うっかり購入編
冒険者にとって武器は大事だ。
魔法使いだから武器を持たないという選択肢はない。
いや、むしろ魔法使いだからこそ武器を持つべきなのだ。
切り札は隠しておいたほうがいい。
かくしてダブルアックス馴染みの武器屋さんに連れて来られた子狸さん。
そこで待ち受けていたのは鯉のぼりとよく似たドワーフの親方であった……。
波打つように伸縮する牙を見つめながら、勇者さんが警戒した面持ちでヒマワリの種をかじる。
勇者『これが、ドワーフ……第三世界の人間……』
勇者さんはたまに意味のわからないことを言う。
しかし、とくべつな存在でありたいと願うのは当然のことだ。
子狸さんは微笑して、勇者さんの発言を聞き流してあげた。
勇者『なんなの、その反応』
小さな子供がサンタさんを信じるように、彼女は異世界などというものを真に受けているようだ。
子供の夢は守るべきだと子狸さんは反省して素直に謝った。
子狸「ごめん。ちょっとね」
苦笑交じりになってしまったのは仕方ない。異世界なんてものが本当にあると信じているのか……。
むきになって反論してくる勇者さんは見ていて微笑ましい。
勇者『生きた証人が目の前にいるでしょっ。どうしてわたしが……!』
視界の端で王都のひとがふっと鼻を鳴らした。
勇者『っ……。元はと言えば、あなたたちが言い出したことなのに!』
王都『事実が常に正しいとは限らない。そんなこともわからないのか?』
真実とは絶対不変の事実ではない。
何が正しいかを決めるのは勝者。
子狸さんの側に立つことが正義だ。
王都のひとはうにょーんと身体を伸ばした。
威嚇するように触手をひろげて、くねっと身体をひねる。
レベル1の魔物たちが愛用する猛虎の構えだ。
王都『この、ダメ勇者めぇっ』
勇者『言ったわね! このっ……!』
飛び掛かってきた勇者さんに、王都のひとはすかさず触手を巻き付けた。
じたばたする勇者さん。
王都のひとがあざ笑った。
王都『近頃、少し調子に乗っているようだが……勘違いするな』
ポーラ属さんたちの身体は不定形であるがゆえに自在に伸び縮みできる。
ぐねぐねと蠢いた王都のひとが、分裂した体幹をふるわせて吠えた。
王都『いちばん可愛いのはこのおれだァアアァ……』
体幹の一つ一つに備わった口腔から真っ青な牙が覗いている。
放たれた咆哮がびりびりと大気を揺るがした。
子狸「…………」
ラスボスは常に身近にいるかのようだ。
多頭竜みたいになってしまった王都のひとを子狸さんは透明な眼差しで見つめている。
王都「アァァアアアアァァ……」
ぐぅっと伸び上がり、びくびくと蠕動する王都のひとにどう声を掛けて良いものかわからない。
視線を転じると、目の前にしゃがみ込んでいる親方が激しく伸縮する牙をガチガチと打ち鳴らしている。
親方は言った。
親方「よく鍛えられている。しなやかで、粘り強い」
子狸さんの後ろ足をひれで揉んでいる。
武器の作成を依頼されたから、こうして使用者の検分を行っているのだ。
王都のひとの分裂した体幹の一つが、少しでも妙な真似をすれば親類縁者ともども無事では済まないんだからねっと至近距離で見張っていた。
親方は意に介さない。
親方「ふむ……」
思い悩むように牙の伸縮はなだらかだ。
さっと立ち上がる親方に、店内の武器を思い思いに眺めていた疾風さんと烈火さんが声を掛けた。
疾風「どうだい? 親方」
烈火「そいつは駆け出しなんだ。あんまり気を張らなくてもいいぜ」
はじめから最高級の装備など求めてはいない。
望ましいのは壊れても惜しくないと思えるくらいの価格だが、先を見越したものでなければ困る。
……嫌な客だ。親方は、無理難題を吹っかけてくるダブルアックスの二人をそう評した。
親方「少し待て」
ぶっきらぼうに告げてから、店番のドワーフに歩み寄っていく。もごもごと何事か呟きながら。
親方「4六金・9一飛・5九銀……」
店番「……?」
いぶかしむ赤銅色の肌をした男性に、親方はひれを突きつけた。
銀色の、鉛筆みたいなものを持っている。ひれを握り込むと、鉛筆の先端部が展開してパラポラアンテナみたいになった。
そのパラポナアンテナを店番さんの側頭部に近付けると、みょんみょんみょん……と怪しい音が鳴る。
店番さんの目がだんだん虚ろになっていく。
親方は囁くように言った。
親方「俺は誰だ? 言ってみろ」
店番「……親方だ」
親方「よし……」
何かしら業務上の連絡があったのかもしれない。短い遣り取りを終えて、親方はくるりと振り返った。期待の眼差しを寄せてくる子狸さんに言う。
親方「素手ではダメなのか?」
烈火「そりゃないぜ親方ぁ!」
親方「しかしな……」
詰め寄ってくる烈火さんに親方は困ったように太い胴体をくねらせる。
親方は魔法使いに詳しい。
魔法の起点は術者と世界の境界線だ。ようは人間で言うところの皮膚であり、これは露出していたほうが望ましい。
したがって魔法使いの最終装備の一つは全裸であると断言できる。
しかしそれでは逮捕されてしまうから、魔法使いの多くは服を着る。
武具を自身の一部と見なすことは不可能ではないが……武器を忌避する文化に生まれ育った子狸さんには難しいだろう。
親方はきっぱりと言った。
親方「魔法使いは全裸が最強だぞ」
子狸さんが口惜しそうに言った。
子狸「予感はしていました。そんな予感は……」
いざと言うとき、自分は脱ぐしかないのだ。
それは魔法使いに課された宿命と言っても差し支えないだろう。
勇者『そんなこと、わたしが許さないわ』
着衣の文化は誇りの文化だ。
ひとは誇りと共に生き、誇りと共に死ぬべきだ。
それが勇者さんの持論であった。
烈火さんと疾風さんも勇者さんと同じ意見のようだ。
疾風さんが拝むように片手を立てて親方に頭を下げる。
疾風「頼むよ、親方。後輩を全裸で放り出したなんて知られた日には、俺たちが剥かれっちまうよ」
冒険者たちの上下関係は絶対だが、それはつまり後輩の面倒を先輩が見るということでもある。
烈火「俺からも頼む! この通りだ!」
子狸さんはきょとんとしている。
まるでここに何をしに来たのか覚えていないかのような風情だったが、それは違う。
武器屋に何をしに行くのか忘れただけであって、ここは八百屋だから当然そのようにするのだ。
子狸「きゅうり……か?」
八百屋へのこだわりが尋常ではない。
いったい何が子狸さんをそうさせるのか。
親方が嘆息した。
親方「そうまで言うなら仕方ない。色々と試してみるか……」
*
武器屋から戻ってきた子狸さんとダブルアックスに、アンソニーさんが声を掛けた。
係員「武器を買ってきたのか?」
烈火さんは誇らしげだ。
烈火「おう。見てくれよ、アンソニーさん」
疾風さんは肩をすくめている。
疾風「ま、悪い買い物じゃなかったかな」
色々と試してみた結果……
子狸「ッス」
子狸さんの武器はガンブレードになった。
トリガーを引くと、物干し竿にもなる。
ガンブレードを構えて見せる子狸さんに、アンソニーさんがニカッと笑った。
係員「使いにくそうな剣だな」
忌憚なき意見を述べたアンソニーさんの白い歯がきらりと輝いた。
~fin~
注釈
・南砂世界の暗号詠唱
南砂世界の言語は日本語に近い。
そのままではないが、漢字の音読みと訓読み、ひらがなにカタカナといった要素を持つ。
これを利用し、スペルを暗号化したのが南砂世界の詠唱である。
召喚魔法は対人戦闘に特化した魔導配列を持つ。
何かを移動させることに長け、高位の魔導師であればその何かには自分自身も含まれる。
魔法の基本的な性質である「つなげる」力を利用し、ゲートを開いて世界から世界へと渡る。
ゲートを開くためには内と外の両方から同時に干渉せねばならないため、召喚魔法の術者は最低でも二人一組でなくてはならない。
(戦闘においては「往復」する必要があるため、じっさいは三人一組が基礎になる。招かれなければ入れない)
央樹世界より授けられた科学兵器で武装し、召喚魔法で瞬間移動するのが南砂世界の魔法使いだ。
武装を保管している「武器庫」は本国にあり、これを転送する「送り手」には戦士として未熟な子供たちを配置することが多いようだ。
したがって暗号詠唱は小さな子供たちにもわかるよう常用漢字を基礎とする。送り手は漢字の勉強にもなるぞ。
以下に記すものが、王国歴1002~1003年度版の暗号表である。
歩盤香盤桂盤銀盤
11愛11管11犬11紙
12悪12観12研12詩
13安13間13県13試
14暗14関14見14歯
15案15館15験15事
16以16岸16元16児
17位17岩17原17字
18囲18顔18言18寺
19委19願19古19持
21意21喜21固21時
22胃22器22庫22次
23衣23希23戸23治
24医24旗24湖24耳
25育25期25五25自
26一26機26午26辞
27印27帰27後27式
28員28気28語28七
29引29汽29交29失
31飲31季31候31室
32院32紀32光32実
33右33記33公33写
34羽34起34功34社
35雨35議35口35者
36運36客36向36車
37雲37休37好37借
38栄38宮38工38弱
39泳39弓39幸39主
41英41急41広41取
42駅42救42康42守
43円43求43校43手
44園44泣44港44種
45遠45球45考45酒
46塩46究46航46首
47央47級47行47受
48横48給48高48周
49王49牛49号49州
51黄51去51合51拾
52億52挙52告52秋
53屋53漁53国53終
54温54魚54黒54習
55音55京55今55週
56下56競56根56集
57化57共57左57住
58何58協58差58十
59加59強59最59重
61夏61教61才61宿
62家62橋62祭62祝
63科63鏡63細63出
64果64業64菜64春
65歌65局65材65順
66火66曲66坂66初
67花67極67作67所
68荷68玉68昨68暑
69課69近69刷69書
71貨71金71察71助
72画72銀72札72女
73芽73九73殺73勝
74会74区74皿74商
75回75苦75三75唱
76改76具76参76小
77械77空77山77少
78海78君78散78昭
79界79訓79産79松
81絵81軍81算81消
82開82郡82残82焼
83階83係83仕83照
84貝84兄84使84省
85外85型85司85章
86害86形86史86笑
87街87径87四87象
88各88景88士88賞
89覚89計89始89上
91角91軽91姉91乗
92学92芸92子92場
93楽93欠93市93植
94活94決94思94色
95寒95結95指95食
96完96血96止96信
97官97月97死97心
98感98健98氏98新
99漢99建99糸99森
金盤飛盤角盤王盤
11深11単11入11未
12申12炭12熱12脈
13真13短13年13民
14神14男14念14無
15臣15談15農15名
16親16知16波16命
17身17地17馬17明
18進18池18敗18鳴
19人19置19配19面
21図21竹21倍21毛
22水22茶22梅22木
23数23着23買23目
24世24中24売24問
25成25仲25博25門
26整26昼26白26夜
27星27柱27麦27野
28晴28注28箱28矢
29正29虫29畑29役
31清31貯31八31約
32生32丁32発32薬
33声33兆33半33油
34西34帳34反34勇
35青35朝35板35友
36静36町36飯36有
37席37腸37番37由
38昔38調38悲38遊
39石39長39皮39夕
41積41鳥41費41予
42赤42直42飛42曜
43切43追43美43様
44折44通44鼻44洋
45節45低45必45用
46説46停46筆46羊
47雪47定47百47葉
48先48底48標48要
49千49庭49氷49陽
51川51弟51票51養
52戦52的52表52浴
53浅53笛53病53来
54線54鉄54秒54落
55船55典55品55利
56選56天56不56理
57前57店57付57里
58然58転58夫58陸
59全59点59府59立
61組61伝61父61流
62倉62田62負62旅
63想63電63部63両
64早64徒64風64料
65巣65登65副65良
66争66都66服66量
67相67努67福67力
68草68度68物68緑
69走69土69分69林
71送71冬71粉71輪
72側72刀72文72類
73息73島73聞73令
74束74投74兵74例
75足75東75平75冷
76速76湯76米76礼
77族77灯77別77歴
78続78当78変78列
79卒79等79辺79練
81孫81答81返81連
82村82豆82便82路
83他83頭83勉83労
84多84働84母84老
85太85動85包85六
86打86同86放86録
87体87堂87方87和
88対88童88法88話
89帯89道89望89、
91待91得91北91。
92隊92特92牧92歩
93代93毒93本93香
94台94読94妹94桂
95大95内95毎95銀
96第96南96末96金
97題97二97万97飛
98達98肉98満98角
99谷99日99味99王
例:「3五桂・8九角・2三香・同角=口望希望=ロボ希望」ということになる。
「同~」は術者のフィーリング。送り手が子供ではなく気心の知れた相手だと多用する傾向がある。
(暗号の複雑化を名目に送り手が駒を取ったりする)
小さな子供たちが配置されている場合は8九王と9一王の句読点を使用する。
9二~九王の駒の順番も小さな子供たちに配慮したものである。
なお、この暗号は北海世界の魔法動力兵(精霊)には通用しない。
いかなる暗号を用いても精霊を欺くことはできない。注意されたし。
誤解するものも多いが、南砂世界の召喚魔法は北海世界の誘導魔法と互角に戦えるものではない。
誘導魔法は最強の魔法である。しかし真似をしようとすると大変なことになる。法典は願いを叶えてくれるものではないからだ。