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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり披露編



 うっかり本音を漏らした勇者さん(美少女)が心を閉ざした。

 アリア家の人間は自らの感情を自在に操ることができる。

 だが、剣士としても魔法使いとしても中途半端な勇者さんは、その身に宿る異能まで中途半端だ。


 大半の異能は親から子へ、子から孫へと遺伝する。そして世代が進むごとに劣化していく。

 ここで言う「劣化」は「変質」を意味し、宿主の資質の如何によっては強力な異能が生まれることもある。

 悲しいことに勇者さんの資質はあまり高くなかったようである。


 内部で完結する感情制御は極めて劣化しにくい異能であり、それは感情制御をはじめとする制御系の異能が「母体」として機能しているからだ。

 血のつながりは、有効な感染経路になりうる。だから異能は遺伝する。


 勇者さんに備わった第二世代型の異能を「変域統合」と言う。

 宿主にごく近しい人間の精神に干渉できるが、強制するほどの力はないようだ。


 勇者として人前に出ることが多くなった勇者さんは、さいきんひそかに髪型を変えたりしてイメチェンを図っている。

 側近の五人姉妹が無駄に美人なので、魔王討伐の旅に出る前は自分の容姿に無頓着だったのだが……

 近頃、少し「あれ? もしかして、わたしって」という意識が芽生えたらしい。


 つい、本音が出た。


 しかし客観的な判断を述べたまでである。恥ずかしがる必要はない筈だ。

 赤面してなるものかと勇者さんは変域統合さんを呼び起こし――

 魔力測定器に引っ掛かった。


 受付嬢は故障と言ったが、それは単にこの国では異能持ちが認知されていないというだけのことではないのか。

 しかし、魔力測定器がつぶらな瞳を向けているのは勇者さんのアバターである。本人ではない。

 いったいどういう理屈になっているのか想像もつかない。


 硬直している勇者さんをよそに、王都のひとはにこりと爽やかに微笑んだ。


王都『故障か……。故障なら仕方ない。修理してあげるとしようじゃないか』


 魔力測定器を持ち帰れということだ。

 心優しい王都のひと、善意の申し出である。


 歩くひとも爽やかに微笑んだ。


しかばね『困っている人を見るとすぐこれだ。王都のひとったら人間に甘いんだから……』


王都『おいおい、よせよ。今回はとくべつさ』


 魔物たちはステルスマーケティングに熱心だ。

 

 困っている人を見ると放っておけないという王都のひとに、勇者さんは疑念の眼差しを向ける。

 勇者さんの見立てでは、魔物たちは救いがたい闇を心に持つ。

 とりわけ王都のひとは悪意のかたまりのような魔物だ。

 子狸の証言によれば、困っている人を見ると凄く嬉しそうな顔をするらしい。


 しかし今回はその悪辣さに感謝するとしよう。

 魔力測定器が一躍注目を浴びたおかげで自分の発言は問題視されなかったようだ。

 ほっと胸を撫で下ろす勇者さんに、狙い澄ましたかのようなタイミングで子狸さんが言った。


子狸「お嬢は綺麗なひとだよ。昔からね」


 人は誰かのために涙を流せるし、誰かのために貧乏くじをひくこともできる。

 自らの命を投げ打ってでも守りたいものがあるから、人間は美しい。


 話題をぶり返されて勇者さんは八つ当たり気味に子狸を睨むが、子狸さんは骨のひととダブルアックスを注視している。


 受付嬢が「返してくださいっ」と魔力測定器を取り返そうとして、歩くひとに「返してほしいの?」とからかわれている。

 歩くひとが少し強めに台座を握ると、それだけで受付嬢が引っ張ってもびくともしなくなる。

 歩くひとは白々しく言った。


しかばね「どうしたの? 要らないのかな……」


 歩くひとには魔性の魅力があった。中性的な物言いもそうだが、じっさいに接した印象と外見がちぐはぐで、アンバランスな雰囲気がある。

 目に映る姿は華奢な少女のものだが、だから非力ということにはならない。まず「力」という概念からして異なる。


 魔物たちは、人間たちを無闇に傷付けたりはしない。

 心優しい生きものなのだ。


 しかし人間はラクな方向に流される生きものだから、ときとして厳しさが必要になる。

 子狸さんが目を細めた。


子狸「動く……」


 烈火さんがメイスを大上段に構えた。


烈火「おう!」


 その意図は明白。一撃に賭けるつもりだ。

 相対する魔物の戦力は不明。手札も何を持っているのかわかったものではない。

 ならば手持ちのカードで最高のものをぶつけてみるしかない。

 乱戦に持ち込むという手もあっ●が、無用な犠牲を避ける●めには骨のひとの手の内を探っておき●かった。


  ✴︎


 ✳︎



 怨霊種の冒険者ギルド襲撃より一週間後。

 どさくさに紛れて冒険者見習いの資格を取得して小躍りしていた子狸さんはどうしているだろうか。

 少し様子を見てみよう。


烈火「つかれっした!」


疾風「つかれっしたー!」


子狸「つかれっしたー!」


 丸太小屋みたいになってしまった冒険者ギルドで、直角に腰を折り曲げて頭を下げるダブルアックスにフューチャーされていた。

 冒険者にとっての鉄のおきて、それが年功序列制度である。

 子狸さんはすっかり馴染んでいた。

 ちなみに「つかれっした」とは「お疲れさまでした」の略である。


 先輩は手慣れた様子で「おう」と手をひらひらと振って去っていく。

 冒険者は腕っぷしだけではやっていけない。

 加齢と共に肉体が衰え、以前みたいには動けないからと引退されては困るのだ。

 とくにダブルアックスのような最前線で身体を張るタイプの冒険者は、先輩の指示にホイホイと従ってはじめて本領を発揮できる。

 ようは適材適所だ。


 年功序列は冒険者たちなりの処世術であり、しぶとく生き残るための知恵である。

 正直、暑苦しいのでギルド側は苦々しく思っているのだが、冒険者同士の取り決めに口を出すつもりはなかった。

 しかし制度が洗練されていくに従い、依頼者のほうから「うるさい」とクレームが入るようになり……

 依頼者の顔を立てて現場に赴いたギルドマスターが、予想を遥かに上回る騒音ぶりに「人前ではやめろ!」と厳命したことで、冒険者たちの上下関係は複雑怪奇、難解なものに仕上がったという経緯がある。


 ダブルアックスは子狸さんの教育係だ。

 後輩の面倒は先輩が見る。これは冒険者たちにとって当然のことである。

 巨体を縮めるように隅っこのテーブルについた烈火さんと烈風さんに子狸さんも続く。


 烈火さんが切り出した。


烈火「ポコ、お前は意外と根性がある」


 烈火さんと疾風さんは子狸さんのことを「ポコ」と呼ぶ。


子狸「ッス」


疾風「魔術師っつぅと、かび臭い部屋でずっと本を眺めてるもんだと思ってたけどねぇ……」


 魔術師というのは、魔法使いのお洒落な呼び方である。ピザをピッツァと呼ぶようなものだ。

 そうした気障な言い回しが嫌味にならない色気が疾風さんにはあった。


 子狸さんは意外と体力がある。

 最後にものを言うのは持久力だ。

 夜間戦闘、障害物が多い地形なら運が良ければ騎士を上回れるかもしれない。

 そうなるよう幼い頃から魔物たちが仕込んだ。


烈火「そこで、だ」


 烈火さんがぐっと身を乗り出した。


烈火「そろそろ装備を整えようと思うんだが、どうだ?」


 多忙な子狸さんは長期間大陸を離れるというわけにはいかない。

 それでも合間を見てはコツコツと肉体労働に従事してきたので、お財布はそこそこ膨らんでいる。


子狸「装備……」


 装備と言われて、子狸さんが連想したのは騎士の鎧だ。あんなものを身につけて動けるのだろうかと不安になり、疾風さんを見る。

 どちらかと言えば、烈火さんよりは疾風さんのほうが体格は近い。3により近しいのは8ではなく6であると判断する非凡さが子狸さんにはあった。


 じっと見つめられて、疾風さんは口の片端をゆるめた。

 長い足をテーブルの下で組んで、烈火さんに言う。


疾風「装備。装備ね。いきなり一式を揃えるのは厳しいな。まずは防具かね?」


 疾風さんは子狸の防御力を心配していた。歩くひとの圧縮弾でのされたことを気にしているのだ。

 しかし烈火さんは首を横に振った。


烈火「いいや、まずは武器だ。丸腰はマズイ。舐められる」


疾風「ふむ……?」


 一理ある。示威効果もそうだが、武器と防具は装備していきなり使いこなせるものではない。そのあたりは子狸さんの資質を徐々に見極めていくしかないだろう。この場で言い争っても堂々巡りになるだけだ。


 疾風さんは指を弾き鳴らして烈火さんを指差した。


疾風「オーケィ。善は急げだ」

 

烈火「よし。さしあたって問題は、どの武器にするかだが……」


 そう言って烈火さんは子狸を見た。


烈火「斧とメイス。どっちにするよ?」


 二択であった。


子狸「武器……」


 子狸さんはうんうんとうなる。


 大陸では武器のイメージはあまりよろしくない。

 無理に武器を持つメリットを挙げるとすれば、その用途は対人戦に限定されてしまう。

 だから武器を持って街中をうろついたなら職務質問は避けられない。


 思い悩む子狸さん。

 その肩の上で屈伸運動をしていた勇者さんが有無を言わせない口調で言った。


勇者『剣にしなさい』


 勇者さんは剣の素振りをする子狸さんに「なってないわね」とか言ってみたい。

 しかし子狸担当の王都のひとは強硬に反対した。


王都『ダメだダメだ。剣なんて野蛮な剣士が使うものだ。おれは認めんぞ』


 罪もない魔法を虐げてきた剣術使いに王都のひとは良い印象を持っていない。

 その野蛮な剣術使いの系譜を継ぐ勇者さんが酷薄に告げた。


勇者『そう? こん棒なんかよりはよほど文明的だと思うけど』


 こん棒は魔物たちが長らく愛用してきた武器である。

 勇者さんの痛烈な皮肉に、王都のひとは徹底抗戦の意を示した。


王都『語るに落ちたな。お前たち人間がこん棒を捨て剣を手に取ったのは、より確実に敵をしとめるためだ。さて、どちらが野蛮かな?』


 わあわあと口喧嘩をはじめた二人に挟まれて、子狸さんはうんうんとうなっている。


 剣と言えば、真っ先に思い浮かぶのは勇者さんである。

 しかしその勇者さんと言えば、旅の途中、やれ疲れただの、やれもう歩けないだのと言って子狸さんを困らせた華麗なる戦績を持つ。

 したがって子狸さんは、剣という武器に貧弱なイメージを抱いていた。


 こん棒には心惹かれるものがあるのだが、似合いすぎるからというよく分からない理由で所持を禁止されている。


 剣という選択肢があとから割り込んできたせいで斧という単語が忘れ去られ、いよいよ進退極まってしまう。


 首を傾げた子狸さんが身体ごとどんどん傾いていくので、心配になった烈火さんが声を掛けた。


烈火「あれだ、なんか武器の心得とかねぇのか?」


子狸「心得」


 子狸さんはぴんと来た。


疾風「お」


 すっくと立ち上がった子狸さんが前足を構える。

 おもむろに上体を揺さぶると、左右の前足をリズミカルに繰り出した。

 フィニッシュブローの左フックを披露した子狸さんに、疾風さんが喝采を上げた。


疾風「ひゅう! 堂に入ってるじゃないの」


烈火「拳闘か。なるほどな、悪くねぇ」


 烈火さんがニヤリと笑った。



 〜fin〜




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