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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり暴露編

 何もかもが焼けただれて崩れ落ちていくかのようだった。


 砕け散った障壁が光の粒子へと還元され宙に溶けていく。


 のこのこと歩み寄ってきた子狸さんが言った。


子狸「メイガス。そこに道はある」


 障壁を張った男性教諭が歯噛みした。


教師「バウマフっ……!」


 子狸さんの正体は魔王だから、有機生物の限界を越える魔法だって扱える。

 具体的には、いつも横にいる青いのが子狸さんの開放レベルを一つ解除していた。


 バウマフくんは校内きっての問題児と目される生徒だ。

 べつに不良というわけでもないのに、他校の生徒が殴り込みに来ると率先して矢面に立つところがある。

 学園を舞台に、一般生徒とはジャンルが違うと称されるゆえんであった。


子狸「道は続くよ、どこまでも……」


 事もなげに障壁を打ち破った子狸さんが迫る。


 都市級の魔物が扱うとされる超高等魔法を目の当たりにして、女の子の格好をした男子児童がおびえた。

 先生たちに囲まれて、もしかして自分は何か悪いことをしているのだろうかと、今更ながらに不安を覚えた。


 一人の女子児童が悲鳴を上げたのはそのときだ。


妹「お姉ちゃん、もうやめて!」


 低学年の子たちに意外と人気があるバウマフ先輩であるが、何事にも本気すぎて怖いという印象を持つ生徒もいる。そしてそれは少数派の域にはとどまらない。


 このままでは怖い先輩に何をされるかわからないと、制止に入ったのは女装男子の双子の妹であった。


 しかしお兄ちゃんが同い年の妹に対して抱く感情は複雑だ。

 どうして自分だけが、という気持ちはあったし、お姉ちゃんお姉ちゃんと懐いてくる妹を疎ましく感じる瞬間が決してないとは言いきれなかった。

 このときがそうだ。

 お兄ちゃんの幼いかんばせに、さっと赤みが差した。


兄「なんでさっ! エマルタ!」


 エマルタというのは妹さんの名前である。

 お兄ちゃんの名前はハルキトと言う。


 大陸の人間は二字ないし三字の名前を持つものが多い。

 魔法は人から人へと移り行くものだから、本当の名前を隠すという風習がある。これを真名と言う。


 けれど魔法の研究が進んだ近年、真名は廃れつつある。

 ハルキトくんとエマルタちゃんは、そうした今ふうの名前を持つ兄妹であった。


勇者「…………」


 ちなみに廊下の曲がり角でこそこそしている勇者さんがアレイシアンとかいう無駄に長い名前をしているのは、彼女が貴族だからだ。

 王国貴族は真偽のほどが怪しい迷信よりも、華美な響きや古い音、あるいは意味を重んじる。


 エマルタちゃんが言った。


妹「バウマフ先輩は森の生きものだもん! そのほうが幸せだよ!」


子狸「めじゅっ……」


 ハルキトくんの腕の中で、子狸さんがせつなそうに鳴いた。

 そんなことはない筈だと言いたかったのかもしれない。

 こう見えて大陸最大の都市で生まれたシティポンポコなのだ。


子狸「いいや、違う。そうじゃない……」


 しかし子狸オリジナルの意見は異なるようだった。

 人生の大半を野外で過ごしていることもさることながら、論点が違うと敏感に察知したゆえの否定だ。

 自分がどうこうではない。


 子狸さんは後ろ足を器用に折り畳んでしゃがみ込むと、ハルキトくんの肩に前足をぽんと置いた。


子狸「狩りに出たとき、お前は足手まといにならないか? おれはそうは思わない。お前には色々なものが、まだ足りないんだ」


 かつてペットを飼いたいと言った子狸さんを魔物たちが諭したように、狩猟民族の視点から放たれた言葉だった。


子狸「そうじゃないと言うなら、力を示せ。それが村のおきてだ」


 子狸さんの言葉には奇妙な説得力があった。

 力こそ正義。世紀末の理屈は単純であるがゆえに越えられない壁を小さな子供にもわかりやすく突きつけてくる。子狸さんにとっての算数ドリルがそうであるように。


 子狸さんの担任教師、アイ先生がたまらず口を挟んだ。


先生「バウマフくんっ、暴力はいけませんよ!」


子狸「……暴力?」


 子狸さんは心外そうに言った。


子狸「暴力か……」


 しかしとくに反論はないようであった。

 スッと目を細めて、ハルキトくんに意思を委ねる。


子狸「どうなんだ?」


 もはや何を意図した言葉なのかも判然としなかったが、ハルキトくんにとってはどちらでもいいことだった。


 幼い頃から女の子みたいに育てられて、そのことに疑問を覚えることはなかった。

 けれど学校では、同級生の男子に散々からかわれて、それが悔しかったから、このままじゃいけないんだと思うようになった。

 話が合う子は女子ばかりだけど、男子と一緒に遊びたいという気持ちもあったから。


 そんなハルキトくんにとって、バウマフ先輩は憧れの上級生だった。

 他の先輩たちと比べるとむしろ小柄なほうなのに、とても勇敢だ。


 しゅんと肩を落としてうつむいたハルキトくんが、小さな手で子狸さんの袖をぎゅっと握った。


兄「……じゃあ、こっちのバウマフ先輩にする」


子狸「……ん?」


 どういうことだ? 子狸さんは目を丸くして、低学年児童の言葉を反すうした。

 しかし惜しくも無意識下で活動している小さな子狸さんたちのトロッコが横転したため、これ以上先に進むことはできなかった。

 とりあえずハルキトくんは考え直してくれたようだと雰囲気で察して、優しく微笑んだ。力強く頷き、言う。


子狸「それでいいんだ」


教官「落ちつけっ、事態は悪化してるぞっ」


 すかさず子狸さんの元担任教師、教官が割って入る。

 威圧するようにハルキトくんを見下ろし、基本的な事項を述べた。


教官「バウマフは、飼えない」


 彼女は元々教師を志した人間ではなかったため、子供の扱いがあまり上手ではなかった。

 あっちもダメ、こっちもダメでは余計に話がこじれる。


兄「う〜……!」


 癇癪を起こすようにうなった児童が、涙目になってバウマフ先輩を見つめる。


兄「わたしの言うこと何でも聞くって言った!」


子狸「言ってない」


兄「言った」


子狸「……言ったか?」


兄「言った」


 断言されて、子狸さんは不安になった。


 過去の自分ほど信用できないものが他にあるか。いや、ない。

 何でも言うことを聞くというのは、子狸さんの常套句だ。

 また適当なことを言いやがってと、自分自身に腹が立つ。


 子狸さんは認めた。


子狸「……なるほど、言ったかもしれない。それは認めよう」


 この際、言った言わないはどうでもいい。

 肝心なのは、論旨の瑕疵を鋭くえぐるような万能返答シリーズだ。

 子狸さんは言った。


子狸「だが、おれにもできることとできないことがある。万能じゃないんだ」


教官「バウマフっ」


 また適当なことを言い出した教え子に、教官が制止の声を掛ける。

 しかしそれは一歩遅かった。

 さいきんまともに登校してくるようになったと職員室で話題のバウマフくんへの期待が、有無を言わさず捕獲するという選択肢をそぎ落としてしまった。


 バウマフ先輩の言い分に、ハルキトくんがこくりと頷いた。


兄「できる」


子狸「……できるか?」


兄「できそう」


子狸「……できそうだな」


 できそうだった。


 勇者さんと一緒に事態の推移を見守っていた飼育係さんが、ぎょっとして係長に声を掛ける。


飼育係「いけないっ。バウマフ先輩が低学年の子に論破され掛かってますっ」


勇者「いいえ、すでに論破されたと言ったほうが正確ね」


 勇者さんはそっとため息を漏らした。

 子狸さんを言い負かすのは難しくないが、ときどき妙に反抗的になるため、ここは任せてみようかという気持ちになる。

 しかし、それは罠だ。

 あの子狸は魔物たちに育てられたから大言壮語を吐く癖がついているのに、当の本人は意外と謙虚で物静かだ。

 さらにそこの部分を一枚めくると、闘争本能に裏付けされた執念の子狸さんが出てくる仕組みになっている。


 小さな子供たちは、飽くなき戦いを欲する子狸さんの魂を救ってはくれない。だから慈悲を司るポンポコさんが表に出てくるのだ。

 べつに二重人格というわけではないだろうが、とにかくそのような感じだと理解したほうが幾らかわかりやすい。

 ようは、細かいところで性格に微妙な差異を持つ魔物たちが、おれもおれもと、異なる意見を、自分こそが正しいと言い続けた結果なのだろう。


 ……悲しい生きものだ。勇者さんはそう思う。


勇者「仕方ないわね」


 ついに勇者さんが重い腰を上げた。

 このままでは子狸さんがよその家の子になってしまう。

 いつも横にいる青いのは静観を決め込むばかりで、


王都「争え……もっと争え……」


 困惑する人間たちの負の感情を心地良さそうにすすっている。

 なんという生きものだ。


 勇者さんは青いのんの行状を心にとどめ置き、子狸さんの背後に忍び寄る。


 はっとした子狸さんが振り返ったときには、もう遅い。

 その反応にイラッとしながらも、勇者さんは子狸さんがいつも首に巻いているマフラーの端を握った。


子狸「お嬢……!」


 なぜ天敵と出食わしたみたいな顔をするのか。大いに話し合いをする必要性を感じたが、勇者さんは冷淡な口調で告げた。


勇者「この子はうちの子だから、よそを当たりなさい」


 早い者勝ちの理屈である。

 けっきょくのところ、これがいちばん効く。他人のものに手を出すのは、どろぼうだ。


 おおっ、と教師陣が感嘆の声を上げた。

 旅から戻ってきたバウマフくんのマフラーは職員会議でも物議を醸していたものだが、貴族のやることなら仕方ない。それは言ってみれば究極の免罪符たりうる。


子狸「くっ……!」


 ハルキトくんの両肩に前足を置いた子狸さんが、何かに追い立てられるように結論を急いだ。


子狸「ひとは誰しもが運命の奴隷さ。だが、諦めるな。人間は死ぬことなんて恐れちゃいない。どう生きたかだ」


 しかしハルキトくんは、ぼんやりと勇者さんを見上げている。


兄「勇者さまっ……」


 陶然とした瞳で、夢見るように言った。


子狸「なん……だと……!?」


 子狸さんは驚愕した。


 頼りになるお兄さんになれるようがんばってきたつもりだったのに、ぽっと出の勇者さんに人気を奪われそうになっていた。

 いや、これが勇者さんでなければ、もっとがんばろうという気になれただろう。

 しかし彼女は、年端も行かない子供たちを買収しようとするようなひとだ。

 だから自分がしっかりしなくてはいけないと、そう思っていたのに。


 子狸さんはハルキトくんと勇者さんを交互に振り返り、悔しそうにうなった。


子狸「ぬぬぬっ……」


 どうにも納得行かない。


 そんな子狸さんの様子に、勇者さんの耳がぴんと立った。

 なんだか、とても満ち足りた気分だ。


 勇者さんは、いつになく俊敏な動作でその場にひょいとしゃがみ込むと、子狸さんの瞳を覗き込んだ。


勇者「ふっ……」


 鼻で笑う。

 どうだ、と。見たか、と。

 これが勇者だ。


子狸「っ……!」


 子狸さんは勇者さんの期待を裏切らなかった。


子狸「い、今だけさ。おじょっ、お嬢は、案外、だらしないからねっ」


 負け狸の遠吠えである。


勇者「ふふ……」


 両腕を垂らした勇者さんがふらりと上体を起こした。

 廊下の天井を仰ぎ、両手をひろげてくるくると回る。


勇者「あはははは!」


 勝った。

 その気持ちがとめどもなく湧き上がってきて、笑いが止まらない。


 狂態を晒す勇者さんに、教師陣は唖然としている。

 貴族と言うわりにはバウマフくんの面倒をよく見てくれるし、じつは良い子なのではと思いはじめていた矢先の出来事だった。


 この中で、いちばん早く精神を立て直したのは教官だった。

 彼女は特殊な訓練を受けた人間で、突発的な事態に直面すると漂白作用という自己暗示が掛かるようになっている。感情を抑制し、自分を他人のように割りきって動かせる暗示だ。


 教官は、これまで勇者さんにはあまり関わり合いになろうとしなかった。

 彼女に何か命令されたとして、それが理不尽なものであったとしても逆らえるかどうか自信を持てなかったからだ。


 教官は言った。


教官「アレイシアンさま。バウマフを刺激するのは、あまり……」


 当然、丁寧語だ。

 教師と生徒であろうとも、大貴族に対等な立場を望めよう筈もない。


 勇者さんは、とても機嫌が良かった。

 ぴたりと動きを止めると、よく出来た人形みたいに振り返って、簡素に命じた。


勇者「楽しければ、笑うんだ。お前たちもそうしろ」


 人が変わったような口調だった。


 教師たちはぎょっとしたが、勇者さんはたまにこうなる。

 彼女の豹変を何度か目にしたことがある飼育係さんがトコトコと歩み寄ってきて、「あはははは……」お構いなしに笑い続ける勇者さんに耳打ちした。


飼育係「係長。みんなびっくりしてます」


勇者「…………」


 すると勇者さんは、急に冷静になった。


 くるりと周囲を見渡すと、じとっとした眼差しでこちらを眺めている子狸さん以外と心の距離ができていた。


 こういうとき、どうすればいいのだろう。

 勇者さんは少し考えてから、


勇者「む〜っ……!」


 不機嫌ですっと言わんばかりに頬を膨らませた。


 この勇者はもうダメだ……。


 一部始終を見届けた王都のひとが、慰めるように山腹のひとの肩を触手で軽く叩いた。


 子狸さんが瞑目した。


子狸「……そうさ」


 ゆっくりと目を開く。言った。



子狸「このおれが魔王だ」



 このとき、ついに。

 ついに子狸さんが、その正体を明かしたのである……。



〜fin〜



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