Call desired 2
絶体絶命の危機。燃え上がる魂が審判のときを迎える。
天秤の両端には生と死。境界を隔てるものは人生そのものだ。
突進してきた子狸さんが骨のひとの顔面を鷲掴みにした。
受付嬢ときゃっきゃしていた歩くひとが目を見張る。
戦闘不能のダメージを与えた筈だが……魔法で無理やり身体を動かしている……?
それは、ほとんど王種のみが扱える並行呪縛という魔法の働きに近い。
退魔性が低ければ低いほど、術者と魔法の区別はあいまいになる。
子狸さんが吠えた。
子狸「ああああっ!」
青と白。霊気の外殻が目に鮮やかな軌跡を残す。
オーラを全開にした子狸さんのパワーは歩くひとに匹敵する。
直進した子狸さんが前足を振りかぶって骨のひとを壁に叩きつけようとするが……
骨のひとは難なく脱出した。
野生化した子狸さんの膂力は骨のひとのそれを大きく上回っていたが、まず骨格の作りからして力が入りにくい前足の角度というものはある。
骨のひとは怨霊種随一の業師だ。
ふわりと壁に着地し、魔火の剣を軽やかに振るった。
骨「百景」
大陸の剣士は、奥義と呼ばれる一子相伝の秘術を持つ。「百景」はその一つ。精妙なカウンター技だ。骨のひとはさらに……
骨「魔境」
人間の剣士が編み出した奥義に、独自のアレンジを加えることに成功していた。
百景・魔境。いかなる体勢からもカウンターをとる魔技だ。
子狸さんの反応は速かった。ハイパー属性を用いても体内の神経を強化することはできないが、霊気で補強された後ろ足が生み出す圧倒的な初速が子狸さんを致命傷から遠ざけた。
しかし完全には避けきれなかった。
振り落とされた魔剣の先端が外殻を浅く切り裂き、沸騰した霊気が子狸さんを苛んだ。
それは、あるいはハイパー魔法が子狸さんを保護した結果なのかもしれない。熱湯風呂タイムスタートだ。
子狸「ひゃあぁぁっ!」
絶叫を上げた子狸さんが砂浜に打ち上げられたお魚さんみたいにびちびちと跳ねる。
壁を蹴って宙返りした骨のひとが、熟達したマグロ解体師のように魔剣の切っ先を下方に固定し、子狸さん目掛けて落下してくる。
赤々と燃え上がる灼熱の秘剣から火の粉が散った。
✳︎
赤々と熱された鉄のかたまりは、幼いドワーフたちから取り上げた銃器の成れの果てだった。
ぽとりと、しずくが落ちるように垂れたそれを蜘蛛型の精霊が口で受け止めて飲み下した。
議長「ああ……」
その様子を、竜人族の長が口惜しそうに見つめている。
持って帰ると言って聞かない彼を説得するのは骨が折れた。
まったくもって理解しがたいのだが、竜人族にとって襲撃者の武器はメモリアルな写真みたいなものであるらしい。
その大切な思い出を、この場で処分するよう要求したのは王都のひとだ。
ドワーフは異国の民だ。国が違えば元素が異なる可能性もある。他国の人間が持ち込んだ兵器など残しておけば、どのような災いを招くかわかったものではない。
エルフに付き従う精霊がお腹に保管することを許諾したならば、少なくともこうしておけば族長には害が及ばないということだ。
精霊はエルフの生命を危険には晒さない。その点については、猜疑心の強い王都のひとも認めざるを得なかった。
やや性急なオフ会を終えてのち。
エルフの長は子狸さんに無防備なお腹を晒すと、事の深刻さを物語るようにごろごろと地面を転がった。
族長「ドワーフが出てきた以上、もはや楽観視している余裕はない。彼らは強力な魔法使いであり、そしてあきらかな敵意を持っている」
火口「いや、話せばわかるかもしれない」
かまくら「そうだ。話せばわかるぞ」
子狸さんが話せばわかるとか言っていたので、青いのは揃って族長の強硬姿勢を批判した。
子狸さんが頷いた。
子狸「そのまさかりだ」
何を言いたいのかさっぱりわからなかったが、王都のひとも頷いた。
王都「子狸さんの言う通りだ」
火口「……お前、ちょっとそれは適当すぎるんじゃないか?」
王都「子狸さんを疑ってはいけません。信じるのです」
大切なのは信じるという気持ちだ。
怪しい宗教の布教に務める王都のひとに、族長はそうではないのだと言うようにひれをばたつかせた。
族長「しかし力は必要だ。央樹の科学力は、最終的には魔法を上回ったのだからな。ドワーフたちは央樹の手先だ」
央樹の科学力は世界一。
極限の域に達した化学が魔導技術を産み落とした。
四大列強国に法典を落とした、すべてのはじまりの地。
それが央樹だ。
族長は央樹国を嫌っている。
エルフたちは法典に願えば、ほとんど思い通りの魔導配列を組むことができる。
つまりそれだけ多くの管理人の交代を行っており、そうまでして国が滅びなかったという不自然な歴史を持つ。
最強の魔法使いを生み出すために歴史を調整されたと見るべきだった。
感謝しろと言うほうが無茶だ。
エルフの里では、強力な魔法使いであるほど央樹国への隔意が強まる傾向にある。
王都「…………」
王都のひとは反論しなかった。
銃器による殺傷は治癒魔法の適用外だ。
もちろん魔物たちには通用しないし、いかなる兵器を打ち込まれようとも子狸さんを守りきる自信はある。
しかし、何事にも絶対ということはない。
ほんの少しでも可能性があると言うなら、危険の芽は摘んでおきたかった。
族長「……納得してくれたようだな」
そう言って族長は、ニヒルに身体をくねくねした。
子狸さんに言う。
族長「君は、君の特赦を見つけなければならない。他国へ渡り、見聞をひろめるんだ」
子狸「……なるほどね」
正直に申し上げると、子狸さんは族長の言っていることが何一つとして理解できなかった。
それでも肯いたのは、説明を受けたところで現状を打破することはできないという確信があったからだ。
バウマフ家の業は深い。
族長もそのことは重々承知している。
しかし子狸さんの横にはいつも青いのがいる。
族長「君の特赦は修行の旅に出ている。君が法典に願ったんだ。忘れたか?」
子狸「……よく覚えているよ」
子狸さんが覚えているならば説明する必要はない。
ならばいいと族長は大きく肯いた。蜘蛛型の精霊が放ってきたボールをオットセイみたいに鼻先でリフティングする。
族長はとっておきの秘密を打ち明けるようにボールを鼻先に乗せたまま上体を逸らした。
族長「そうだ。君は、魔物たちを癒すことができる力を望んだ。そして、それはきっと君ひとりの力で成し遂げることはできないだろう」
そう、バケツリレーのように。
〜fin〜