うっかり遭遇編
たいていの冒険者は斧かメイスを好んで使う。
強靭な外殻を持つ魔物に剣で有効打を与えることは難しく、また俊敏な獣に対して槍では対応しにくいからだ。
本音を言えば状況に応じて武器を使い分けるのが理想なのだが、そこにはやはり経済的な問題がある。もっと単純に荷物が増える点も見逃せない。実入りの良いクエスト、高難易度の依頼とは、すなわち誰もが嫌がる仕事である。秘境に旅立つことも多い冒険者が、やれ疲れただの、やれもう歩けないだのと言っていては話にならない。
勇者『…………』
隙あらば子狸さんを飼い慣らそうとする勇者さんは、目論見を外されておへそを曲げてしまった。
勇者『せっかくわたしが教えてあげるって言ってるのに……』
子狸さんの肩の上でぶつぶつと文句を垂れている。
山腹『でも勇者さん、子狸は意外と馬力あるよ』
勇者さん担当の山腹のひとがご機嫌を伺う。
山腹『教えるのはいいけどさ、もしも自分よりもうまく剣を使えるようになったら嫌でしょ?』
勇者『…………』
勇者さんは想像してみた。
苦戦する自分のもとに颯爽と現れた子狸さんが「手を貸そうか?」とか言って剣の柄に前足を掛ける場面がありありと思い浮かんだ。
勇者『それもそうね』
勇者さんはあっさりと納得した。
チョロい。この勇者はどんどん扱い易くなるな……。山腹のひとは安堵するよりも先に心配になってくる。
拍子抜けするほどお手軽に機嫌を直した勇者さんが、小さな両手を持ち上げて「がお~」と子狸さんを威嚇している。
勇者『けど、あなた本当に武器なんて要るの? いつもみたいにアバドーンってやれば良いでしょ』
アバドンとは重力場を生成する魔法のスペルだ。崩落魔法と言う。
崩落魔法さんは投射魔法さんと仲が悪いので中~遠距離戦には向かないが、近接戦においてはガードの固い盾魔法さんをも沈めるという強い個性を持つ。罪作りな上位性質だ。
子狸さんはクロスレンジの攻防で頻繁に崩落魔法さんを頼る。
つい先ほどまで剣、剣と喚いていたのに鮮やかに手のひらを返した勇者さんに、王都のひとが憮然として言った。
王都『おい。ばかの一つ覚えみたいに言うな』
王都のひとは勇者さんに厳しい。
子狸さんは勇者さんのことを憎からず思っているらしい。だから、この子狸を育てたのは自分であるという意識が強い王都のひとは、自然と勇者さんに対する採点が厳しくなる。
王都のひとは嫁のあら探しをする姑のように苦言を漏らした。
王都『子狸さんは優しいから、威力の調整がしやすい崩落を使うんだ』
子狸『え?』
王都『違った。違ったな。おれはわかってる。おれはわかってるぞ……うんうん……』
そんな理由が? と目を丸くする子狸さんに、王都のひとは小刻みに肯いて理解を示した。
と、そのときだ。
はっとした王都のひとが身体をひねる。その眼差しは険しい。
王都『この魔導配列は……? 方陣――いや、マス目……』
様々な国があり、様々な魔法がある。
例えば連結魔法と精霊魔法だ。その両者で具体的な違いを挙げるとすれば、魔法回路の型が異なる。
魔法回路とは、簡単に言えば魔法たちの家である。
どの部屋にどの魔法が住むか、間取りはどうか、二人部屋なのか一人部屋なのか、たったそれだけの違いで世界に映し出される魔法の在り方はまったく違ったものになる。
魔物たちは肉眼で魔力を捉えることができるから、熟達した建築家がそうであるように、家の外観を眺めただけで家族構成や屋内の造りが大まかにわかる。
王都のひとは鋭く舌打ちした。
王都『南砂世界か……!』
魔物たちはときどき意味のわからないことを言う。
しかし今度は子狸さんが理解を示す番だった。
子狸『召喚魔法……!』
とくに意味のない遣り取りだったため、ふたりは何事もなかったかのように居住まいを正した。
勇者『…………』
王都『さて、本日はですね。子狸さんの装備をね、整えようと、そういうお話です』
子狸さんの行状を実況するのは青いひとたちの大切な仕事だ。
教育係のダブルアックスに得意な武器は何かと問われて、信頼できるものはおのれのこぶしのみと訴えた子狸さん。
もちろん素手という選択肢はあり得ないのだが、烈火さんの反応は前向きだった。
烈火「格闘用の、籠手みたいなモンか。本当なら考え直せと言うところなんだが……」
子狸さんは魔法使いだ。リーチの不足は魔法で補える。
使い慣れた武器があるならそれに越したことはない。
剃り残したひげが気になるようで、あごをさすっていた烈火さんが「よし」とひざを叩いた。
烈火「今日は俺らの行きつけの店を案内してやる」
子狸「ッス」
子狸さんは従順に頷いた。年功序列という冒険者たちの流儀は、この子狸に合っていた。
そうと決まればあとは実行に移すのみ。立ち上がった烈火さんに、疾風さんもとくに異論はないようだった。
疾風「小腹が空いたな。ついでに屋台でも冷かしていくかね?」
烈火「いや、路地裏を行く。冒険者たるもの、常に挑戦しねぇとな」
子狸「ッス」
拠点にする街の構造くらいは把握しておいても損はないだろう。
頷き合ったダブルアックスの二人に、子狸さんものこのことついていく。
*
冒険者ギルドを出て、路地裏を三十分ほどうろつく。その後、三十分ほど迷子になり、花屋のあるじに道案内してもらって二十分くらい歩けば、そこはもうダブルアックス行きつけの武器屋だ。
烈火「悪ぃな、トムさん」
花屋「本当ですよ。何だってわざわざ入り組んだほうに行こうとするんですか」
トムさんは冒険者ギルドの裏手にひっそりと店舗を構える花屋の店主だ。路地裏に詳しい。
ダブルアックスの二人をたしなめてから、トムさんは路地裏に消えていった。
一方、子狸さんははじめての武器屋さんに興味しんしんだ。
一見すると、八百屋さんと似た店構えをしている。
店内と通りの仕切りはなく、無造作に武器が展示台の上に転がっている。
店番だろう赤銅色の肌をした男性が、まじまじと武器を見つめている子狸さんを胡散くさそうに見ている。
子狸「こ、これは……!」
ふと顔を上げた子狸さんに衝撃が走った。
軒下に吊り下がっているこん棒に運命的なものを感じたのだ。
店番「それはウチの看板だよ。売りものじゃない」
子狸「そうですか」
看板であれば仕方ない。子狸さんは運命を諦めた。
慰めるように子狸さんの肩を叩いた烈火さんが言う。
烈火「見ての通り、ここはドワーフの店でな。連中が鉄火場から離れて店を持つのは珍しい。隠れた名店ってやつだ」
ドワーフとは、鉄火場を取り仕切る少数民族のことだ。
赤銅色の肌をしていて、たくましい身体つきをしているものが多い。
彼らはおもに鍛冶職人として生計を立てているのだが、じっさいに販売するのは小売業者という形態をとることが多かった。
ただし完全に市場から離れてしまうと安値で買い叩かれる恐れがあるため、このような出張営業所が必要になる。
お世辞にも品揃えが良いとは言えないが、鍛冶職人と直接交渉できるという点に烈火さんは目をつけた。
烈火「ポコ。お前に合う武器は、ふつうの店じゃまず手に入らねぇ。籠手は、むしろ防具屋の領分だからな」
つまり防具屋さんに行けば全て解決するのだが、今そのことに気が付いた烈火さんは自分のミスを隠ぺいしようとした。
烈火「……だから作ってもらうのさ。注文となれば値は張るだろうが、いざというとき手元が狂うよりはずっといい」
言っている内に自分の意見が正しい気がしてきた。
もっとも、疾風さんは最初からそのように考えていた。
子狸さんが籠手を装備するなら、前足が露出していないと魔法の作動に影響が出るかもしれない。
はっきり言って自分たちは武器の良し悪しなど使ってみないとわからない。
だからその道のプロに相談したかったし、そのためには子狸さんが魔法使いであることを打ち明けるしかない。
となれば、相談する相手は信頼が置けるものでなければダメだ。
烈火さんが子狸さんに言い聞かせている間に、疾風さんは店番のドワーフに声を掛けていた。
疾風「今日、親方は居るかい?」
店番「ああ、居るよ。ふだんは居ないが……」
店番さんは無愛想だった。鉄火場から引っ張って来たのだろう。
手入れをしていた武器を横に置き、店の奥へと声を張り上げる。
店番「親方! 客だ!」
ドワーフたちに敬語という文化はない。
傲慢に振る舞おうとも、へりくだろうとも、やることは一緒だからだ。
相手によって態度を変えるのは時間の無駄でしかない。そのように考える。
親方「客か……」
ずるりとドワーフの親方が姿を現した。
子狸「ほう……」
子狸さんが感嘆のため息を漏らした。
さすがは親方と呼ばれるだけのことはある。ただものではない。
具体的にどこがどう違うのかと問われれば困るが、あえて違いを挙げるとすれば見た目だろうか。
ドワーフの親方は鯉のぼりと似ていた。
ぽっかりと空いた口の中には上下左右びっしりと牙が生えている。
全身を覆う鱗には厚みがなく、まるで肌のように滑らかだ。
薄い絹のようなひれが、身体を前後するたびになびく。
そう、例えるとすれば、まったく別の生きものであるかのようだった。
親方は、子狸さんは見つめ、穏やかに、だがときとして激しく、口内の牙を伸縮した……。
親方「よく来たな。この俺がドワーフの長だ」
~fin~