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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり出航編

 陽光を浴びて大きな鈴がきらりと光った。


 早朝。

 澄み切った大気を透過するかのように日の光が境内に降りそそいでいる。

 垂れ下がった鈴緒をはっしと掴んだ触手は、庭園のひとのそれだ。


 がらんがらんと鈴を鳴らし、柏手を打つ。


 厳正なる投票の結果、今年度の大陸を代表するイメージキャラクターに選ばれたポーラ属さんたちは、六人のオリジナルから成る。

 その内の一人、庭園のひとの趣味は開運グッズの収集だ。


 妖精の里に囚われたアナザーが大変なことになっていると聞いて、本日は神社に厄を祓いに来た。


 もちろん庭園のひとは、運気などというあいまいなものを信じてはいない。

 だが、ものは考えようだ。


 例えば、ここにお守りがあったとする。

 お守りを肌身離さず身につけていれば、何か災いが身に降りかかったとき「お守りがあったからこの程度で済んだんだ」と前向きに考えることができる。あのときお守りを買っておけばと後悔するよりも、ずっと健やかに日々を過ごせるのではないか。


 庭園のひとは最強の魔物である。Luk値にステ振りをし忘れたのではないかとまことしやかに囁かれる青いのは真摯にお祈りを捧げる。


庭園「祓いたまえ……清めたまえ……」


連合「…………」


 ひそかに木陰で見守る連合国担当の鬼のひとが絶句して立ちすくんでいた。


 なんか不吉だからよその国でやって欲しかったのだが、切実すぎて掛ける言葉を見失ってしまったのだ。


 べつに庭園のひとはとくべつ運が悪いとかそういったことはない。

 ただ、厄介ごとを押し付けられやすい立場にいる。それだけだ。


 庭園のひとの自宅から徒歩数秒の空中回廊は、諸事情あって宇宙飛行士の養成所としての側面を持つ。

 他星系における惑星調査を想定しているため、いかなる過酷な環境にも屈さない戦士を育成する場になった。それが空中回廊だ。

 だから回廊内をうろつくことが多い庭園のひとは、いかなる過酷な環境にも屈さない最強の魔物になった。

 人間たちの阿鼻叫喚を楽しみに設置した数々のアトラクションが、まさかおのれの身に降りかかるとは。盲点であった。


 いかんせん全てのステータスが高水準でまとまっているものだから、荒事となれば庭園のひとの出番となる。この悪しき習慣を断ち切りたいと庭園のひとは願っていた。言うほどステータスには差がないし。

 もしもランダム選択のマップに放り込まれた魔物たちがバトルロワイヤル方式で骨肉の争いを繰りひろげたなら、生き残る確率が少し高い。はっきり言って誤差の範囲内。その程度の違いだ。


 だが、少しでも確率が高いなら、それは理由としてじゅうぶんであった。


山腹「どーん!」


 隕石みたいに降ってきた山腹のひとが背後に着地した。このテンションの高さと来たらどうだ? むせ返るような厄介ごとの気配がした。


 庭園のひとの反応は速かった。振り返ることなく即座に跳ねて離脱を図る。境内に降る光を追い抜いて触手が走った。


 山腹のひとがあざ笑った。


山腹「勝算があるから仕掛けるんだ」


 庭園のひとは最強の魔物だ。高水準で安定したステータスは、しかし裏を返せば特化した面がないということでもある。

 得意のステージに引きずり込めば勝てる。


庭園「ちぃっ……!」


 爆ぜるような音がして触手が弾かれた。

 豊かな自然に囲まれて育った山腹のひとは罠に秀でた魔物だ。

 すでに準備万端ということか。ならば。

 素早く決断を下した庭園のひとが、ぎゅっと身体を縮めて全身から触手を打ち出した。

 境内に突き刺さった触手に体幹を引き寄せて咆哮を上げる。ひどく悲しそうな声だった。


庭園「ズット、イッショニ……」


 思考能力を戦闘力に還元した庭園のひとが紫電を撒き散らしながら山腹のひとに迫る。


 山腹のひともまた悲しげに目線を伏せた。

 子狸さんが他国に視察に出掛けている間、魔物たちは著しく情緒不安定になる。庭園のひとは、その不安定さを逆に利用して根源的な力を引き出している。


 山腹のひとは言った。


山腹「来いよ。そんな力、否定してやる」


 勝ち目のない戦いに身を投じようとする山腹のひとに、背後から声が掛かる。


連合「一人じゃキツそうだな。手を貸そうか?」


 境内の木に背を預けて立つ連合のひとに、山腹のひとは笑みを零した。


山腹「そうだな。おれたちは……一人じゃない」


 仲間がいる。

 それが、きっと最強の魔物が一度は手にしながらも惰弱と切り捨てた、けれど本当の「力」だ。


 肩を並べて立つ山腹のひとと連合のひとが吠えた。


山腹&連合「おれたちは、もう二度と間違わない!」



 ✳︎



 ひとしきりどったんばったんしてから、山腹のひとが庭園のひとに這い寄る。


山腹「庭園のん、庭園のん。いま、ひま?」


庭園「行かないけど、なに?」


 庭園のひとは先手を打ってまず断ってから用件を尋ねた。

 連合のひとと一緒に動画の編集をしている。ついさっきの激闘をそれとなく子狸さんに視聴して貰って他国視察のスケジュールを延期しようと画策しているのだ。


 一時的とはいえ子狸さんが大陸から離れることを、魔物たちは快く思っていない。随行している王都のひとも相当なストレスを感じているようだ。あの国の人間たちは物事の考え方が物騒すぎる。

 魔物たちが安定性を欠きつつあるのも事実だ。

 そして、それこそが子狸さんが他国に放り込まれている最たる理由でもあった。


 管理人なくして魔物は平静ではいられない。

 もしも魔物が他国で一人ぼっちになったなら、何をしでかすかわかったものではないということだ。

 子狸さんの特赦は修行の旅に出ている、らしい。


 だが、そのために自分たちをないがしろにするのは本末転倒というものだ。

 べつによその国がどうなろうと知ったことではない魔物たちは、あれこれと手を尽くして子狸さんを引きとめようとしていた。


 王都のひとは子狸さんのパワーアップを目的に付き合っているようだが、そもそもあの青いのをどうにかできる存在など世界中どこを探してもいるわけがない。いるとすれば、それは魔物たちくらいだ。


 つまり王都のひとは同胞の裏切りを想定して動いていた。

 さすがは管理人の近衛だ。徹底している。


 しかし病的なまでの悲観は、魔物たちの一般的な見解からは離れる。


 はじめから疑って掛かる庭園のひとに、山腹のひとはことさら明るい声で用件を告げた。


山腹「ぱんぱかぱーん! おめでとうございます。ご応募されました温泉めぐり一泊二日の旅、ご当選でーす!」


庭園「……Really?(まじで?)」


 庭園のひとはネイティヴな発音で真偽を問うた。


 応募した覚えすらないのに当選するとは。それっていったいどれだけの確率だ?


 山腹のひとが差し出したチケットに思わず触手を伸ばしそうになり、ぐっと踏みとどまる。


 ……いや、怪しい。怪しいなどという領域を優に飛び越え、もはや完全にクロだ。

 見ろ。連合のひとに至っては、この一瞬にすでに逃走を終えているではないか。


 しかし。庭園のひとは思った。山腹のひとは、チームブルーの中でもっとも穏やかな性格をしている。

 とある勇者が何かやらかすたびに傍観し、とくに引きとめることをしなかった点は気掛かりだが……。

 人間のやることに、こちらからああしろこうしろといちいち指図をすることが正しいとも思えない。


 まずはやらせてみる。

 それでダメだったなら一緒に反省し、見捨てることは決してしない。

 そうした山腹のひとの教育方針は、自分の考え方にとても近い。


 いや、しかし。そうやって油断させておいて、自由に動けない王都のひとの裏方に徹してきたのがコイツだ。じつはとんでもなく薄汚れた性格をしているという疑惑は捨てきれない。


庭園「…………」


 じっと見つめてくる庭園のひとに、山腹のひとは苦笑して種明かしをはじめた。


山腹「て言うのもね、ちょっとお願いがあって」


 やはり裏があるらしい。


山腹「子狸さんが視察に行ってる国の、竜人族に接触して貰いたいんだよね」


 国によって人種は様々だ。

 竜人族が大きなミジンコであるとは限らない。


 山腹のひとは続けた。


山腹「超世界会議で、勇者さん本人を放り込んでみてはどうかっていう意見が出てるんだ」


庭園「……また空回りするだけじゃないか?」


 超世界会議に出席している面々からしてみると、勇者さんは世にも珍しいリアル勇者だ。

 たった一人の人間が戦局を左右するような狭まった発展を遂げる国は非常に珍しい。

 大陸の討伐戦争とて、魔物たちの暗躍がなければまったく違った結末を迎えたことだろう。


 さいきん深夜にコソコソと可愛いポーズの練習をしている勇者さんが、他国で空回りをしないという保証はどこにもない。

 同じく巣穴でカッコいいポーズの練習をしている巫女さんと奇跡の一致を果たしている場合ではないのだ。


 しかし、だからこそだ。山腹のひとは言った。


山腹「不確定要素をなくしておきたいんだよ。ドワーフもアレだったし、もう絶対にあのヒトがしゃしゃり出てくるでしょ……」


庭園「そうね」


 庭園のひとは認めた。

 竜人族と聞いて、あのミジンコが黙っているとは思えない。

 確実に現れるだろう。しれっとした顔で混ざってくるに違いない。


 山腹のひとは勇者さん担当だ。

 心配する気持ちはわかる。

 竜人族は魔法使いとしては二流、三流だが、おぞましいばかりの生態をしている。


 できれば関わり合いになりたくないが……

 もしも仮に勇者さんが出張することになれば、超世界会議で議長を務めているあの竜人は、どう動くだろうか。

 子狸さんを見つめる目が怪しい、あのミジンコは。子狸さんが憎からず思っている勇者さんに対して。


 ただ、これだけははっきりと言える。

 関わり合いにはなりたくないが、その場に居合わせるのはもっと嫌だ。

 議長の介入は防ぎたい。


 そして何よりも「当選」という響きだ。

 庭園のひとは手を打った。


庭園「よし、おれに任せろ」


山腹「うん。お願いね」


 二人はもぞもぞと身を寄せ合うと、ぴょんと飛び上がって身体をぶつけ合った。


庭園&山腹「ラッキー☆チャーンス!」


 荒れ果てた境内に降りそそぐ日の光が、庭園のひとの船出を優しく祝福するかのようだった。



〜fin〜



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