うっかり就任編
『生徒会』
王立学校の生徒会は自警組織としての側面が強い。
元を正せば、学校側との対立から生まれた組織だからだ。
対立の原因となったのは、カリキュラムである。
それは現在に至ってなお解決されていない問題。授業内容が、騎士になることを前提としたものなのだ。
もちろん学校側にも言い分はある。
一度、便利な魔法を習得してしまうと崩すのが難しいというものだ。
これは事実である。
騎士団で運用される魔法は、水準を下げることでスピードを上げる工夫が施されている。
魔法の殺傷力は人体に対し過多であるから、瞬間的な火力よりも速度が大事だ。
退役した騎士が用途の広い魔法を身につけるのはさして難しくない。何しろ生活に直結している。
だが逆に魔法の用途を絞ることは膨大な手間と根気を要する。
その理屈は正しい。正論だ。
それでも、かつての学生たちが納得しなかったのは、大部分の生徒は騎士志望ではなく、また洗脳じみた思想教育に危機感を覚えたからだった。
もう少し具体的に言うと、卒業生の騎士率と疑惑の献金が謎のシンクロ関係を見せるシステムが気に入らなかったのだ。
そして現在。
全国規模にまで燃え盛った学生運動はすっかり落ち着いたものの、いまだに生徒会はいびつな構造を引きずっていた……。
✳︎
この日の放課後、生徒会室には数十名の生徒が集まっていた。
長テーブルを囲って座る男女、各クラスの学級委員長と副委員長だ。
王立学校の生徒会は独特の形態をしていて、最高学年の学級委員長の一人が生徒会長となる。
選挙で決めるということはない。
学級委員長たちの頂点に立つ存在、それが生徒会長だ。
それ以外の学級委員長と副委員長は、生徒会の一員であり、生徒会長の手足となるメンバーだった。
魔物たちの期待の星、子狸さんのクラスはどうか。子狸クラス……ここでは仮に羊組としよう。
羊組からは、何故か四名が出席していた。
学級委員長。
副委員長。
炎のクリスタルの守護獣。
そして飼育係長の勇者さんだ。
手前に置かれたプレート、役職を示すそれを物珍しそうにひっくり返して見ている。
勇者さんは思った。
(出世した)
飼育係長というのは、奇しくも子狸さんが入学した次の日に導入された役職で、通常の飼育係よりも高度なオペレーションを求められる。
本当は学級委員長に……という打診もあったのだが、勇者さんは固辞した。
まず学校に通うこと自体が生まれてはじめての経験だった。
その勇者さんが会議に参加しているのは、場に招かれてのことではない。
こそこそと教室を出ていく学級委員長と副委員長の不穏な動きを察知した子狸さんが、二人のあとをのこのことついて行ったので、放っておけなかったのだ。
当然のような顔をして居座る飼育係長と炎のクリスタルの守護獣。
生徒会長は笑顔だが、内心では少し困っていた。
背後に控えた骨のひと、メノッドブルとか呼ばれることもある骨格標本みたいな魔物が、腰を屈めて耳打ちしてくる。
骨「……予定が崩れたな。どうする?」
倒した魔物は仲間にできるので、校内に侵入していても不思議ではなかった。
会長は柔和な笑みを崩さない。
会長「やられたね。そう来るとは」
じつのところ、今回の会議。議題は、転入生こと勇者さん対策の周知徹底を目的としたものだった。
彼女は貴族で、ふつう貴族は勉強を家庭教師で済ませる。
勇者さんの人となりをクラスメイトから聞き出し、対応を練る、そのための会議に、当の本人が現れてしまった。
生徒会室に集まった生徒たちは、会長の言葉を待っている。
なんとなく本日の議題を察していたから、何も言えなかった。
貴族の不興を買えば、国が敵に回る。王国は、そういう国だ。迂闊な発言は身を滅ぼしかねない。
生徒会長は無難な決断を下した。
会長「それでは全員集まったようなので、定例会議をはじめます」
議題の先送りだ。
この場はまずお茶を濁す。
しかし、そうはさせじと子狸さんが前足を挙げた。
子狸「会長」
今年度の生徒会長は、温和な男子生徒だ。
常に笑顔を絶やさず、頼み事にも嫌な顔ひとつ見せない。
だが何故が子狸さんとはいっさい関わり合いになろうとしないのだった。
笑顔。
しかし無言だった。
いつものことなので、周囲の反応も熟れたものだ。
子狸担当窓口の、副会長が応じる。
副会長「バウマフくん。どうぞ」
今年度の副会長は、実家がお金持ちだ。
豪商の父を持ち、そちら方面で微妙に子狸と縁がある。
魔物に扮した子狸さんが商隊を何度か襲撃したとか、そんな感じの縁だ。正体がバレれば大変なことになる。
しかし子狸は、まるでそのことを忘れているかのように平静を保った。
子狸「ありがとうございます」
子狸さんは、意外と上下関係にはうるさい。
群れを作る動物ではないのだが、その身に流れるイヌ科の血がそうさせるのかもしれない。
子狸さんは言った。
子狸「じつは、ですね。うちのクラスに転……中途採用された」
勇者「転入」
子狸「そう。転入された」
勇者「ちがう。転入してきた」
子狸「え?おれ?」
勇者「今年度から転入してきました。アレイシアン・アジェステ・アリアです。よろしくお願いします」
勇者さんは流れるように自己紹介した。
お辞儀する勇者さんを、子狸さんは感慨深そうに見ている。
ひとつ頷き、ぐっと身を乗り出すと、声を潜めて言った。
子狸「ここだけの話ですが……歓迎会をね。そう、いわゆるサプライズというやつです。仕組んではどうかな、と……!」
勇者「…………」
勇者さんは行儀良く耳を畳んだ。
これ以上あれこれ問答するのが面倒なら自分はこの場にいなかったことにしても良いという意思表示だった。
子狸さんは繰り返し強調するように言った。
子狸「サプライズだと……!」
もはや言葉の定義が怪しかった。
しかし前向きな発言だ。
会長はにっこりと笑っている。
個人的には、このお人好しな後輩のことを気に入っている。
しかし深入りしたら一週間ほど行方不明になりそうなのが難点だ。
だが一つの傾向として、子狸さんが共に何かと戦おうとするのは男子であることが多い。
いったい誰に似たのか、前時代的な考え方をするポンポコである。
その点、副会長は女子なので安心だ。
男子生徒と女子生徒では派閥がまったく異なるので、学級委員長と副委員長は男女から一名ずつというパターンになりやすい。
本人同席の場で話し合われるサプライズパーティーについて、副会長は前向きに善処する旨を告げた。
副会長「その件については、もう少し煮つめたほうがいいかもしれないね」
副会長は、子狸さんの発案に対して、よく「煮つめる」という単語を用いる。
子狸「煮つめる……」
そして何故か子狸さんは「煮る」という単語に敏感だ。
何か悲しい思い出でもあるのかもしれない。
おのれの内面を探るように沈思する子狸に、副会長は重ねて言った。
副会長「ときに、バウマフくん」
子狸「え、はい」
副会長「こんなところでのんびりしてていいのかな……?」
副会長は囁くように言った。
子狸「先輩……?なにを」
副会長「バウマフくん、君は良い後輩だよ」
子狸の言葉を遮って、副会長は微笑んだ。
副会長「でもね、わたしがいつまでも良い先輩でいるとは……限らない」
子狸「ま、まさか……」
王都「そのまさかだ」
いつも子狸さんの横にいる青いひとが、とくに意味もなく副会長の台詞を奪った。
子狸さんは炎のクリスタルの守護獣だ。
具体的に何をする係りなのかはよくわかっていないが、何かしら重要な使命を帯びていることはわかる。
副会長は、息を吸うように嘘を吐く。
それは、もはや特技と言っても過言ではなかった。
おののく子狸が頑なに首を振った。
子狸「ウソだ!おれは……!」
しかし副会長は狙いすましたかのように言う。
副会長「急いだほうがいい」
子狸「……!」
もしかしたら、それは最後の忠告だったのかもしれない。
子狸さんが信じたのは、副会長に残された最後の良心。失敗した自分を慰めてくれた先輩の言葉だった。
席を蹴って駆け出す。
どこへ?
わからない。
ただ、これだけははっきりと言える。
何かを
誰かを救おうとしたなら
救うと決めたなら
すべてを守るしかない
懊悩するように、きつく瞳を閉ざした子狸さんが目を見開いたとき。
生徒会室のドアに掛けた前足が青白いオーラを発した。
扉を潜ると共に、逸る後ろ足が、次いで全身が、魔物の外殻に換装される。
子狸「ハイパー!」
ハイパー魔法だ!
ハイパー属性は、八つある属性の中でも極めて強力な性質を持つ魔法である。
攻防一体のオーラを身にまとう、この魔法の本質は「魔物に近づく」ことにあった。
人間を超えた身体能力の獲得は、魔物に勝ちたい、負けたくないという人々の願いそのものだ。
そのためならば人間であることを捨ててもいいという悲壮なまでの覚悟が
新たな魔物を生み出す。
外殻を構築した子狸さんが生徒会室を飛び出す直前、
勇者「ちっ……!」
舌打ちした勇者さんが素早く片腕を突き出した。
室内を駆け抜ける、木琴を叩いたみたいな効果音は聖剣起動の合図だ。
子狸に遅れて席を立った勇者さんが、例えるとすれば提灯あんこうの提灯みたいに光り輝く。
まるで昆虫たちを惹き寄せてやまない陽のきらめきのようだった。
勇者「どこ行くの!このっ……!」
廊下に出て行った一匹と一人に、生徒会の面々は胸を撫で下ろした。
何事もなかったかのように生徒会長が穏やかな口調で言った。
会長「では、会議をはじめます。本日の議題は……」
炎のクリスタルの守護獣と飼育係長は今日も元気だ。
粛々と議事が進行する中、廊下に響く甲高い衝突音がどこか遠い世界での出来事であるかのようだった。
勇者「ハウス!」
子狸「ばかなっ……」
王都「びくともしないだとっ」
骨「勇者さん、いつの間にここまでの力を……!」
〜fin〜