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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり対話編

 大陸の魔法について。


 単純に比較したなら、大陸の連結魔法はそれほど強力というものではない。

 特化している面が見られないのは、バランスを重視しているためか。

 大きな特徴は、術者を選ばないということ。これは第二世代型の魔法に表れやすい傾向であり、法典の継承が正しく行われなかったことを示している。

 法典を血族で独占した場合、魔法回路の変容は停滞する。


 血縁は遠ければ遠いほど良い。

 独占するなら「する」で構わないが……

 意思に適った魔法を欲するなら、信用ならない他人の手に委ねてみせろということだ。


 それが出来ないから「人間」は面白い。

 見ていて、飽きないのだ。



 *



 堅牢な石牢に、一人の男が両腕を鎖でつながれている。

 口には猿ぐつわを噛まされており、まともに発声できないよう拘束されていた。

 魔法の行使には詠唱が不可欠だから、有益な対話の場を望むなら、一方が他方を圧倒的に不利な環境に置いたほうがスムーズに事が運ぶ。


 幽閉されているのは太めの男性である。

 上半身は裸で、いつもは悩ましげに揺れるお腹が今は慎ましく垂れ下がるばかりだ。

 万歳の格好で拘束されている男であるが、その目は精悍さを失っていない。

 

 王国最強の騎士、アトン・エウロ。

 アリア家の狐と名高い五人姉妹の長兄であり、トンちゃんと呼ばれることもある……。


海豚「……!」


 少し目を離した隙に囚われの身と化していたトンちゃんが、ふと物音を耳にして顔を上げた。 

 視線の先、石牢に足を踏み入れてきたのは軍服を身にまとった三人の男だ。

 先頭に立っているのは老人で、壁につながれているトンちゃんを目にしても眉ひとつ動かさなかった。

 王国騎士団の大隊長、「冷血」のふたつ名で知られる宿将だ。

 脇を固める二人の男は護衛の騎士だろう。大戦の英雄の惨状を直視しても動揺を表に出さないのだから、よく訓練されている。


 睨みつけてくる王国最強の騎士を、冷血さんは冷たく一瞥した。


冷血「強情な男だ。師が師なら弟子も弟子、か……」


 一方、護衛の二人は苛烈な眼差しに動揺を禁じ得ないようだった。

 有名な話だ。アトン・エウロは「念動力」という不思議な力を持っている。

 魔法を封じたからと言って安心はできない。


 部下の動揺を察した冷血さんがあざ笑うように言った。


冷血「念力で私を討つか? それならそれで構わない。貴様の異能は人間を簡単に壊せる。しかし惜しいな。殺傷力が高すぎる。どうやら加減もできないようだ」


 憂さを晴らすには向かないということだ。


 物体に干渉する異能は強力なものが多い。

 とりわけトンちゃんの念動力は、さいきんお洒落に目覚めて髪飾りを一括購入してきたが思ったよりも似合わなかったため五人姉妹の髪を結わえてご満悦な様子の勇者さんなどとは比較にならないほど凶悪かつ無慈悲な性質を持っていた。


冷血「わからないのは……」


 そう言いながら冷血さんは、トンちゃんの猿ぐつわを解いてあげた。


冷血「それほどまでの力を持ちながら、何故貴様は戦隊級ごときに遅れをとったのか?」


 戦隊級の魔物に関して、大陸の三大国家は「最強クラスの騎士ならば諦めなければ勝てる」という公式見解を下している。

 だから職務に忠実な冷血さんは、おめおめと戦隊級に敗北を喫した王国最強の騎士に事情聴取を行わねばならなかった。


 事実、冷血さんの見立てではトンちゃんは戦隊級に勝てた筈なのだ。

 念動力を意図的に暴走させれば、という条件はつくが……。

 そうしなかったのは何故なのか? つまるところ冷血さんが尋ねたいのはそこだ。


 連日の話し合いに身体が弱っていたトンちゃんは咳き込んでから、不屈の闘志を宿した瞳で冷血さんを見据える。


海豚「……異能と言ったか? 私の力をそう呼んだのは、魔物だけだ……」


冷血「貴様の質問に私は答えなければならないのか? それはわが国にとって利益をもたらしてくれることなのか?」


海豚「……あなたは何を知っている? その内容次第では、私はこの国に破滅をもたらしかねない悲劇の芽を摘み取ることができるかもしれない……」


 そう言われて、冷血さんは少し考えた。

 トンちゃんは王国の出身ではない。他国の人間を騎士団の、それも要職に据えるなど暴挙でしかないというのが冷血さんの持論だ。

 しかしこの太っちょの代わりを務めることができる人間が居るかと問われれば……


冷血「上官への口の利き方がなっていないようだな……」


 トンちゃんは反射的にびくりとした。

 冷血さんは一千人の騎士を従える大隊長だ。トンちゃんは中隊長だから、冷血さんのほうが偉い。


海豚「サー! 申し訳ありません。出過ぎた口を……」


 トンちゃんはあっさりと権威に屈した。

 入隊すると上司の命令に逆らわないよう心身に刻み込まれる。それが軍隊というものだ。


 従順な態度を示すトンちゃんを、冷血さんはじっと見つめる。

 その冷徹な眼差しに、トンちゃんは悪さをした子供のようにおびえた。

 王国最強の騎士だろうと何だろうと、怖いものは怖いのだ。


 冷血さんはぼそぼそと詠唱し、手のひらからにょきっと光の鞭を生やした。

 まるで恫喝でもするかのように鞭の先端を床に打ちつけて言う。


冷血「では、いつもの質問だ。貴様は第十次討伐戦争においてメノッドロコと遭遇し、これと交戦した。ここまではいいな?」


海豚「はっ」


 メノッドロコとは大きなトカゲみたいな魔物であり、人間に近い骨格をしている巨獣だ。魔物たちからは「鱗のひと」と呼ばれている。


冷血「その際、貴様は一対一の戦闘を選択し、そして敗れた。何故だ?」


海豚「それは……自分の力が及ばず……」


冷血「そうではない。貴様には敵戦力を確実に殲滅する手段があった。それを怠ったのは何故か?」


海豚「肯定です。サー。しかし自分は魔人との戦闘に備えねばなりませんでした」


 魔人とは馬のひとのことである。


 馬のひとは魔王軍最強の戦士だ。

 同行していた勇者さんが馬のひとに勝てるとは思わなかったから、トンちゃんは自分が魔人の相手をするしかないと判断した。

 トンちゃんの異能には連発できないという欠点がある。だから魔人の襲撃に備えて異能を温存していた。


 しかし冷血さんは納得しなかった。


冷血「それが貴様の願望によるものではないと言い切れるか? 貴様の祖国は魔人の手で滅ぼされた。十年前の出来事だ。貴様は魔人への復讐を誓っていた。そうだな?」


海豚「肯定です。サー。しかし自分は中期的な観点から……」


冷血「そのようなことはどうでもいいのだ」


 冷血さんはきっぱりと言った。


冷血「アトン・エウロ。貴様は、交戦時に現場で最高の権限を持った指揮官であり、最終的には勝利を収めた。それが正当な判断によるものか否かを検討するのは私の職務ではない」


海豚「はっ」


冷血「貴様は、メノッドロコとの交戦において、ほんの片時も諦めなかったと言いきれるか? あの恐るべき巨獣を前にして、勝敗を決する最後の一瞬まで勇敢に戦ったと?」


 冷血さんは、トンちゃんの「一瞬、ダメかと思った」という言質を欲していた。

 そうでなければ、これまでずっと騎士団は民衆を欺いてきたことになってしまうからだ。

 じっさいにトンちゃんが諦めたかどうかは関係ない。必要なのは、諦めなければ勝てたかもしれないという「希望」のともし火を次代へとつなげることなのだ。


 ここで強引にでも首を縦に振らせておけば、トンちゃんの心は折れるだろう。

 一度でもへし折れた心は、存外に脆くなる。ゆくゆくは本人もそうだったような気がしてくるだろう。

 大切なのは、トンちゃん自身が認め、屈することだ。


海豚「いいえ、サー! 自分は全力を尽くしました!」


 だが、トンちゃんは強情だった。この期に及んで自分はベストを尽くしたと言い張って譲らない。


冷血「貴様……」


 断固として認めようとしないトンちゃんに、冷血さんの目が据わった。

 肝心なのはトンちゃんが自らの非を受け入れることだったから、強要してしまっては意味がない。

 だが、王国最強の騎士がこんなところでのうのうと日々を過ごし、訓練を怠ることは看過できない問題だった。


 冷血さんは光の鞭で床をぴしりと叩いて言った。



冷血「これより治癒魔法の訓練をはじめる……」



 この三日後、トンちゃんの心は折れた。


 厳正な調査に基づき、戦隊級の魔物は最強クラスの騎士が諦めなければ勝てるということが裏付けされたのだ。


 騎士団は人々を災厄から守る盾だ。

 騎士団は次代を支える若いパワーを欲している。

 勇者が魔王を倒し、世界には平和が訪れたかのように見える。

 だがしかし!

 いつの日か、魔王は再び復活し世界を恐怖に陥れるだろう。

 諸君、忘れてはならない。

 諸君、われわれは備えねばならない。

 騎士団は常に諸君らを歓迎するだろう。

 そう、次代の英雄になるのは君なのかもしれないのだから。


 Let's Join!



 ~fin~



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