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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり居候編

 とある勇者が王立学校に転入してくる数か月前の出来事だ。

 魔物たちと精霊たちのちょっとしたすれ違いから全家屋の八割ほどが全壊した王都では、急ピッチで復興が進んでいた。

 もはや遷都したほうが早いのではないかという声もあったが、その意見は黙殺された。裏で何か強大な力が働いたのだ。


 復興中の王都では、瓦礫を撤去する精霊や、資材を担いで忙しなく走り回る精霊、陣頭指揮をとるエルフ、または惰眠をむさぼる魔物の姿が各所で見られた。

 そんな中、奇跡的に損害を免れたとあるパン屋では、一人の居候を匿っていた。

 ユニ・クマー。

 豊穣の巫女、と呼ばれる少女だ。

 

 路頭に迷っていた彼女を連れてきたのは、とある子狸の母である。ここでは仮に母狸さんと呼ぶとしよう。

 この母狸さん。ありていに言えば、息子の子狸さんが単体で完結しつつあることを常日頃から心配していた。

 単体で完結している、というのは、つまりこの世に生まれ落ちてより十数年、つがいの候補者がいた時期がなかったことを意味する。


 何やら子狸と面識がある様子の少女を、首尾良く巣穴に連れ込んだ母狸さんはにこにことしていた。

 このとき、子狸さんは留守だった。魔王容疑で騎士団に捕獲され、取り調べを受けていたのだ。

 その点に関して母狸さんは心配していなかった。彼女は騎士団にちょっとした伝手があり、息子の置かれた状況を逐一把握していたし、そして何より、そう珍しい出来事ではなかったからだ。


 息子と同じ年頃の少女を言葉巧みに自宅へと誘い込んだ母狸さんであるが、さすがに夫に無断というわけにはいかない。パン工房にこもっている夫に、扉越しに事情を説明した。

 ひとが口にするものを扱っていることから、仕事場には家族といえど気軽には立ち寄らないよう厳命されているのだ。

 母狸さんの旦那さん、ここでは仮に父狸としよう。父狸も、ふだんは仕事場を離れることは避ける。衛生上と安全性の問題だ。

 しかし事情が事情だった。


 珍しく仕事を途中で切り上げて工房から出てきた父狸は、豊穣の巫女をひと目見るなり、しぶい顔をした。

 この父狸、正体は先代魔王だ。

 魔法に対する嗅覚が鋭く、常人にはない感覚を持っている。

 だから、ひと目でわかった。


父狸「……本物か」


 少女を取り巻く魔力は、父狸の感覚に即して言うならば、「手」が多かった。

 これは常日頃から幅広い用途で魔法を使っているということだ。もっと言えば、用途の幅が広い使われ方に魔法が慣れている。その幅の広さが尋常ではなかった。


 巫女は憔悴していた。

 彼女には王都を脱出しなければならない理由があった。しかも騎士に見つからずに、という条件がつく。

 脱出するなら、騎士団が正常に稼働していない今しかない。理屈ではわかる。

 それなのに、機を逃してずるずると滞在してしまった。

 混乱に乗じて王都を脱出したとしても、すぐに追いつかれてしまうのではないかとおびえていた。


 この王都には、異様に足が速い騎士がいる。二、三日の猶予など簡単に潰されるだろう。

 ひと角の人物であったから、現在の王都を捨て置くとは考えにくい。それは確かだったし、じっさいにそうだった。

 もしも早晩に決断を下していたなら、逃げ切ることは可能だった。

 それでも。


 追っ手を気にしての、一人旅になる。


 それが怖くて、けっきょく彼女は王都に身をひそめて救援を待つことに決めた。消極的な案ではあるが、現状を維持することに安心を求めたのだ。

 豊穣の巫女、ユニ・クマーは極めて優秀な魔法使いであるが、即断を要する場面ではよくミスをする。

 それでいて、子狸さんが捕獲されたときには既に現場を離脱していた先見性があり……

 ようは、環境によって能力が大きく左右される、ふつうの人間なのだ。

 スカイダイビングの真っ最中に地表まで結構あるから片手間に必殺技の練習をしはじめる子狸さんとは、少し異なる。


 逃亡生活に疲れ果てた巫女さんは、父狸の剣呑な様子に気を落とした。

 父狸は、ひもじそうな少女を気の毒に思う。気の毒には思うが……


父狸「犯罪者を匿うのは違法だぞ」


 この大きなポンポコは先代の魔王だ。

 本来の力を以って為せば、成らぬことはない。騎士団を一蹴することも容易だろう。

 しかし、だからこそ法に準じようという気持ちが強かった。

 自分からルールを破ってしまえば、人々と共に生きる自分は偽りということになりはしないか。


 だが母狸さんの考えは異なっていた。

 彼女は、家庭がいちばんだ。

 息子の友人を見捨てる気にはなれない。

 それは、彼女にとって犯罪者であるかどうかよりも重大な要素だった。

 第一、それを言い出したら、履歴書が前科で埋まってしまう子狸さんはどうなのだ?


 とはいえ、夫の言いたいこともわかる。長年、連れ添ってきたのだ。

 あいまいで、ふわふわとしているが、譲れない部分なのだろう。

 だが、今回は折れてもらおう。


 母狸さんは、にっこりと笑った。


母狸「じゃあ、こうしましょう」


 ふわりと包み込むように手を叩き、言った。


母狸「ノロに決めてもらうの。そうしましょ」


 子狸さんは、決して間違ったことを言わないのだ。

 

 それは、親のひいき目を差し引いたとしても認めざるを得ない、バウマフの血が為せるわざなのかもしれない……。


 妻の提案に、父狸は押し黙った。


 父狸は、知っている。いや、信じている。


 自分の息子は、皆を幸せにする力を持っている。


 それは、きっと自分にはない、受け継がれなかった力だ。


子狸「話は聞かせてもらった」


 のこのこと戻ってきた子狸さんが言った。スピード展開だ。


 この場にいる誰よりも早く反応したのは、瞬間移動してきた骨のひとだった。

 柱に背を預けたまま、言う。


骨「だが、先に解決すべき問題が残っているようだな……?」


 とりあえず言ってみたという感じだった。


 子狸さんに続いて、ぞろぞろと魔物たちが上がり込んでくる。

 ふだんは巨大な魔物も身体を縮めて行列に参加していた。

 彼らは口々に言った。


火口「ちょっとちょっと、緑。緑さん。なんでまだ巫女がいるんだよ。お前が連れてきたんだから責任とれよ」


緑「そんなこと言ったってさぁ。この子、さっさと見捨てて逃亡しちゃうんだもん。がんばれって気持ちになるじゃん?」


 緑さん。緑のひとはイグアナと似た魔物だ。

 陸上最強の生物と言われ、いわゆる都市級という枠組みを逸脱した「王種」の一人。

 設定上の能力だけでも世界を滅ぼしてお釣りが来る、そんな魔物だった。


かまくら「うん。がんばれって気持ちだな」


 厳かに頷いたかまくらのひとは、触手に小さな鉢植えを抱いている。

 鉢植えの中、サボテンみたいに鎮座しているのは木のひとだ。

 緑のひとと同じ王種で、うっかりするとかまくらのひとが盆栽の趣味に目覚めたようにも見えるが、そうではない。かまくらのひとと木のひとはご近所さんなのだ。


木「この場を借りて言わせてほしい。なんでおれの家は南極なの? おれが生きる上で必要なものが水しかないんですけどっ」


 木のひとは光合成をしてみたい。


王都「仕方ねーだろ。お前が最後に目撃された場所が南極なんだよ」


木「えっ。消息を絶った地点が住所になるの!? なんなの、その未確認生物みたいなシステム……」


 王都のひとの発言にびっくりした木のひとが、わさわさと枝を揺らした。


 ところ狭しと押し寄せた魔物たちは、各々好き勝手に喋りはじめた。


 早くも仲違いした鬼のひとたちが殴り合いをはじめるに至り、父狸が前足を上げて自己主張する。


父狸「待て。待て! お前ら、何しに来た!? そわそわしてるぞ。いったん落ち着こう」


庭園「何しに来たじゃねーよ!」


妖精「こっちが訊きてーよ! お前っ、この元祖狸が! お前、何した!?」


 子狸さんが子狸さんと呼ばれる最たる要因。それは、先代魔王が魔物たちの意表を突いて、油断する魔物たちをあざ笑うかのように、じつは会話が成立していたことにある。

 幼い頃から妙に受け答えが出来ていると感じてはいたが、しょせん見せ掛けのものだろうとたかを括っていたのだ。

 相互理解へと至る溝を埋めるまでの数年間、この大きなポンポコは「行く」と言えば行き、「やる」と言えばやる……もっとも意外な形で魔物たちを欺き続けた。幾度となく。

 

 そうした経緯もあり、魔物たちはこの元祖狸に知恵比べでは勝てないという畏怖に近い感情を抱いている。

 魔物たちは、一斉に子狸さんを見た。

 三歩も歩けばたいていのことは忘れてくれるこの小さなポンポコが、バウマフ家のスタンダード。

 魔物たちに安心感を与えてくれる、現在の魔王だ。


 魔物たちは、この子狸に父狸を糾弾する権利を譲った。


 注目を浴びた子狸さんが、魔物たちの意図を察して頷く。

 口をすぼめて、ふっと強く息を吹いた。

 まったく意味がわからなかったので、魔物たちは「せーの」で言った。


「なんで勇者さんの設定が通ってるんだよ!?」

 「ケーキ!?」

  「あ! ケーキか!」

「えっ、ケーキ!?」

 

 まったく息が合っていなかったので、やり直し。

 だが意思の疎通は必要だ。円陣を組んで固まる。


「タイミングもばらばらだったぞ……」


「せーのね」


「せーので一斉に」


「の、で言うの?」


「の、で直後?」


「直後って本当に直後でいいの?」


「おれだけとかありそうで怖い」


「そこ警戒したら誰も言わないぞ……」


 相談の結果、魔物たちは手をつないで横一列に並んだ。


 互いに互いを監視する、そこには確かなきずなと信頼があった。


 裏切りを確実視された王都のひとが小声で「せーのっ」と音頭をとる。



「ケーキかぁ……」



 ケーキで揃った。



 ~fin~

 


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