Call desired 1
世の中には、絶対に勝てない戦いというものがある。
それでも挑まねばならないときがある。
理由は様々だ。
恩人のため。友人のため。家族のため。
決して譲れない一線があり、それを踏み越えてしまうともう戻れないとわかっているから、命を投げ打ってでも踏みとどまろうとする。
ダブルアックスの二人にとっての、ここがそうだった。
自分たちは戦うことしかできない。
出自はあいまいで、学もないから、どこへ行っても居場所がなかった。
頑丈さだけが取り柄なのに、誰かの役に立ちたいという分不相応な欲求があったから、けっきょくは無いものねだりでしかなかった。
たいていの人間は、身体の厚みが倍近くある巨漢に近付きたいとは思わないということだ。
これが冒険者となると、一転して頼もしいという評価にひっくり返る。
もちろん初対面の依頼者はぎょっとするが、彼らの多くは必要に迫られて冒険者ギルドの門を叩いてくる。
冒険者という肩書きに守られている自分たちが、先輩たちの顔に泥を塗るわけには行かなかった。
決死の覚悟を胸に、ダブルアックスは骨のひとに挑む。
メイスを大上段に構えた烈火さんに、骨のひとが無造作に歩み寄る。
疾風さんが地を蹴った。
相棒の烈火さんが最高最速の一撃を放ったとして、真っ正直な攻撃が骨のひとに当たると思えるほど無邪気ではなかったからだ。
狙いは撹乱。あわよくば隙を作る。ずっとコンビを組んできた自分たちだからこそ出来ることもある。それは骨のひとにはわからないことだ。もしも勝機があるとすればそこしかない。
骨のひとが魔火の剣を横に薙いだ。その剣速は意外と思えるほど平凡だ。しかしぞっとするほど自然な動作だった。
これを疾風さんは急制止して遣り過ごすと、揺り戻した慣性に乗せるようにメイスを繰り出した。
手打ちの一撃ではあったが、この男の腕力を以ってすれば必殺の域に届くだろう。
独特のテンポ。これが疾風さんの武器か。悪くない。
骨のひとはあえて受け太刀を避け、宙を泳いだ魔剣を引き戻すようにして軌道をねじ曲げた。
大きく崩れた体勢に逆らうことなく仰け反った身体の上をメイスが通過する。
ブリッジした骨のひとが片腕を支点に半回転すると、低い姿勢から魔剣を跳ね上げた。
疾風さんは骨のひとの実力を決して過小評価しないよう自分を戒めていた。好機と見れば攻めるところを、危機管理の意識を一段高く保っている。
どうしても消極的にはなってしまうが、それが幸いした。
片足で踏み切り、短く飛び上がって緊急回避。当たれば儲け物くらいの気持ちでメイスを振るいながら戦速を一気にトップギアに持っていく。
骨のひとの剣撃がふたたび空を切った。
骨のひとの注意を少しでも相棒から遠ざけようと、疾風さんはわざと一対一の戦いであると装った。
疾風「俺は疾風。気まぐれに吹く風を捕まえることは誰にも出来ないのさ」
大きく回り込んで小刻みにメイスを出し入れするさまは、まさしく疾風怒濤の攻めだ。
巨体には見合わない俊敏さを持っている。身体の芯が強い。生まれ持った肉体の資質が常人離れしている。
対する骨のひとの身体能力は平凡そのものだ。
そう広くもない建物の中を、側転に宙返りと派手な動きで縦横無尽に跳ね回る。
魔物たちの伝統芸、亜人走りだ。
とある勇者と違い、魔物の体力は尽きるということがない。より正確に言えば、動けば疲労が蓄積するという複雑な設定を持たない。
もっとも自然で無理のない状態とは「何もない」ことだ。
魔物たちの根幹をなす性質は、この世にある何よりもそれに近い。
つまり不変不朽の性質だ。
何もなければ何かが失われることも決してない。
しかし「無」という概念も「有」という概念があってはじめて生じる。
何かを生み出すことで、無という状態は安定する。
だから「完全な無」というのは、けっきょくのところ成立しない。
鏡に映る姿には瑕疵がある。鏡に付着した小さな汚れは、じっさいに服に付いているわけではないが、汚れそのものは実物だ。
だから鏡の中の世界を完全に保とうとするなら、鏡の汚れは服が汚れているのだと割り切ったほうが早い。
これが魔法を生み出した魔導技術の基礎理論だ。
魔物たちは鏡の中の世界の住人だから、鏡を眺める人間たちからしてみると傲慢に映る。
骨のひとは笑った。
骨「いいな」
疾風さんの実力は予想以上だ。
骨のひとは繰り返した。
骨「いいぞ」
言うまでもなく骨のひとには余力があった。
すぐに終わってしまってはつまらないから、手加減を、している。
下顎を打ち鳴らした骨のひとが、そろそろいいだろうかと、もう少し遊んでくれるだろうかと、興奮を露わにしはじめた。
骨「まあまあだ! 人間にしては、まあまあだッ!」
一転して攻勢に出た骨のひとの猛攻を、疾風さんは後退を余儀なくされながらもかろうじてしのぐ。
魔剣の切れ味を低く見積もる気にはなれないが、背に腹は変えられなかった。
交差した魔剣とメイスが拮抗する。
メイスが断ち切られなかったことは、疾風さんにとってむしろ意外な出来事だった。
手加減されているとは感じていたが、力ならばこちらが上だ。いや、それすら憶測でしかない。だが希望的な観測にすがるしかなかった。
つば迫り合いに持ち込めば勝てる。
疾風「おおおおおっ!」
だから疾風さんは押し返してくる反動を利用して飛び退いた。
烈火「お! おっ!」
同時に烈火さんが大きく踏み込む。
全てを賭した渾身の一撃。
これが通用しなければ負ける。
生涯を通して二度とないかもしれないとすら思える、会心のひと振りだった。
身体ごと叩きつけるような全身全霊の唐竹は、冒険者ギルドの床を大きく破砕した。
避けられたとは思わなかった。
外したとわかった。
それなのに何をされたのかすら、わからなかった。
しかしそれは違う。
骨のひとは、手ほどきをしてあげただけだ。
烈火さんの一撃は、骨のひとからしてみれば完璧とは程遠いものだった。
だからこうやるんだと、そっと修正してあげた。
結果として軌道は外れたものの、烈火さんは理想とする一撃に満足してしまったから勘違いしたに過ぎない。
跳躍した骨のひとが空中で身体を丸めて魔火の剣を突き出す。
刹那、引き伸ばされた一瞬に、魔剣の先端が烈火さんの眼前にゆっくりと迫り……
✳︎
身体の隅々にまで行き渡った魔力が見えるひとにかつてない力をもたらすかのようだ。
流れ込んでくる情報は何もかもが鮮明で、澄み切って見える。まるでスローモーションのようだ。
しかし高揚感はなかった。
見えるひとの瞳からひと筋の涙が零れていた。
仮想モニターはポンポコスーツが問題なく起動したことを示している。
妖精たちが駆る三号機を振り切って、力場を蹴ってぐんぐんと上昇する。
艦外に飛び出したポンポコスーツは、迷うことなく直進した。
脱出艇に群がる無数の三号機が見えた。
進路に割り込んできたのは、メタリックブルーの塗装を施された機体。高機動型の四号機だ。
耐久性と操作性を犠牲にした四号機を扱えるパイロットは限られる。
外部スピーカーを通して四号機のパイロットが端的に用件を告げた。
女王『耳付きのパイロット。その機体を寄越しなさい』
妖精属の一派、ベル族の女王だ。
耳付きとはポンポコスーツの別名である。
現在、専属パイロットの子狸さんは他国に視察に出掛けている。
それなのにポンポコスーツが動いているということは、この新型機が誰にでも使えるということを示唆していた。
妖精たちは、精霊たちを滅ぼしうる大きな力を欲している。
しかし鬼のひとたちの決死の抵抗によりデータは永遠に失われてしまった。新型機には未知の部分が多い。
女王は機体を明け渡すよう要求してきたが、その言葉とは裏腹にまざまざと闘志を露わにしていた。
見えるひとは答えず、コントロールレバー押し込んだ。
さらに加速したポンポコスーツが四号機に迫る。
女王『そうですか。ならば仕方ありません。コクピットから引きずり出して、ゆっくりとお話をさせて頂くとしましょう!』
両手に光剣を生やしたメタリックブルーの機体が力場を蹴った。
高機動型の四号機と新型のポンポコスーツ。
空中で両者が交差する。
四号機のわきを通り抜けざま、光刃を掻い潜って逆立ちしたポンポコスーツが前足を振るった。
滑るように前足で力場を伝うポンポコスーツの中、仮想モニターに映し出された四号機の手足がばらばらに宙を舞う。
女王『素晴らしい……!』
一蹴された女王が賞賛の声を上げた。
圧倒的だ。しかも機体性能だけではない。凄腕だ。
これは是非とも配下に欲しい……!
遠ざかって行くポンポコスーツへと、女王は執着心を剥き出しにして叫んだ。
女王『次こそは、必ずや……! 耳付きのパイロット、またお会いしましょう!』
見えるひとはコクピットでぽつりと呟いた。
亡霊「いいや、これっきりだ」
この機体は誰かの涙なくして起動しない。
悲しい機体だ。
はっきりと欠陥品だと言える。
涙なくして動かないということは、そこにはすでに悲劇があるということだからだ。
女王が敗れたと知って、無数の三号機が接近してくる。
脱出艇がのろのろと飛び立つ。すでに相当な痛手を負ったようだ。外壁に損傷が目立つ。
ぽっかりと空いた穴からモグラ型の精霊たちが祈るようにこちらを見つめていた。
イラついた見えるひとがコントロールレバーに片手を叩きつけた。
亡霊「すがるような目で見るんじゃない。お前らなんて嫌いだ。……でも、これでいいんだろ? 鬼のひと……」
自沈したフェニックス級の艦体が空中でばらばらになっていく。
各所で誘爆が引き起こされ、艦内は火の海だ。
迷いを振り切るように力場を蹴ったポンポコスーツが、群れなす三号機の渦中に飛び込んだ。
コクピットに仕込まれたスロットがくるくると回っている。
レジィです!
ユニィでーす!
ジャスミンですぅ
鬼のひとたちの絵柄が揃った。
モニターが暗転しても見えるひとは慌てなかった。
嫌がらせのようにモニターの片隅に追いやられた外部映像が、きっと鬼のひとたちに残された最後の良心だった。
モニターの中、なぜかソロ立ちしている連合のひとがこほんと咳払いをした。
マグマがどろどろと流れる背景に混ざって、帝国のひとの悲鳴が聞こえてくる。
連合『ん、んー。ええと、骨のひと。この映像を見ているとき、すでにおれたちは華麗に退場していることだろう。色々と押し付けてしまってすまない。許してほしい』
本当なら、この機体は骨のひとに押し付ける予定であったらしい。
雑だな、と見えるひとは言葉にはならない思いを抱いた。
連合『それと、他にも謝りたいことがある。作ってる途中で六号機の開発に取り掛かったので、自爆まわりをあまりいじれなかった』
まさかの朗報に見えるひとの心がふるえた。
連合『だが安心してほしい』
しかし、そこは鬼のひとたちの仕事である。
きっちりと余計な対策を練っていた。
連合『この映像が流れる頃には、外部ダウンロードがはじまる手筈になっている。安心した?』
一瞬、緑のひとの後ろ足が映った。あんぎゃーと吠えている。
子狸さんの声が聞こえた。
子狸『帝国のひと〜!』
ちっとも安心できない。
後ろで何か色々と事態が進行しているようだが、連合のひとは問答無用とばかりに推し進める。
連合『あと、この機体は意欲作っていうか、よくわからん理屈で動いてる』
よくわからん理屈で動かすのはやめてほしかった。
連合『ただ、いくつか判明していることもある。こっちの笑かしに吹いたら停止するってことだな』
笑ってはいけない機動兵器である。
連合『まあ、詳しくはナビゲーターを用意したから。そっちに聞いてくれ。紹介しよう。専用AIのアイリスだ』
正面の操作盤がうぃーんと開き、中から小さなポンポコスーツが出てきた。
見えるひとは絶望的な気分になった。
しかし小さなポンポコさんは、何やらごそごそと立て札を取り出し、こちらに向けてきた。
出張中とある。
見えるひとは「どういうことだよ」と思ったが、どちらかと言えば安堵の気持ちが勝った。
連合のひとが、ぴっと人差し指を立てた。
連合『それと、最後に一つ。モニターの左下に数字が出てるだろ? カウントダウンしてると思うんだけど』
7、6、5……
たしかにカウントダウンしている。
なんだろう。
まさか。いや、そんなまさかな……。見えるひとは祈るようにモニター見つめる。
連合『ま、だいたい想像つくと思うけどね。……2、1、0』
亡霊「…………」
連合『びっくりした? とくに意味はないんだよね。びっくりした?』
画面の端からひょっこりと手を出した王国のひとと、連合のひとがハイタッチした。
王国『いぇー』
連合『いぇー』
どうやら撮影しているのは王国のひとであるらしい。
連合『では続きまして、鍵穴にねじ込まれる青いひとたちのもようを中継して行きたいと思います』
見えるひとの戦いははじまったばかりだ。
〜fin〜




