることながら、投票者の圧倒的多数を占めているのがポーラ属であるという事実に、歩くひとは不正という言葉すら生ぬるいドス黒い意思を感じていた。


 しかし仕方のないことではあった。人間たちには青いひとたちの見分けなどできないし、世界各地に散ったアナザーから投票権を取り上げるわけには行かない。


 じとっとした目で見つめてくる歩くひとの視線に、山腹のひとは気付いていない振りをした。

 振り上げた触手で背後のメインモニターを指差す。

 

山腹「今回のターゲットはコイツだ!」


 メインモニターがぱっと点灯し、温泉につかってくつろぐ庭園のひとが映し出された。


 観客たちはどよめくが、予想通りだったので驚きはなかった。

 まず庭園アナザーが一人も観客席にいない時点でわかりきったことであった。観客は抽選で選んだという話だったが、無作為に抽出する前に何もしないとは言っていない、ということだ。


 山腹のひとは言った。


山腹「庭園のん、さいきん本気で悩んでるみたいなんですよね。少しでも力になれたらと思ってドッキリの会場に誘き出しました」


しかばね「泣きっ面にハチですね。どうしてそういうことを平気で出来るのか理解に苦しみます」


山腹「仲間ですから」


 山腹のひとは照れくさそうにはにかんだ。


山腹「現地にはすでに刺客を送り込んでおきました。さっそく呼んでみましょう」


 そう言ってサブモニターに愛想良く触手を振る。


山腹「実況の子狸さーん。現地の様子はどう……」


 ぱっと点灯したサブモニターに旅館が映る。

 旅館の前には誰もいない。


 山腹のひとはやれやれと肩をすくめた。


山腹「ま、いないよね」


 待っていろと言われたら姿をくらますのは基本だ。

 基本に忠実な子狸さんを魔物たちは高く評価している。

 安定の子狸不在に観客席がどっと沸いた。


火口「こういうとき、王都のんはホントに使えねえなー」


かまくら「子狸さんの言いなりだもんな。むしろ王都のん主導の可能性すらあるよ」


海底「あのひと、子狸さんと二人きりになるとたまに本気でダミー情報を流してくるからね」


 ちなみに王都のひとが観客に混ざっていないのは、決してアナザーを作ろうとしないからである。

 王都のひとが二人以上になると、主導権の奪い合いで日が暮れる。本人もそれを自覚しているから、生まれてこのかた一度として分身魔法に頼ったことがない。


 子狸さんとセットで姿をくらました王都のひとに、山腹のひとは腹を立てた様子もない。

 むしろ想定内ですらあった。


山腹「ですが、ご安心を。こんなこともあろうかと、第二の刺客を仕込んでおきました」


 ぱっと暗転したサブモニターに、アップで大きなミジンコが映った。


議長『やあ』


 竜人族の長であった。


議長『昂ぶってるかい? 僕はとても昂ぶっているよ』


 議長は変てこな挨拶をした。ひょんなところですれ違った知人に多少の気まずさを感じながらも会釈するように口の先端をしゅっと伸ばした。


 ありていに言えば……

 山腹のひとと竜人族はグルであった。


 そう、全ては罠だったのだ。


庭園『はあ……。ごくらく、ごくらく』


 庭園のひとの運命や、いかに。



〜fin〜



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