うっかり崩壊編
筋肉が躍動する。
迷うことなく子狸さんをしとめに掛かった骨のひとが、はじめて完全に虚を突かれた。
烈火&疾風「おおおおっ!」
突進してきたダブルアックスが、まさに自分たちがそうなのだと言わんばかりにメイスを振るった。
骨「!?」
専守を強要された骨のひとが目を見張る。
タイミングがおかしい。このタイミングで割り込んでくるということは、子狸さんが突進した直後には身体が動いていたということだ。
この国では希少な魔法使い。何をするのか、どんな攻撃手段を持つのかもわからない相手に合わせたというのか? そんなことが可能なのか?
相性がいい。
ダブルアックスと子狸さんは、相性が良かった。
苦悶の表情で寝転がる子狸さんをうっとりと眺めていた勇者さんが、不満げに言った。
勇者『たんに追い詰められていたからでしょ』
どうやら彼女は、ぽっと出のダブルアックスが気に入らないようだ。
しかし筋骨たくましい二人の男が子狸さんの危機を救ったことは事実である。
大気を割るように走った二振りのメイスが、骨のひとの魔剣を捉えた。
あっけなく吹き飛ばされた骨のひとが建物の壁を突き破って裏手の通りにまろび出る。
烈火さんと疾風さんが一瞬の遅滞もなく追撃に掛かる。
冒険者ギルドの裏手にひっそりと店舗を構える花屋のあるじが即応した。音もなく忍び寄り、花のくきを手折るように骨のひとの頚椎にハサミを走らせる。
花屋「死ね」
どう考えても真っ当な人生を歩んできた男の反応ではなかったが、それはいい。そういうこともある。人生は色々だ。夜に咲く花もあるだろう。
背後からの一撃。この上ない完璧な奇襲。
だが骨のひとがダブルアックスに不意打ちを許したのは、子狸さんをしとめるという執着心あってのものだった。
後ろ手にハサミを持たないほうの手首を掴み、軽くひねると、たったそれだけのことで花屋さんは全身のバランスを崩された。
間を置かずに振り落とされたメイスを、魔剣の刀身でいなし滑らせる。
何事もなかったかのように佇む剣鬼に、これで決まらないならいったいどうすればいいのかと、ダブルアックスはおびえた。はっきりと、ひるんだ。
一方、花屋さんは手首に這わされた手骨の感触を反すうしながら、あっさりと後退して言った。
花屋「……アイン、レイジ。私は手を引くぞ」
烈火「トムさん……。いや、そうだな、そうしてくれ。コイツは、ちょいとキツイわ……」
花屋「お前たちも逃げろ。コイツは……S級でも手に負えるかどうか……怪しい」
S級の冒険者とは、つまり国でいちばん偉い人のお気に入りだ。
すなわち超常的な存在に認められ、とくべつな力を授かった人間である。
そうした人間を、この国の人々は「勇者」と言う。
毎日が夏休みみたいな生活を送っている大陸のSundayがそう呼ばれるように……。
骨のひとが含み笑いを漏らした。
骨「もう終わりか? 底を見せたらおしまいだぞ。遊びとは、そういうものだからな……」
ダブルアックスの二人は顔面にびっしりと冷や汗を浮かべて引きつった笑みを漏らした。
とうに手札を尽くしてしまったからだ。
二人の内心は図らずも一致した。
(参ったな。勝てねぇ)
それでも強がるしかなかった。
疾風「……安心しなよ。ようやく準備運動が終わったところさ」
それは嘘だと見え透いていたが、骨のひとは嬉しそうに笑った。
骨「いや、案外その通りかもしれんぞ? 自らの限界を正確に知るものは少ない」
烈火「アンタはそうでもなさそうだな?」
骨「おれか。あいにくだが、おれには限界がないんだ。魔物だからな」
本当に強力な魔物とはそういうものだ。際限なく強くなる。
力や速さなど魔物たちにとっては鉛筆で描いた絵でしかないからだ。
そして人間たちは、この戦いがお絵かきでしかないことを自覚できない。
一方、冒険者ギルドに取り残された子狸さんは懸命に床を這っていた。
途切れがちな意識をつなぎとめているものは何であったか。
極限の状態にあって、はじめて見えるものもある。
霊気の外殻がぼこぼこと泡立っている。
ハイパー属性の正体は魔物の外殻を再現する魔法だ。
ふらふらと持ち上がった前足を、歩くひとが握った。
ぐいっと引き寄せて子狸さんを立たせると、頬を引っ張って詠唱を封じる。
しかばね「もう、どうにもならないねぇ……」
淡々と言った。
ぐったりとしている子狸さんに憐憫の眼差しを向ける。
しかばね「諦めなよ。冒険者ギルドは、もうおしまいさ」
先ほど骨のひとが走り回ったことで、建物の中はメチャクチャだった。
いつも冒険者たちが囲んで談笑するテーブルは砕け、ひっくり返った椅子があちこちに転がっている。
係員「そうだな」
アンソニーさんが認めた。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
開け放たれたままになっている出入り口から差し込んだ日の光が、巨躯の輪郭を彩っていた。
アンソニーさんは言った。
係員「だが、どんなに荒れ果てた地にも花は咲く」
しかばね「それは言い過ぎだよ」
係員「いいや、咲くのさ。種を蒔き、水を撒くんだ」
歩くひとの言う通り、冒険者ギルドはもうおしまいだ。
ダブルアックスでも敵わないと言うなら、彼らを越える戦力はここにはない。
しかし、いま、新しい冒険者が生まれた。
アンソニーさんは、ひもで括った仮免許証を子狸さんの首に通した。
係員「悪いが、この子は私の担当なんだ。手を離してくれないか?」
しかばね「やってみろよ……」
はじめて歩くひとが敵意を剥き出しにした。
訪れた静寂の中、子狸さんのうめき声だけが響く。
冒険者たちの鬨の声が聞こえた。
後輩にばかり良い顔はさせないと、骨のひとを包囲した男たちが一斉に仕掛けた音だ。
灼熱の魔剣が閃くたびに、野太い絶叫が上がる。
十四人いた冒険者たちは、たった一人の魔物に手傷ひとつ負わせることができなかった。
ふたたび建物の中に足を踏み入れてきた骨のひとに疲弊した様子はいっさいない。
アンソニーさんと対峙している歩くひとの唇が愉悦に裂けた。
しかばね「それで?」
係員「言った筈だ。そうだな、と」
アンソニーさんは何も勝算を見出してここに立っているわけではない。
ただ、避けては通れない戦いがあるだけだ。
だから彼は、子供にもわかるよう丁寧に言った。
係員「だからどうした、だ。まとめて掛かって来い。相手をしてやる」
魔物たちが変に勘ぐっているようなので、ふとそうしたほうがいいような気がして、アンソニーさんは自己紹介した。
係員「私が、ギルドマスターだ」
冒険者に憧れるものは多い。
軽い気持ちでギルドの門を叩くものを見極め、振るいに掛けるのがアンソニーさんの仕事である。
それは、つまり彼こそが冒険者ギルドの長であるということだ。
思わぬ大物の登場に、歩くひとと骨のひとは顔を見合わせる。
なるほど、冒険者ギルドはもうおしまいだ。
何しろ、ここに頭がいる。
真っ昼間から大立ち回りを演じたことで冒険者ギルドの周囲には人垣ができていた。
そちらのほうへ骨のひとがちらりと視線を投げるだけで小さな悲鳴が上がる有様だったから、おひねりは期待できそうになかった。
子狸さんを片手で吊るしている歩くひとが器用に肩をすくめた。
さっさと終わらせてしまおう。ギルドマスターへとゆっくり片腕を伸ばし、
??「萌え萌えきゅんとは……いったい……何だ……?」
腕を引っ込めて、子狸さんを丁重に床に寝かせた。
するすると人垣を縫うように、一人の女性が冒険者ギルドに足を踏み入れてきた。
誤魔化しきれなかったか……。歩くひとは沈痛な面持ちで骨のひとを見つめる。
現れたのは、牛のひとだ。
つのと尻尾は隠しているようだった。
そうしていると彼女は人間にしか見えない。
善意から引き止めようとする人々の腕を、牛のひとはするりと避けて歩み寄ってくる。
牛「なあ、教えてくれないか? 検索しても出て来ないんだ。不特定多数の連中が関わっているようでな……」
姿勢を正した歩くひとにアンソニーさんが不審げに眉をひそめる。
誰だか知らないが……。
係員「ここは危ない。避難しなさい」
その言葉を、アンソニーさんは夢の続きで告げることになった。
一瞬で距離を詰めた牛のひとが、視界をふさいで邪魔だからと、たったそれだけの理由でアンソニーさんの意識を刈り取った。
速すぎる。
強すぎる。
しかし骨のひとは笑った。
骨「知りませーん」
小馬鹿にしたような口調に、牛のひとは艶やかに笑った。
穏便に話し合いで済ませようと思っていたのに。
にょきっと頭の横っちょにつのが生える。
房のついた尻尾を指先に巻きつけ、鼻を鳴らした。
牛「ふうん……?」
カルシウムの可能性を信じる骨のひとにとって、牛のひとは逆らえない相手だった。
しかしそれも今日までだ。
おのれが持ちうる最強の手札。
いまの自分なら戦隊級にだって負ける気がしない。
すっかり調子に乗った骨のひとが、ついに牛さんへと反旗をひるがえした!
骨「どうしても知りたければ、力尽くで聞き出してみなよぉーっ!」
力場を踏んだ骨のひとが高速で迫る。
しかばね「ほ、骨の〜!」
歩くひとが突き出した手は虚しく空を切り……
この日、冒険者ギルドは崩壊した。
〜fin〜